四
縁側に碁盤が出されている。
源二は黒石を一つ手にし、ぱちりと井目に置いた。三郎太も白石を手に打った。
ひとしきり、ぱちり、ぱちり……と二人の碁の勝負が続いた。
庫裏で見つけた碁盤に、源二は喜んだ。京の都にいたころは、さんざん打ったものである。
しかし、ここでは相手になる者がいないと嘆いていたが、なんと三郎太が心得があると言ってきた。つくづく妙な河童であると、源二は思っていた。
時姫が源二に五加皮茶を淹れて持ってきた。三郎太には湯冷ましを出した。
河童は熱いものは口にできぬと言うので、時姫は湯冷ましを用意するようになってきている。
時姫から湯冷ましを満たしたぐい飲みを受け取ると、三郎太は礼も言わず、ごくりと飲み干す。そんな三郎太を、時姫はじっと見つめていた。堪らず源二は声を掛ける。
「姫さまも、一つお飲みになられますか?」
「はい、頂きましょう」と時姫は、熱い茶を満たした湯呑みを手に持った。
口元に近づけたその時、姫の顔色がすうっと青ざめた。
ころりと湯呑みが板敷きに転がり、中身の茶が零れて染みを作る。
はっ、と源二が見ているうち、時姫はうっと口を押さえ立ち上がった。早足で裏手に駆け込むと、その場で蹲った。
「どうしたのかしら……なんだか、お茶の香りに、込み上げて……」
弱々しく笑う。
源二の胸の氷が、一層の厚みを増した。
かつて源二は妻を持っていた時期があった。その期間は短かったが、源二の唯一の甘い想い出であった。
その妻は身篭り、やがて月満ちたが、子供は死産だった。妻もまた子供と運命を共にした。それ以来、源二のなにかが喪われたのである。
その記憶が蘇ってくる。
悪阻ではないか……。
源二の胸のうちに、ずっしりと氷は居座っていた。




