表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

5話 「願いを叶える」

 ……何してたんだっけ。

 意識を取り戻した時、私の視界に入ったのは病室の天井。そして、私を覗き込む医者の顔だった。

「アイネさん、起きたかな?」

 私が起きたのに気が付いたらしく声をかけてくる。

「……私は」

 ソラとイチゴショートケーキを食べていたところまでは記憶があるのだが……それより後の記憶が全くない。

「アイネさんは気を失って、湖のところで倒れていたんだ。用事があって湖へ行ったらたまたま発見したんだけど、幸運だったね。あのままだったら君はずっと危なかった」

 医者は笑い話してくれた。

「ところで、あの男は誰だったのかね?」

 それを聞き私は焦る。ソラのことを言っているとすぐに分かったからだ。

「彼に何かされたりしなかったかい?男といたらしいと聞いて伯母さんも心配していたよ」

「……金髪の?」

 医者は静かに頷いた。

「倒れている君をじっと見ていたんだ。近付くなと言ってやると、すぐにその場を去ったよ。身形も怪しかったし、あんな不審者が今どきいるんだねぇ」

 不審者なんかじゃない!……そう言ってやりたかったが、そこまで気力はなかった。

「とにかく、しばらくの間は外出禁止だ。いいね?」

 こんなことって……。外出禁止にされてはソラに会えなくなってしまう。折角手に入れた幸せを、私はまた手放さなくてはならないのか。そんなの絶対に嫌だ。でも……どうすればいいかも分からない。私は絶望にさいなまれた。


 それからというもの、私は毎晩のように悲しみに襲われた。

 ソラと一緒にいられたのはほんの少しの時間だったのに、何度も何度も思い出す。思い出して寂しくなり、涙が流れた。あんなに近くにいたのに。やっと少し仲良くなってこられたというのに。

 大好きなお気に入りの本も今は悲しみを拭ってはくれない。二人で本を読んだあの時の記憶が鮮明に蘇り辛くなる。

「……どうして」

 夜中の病室で、私は寂しさのあまり呟いた。

 こんな病気でさえなければ——

「どこへだって行けるのに」

 分かってる。いくら泣いたって何の意味もないことぐらい。だけど、一人は辛い。幸せを知ってしまうと、もう昔には戻れないのね。


 それから数日が経った満月の日の真夜中。

「……ネ、アイネ」

 私の名を呼ぶ小さな声で目を覚ました。伯母か医者かと思ったが声が違う。それに、頬に何かが触れている。

 目を開け焦点が合った時、私は驚きのあまり気絶しそうになった。

「ソラ!?」

 間違いない。目の前に立っている青年はソラだ。この金髪、金色の衣装、そして青緑の瞳。

「どうしたの!?というか、何でここにっ!?」

 混乱して騒いでいると、彼が人差し指を私の口に当てる。私は自然に言葉を飲んだ。

「騒がないで。見つかると厄介なんだ」

「そ、そうね……」

 その頃になって私はようやく落ち着いてきた。だが、電気は消え月明かりだけの病室の中でソラと二人きり。今度は別の意味で胸の鼓動が速くなる。

「でもどうして。どうしてここへ来られたの?」

 すると彼は片口角を微かに上げるいつもの笑みを浮かべた。

「この前君が倒れた時だよ。助けにきた人がさ、医者だって言ってた。この村で病院といえばここしかないからね。前にも言ったはずだよ。僕、何でも出来るんだって」

「そうだったの……。その、ごめんなさい。その人、ソラに酷いこと言わなかった?」

 医者はソラのことを良く思っていない感じだった。

「あんなの気にしてないよ。僕はこんな外見だし、いつも人間には珍しがられるんだ」

 それはまぁ、一般人には見えないだろう。

「ならいいの。……ソラ。ずっと会いたかったわ」

 涙で視界が滲んでくる。駄目だ、泣くなんて。今は泣いてる場合じゃないのに。

「泣いているのかい?」

 ソラは片手で髪を耳にかけながら不思議そうな顔をする。

「君って変わってるよね」

 流れ出る涙を袖で拭い、すぐに彼の方を向く。

「えぇ、そうかもしれない」

 するとソラが突然真剣な顔をする。

「アイネ。今日は君の願いを叶えにきたんだ。でも、君の願いを叶えるためには、一つ約束してもらう必要があるんだけど」

「私の願いを叶えてくれるの?……いいわ。何を約束すれば叶えてくれる?」

 彼はとんでもないことを言っている。なのに自然に信じてしまう。彼の不思議な力だ。

「今から見ることを絶対に誰にも言わない。そう約束してくれるかな」

 約束せずとも私にはそもそも話すような知り合いがいない。

「分かった、絶対に言わない。誰にも話さない。誓うわ!」

 ソラの青緑の瞳をしっかりと見詰めて答える。

「成立だね。驚かないでよ」

 またいつもの笑みを浮かべて楽しそうに言った。

 彼の身体から金色のもやのようなものが発される。そして次の瞬間、彼は大きな黄金の龍へと変貌した。

「……!!」

 その姿は十年前に私が一瞬だけ見た黄金の龍に似ている。

「さぁ、乗って。この僕が人間を乗せるなんて普段は絶対にないんだから。君は凄く幸運だったね」

 その大きさと立派さに圧倒された私は言葉をなくす。しばらく呆然と眺めるしかなかった。

「アイネ?どうしたの?」

「あ……」

 彼の声かけでようやく現実に帰ってきたような気分だ。

「もしかして怖い?心配しなくていいよ。こっちが本当の僕なんだから」

 龍の大きな顔が私の上半身の辺りに擦り寄ってくる。近くで見るとますます迫力が増す。

「朝までには帰らなくちゃならないんだから、さっさと乗ってくれるかな。じゃないと君の行きたいところ、全部回れなくなっちゃうよ?」

 妙に急かしてくる。

「そうね。乗るわ」

 私は彼の背によじ登った。

「じゃあ出発だね」

 言うと同時に、物凄いスピードで空へ舞い上がった。通過した窓ガラスが割れていない。私を乗せた黄金の龍は、どこまでも高く飛び上がる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ