1 ラインガルス
目が覚めて、顔を洗って鏡を見たら、十代半ばの少年だった。
黒髪を角刈りにした精悍な顔立ちをした
「ラインガルス」
そう、知っている。
ゲームのキャラクターで、主人公の敵として現れ、ライバルとして散ってゆく。
ラインガルスの姿をしていても、自分はそうではないことはわかっているのに、誰だったのかは思い出せない。
窓からは湖が見える。
ここは別荘だ。
と、なぜかわかる。
部屋を出て、廊下で中年の男と顔を合わせる。
「ラインぼっちゃん、今日も鍛錬ですか」
「うん」
「いってらっしゃい」
ラインガルスは湖を走って一周する。
行き交う人たちはおだやかで、会釈をしてすれ違う。
とても平和だ。しかしそれは、ごく限られた場所にしかない。
何日か、夜に抜け出して周辺を探検してみた。
この世界はひどく残酷で、強すぎるモンスターが徘徊する場所は人が住めない。
自然発生した魔法が降り注ぎ、生物をおかしくしたり、焼き尽くしたりする。
ラインガルスとして生きた先、数年後には、僕は死ぬだろうか。
わからない。
けれど、残りの寿命が数年だったとして
僕は何がしたいだろう。
ステーキだ。
ゲームは見下ろし型で、主人公はパーティーを組んで探索をしてモンスターを倒したり発掘をする、夜になったらキャンプを設営して食事を作っていた。
制作者の趣味か、めんどうだったのか、作れる料理のレパートリーが少なくて、ステーキにして食べればどの肉もプラスの効果が数倍になるというステーキ素敵待遇なゲームだった。
それでいこう、それでいいや。
そのためには、主人公の仲間になるキャラクターのうち、ステーキ要員たちを勧誘しよう。
塩も最高級の岩塩がほしい。
調理器具も。
キャンプをして、ステーキを食べて暮らそう。
ラインガルスは別荘に戻り、浴槽のぬるま湯につかりつつ、旅立ちの決意を固めた。