SCENE 13――交錯する思念――
重厚な造りのデスク――古めかしいアンティーク家具。
決して使い勝手が良いとは言えないそれは、屋敷同様、持ち主の趣味趣向を如実に反映していた。
――ゴードンの私室。そこに、レイスとパトリシアの姿。
「……泳がせておくさ」
レイスの声。その眼は、卓上のモニターを見詰めている。
――パトリシアが、意外そうな表情を見せた。
モニターを流れる文字――≪MECELL≫:完全適合:ミハエルコフ教授――所々に読み取れる言葉。
――レイスの口元が、微かに歪む。
「ようやくあいつも――我が社に貢献してくれそうだ」
***
「誰だ……あんた」
俺は目の前の人物を――呆然と見詰め、呟いた。
スネイルとの死闘:一週間が経過――。
見渡す限りの白い空間――<GIGA>ワールド内:疑似戦闘スペース。
この七日あまり――俺は、連日学者どもの試験材料にされていた。
現実世界:X線・MRI・脳波測定・果ては訳の解らない試薬を飲まされての、超音波検査――奴らの興味は唯一つ。
<SHADE−particle>――進化した、俺の能力。
その全貌を知る事に、躍起になっていた。
そして当然のごとく――<GIGA>:この殺風景な空間で、繰り返される疑似戦闘。
辟易――だが心のどこかが望む――力の実感。
闘うたび、感じる高揚――ギャンブルの最中の様な。
俺の身体は、幾度となく粒子と化し――幾度となく、銀色の人形どもを貫いた。
ただ、漫然と――力に酔いながら。
――その出会いは、唐突に訪れた。
いつもと同じ、白い空間――七日目:今日。
見飽きたデッサン人形どもの代わりに――そこにいたのは、白髭の小柄な老人。
落ちくぼんだ眼が、静かに――こちらに向けられていた。
その眼の色:そこに宿る意志。人形どもには決して発散出来ない、生命の雰囲気。
――明らかに、俺達同様:生身の人間のアクセス。
前屈みのせいもあるが――やけに小さく見える。俺の肩くらいまであればいい方だろうか。
白く長い顎鬚を垂らし、佇む姿――水墨画から抜け出た仙人の様。
――微動だにしないその姿を、俺は凝視していた。
――こいつは一体……?――
「……ふん」
と、突然――老人が鼻を鳴らす。
――その眼が、嘲る様に細められた。
「素質は有る様じゃが……いかんせん、修行が足らんのう」
「――何だと?」
静かな口調:唐突な批判――そこに混じり合った高慢さ。それが癇に障り、俺は思わず声を上げる。
――貫いてやろうか――
感情の起伏に連動する様に――身体から、光の粒が浮遊し始めた。
「……それ見た事か」
一転――老人の口調が厳しくなる。
「今のお主は……“力”を無意味に誇示したがっておる……子供と一緒じゃ」
――驚愕。
心の内側に、触れられた様な感覚――動揺に比例して、俺の身体は収縮していく。
――何故――
――それが解る。
あの心の高揚――俺自身、曖昧に感じていただけのそれを――この老人は、いとも簡単に言葉に変換した。
「誰だ……あんた」
俺は目の前の人物を――呆然と見詰め、呟いた。
皺だらけの顔――穏やかに、笑う。
「隠者――そう呼ばれておる」
***
メルザックCo., ltd.:北半球統括支部――。
「ショウ……ブラックボックス、か……」
わざとらしい程の光量に照らされた廊下を歩きながら、ゴードンは呟いた。
先刻――教授の思考の中に流れた名前。当人も気付いていない様だが、それは≪MECELL≫を介し抽出され、ゴードンの持つ小型端末にデータ転送されている。
教授――その肉体は≪MECELL≫に侵食されていた。
それは[TYPE−01]と呼ばれる、最初期のナノマシン。その制御の失敗――彼の身体を奇形に変えた原因。
だが暴走しながらも――それは本来の機能を失ってはいなかった。
「適合率は……ほう、78%か……あの一瞬で、よくここまで調べたものだ」
データを解析しながら――ゴードンが感嘆の声を洩らす。
水槽から伸びたコード――教授に直結したそれは、彼と様々な機器・コンピュータを意識レベルで繋ぐもの。
そこから教授は――あの時、モニターに映った男について調べ上げ。
そこからゴードンは――その情報を盗み見た。
「この男を利用すれば――」その顔が、喜悦に染まる。
――足取りが速まった。
「達成するかもしれん――私の、夢が」