SCENE 17――苦悩――
――随分、久し振りな気がする。
現実世界:独房――前衛芸術ばりの天井を、俺は“拘束具”の上から眺めていた。
――皮肉なもんだな――
<GIGA>へのアクセス頻度が増した今となっては、このアンバランスな部屋さえも、懐かしい故郷の様に感じられる。
――短く、俺は溜息をついた。
「――調子はどうかね」
スピーカーから響く声――見慣れた白髪混じり:モニターに焦点を結ぶ。
無言で、俺は“拘束具”から立ち上がった。
「疲弊している様なら――」
「別に……」
――知らず、余程曇った表情をしていたらしい。
珍しく心配げな声――俺は、慌てて冷静を装った。
「そうか……ならいいが」
――釈然としない表情。それを横目で眺めながら、俺はまた、溜息をつく。
――どうにも出来ないさ……あんたじゃ――
<GIGA>ワールド:数時間前――。
「倒す……だと?」
隠者の、漆黒の瞳――そこから眼を離せないまま、俺は呻いた。
「一体誰を――」
「……“brute”」
――矮躯の老人が、静かに口を開く。
「トレスト・ミハエルコフ……お前さんもしっておろう?」
――俺は己の記憶を探る。
脳内に広がる、活字の羅列――新聞記事。
そこに、その名はあった。
「……神に愛された、魔物……」
無意識に――その異名を呟く。
ある時期:連日メディアを沸かせた凶悪犯。様々な憶測が流れ、半ば時代の寵児と化していた男――。
「あいつが……いるってのか?この<GIGA>に――」
「――左様」
当然の事の様に――隠者は頷いた。
「先日の被検体の死亡……あれも、あ奴の所業じゃ」
「何だと……?」
――スネイルの参戦=原因:被検体の死亡――奇妙な因縁。
「あ奴は……愚かな殺戮を繰り返しておる。現実でも……<GIGA>でも」
隠者の声――心なしか、微かな哀しみを帯びていた。
「だろうな……人間、そう簡単に変わるもんじゃない」
――だからこそ、刑務所なんてものが存在する。
「……何でだ?」
「――何?」
「あんた――奴に恨みでもあるのか?」
俺は努めて、無関心を装った。
あの凶悪犯との一戦――それ自体は面白そうだ。今の俺の能力が、どこまで通用するか――興味がある。
――だが。
「……理由も分らねえまま――言いなりになる気はねえ」
沈黙する隠者に向けて、俺は辛辣に言い放った。
皺だらけの表情:苦悶に歪む。
そして――。
「……逆じゃよ」
その重い口が――言葉を絞り出した。
「――何だって?」
「救いたいんじゃ――あ奴は……トレストは、本来あんな怪物などではない!」
叫び――堰を切った様に、その声が空間を切り裂く。
――強い瞳が、俺を見つめた。
「あ奴はわしの――」
「……本当にいいのかよ……爺さん」
薄汚れたコンクリート壁を見つめながら、俺は呟く。
――闘えば……殺す可能性だってある――
未知数の能力を抱えた今の俺なら、尚更――手加減出来るとは思えない。
――隠者の願い。その中に隠されていた理由――。
俺は今更ながら、深い後悔の溜息をついた。
「殺すかもしれねえんだぞ……あんたの息子を」