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試練の終わり

 彼女の最後の願いが叶った後は、本当に穏やかで何もなかった。

 気持ちに決着がついた私は、ちょくちょく彼女をからかいながら過ごしていた。

 それも、高校を卒業するまで。


 いつのまにか黒猫はいなくなっていた。

 私にとって唯一明確な敵だった黒猫。急にいなくなったといわれれば、やはり寂しい物である。

 そんな感傷が現金的で。自分はどこまでいっても自分の事しか考えてないなあと思ってしまう。


 そして、それから、私はいろんな人の交際の申し入れを受けた。

 けれどもどれも長続きはしない。手を繋ぐことはあっても、彼と結ばれたときのような胸の高鳴るような気持ちは全然無く。とてつもなく空虚だった。

 皆が一様にして、私に一歩退いた応対をする。

 それはとても悲しい物だった。

 見てくれだけで見ているのがよくわかる行為だった。


 だから、一週間もすればまた一人に戻るというのを繰り返していた。

 そんな状況を彼女は心配してくれたけれど、どうしても先に進みたいからと言うとそれ以上強く言ってくることはなくなった。

 まあ、悪評は立てども、それでも言い寄ってくる人は多かった。


 客観的な評判で見た目がいいという事は、前々から知っていたし、私はそれを売り物にする気はなかった。

 一人の男の子に振り向いて欲しくて努力した結果の賜物だし。

 陰口については目を瞑ろう。根暗とか、そういうのは割と事実だし。


 そんな折、私に告白してくる人の中で珍しい人が現れた。

 大学三年の春。その子は新入生として入ってきた、まだ幼さの残る顔立ちの男の子。身長は私より高いのに、どこか子供っぽい人だった。

 私に一目惚れをしたらしい。

 この頃の私は、人に付き合うのも面倒になっていて、私と付き合っても面白く無いよと煙に巻いていた。

 相手の生い立ちとか特に興味も無く、どこぞの財閥の息子だと言ってもそうですかとしか言いようがなかった。

 最初に振ったにもかかわらずめげずに、ずっとわたしに付きまとう。

 バイタリティが凄い。

 並の男なら、私が冷たい態度を取ればすぐさま距離を置くというのに。


 空気を読まないというのは、中々に新鮮であった。

 どこに行きますか、どこ行きたいですか、あそこ行きたいんですが……。

 休みが近くなる度にそうやって言ってくる。

 深く知ろうとも思わなかった人物であったが、向こうが勝手に話をするから、色々と覚えてしまった。

 きっとそれもその人の策略だったのであろうと思う。


 なぜ私に付きまとうのかと聞けば、好きだから一目惚れしたからと。


 そう臆面も無く応えるその人に、意地を張っているのがバカらしくなってきた。

 だから、私は自分の身の上を話した。その上でもう人を好きになることは無いという事を伝えた。

 それにも関わらず、同調して涙を流すまで見せる。

 演技なのかどうかは分からないけれど、私の話に同調して涙を流すなんて、馬鹿馬鹿しいと思ってしまった。

 嘘を多分に織り交ぜてはいるけれども、好きな男の子と一度結ばれてすぐ死別したと言う話なのだから。


 その話をしたことを、彼女に伝えると、彼女は軽く、付き合っちゃえばいいのにと笑って言う。

 幸せ絶頂、たまに変態プレイさせられそうになったんだけど、どうすればいいのとかいう相談を受ける位程度まで疎遠になってしまった彼女だけれども、それでも何かあれば話をする仲だ。

 今だと、私の方が相談を持ちかけることの方が多くなった。

 それを彼女は今じゃあ逆だねなんて笑って言うけれども、元々の関係に戻っただけだと言う事に気付いていない。


 別に悪い人だとは思ってないし、付き合うのもやぶさかではない。

 だけど、それ以上の関係になれるのかは不安だし、私の心にはずっと彼の姿がある。

 そのことを彼女に言えば、もう隅っこの方に押しやってもいいんだよと毎回言ってくるし。

 どうしたらいいんだろうなあ……。


 そんなことで悩んでると、彼女から悩むくらいなら諦めて今の状況を受け入れるべきと言われるし。

 そんなに今の状況が私に取っていい方向に向かう物であるのか分からない。

 むしろ、誰も幸せにならないんじゃないかとすら思ってしまう。

 私と関わったばかりに不幸になる人はもういらない。

 せいぜい、私と関わらずに幸せになって欲しい物だ。


 彼女にそう返せば、それは違うと言う。

 今の自分があるのは、私が彼女を巻き込んだお陰だからだと。

 それがなければ、どうなっていたのか分からない。

 それこそ、前のままの方がいろんな人に迷惑をかけていたかも知れないと。

 そんなことを言う。


 私にとっての幸せは、彼と結ばれることだったけれど、それはもう叶わぬ願いで。ただひたすらに幸せそうな彼女の姿を見るのは正直羨ましい。自分もそうなりたかったと思う位には。

 一人の男の人をもう何年も好きで居続ける事ができるなんて、なんて羨ましいんだろうと。

 波乱の一年を乗り越え、普通の女子高生生活を謳歌して、そして今は普通の女子大生を謳歌している彼女。

 何か特別な事をしたいと思ったりしないのかと聞いたこともあったけれど、彼女は恥ずかしそうに、普通に過ごせる事が一番幸せだって言った。

 彼女にとって普通というのは、かけがえのない物だ。

 普通に過ごすことができなくなった彼女を、普通に過ごす事ができるようにしたのは私だ。


 私と彼の変わりたいという願い。


 混ざり合って変質して起こった奇跡。

 私は普通は嫌だった。特別になりたかった。

 だけど、彼は違った。普通になりたかった。


 あのおまじないは成功していた。

 変わりたいという両者の願いは完全に叶えられていた。

 試練や願いはただの副産物で。実際はあって無いような物。

 私のは多分、人を巻き込んだためのペナルティ。

 普通じゃ無いような特別な体験をしている最中なのだろう。


 その類推を彼女に話せば、確かにそうなのかもねーなんてふんわりとした答えが返ってくる。すっかり女の子が板についた彼女の姿は、意識しなければ、私だって彼女が元々男の子である事を忘れてしまいそうになるくらいだ。


 それから、話は脱線に脱線を続けてぐだぐだになりながらも、彼女は一貫して悪しからず思ってるなら付き合っちゃえばという結論しか出してくれなかった。

 酷いとも思わないし、きっと他の誰かに相談してもその答えが返ってくるだろうという予測は立てられる。

 今の彼女から得られる答えは、ごく一般的な普通の答えだから。

 そんな普通を謳歌している彼女の言に従うなら、確かに付き合うのは問題無いのだろう。


 だから、私は私に付きまとう男を呼び出した。

 そして、今の私の状態を告げる。

 処女では無いこと、結構な人数と付き合っては別れを繰り返していること。

 貴方を一番に考えることは確実に出来ない事。

 そう言う所も踏まえて、私の事を考えてくれるのか。

 それに対する答えは、別に私がどういう人生を歩んでいようと、私に一目惚れをしたのだから関係無いと。可愛い顔付きに似合わず男らしい返答が帰ってきた。

 いつか必ず一番になれるように努力するから、お試しでどうですかと。


 笑ってしまった。

 今までの付き合いの中で零す愛想笑いではなく、自然と溢れる笑みを浮かべてしまった。

 気付いたときにはもう遅い。

 これは確実に私の負けだ。諦めるしかない。

 肩肘張って、幸せになれないんだろうなあって思っていたことが、こんな熱意に押し倒されるような形になるなんて、思いもしなかった。


 それからは長い時間をかけて、恋人同士でするような事を色々とした。

 私に意見を仰ぐ事もあったけれど、殆ど彼が私の手を引いて前を歩いていた。

 主体性の無い女だって事は私が一番知っているし、それはとてもありがたかった。

 彼が大学を卒業するまで、恋人ごっこを続けた。

 そして、彼が大学を卒業して、跡取りとして彼の父が運営する会社に入社するとき、プロポーズをされたが、それは断った。

 結局彼は、私の中で一番にはなれなかった。

 彼女になった男の子の姿がずっと私の中から消えないのだ。


 それでも彼は私に何度となくプロポーズをする。出世する度に花束と豪華になっていく指輪。回数はもう合う度にだから、数えるのも飽きるくらいだ。

 ああ、諦めないのか、と。すごいな、と。

 奇しくも彼のプロポーズを受けたのは、彼女が第一子を産んで、子供を抱いた後の事だった。

 ずっと秘めていた、彼女になった男の子の子供が欲しいという願いの、子供が欲しいという部分が刺激されてしまった。

 まだ何も分からないあの子供の姿がととても可愛かった。自分も授かって幸せを味わいたいとそう思った。

 だから、きっと今日も、プロポーズなんだろうなあと思う呼び出しの日に、私は自分の気持ちを正直に告げた。


 子供が欲しいから、結婚して。


 愛想も何もなく、ただ自分の欲望にまみれたお願いだ。

 それに彼はいいですよと、即答した。


 お酒に酔い、彼に家まで送ってもらい、部屋の扉を開ける。


「おかえり、桜華」


 そこには、もう十年近く姿を見せていなかった、黒猫の姿があった。

 今更何をしに来たのだろうかと思う反面、きっと長く苦しい、自分で自分をいじめ抜いた試練の終わりを告げに来たのだろうと言うことは想像に難くなかった。


「わかってるじゃーん」


 懐かしさすら覚える、その軽い口調。


「どう、頑張ってる?」


 分かっているくせに。ずっとどこかで見ていたのだろうと言えば、バレたか、なんて軽く答える。

 黒猫の意地の悪さはよく知っているから、別に怒りも沸いてこない。

 もう私だって随分と大人になった。

 だから、今ならこの黒猫ともちゃんと友達になれる気がする。


「子供が欲しいから、私、結婚するわ」

「それで幸せかい?」

「分かるわけがないでしょ」

「そっかー」

「そうよ」


 この選択が、私にとって幸せな物なのか私自身が分からない。

 でもきっと、私と結婚する彼は、世の人が羨む様な人物である事は確か。

 お金持ちだし、顔もいい。身長もそれなりにある。

 性格は一目惚れした人に一途だし。それに可愛げがある。


「じゃあ、これで、君への試練は完全に終わりかな。幸せになってね」


 黒猫は笑ってそう言った。

 幸せになってね、と。

 彼女が男の子のままだったら、私も彼女も不幸に見舞われていた。

 だけど、黒猫はおまじないに応じ、喚ばれてきた。

 そして、私と彼女が不幸にならない未来を提供した。


「とんだお人好しの悪魔ね、貴方」


 私の皮肉に、黒猫はにゃははと笑うだけだった。

 肯定も否定もしない。

 私の彼女への思いは儚く散ってしまったけれど、根っこは枯れなかったから。

 長く時間がかかったけれど、これからちゃんと前を向く。


 多分結婚が幸せというわけでは無い。

 けれど、恋に破れた者の末路は、新しい恋でしか、そこから先にある欲でしか癒やせないから。

 元々あった、欲望の一部を形にできるかもと思えば、それはきっと充分に幸せなことだ。


 全部が全部手に入れることは難しいけれど、全部のうちのいくつかは手に入れることができるはずだから。

 だから、きっと私にとって、これからが幸せの第一歩なのかもしれない。


「そっか、それじゃ、これからの君に幸あれ、だよ。じゃあね、ばいばい」


 黒猫はそう言って、私の前から消えた。

 長かった試練がこれで終わった。

 どれだけ遠回りをしたのだろう。


 まあ、いいや。

 きっとこれから、私にも幸せのなんとやらが分かる日が来るのかも知れないから。

 分かる日まで、気楽に過ごしていくことにしようと思う。


 儚きに散った思いの華が再度芽吹くまで、ね。


          ―<儚きに散る思いの華  了>―           

桜華編はこれで終わりです。

暫くの後に新作を投稿しますので、気長にお待ちください。

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