SCENE 10――教授(プロフェッサー)――
――冷たい、金属の壁面。闇の空間――そこかしこで、赤や緑の光が点滅している。
現実世界――とある施設の一室。
広大な空間の中――光の固まった場所に、人影。
――モニターに照らされた、スーツ姿の男。
「ほう……面白い」
画面に映る光景――男が声を上げる。
――ちらりと、赤髪痩躯が見て取れた。
メルザックCo., ltd.所有:忘れられた研究施設。
世界各地で繰り返した、企業の買収・合併――いわゆる喰い合いの残骸。そんな、放置されたままの建造物――相当数存在。
「この新人……なかなか期待出来そうですな……」
その中で、大柄な男――北半球統括支部長:ゴードン・イレイザーは喋り続ける。
――冷たい室内に、声が反響した。
「どうですかな――教授?」
言いながら――傍らの、円筒形の水槽の様な装置を見上げる。
高さ:約4m――頭頂部からは、ドレッドヘアの様な極太コードが無数に垂れ下がり、ガラスの側面を這って床に伸びている。その内部――琥珀色の液体。
その中に――人型の粘土細工を引き千切り、機械を埋め込んだ様なものが、浮かんでいた。
――老人:白髭の――大仰な管の付いた酸素マスクを嵌め、全身にコードを取り付けられた、上半身のみの肉体――眼球が、ゴードンの声に反応して動く。
――ごぼり。
マスクの隙間から、気泡が漏れ出した
「――いやだなあ」ゴードンが、おどけた様に肩を竦める。
「そんな目で、見ないで下さいよ――かつてのビジネスパートナーじゃないですか」
水槽の中――微動だにしない青い瞳を、正面から見据えた。
――ごぼり。
再び――気泡が昇っていく。
「それで……どうです?――彼等を見たご感想は」
片腕を広げ、モニターを指し示す――芝居がかった動作。
「あなたの開発した≪MECELL≫は――」効果的に言葉を区切る――反応を窺う。
「ここまで、進化したんですよ――私の手で」
嬉々として――胸を張るゴードン。それに隠れる様に、苛立ちを宿した瞳――ビジネスマンの性。
本心を、決して悟らせない為の――道化の演技。
「――ふん……進化、じゃと……?」
それにつられる様に――唐突に、水槽に備え付けられたスピーカーが声を発した。
「スペックを低くして――適合し易くしただけじゃろう?……そんなものは、進化とは言わぬ」
言葉に合わせ、収縮する肉体――間違いなく、この老人が喋っている。
液体の中で――醒めた目を、こちらに向けていた。
「ほう……相変わらずですな」
一変――ゴードンの顔から、表情が消える。
「人体実験の失敗で、滅茶苦茶になったその身体――私が助けなければ、一ヶ月と持たなかったんですよ……感謝して欲しいものだ」
「……頼んだ憶えはないわ」
辛辣な言葉の応酬。
――薄闇の空間が、一瞬にして緊迫した。
「――まあ……いいでしょう。あまり時間も無い」
押し殺した声――荒れた感情を抑え、ゴードンが切り出す。
「本来なら、永遠に眠っていて欲しかったが……早急に、あなたの協力が必要になった」
静かな口調――異形の老人が、訝しげに顔をしかめた。
「完全適合……か?」
――ごぼり。
沸き立つ泡の中で――老人が言葉を紡ぐ。
ゴードンの、顔――鋭く微笑んだ。
「そう……あなたの理論では――≪MECELL≫に100%適合した者は、一個師団に匹敵する戦闘能力を持つ筈――そうでしたね?」
言いながら、傍らのモニターを見やる。
「ならば、教えて頂きたい――このクズどもの誰をどうすれば――その完全適合になるのか」
老人:琥珀の液体の中――青い瞳が、モニターに向けられる。
そこに映るのは――溶解していく、男。そして――。
ほんの一瞬――老人の眼が、科学者特有の光を帯びた。
――ゴードンは気付かない。
「どうですかな――エンリコ・ミハエルコフ教授?」
***
――暖かい――
陽だまりにいる様な――そんな感覚が、おれを包んだ。
無意識に目を閉じる。能力の解放――<SHADE>を使う時と似ていたが――温度まで感じた事は、今までない。
――ドクン――
確実に――何か別の事が、起きようとしていた。
「な…なん……?」
スネイルの気配――驚愕が、伝わってくる。
――伝わってくる?
相手の感情が――振動の様に、俺の身体に届いた。まるで空気を揺らす様――。
目を開いた。眼前を浮遊する、粒子――それは、俺の一部。
その瞬間――俺の身体は、光の砂と化していた。