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通読・河童戦記  作者: 万卜人
三郎太
8/123

 杉林を目指せ、と河童は言い捨てたが、山懐はかなり距離があった。

 目の前に聳えている山塊は、つい目と鼻の先にありそうな錯覚があったが、実際は歩いても歩いても、いっかな近づく気配はない。

 そのうち、荒れ果てた景色が徐々に緑が増えてくる。罅割れた大地が緑豊かな草原に変わり、畑にもちらほらと作物が豊かな実りを見せていた。

 夕闇が迫る街道を歩く主従を、その畑で作業している百姓たちがじっと見守っている。

 いずれも例外なく視線は険しく、言葉を掛けるのがためらうほどであった。杖を突きながら時姫は源二に尋ねた。

「どういうことでしょう。みな、わらわたちを、まるで親の仇のような目で見ております」

「水のせいでござる」

 源二は吐き捨てるように答えた。

「山が近いせいで、この辺りには雪解け水が流れ込んでおりまする。あの日照りの村からここへ、水を奪うための連中が押しかけるのでござるよ。でございまするから、あの連中は見慣れぬ余所者を警戒いたしておるのでござろう」

「妾が水を奪う余所者に見えるのですか?」

「というより、余所者すべてが敵と思っておるのでございましょう。この辺りの者どもは水一滴たりとも、他の土地の人間に分け与えるつもりはないようでござるな」

 源二の言葉どおり、少なくなった水筒に水を補給しようと、これまで何軒かの家に井戸を使わせてもらいたいと交渉したのだが、ことごとく、けんもほろろな応対をされてきたのである。

 ようやく金を払って水筒を満たすことができたが、信じられないような金額を請求してきた。

「ともかく、このような土地は、早く通りすぎることでござる。つまらぬいさかいに巻き込まれる可能性がありまするからな」

 源二は足を速めた。

 京を出て、もう十日になる。

 二人の衣服は旅を続けるうち旅塵にまみれ、まあまあ、この界隈の百姓の身に着けるもの、と言っても通るくらいにはなっていた。

 源二の背負ったおいには充分な食料の蓄えがあったが、それでもこの旅を続けるうち、乏しくなってきている。

 そろそろ食料も補給しなければ、と源二は思っていたが、その当てが皆無だった。なにしろ旅籠はたごが存在しないのだ。

 他人目につかぬように、との配慮で旅路を選択したのが、裏目に出た。人の往来が多い街道なら気の利いた旅籠くらい幾らでもあるだろうが、源二はそういった街道を避けてきた。

 日照りが見舞っていなければ、百姓家に泊まるという選択肢もありえた。そうすれば、宿泊した先の好意をあてにして食料も補給できたはずである。が、すべて思惑違いであった。

 源二はちらり、と背後を歩く時姫を確認する。

 見るからにか細い身体つきのどこにこのような体力が隠されていたのか、姫は源二のいささか強行軍ともいえる歩きに文句も言わず従いてきている。

 内心、源二は舌を巻いていた。

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