一
「甚助、囲みは充分だ。早く、懸かれの下知をせぬか!」
苛々と顔中に髭を蓄えた大男がつぶやいた。
「まあ、待て」と啄木鳥の甚助は答える。
目の前に、紅月の仄かな赤みがかった光に照らされた山寺が見えている。
相手は猿の源二。用心し過ぎるということはない。
ぶぶぶ……、と懐の無線行動電話が微かな震動音を立てた。
ぱちりと開くと、画面に「電子矢文あり」と表示されている。開くと
──東、用意よし
──西、用意よし
と、あった。
甚助たちは南側を囲んでいる。北側は、わざと手薄にしている。こちらから攻め立て、北側に誘い出す作戦だ。
もっとも、源二ほどの手練れがこんな子供だましの作戦に乗るとは思えないが。
それにしても、先程の叫び声は何だったのだろう? 何だか、赤ん坊の泣き声みたいだったが。
甚助は周りの男たちに向け囁いた。
「よいか、目的は信太従三位の娘、時子ただ一人。決して、殺してはならぬ。生かして、都へ連れて行くのだ。首尾よく時姫を京の〈御門〉に会わせることができれば、恩賞は思いのままと知れ!」
甚助の言葉に、男たちはうなずいた。
村で源二を見かけ、甚助は直ちに信太従三位の娘と結び付けていた。奇門遁甲の仲間がばらばらに散ったとき、源二が繁々と信太屋敷に伺候していたことを甚助は思い出していた。
必ず、あの中に時子がいる! それは確信だった。
源二が立ち去った後、甚助は流れ者、半端者を集めて今夜の襲撃を計画した。主人である木本藤四郎には内緒であった。こっそりと事を運び、すべて終わった後報告するつもりである。
藤四郎に言上すれば、すぐさま正規の兵を集めることができるであろうが、それでは甚助の旨みというものが全然ない。
うまく立ち回れば、木本藤四郎を跳び越え、一気に緒方上総ノ介に取り入ることも可能である。
いや、もしかしたら〈御門〉と直接取引きができるかも。
仲間になった男たちを見やり、甚助の胸に微かな不安が湧いた。こいつらで、大丈夫だろうか?
集まっている男たちは、皆、思い思いの装備に身を固め、腕を撫している。一目ちらっと見ただけで、到底、まともな稼業とは思えない格好だ。山賊と紙一重、いや山賊そのものの暮らしをしていた連中も多い。
緒方の領土拡大に、新参の家来が必要になって、諸方から続々と仕官を目当てにやってきた連中である。しかし仕官にあぶれ、不満を持っていたのを、甚助が声を掛けたのだ。
あぶれるのには、大きな訳がある。
戦に必要なのは勇気ではない。無論、腕力でもない。必要なのは、留まれと命令されれば石に齧りついても留まる愚直さであり、引けと命じれば、目の前に止めを即座に刺せる敵がいても、未練なく引ける忠実さである。
こいつらは、ただおのれの腕自慢、それだけで、知恵などは欠片もない。あるのは下劣な欲望だけである。
甚助も同じようなものだが、それでもおのれの欲望を包み隠す程度の知恵はあった。
まあ、いい。とりあえず頭数は揃った。不測の事態があっても、甚助はなんとか対処できる自信はあった。
さっと甚助は手を挙げた。
男たちは、一斉に立ち上がる。




