SCENE 9――過去との闘い/Harley’s son――
≫薄暗く――冷たい室内。
窓ガラスに映る姿――本来の、現実の――己の肉体。
その手前に、人影――数人。
「我々が――」影の一人が、静かに口を開く。
「新しい世界を創るのだ」
――深いバリトンの声。
「その為に――試練を与えよう」
――遠い記憶。顔の見えない、男の映像――
「マグダネル――お前は……」≪
「――何の冗談だ……?」
――ダメージの蓄積が酷い。俺は何とか上体を持ち上げ――ふざけた奴の顔を正面から睨む。
その顔が――嘲りの笑みを浮かべた。
――“核”――
そんなものが――『零式』で許される筈がない。
安易な大量殺戮――それは、ハーレーが最も忌み嫌ったもの。
行う破壊活動と、同等のものを差し出す覚悟。
メンバーにも、自分にも――彼はそれを求めた。
「そんなもの――」
――だからこそ、確信を持って言える。
「デヴィットが――認める筈ねえ」
その名前に――スネイルの頬が、ぴくり、と反応した。
「ケッ……“Harley’s son”か……」
苦々しげに、言葉を吐き捨てる。
「あのクソ餓鬼……思い出したくもねえ」
デヴィット――卓越した戦闘の才能・統率力――ハーレーの寵愛を受け、後継者として育てられた少年。
何処で生まれ――『零式』に出逢うまで、何をして来たか――謎。記憶の途切れた孤児。
だからこそ、あらゆる技術を真綿の様に吸収出来たのか――。
そして――ハーレー亡き後。
『零式』は、彼とその後見人達に委ねられた。
通称――“Harley’s son”
≫「……そんなものは、必要ない」
少年の声――幼さを残しながら、深い威厳――背負うものの重さ。
「我々が破壊するものは、矛盾した世の仕組みそのものだ――“核”などという、馬鹿げた武力に頼る意味はない」
確信に満ちた瞳――不意に、それが驚愕に見開かれる。
「――お前達……」洩れた呟き。傍に居並ぶ男たちが、一斉に銃を構える。
「裏切る気か――ハーレーの遺志を」≪
「なあ……俺達は、何と戦ってるんだ?」
俺を見下ろしながら――スネイルは、突然問いかけた。
「――何だと?」
意図が解らず――俺は眉根を寄せる。
「俺達の敵は――体制だ。国家そのものだ!」――奴の叫び。拳を振り上げ――まるで有名な、あの独裁者の様。
「……だろう?」
怒りの塊の様な、その顔が――微かに翳った。
「だったら――同等の力を持つ事が、なぜ悪い?」
――沈黙。
“能力”の白煙――沈静化。落ち着いている証拠。
こいつは――本気でそんな事を言っている。
「やっぱり……イカレてるぜ、お前」
「何……?」
息も絶え絶えの俺が洩らす言葉に、スネイルの顔が歪む。
「俺達は……体制の敵である前に……民衆の味方だ」
ハーレーの理念――イコール、俺の理念――。
「そんな俺達が……」
――湧き上がる感情。俺はしっかりと、奴の瞳を見据えた。
「……彼等ごと――無差別に殺す兵器を持ってどうする」
視線が正面からぶつかる――信念の対立。
「ケッ……」嘲笑う様に――スネイルが唇を吊り上げる。
「ほざいてろよ……どの道――“Harley’s son”は、もう終わりだ」
「――何だと?」
再び湧き上がる、不安。
それを正確に射抜く様に――奴の言葉。
「気付いてるんだろ……? “世代交代”は――もう始まってる」
≫「ショウ・ブラックボックス……奴は危険だ……」
男が言う――相変わらず、顔は見えない――記憶から消えている。
「ハーレーの信奉者にして……最強の戦士……奴を消すのだ……」
それに答える、自分の声――遠くから聞こえる様な――男の驚いた反応。
何と言ったのだろう――思い出せない。
それから――再び男の声。肩に手が置かれている。
――身体が、震えていた。
「いいな、マグダネル……犠牲無くして、理想の実現はあり得ない」≪
「……後見人の糞どもは――あらかた抹殺した」
淡々とした口調――対照的に、俺の精神は揺らぐ。
「――“仕入れ先”も、もう見当がついてる……アジアの小国だ。後は……」
呆然とする俺――スネイルが更に畳みかける。
「デビットや、お前ら……ハーレーの匂いを、根絶すれば終わりだ――『零式』の実権は、 俺達が握る。だからよ――」
殺気――唐突に膨れ上がる。
身体が無意識に、反応しかけた――その瞬間。
「死んでくれよ――“ハーレーの信奉者”さんよ!」
噴出――水蒸気爆発の様に、奴の身体が能力を開放する。
強烈な熱波が、俺の身体を打った。
「が……あぁ……」
喉が焼かれていく。両腕が――露出した皮膚が、蝋燭の様に溶解し始める。
――死……?――
それが――脳裏をよぎった瞬間。浮かんだのは――。
――仲間の顔。
――デビットの顔。
そして――ハーレーの顔。
――いやだ――
俺の故郷――帰るべき場所。『零式』が――。
――愛するものが、歪む――消える。
それだけは――。
「……認め、ねえ……絶対に!」意識が急速に――焦点を結んでいく。
――その瞬間。
――ドクン――
俺の中で――何かが起き始めた。