21 薔薇の剣の姫
丘の上ではホッツが護衛たちに、ラインガルスが魔法器を使ってローチウルフを全滅させたと説明している。
強大な魔法使いのほうが受け入れやすいからだろう。
ヴァインは喜んでいた。
「大きなクランがローチウルフの討伐報酬で儲けようとして、少しずつしか狩らなかったんだ。金の成るウルフって言ってたが、いつまた街が危険にさらされてもおかしくなかった。ありがとう」
大活躍したチートンは、ころんと毛布にころがり、隣ではアガタが熟睡して「お肉がないと歩けないよう」と寝言を言っていた。
「この子、肉にしか興味ないよ」ルティがあきれている。
「成長期だから」ラインガルスが笑った。
ルティがアガタの足の裏をくすぐるとアガタは嫌がって体の向きを変えてチートンに抱きついた。
ラインガルスは、死んだローチウルフを確認しに丘の下まで降りて行った。
毛皮の灰色、どの狼も同じ大きさ、同じ相貌をしている。
すべて培養したクローンのローチウルフ。
タージラの街を滅ぼすために準備されていたクローンの群れ、ダークパワーが染み込んでいる。
急いで馬車まで戻ってラインガルスがチートンに説明していると、雲の中から白い巨体が姿を現した。
護衛についていた狩士が見つけ、大声で警戒をうながす。
「白ナマズ(ブレントモーズ)」
ドラゴンが作り出した、大量のモンスターを空から輸送する存在。
「あの白いのはなに?」と、ルティがラインガルスへ言った。「ラインガルスの愉快な仲間じゃないの?」
「違う」
ブレントモーズが空を旋回している。
「見てないで逃げなさい」
赤みがかった金色の波打つ髪、端整な顔立ち、声は朗らかに涼し気な美しい少女。
「薔薇の剣の姫」ラインガルスが、確かめるように言った。
「そうです」
「えっ、英雄なのに超絶かわいい」ルティのテンションが上がった。
「ルティが知ってる英雄は誰なんだ」
「お、おとうっとょ、と」
「弟か、お父さんか」
「ごまかそうとして失敗したっ!」
「えー、っと。危険ですよ?」薔薇の剣の姫が戸惑う。
「うちはチートン先生がいるからなあ」
「そうだよー、すごいんだよー、ほら、ウルフの群れが全滅だよ」
「チートン様ですか」
「ほら、そこに寝てるブタがそうだよ」ルティが自慢げに言う。
「強さは、感じられません」
この世界の強者は、球状の力場が体を被って、さまざまな現象を作り出している。
「チートン先生は人間じゃないから、わかりづらいんだ」
「私は嘘をつかれているのですか」
ラインガルスは降下してきたブレントモーズを見た。
ブレントモーズにもダークパワーの痕跡がある。となると、闇超級騎士が関わっている。
「あの白ナマズが着陸するまで待ってくれないか、何を吐き出すのか確認したい」ラインガルスが薔薇の剣の姫に言った。
「ここを腹で押しつぶしに向かってくるかもしれません」
「ちょっとした問題がある。ブレントモーズはドラゴンの下僕なんだが、どうも闇超級騎士に盗まれた疑いがある。ブレントモーズを傷つけると、ドラゴンの怒りがこっちへ向くかもしれない」
「すでに何度か、あのナマズとは戦っています」
「ドラゴンの管理下にあるならいいんだ」
「私には人々を危険から守る使命があります」
「どうしたらいいだろう」ラインガルスがチートンへ振り返る。
力比べをしよう。まずはこっちから。チートンがメモを上げる。
「チートン先生と力比べをして、強さを理解してもらいたい。すぐ済む、守りを固めてくれ」
薔薇の剣の姫が力場を膨張させ、力場の輝きが見えるようになった。
体を力場が丸く包んでいる。
馬車からマントを使い滑り降りたチートンが、ま、こんなもんかというふうに、前足を突き出して、薔薇の姫の力場は吹き飛ばされて消えた。
「え、おかしい」
ルティがいちばん驚いている。
「チートン先生に力場は関係ない」ラインガルスが言った。
攻めてみて。チートンがメモを上げて、丘を背にマント立ちする。
「剣は使わず拳で行きます」薔薇の剣の姫が言った。
少女は力場を再生成して、肘を引き、衝撃波を打ち出す。
チートンはとくに何もせず、衝撃波はチートンの全身に当たり、かき消えた。
「いや英雄のパンチで無傷もおかしいでしょ」
薔薇の剣の姫とルティが、めっちゃ引いている。
「弱めに打ちすぎたからか」ラインガルスが言った。
「違うからね、今のは威力を収束してる、そこそこマジパンチだよ、ねっ、そうだよね」
「その通りです」
「ちょっと話が変わってしまうが、薔薇の剣の姫の名前はなんて言うんだ」ラインガルスが言った。
「リリネ、です」薔薇の剣の姫は言った。