20 古き英雄の回想
□ 古き英雄の回想 □
「冬が去り、春が近づいてきていた。月と星が明るく、ときおり、冷気に混じってぬるい風が吹いていた。
しばらくすれば朝になるから、歩いていた。
舗装された快適な道だった、つまづく心配もなく、側の林から聞こえるのは、小鳥の群れのさえずり、浮き立つ気持ちが心地よい。
あの頃は大きな戦争もなく、強くなっていく自分に浮かれていたな、酒のことでも考えていたろうか、さて、どこまで話しただろう」
「朝が来る前に出発したと」
薔薇の剣の姫、と呼ばれる英雄の女性が優しく言った。
「そうだ、モノ・ジャイアントを偵察しに行った。巨人級がジャイアントの偵察かい、と友人が軽口をたたいた、あの頃はつまらない冗談だったが、年を取るとたのしくなってくる。
滅びた街はいくつもあるが、タナルザは活気があった頃をおぼえていたし仲良くなった女の子もいたから、廃墟は胸がしめつけられた。若かったからな、災難を黙祷して受け入れるのは英雄になってからだ。
煤けた積み石から目をそむけて目的地へ向かった。
モノ・ジャイアントは木の幹をかじるのが好きなんだ、街外れにいるという情報だった。
暗くなって、月が隠れたのかと見上げてみたら、大きな影がいくつも空を飛んでいる。ドラゴンをひとやま、ふたやま、と数える理由がわかったね、あいつらは空飛ぶ山だ、四角くでかい形の頭、ストームドラゴンがいた。
ストームドラゴンが向かうのはルデスート領だ、荘園頭がドラゴンを退治したとホラを吹いていたからね、方向も合ってた、
この知らせをすぐに伝えるために、ドラゴンが去ったのをうかがって来た道を引き返した。
ドラゴンはゆっくり進む。見せつけるためだ。
ドラゴンがきたぞー、と盛大に騒がれて、人間から魔法を束で打ち込まれる。だが無傷だ。もったいをつけて盛大に分厚い炎霧を吐き出して街を地獄に変える、適度に見逃して目撃者を作り、ドラゴンがやったと知らしめる。あいつら、たのしい舞台でもやってる気分だろうな。
戻って報告したら指揮官が逃げるという、ドラゴンの標的にならないよう何もしない。
母親に尻をたたかれたくない子供か、と反発して残ったよ、住人を逃がそうとあがいていたら英雄に選ばれた。とはいえ何もできなかった。
まあ、これは秘密だよ、別のドラゴンが街の上空で隠れて見ているんだ、逃げたとしても見逃すつもりがなければ燃やされる、指揮官は遠く離れた街で報告中にボン。ドラゴンの翼の内側は広いのさ、どうしようもない」
古き英雄が手の指を広げ、爆発をジェスチャーする。
「慣れてないっていうのは大変なものだ、英雄になりたてで空の飛び方を知らず、攻撃の威力の上げ方もわからない、結局、ドラゴンの魔法の的になって暇つぶしにもて遊ばれた。荘園頭がまぬけなことをしたおかげで、ルデスート一帯、5つの街が滅んだ」
鍋の湯がわいて、薔薇の剣の姫は陶器の碗に薬湯を作った。
赤い果実の色をした陶器に黄土色の液体。
古き英雄は薬湯をすすり「仮病で隠れてるのも飽きてきたな、釣りでもしたい。英雄になって良かったのはモンスターを気にせず川釣りができることだけかもしれん。
新種のモンスターで空飛ぶ巨大ナマズがいるだろ、あれ、不気味なんだよ、目が生物じゃない感じ、そのうち何かしやがるぞ」