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〔GIGA〕  作者: 藤宮 創
14/20

SCENE 12――メルザック一族/兄妹――

 「……以上が、今期の連結決算の概要です。続いて――」

 「――ケリー」

 ――超高層ビルの一室。巨大なガラス窓からは光が存分に射し込み、冗談の様に広い室内を照らしている。眼下には、精密部品さながらの建物群が、数km先まで拡がる様が見て取れた。

 「……何でしょう」

 その中で、凛とした声を発していた女性――アップにした黒髪・シャープなデザインの眼鏡・タイトなスーツ――静かに応じると、自分の発言を遮った男を、微動だにせず見つめる。

 その視線の先――マホガニー製のデスクに鎮座した、壮年の男。

 高級なスーツ・装飾の施された腕時計――全身から発散する威圧感。

 ――メルザックCo., ltd.代表取締役:レイス・F・メルザック。

 その重厚な姿が、実在のものとしてそこにあった。

 「連邦政府(C.P.U)から連絡は……?法案の進展はどうなっている」

 「――“犯罪者特別救済法”ですか?」

 卓上の書類の束から、目を離さず聞いて来る男に対して――代表取締役秘書:ケリー・ツェンは、事務的な冷静さで答える。

 「その件に関しての連絡はありません……それにあれは、イレイザー支部長が単独で進めておられますので――」

 私には分かり兼ねます――そう言いたげに、彼女は言葉を区切った。

 「チッ……」

 レイスが、無意識に舌打ちを洩らす。

 「ゴードンの奴――」

 書類をめくる手が止まり――その眉間に皺が刻まれた。

 「何を企んでいる……?」

 ――<GIGA>システムの確立:会社への貢献。

 あの野心家が――そんな事に、あれ程執着する筈がない。

 ――恐らく、法案の件も――

 体裁を取り繕う虚偽(フェイク)――いや、実際に連邦政府(C.P.U)へ提出はしているかもしれないが――奴にとって、それが可決するかどうかなど、どうでもいい事なのだろう。

 だとすると――。

 「――社長?」

 ケリーが不審そうに呼びかける。

 険しい顔のまま、身じろぎひとつしないレイス:思考に没頭――と、唐突にその顔を上げた。

 「ケリー……今夜の私の予定は?」

 真正面を見据えたまま――問いかける。

 「本日は――17:00からの定例会議の後、マーロン商会の重役方と会食……それから……」

 「――キャンセルしてくれ」

 「――はい?」

 PDAにペンを走らせていたケリー――予想外の言葉に、頓狂な声を上げた。

 思わず、己の主人たる男の顔を凝視する。

 「――行かねばならん所がある」

 ――その顔が、重苦しい声を発した。



 「で――ご用件は?」

 ドアの傍に佇む女が、呆れた様に呟く。

 ――時刻は、もう夜半過ぎ。

 中世ヨーロッパを思わせる、豪勢な装飾の施された部屋――サイドボードに肘を掛け、女は手にしたグラスを掲げる。茶褐色の液体の中で、氷がカラン、と澄んだ音を立てた。

 「御挨拶だな」向かい合ったソファの中――男が苦笑する。

 「――久しぶりに、兄が訪ねて来たってのに」

 そう言うと、自らのグラスの中身を半分程あおった。

 「――兄?」

 女は形の良い眉を吊り上げ、乾いた笑みを浮かべる。

 「私には――メルザックの社長様にしか見えないけど」

 「おいおい、パトリシア――」

 女の痛烈な皮肉。なだめる様に、男――レイスは肩を竦めて見せた。

 イレイザー邸――その一室。

 突然の訪問――嫁いだ妹に会うという名目:無論、真意は別。

 レイスはグラスを傾けつつ、己の妹を観察した。

 パトリシア・メルザック。否――現在はゴードンの妻:Mrs.パトリシア・イレイザー。

 ――見ないうちに……派手になったもんだ――

 無理矢理にウェーブさせ、傷ませた髪・どぎつく赤い唇・わけのわからぬ装飾の施された爪――。

 自分の手元にいた頃――聡明で、悪戯好きだった少女。生粋のシャーロキアンで、いつも彼の様に、推理で人を驚かせて楽しんでいた。

 目の前の女:記憶――あまりにも違う印象。

 ――あいつの……ゴードンの影響か――

 グラスを弄ぶ様を見ながら――ほんの少し、空虚な感情が胸をよぎった。

 「……しばらく、ここには帰って来てないわ」

 ――沈黙の中。

 不意に、独り言の様にパトリシアが呟く。

 「――何だって?」

 わけが解らず――思わず問い返すレイス。

 だが一瞬遅れて、その言葉の意味に気付き――その眼は驚きに見開かれた。

 「探りに来たんでしょ……?あの人の事」

 そう言って――彼女は悪戯が成功した子供の様に、無邪気に笑う。

 小さなシャーロック・ホームズ。

 ――記憶の中の妹が、そこにいた。

 「変わらんな――」

 何がかは解らないが――レイスは救われた様な気分で、呟いた。


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