SCENE 8――過去との闘い/<ACID>――
――異様な光景だった。
石畳の床が、まるでウレタンマットの様に、スネイルの体重を受けて沈んでいく。
その接地面――白い煙と共に、液化した石床がごぼり、と泡を立てた。
「これは――」奴の動きが止まる。
身体から発する煙を、茫然と見回していた。
その隙をついて――俺は飛び退く。着地と同時に崩れ――片膝をついた。
――予想以上に、ダメージが大きい。
憔悴しながら――自分の身体を見る。蹴りの衝撃で出来た破れ目に混じって、焼け焦げた様な跡が、衣服に散らばっていた。
「そうか……これが……」
奴の顔が、白煙の隙間で嬉々と輝きだす。
「俺の――“能力”ってやつか……!」
緑の瞳が、狂喜を滲ませて俺を見た。
一層、激しくなる白煙――奴の昂ぶりに合わせる様に。
空気さえも焼いているのか、俺は息苦しさを感じた。
――<ACID>――
触れるもの全てを、溶解させる強酸――そんなイメージが脳裏をよぎる。
まさに今、スネイルの身体は酸の塊と化していた。
――ゆらり。
その身体が、白煙を揺らして動く。散歩でもするかの様に、悠然と――その足が、新雪を踏み込む様に石床に沈んでいった。
「――どうした……ビビってんのかよ……?」
嘲りの笑み。一層濃くなっていく焼けた空気に、俺は思わず顔をしかめる。
酸欠状態――意識が霞み始めた。
――奴が近づいてくる。
――まずい――
本能の警告――無理矢理身体を奮い立たせる。
――ぞっとする気配。前方から――咄嗟に床を転がり、回避。
スネイルの痛烈な蹴り――数秒前、俺のいた空間を薙いでいた。
溶けた石床の飛沫が、盛大に飛び散る。
「ちょこまか逃げ回るんじゃねえ!」
振り返った赤髪の怒声――疾走。溶解した床が波打つ。
――速い。見る間に近づく姿。
――仕方ねえ――
かろうじて俺は立ち上がり――応戦の構えをとる。
全身にだるさが纏わりつく――回復が遅い。
「――リターンマッチと、行こうじゃねえか」
――戦闘狂が、歯を剥き出して嗤った。
白煙の接近――酸素が焼かれていく。跳ね上がる飛沫がもたらす、刺す様な痛み。
「オラッ!」――拳が迫った――打ち合いの開始。
お互い足を止めて、打ち合う――苛烈なインファイト。
拮抗。だが――“能力”の分、こちらが不利。
打たれる度、焼けただれる様な痛み――全身を疾った。
――<SHADE>が使えれば――
発動――若干の精神集中が必要。この世界でのスネイル――異常な速さ。
結論――隙がない。
「よう……てめえも、ハーレーの信奉者だったな」
優勢の余裕――拳を繰り出しながら、奴が喋り始める。
「可哀そうになあ……」
――意味不明。その心中を察してか、緑の瞳が冷酷な笑みを浮かべる。
「もう『零式』に――てめえの居場所はねえぜ」
――何?
――別角度からの襲撃――思わず手が止まる。
瞬間。
強烈な右フックが、俺の顔面を捉えた。
首が急加速で捩れる――それに引っ張られ、身体が宙を舞う。
溶解したまま、固まった石床――俺は叩きつけられた。
衝撃――息が詰まる。
「クク……気付いてんだろ?」
奴の気配――強酸の匂いと共に、近付いてくる――視界に枯れ枝の様な脚。
朦朧とする意識で、最悪のキーワードが反響した。
――世代交代――
瞬時によぎる不安。
――もう、手遅れなのか。
だが――。
次の言葉に、俺は奴の――自分の正気を疑った。
「もうすぐ『零式』は、至高の――“核”の力を手に入れる」