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〔GIGA〕  作者: 藤宮 創
9/20

SCENE 7――過去との闘い/開戦――

 ――最初の攻防が終わった。

 目の前には赤髪――拳を軽く上げたまま、不敵な笑みを浮かべている。

 対する俺は、膝をついてそれを見上げていた――呼吸が苦しい。

 横隔膜が、キリキリと悲鳴を上げていた。

 「けっ……だらしねえなあ……BB?」

 小馬鹿にした様な、いやらしい声が響く。

 ――この野郎――

 その顔を睨めつけながら――俺の思考は、数分前のやり取りを反芻していた。



 「――何が可笑しい?」

 闘技場中央――開始前の対峙。

 サム・マグダネルの骸骨の様な顔を見下ろし、俺は呟いた。

 頭ひとつ分、低い位置にあるその顔――相変わらず、不気味な笑みを浮かべている。

 その緑の瞳。そこに浮かぶ色――侮蔑が、俺の神経を逆撫でた。

 「てめえ――」

 「ククッ……相変わらずだな……」

 言い募ろうとした俺を遮るように、骸骨が声を発する。

 「――お手柔らかに頼むぜ……“BB”?」

 ニヤついた顔が歪み――狂った様に輝きを増した。

 ――驚愕。

 一瞬の思考停止――その空白を縫って、奴の拳が襲いかかる。

 闘いが、始まった。

 咄嗟に上体を反らし、回避――身体すれすれを薙ぐ風圧が、俺の神経回路を闘いに引き戻す。

 ――聞き間違いか?――

 拳の猛攻――右へ左へ躱し続けながら、俺は今聞いた言葉を頭の中でリフレインする。

 ――BB――

 ――なぜ……その呼び名を知っている?

 それは俺の――。

 「零式」時代の呼称(ニックネーム)

 BlackBox――“BB”

 仲間しか知らない筈のそれを、なぜ――。

 「――思い出すなあ」

 嬉々として拳を繰り出しながら、不意にマグダネルが口を開く。

 「一度だけ、お前とやったスパーリング――アジトの地下室だったか?――俺様の顔面に、三発も入れやがって」

 言って、顎の右側を見せつける。

 「おかげで――この様だ」

 視界の端に捉えた――爆発した様な、傷跡。骨が歪に変形し、突起していた。

 ――呼び覚まされる記憶。

 湿ったコンクリートの地下室。粗末なリングロープ。熱気。

 繰り出した拳が感じる、肉と骨の感触。そこにいたのは――。

 「――スネイル?」

 瞬間――記憶と重なる顔。

 ――いつの間に、そこにいたのか。

 息がかかる程の眼前で、それが冷酷な笑みを浮かべる。

 「正解――」

 ――ふざけた台詞と共に、鳩尾を強烈な一撃が襲った。



 サム・マグダネル――通称“蝸牛(スネイル)

 ――かつて、仲間と呼んだ男。


 「――何の仮装だ……そのツラは……」

 苦痛に喘ぎながら、俺は精一杯の悪態をつく。

 ――赤い髪。

 ――緑の瞳。

 痩せこけた肢体――。

 全てが、記憶の中の姿とは異なっていた。

 「……ハリソン・スローダー」

 静かに、スネイルが口を開く。

 「……一緒にTV観戦したろ?俺の憧れの、ストロー級チャンプ……彼をモデルにして、この身体を創ってみたのさ……どうだい?」

 言って、大仰に両腕を広げて見せる。その様は、まるで芝居がかった教祖様だ。

 俺は改めて、その小柄な身体を観察した。

 ――記憶がフラッシュバックする。

 拳を振り上げて、熱狂する(スネイル)――TV画面では、目の前の姿そっくりの男が闘っていた。

 ――間違いねえ――

 話の内容・この発散される雰囲気。

 こいつは――あのスネイル。

 俺の毛嫌いした、戦闘狂(バーサーカー)――。

 「……確かにな……あいつも、随分イカレた奴だったよ」

 呼吸を整えながら――俺は唇を歪めて見せる。

 教祖様の眉が、ぴくりと反応した。

 「それで……?その猿真似をして、お前は何しに来やがった――」

 喋りながら、その隙を窺う――ハワードの時の様に。

 奴の瞳が、徐々に激昂の色合いを帯びて来ていた。

 「殻に籠った蝸牛(スネイル)野――」

 ――!

 刹那――激しい衝撃。

 無防備な腹に叩きこまれた蹴りが、俺の悪態を中断した。

 「クソ野郎が……何も変わっちゃいねえな」

 冷酷な――内に苛立ちを宿した言葉。その間にも、更に間断無く蹴りが叩きこまれる。

 「あの頃も、てめえはそうだった――悟った様な顔で、この俺を見下しやがって」

 蹴撃の弾幕――その中で、俺は異様な臭いを感じた。

 薬品の様な。これは――酸?

 臭いの源に視線を向ける。

 狂った様に蹴り続ける蝸牛(スネイル)――その身体から、白い煙が立ち昇り始めていた。


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