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〔GIGA〕  作者: 藤宮 創
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prologue――BATTLE STAGE――

 ――鋭い銃弾が、こめかみを掠めた。

 痛みとともに、側頭部を流れ落ちる感触――血。淀んだ空気・微かに硝煙の匂い。足の裏に、硬い石床の感触。全てがリアルに感じられる。

 俺の心は、しかし冷たく鎮まり返っていた。

 ――震えねえ……こんな茶番じゃあ――

 微動だにせず、目の前の男を見据える。

 薄暗く巨大な空間。スポットライトに照らされた中央――異様な雰囲気の男が、一人。黒いタンクトップ・ピエロを思わせる極彩色の迷彩ズボン・短く刈り込んだ金髪。左手にはセミオートライフル“M1ガーランド”――第二次大戦の主力。よくそんな骨董品をと感心する。

 その銃口は、俺の方を向きっ放しだ。

 「ひひ……今度は外さねぇぇぞうぉぉ」

 下卑た笑みを浮かべて、男が口を開く――ガキに怪談話をする様な口調。その顔から、歪んだ狂気が滲み出す。

 ベック・ハワード。子供ばかり何人も誘拐し、嬲り殺した最低のサディスト野郎――きっとその時も、こんな風に笑いながら怯える子供に銃口を向けていたのだろう。その浅ましい姿に、俺は思わず顔をしかめ、舌打ちした。

 「……なぁぁんだよぉお……もぉぉっと怖がれよぉぉぉ」

 ――ラリってんじゃねえか?こいつ――

 内心で悪態をつく。こんな奴の相手は、早く終わりにしたい。

 醒めた目で、その銃を見やった。

 新聞で読んだ記事――被害者の子供達はいずれも、死なない程度の傷を長時間に亘って負わされ続けた後、殺されていたらしい。恐怖し、憔悴し、泣き叫ぶ姿を眺めながら、ゆっくり止めを刺す。極上の晩餐(ディナー)の、最後の一切れの様に――それは、このイカレサディストにとって、恐らく最高の悦び。

 そしてそれは――奴の“能力”にも、如実に反映していた。

 <ARMS>――自身の身体を武器へと変える力。

 左手のガーランドには、銃床も引き金も無い。それがあるべき場所には肘関節――そこから溶接でもしたかの様に溶け合った接合部を経て、鈍色の銃身が生え出している。体内から無限に弾丸を装填し、撃ち続ける事が出来る銃。それは奴の意志で自在に照準し、自在に“死なない程度の”威力で発射出来る。まさに、拷問趣味にとって理想の武器。

 この世界だからこそ、得られた力だ。

 ――ギィィン!

 凄まじい音を立てて、足下の床を弾丸が跳ねる。先刻から無反応の俺に、奴の放った威嚇射撃――抉られた石畳から、白煙が立ち昇る。

 「なぁんとか言えよぉぉ……殺しちまうぞぉぉぉ」

 無邪気なガキの様な言い草が、かえって癪に障る。

 「……やってみろ」

 思わず出た言葉。

 ――今の俺は――

 己の力だけで、政府の犬どもと渡り合って来たこの俺が。

 理想の世界の為に、戦い続けてきたこの俺が。

 ――こんな奴と同じ立場――

 そう思うと、どす黒い感情が俺の体内を駆け巡る。

 「子供しか殺れねえチキン野郎が――」苛立ちがそのまま噴出した。

 「唄ってんじゃねえよ」

 その低い声に、奴の全身がぴくん、と反応する。

 表情が強ばり、見る間に修羅のそれに変わっていった。

 「あ……あぁぁぁぁぁなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 意味を成さない雄叫び。反射的に、左腕のライフルが火を噴く。

 ――分かり易い馬鹿だ――

 刹那、俺は奴に向かって突進した。

 膨らんだ殺意を抱えたまま。

 激情任せの攻撃は、軌道が読み易い。零コンマ何秒――二発目の銃弾。胸部へと疾走して来る。それが肉体に食い込む瞬間――。

 俺は、自らの“能力”を開放した。

 弾丸が貫通する――その感触すら、俺には無い。色素が薄れ、半透明にまでなった肉体。

 それは空気に映った虚像の様に、あらゆる攻撃を透過させる。

 <SHADE>――俺の能力。心の空洞――俗に言う“無の境地”――それが肉体を幽体の如く希薄にする。

 この世界だからこそ、得られた力。

 ――幽霊に、銃は効かねえ――

 走り抜け、距離を詰める。目の前には状況を理解できず、放心状態の奴の顔。

 振り上げた俺の拳を見て青ざめる。

 ――くたばりな――

 ほぼ垂直に、顔面を穿つ左拳。骨の砕ける感触が皮膚に伝わる。

 そのまま振り抜いた力は、奴の身体を縫い包みの様にあっさり吹き飛ばした。



 『……勝者(ウイナー)、ショウ・ブラックボックス!』

 場内アナウンス――唐突に周囲が明るく照らされる。湧き上がる、地響きの様な歓声。それが反響する天井は恐ろしく高く、巨大な照明装置が、その下の空間を焼き尽くさんばかりに光輝いている。

 直径15m程の、石床の闘技場――俺が闘っていた場所。ドーム状の建物中央に設置されたそこで、俺は顔を上げ、周囲を見渡した。

 光の中でなお、薄暗い空間――周りを取り囲む、階段状の観客席。興奮する無数の人影。拳を振り上げる者。笑いながら拍手喝采する者。老若男女入り乱れたギャラリー達――皆虚ろな姿で、時折身体にノイズを走らせている。

 立体映像――ここに生身の人間は一人もいない。存在出来るわけがない。

 虚像で創られた、虚構の世界。

 と、俺の視界そのものにも、唐突にノイズが入り始める。

 「なんだ……もう連れ戻す気か……?」

 そう呟くと、意識が急速に暗転し始めた。


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