16 ルティの呪い
宿の部屋に戻ると、ベッドに、ぽっちゃりしたピンク色の少年がいた。
髪に呪い除けが付いている、イモムシの呪いが解けて人間の姿に戻っていた。
「ふぇぇぇーん」とラインガルスに抱きつき「さみしかったですよう、兄さま」と、顔をこすりつけてきた。
ラインガルスに兄弟がいるのは湖の別荘で知っていたが、どうしてイモムシに。
なつかれているようだ。たぶん弟な少年は「まだ眠いです。一緒に寝ましょう」とラインガルスの手をひいてベッドへ。腕枕をしてもらい、えへへ、うふふと不気味に笑い、すやー、と眠ってしまった。
少年は裸で、おなかがぷにぷにしていて、香料付き石鹸のあまったるい香りがする。変な弟だけどかわいい。
「明日も早いから寝るか」
「おやすみー」
ベッドに倒れ込むとアガタはすぐに眠ってしまった。
「着替えは明日でいいか。チートン先生、おやすみ」
腕に乗っている頭が動いたはずみでラインガルスは目覚めた。
少年の頭から腕を抜こうとして目を向けると、美しい少女と目があった。
みずみずしい頬、愛らしい鼻、ハシバミ色の涼やかな瞳が挙動のおかしな動きをしている。
「誰?」
「し、知りませんョ」少女は精神が凍えた声で言った。
「髪に呪い除けが付いている。とりあえず確認したい、君はイモムシだった弟なのか」
「くっ、認めるしか、ないのかっ」血を吐くように少女は言った。
「よくわからないけど、甘えんぼうだな、寝てる間もやけに顔をこすりつけてきて猫みたいだった」
「ぐはっ」
少女は精神に致命的なダメージを受けた。
ラインガルスは様子をうかがっている。
少女は逃げ出そうとベッドから滑り降りた。
なんと少女は裸だった。
「ぎゃーーえろすぅーーーー」
少女は叫び、掛け布団を体に巻いて、転んだ。
シャワールームでラインガルスの予備の服を着て少女が戻ってきた。
「マホウデス、ノロイトマホウガマザッチャッテ、ショウネンノスガタニナッテイタノデス、ワタシハアナタノオトウトデモイモウトデモアリマセン」
「なるほど、呪いと魔法が混ざって混乱していたと」
「ソウデスネ」
イモムシの時の記憶はあると言い、少女はお礼を言った。
「私はルティ、アウルクス家の者です」
起きてきたアガタが「よかったねー」と言うと
「きゃーーー人食い」とルティが大声で「この子、私がイモムシだった時、あじみあじみって、こっそり私をかじった!」
「だいじょうぶ、皮がじょうぶだったから」
「皮が厚くなかったら食べられてたんじゃない!」
と、ルティはアガタを警戒してラインガルスの腕に抱きつき、それに自分で驚いて「わっ」と手を離した。
ラインガルスは、少女は兄と仲が良いんだろう、と解釈して『あまえんぼうシスター』の称号を内心で贈った。
「いろいろ事情を聞きたいけど、狩りに行かないとなあ」
「狩り?行きたい!」
「家に帰らなくていいのか」
「ここの行政官に手紙を渡して迎えに来てもらうまで、ね、いいでしょ。魔法も弓も使えるよ」
「馬車から降りないならいい」
「わかった、オッケー」
交渉というよりは、作戦行動に慣れた応対。
冷えた空気を朝日が暖めてゆく。
台車にチートンとルティを乗せ、ペゼットの倉庫へ向かう。
建物の間を通るときに日が当たり、ルティの肩まで伸びた髪がきらめく。
アガタはラインガルスの後ろを歩く、
ラインガルスが振り返ると、持ち帰ったステーキを食べていた。
「あげないよ」
アガタが数歩離れる。
「チーズケーキでいい、それと、今日は丸焼きを予約してる。食べられるのか」
「じゃあ、ちょとだけお肉もあげる」
「ルティ、食欲は」
「チーズケーキを、あれ、表面がこげてる」
「貴族はチーズケーキの中身だけ食べるのか」
「うん、あ、私が貴族だってわかってたの」
「アウルクス家が大貴族なのは知ってる」