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みっつめの試練

 二学期が始まった。

 私からどんどんと離れていく心を見ていると、とても辛くなる。

 だけども、それでも、なんとかつなぎ止めて、起きたくて。


 私を頼りにしてくれることがめっきりとへって、今ではよくお喋りをするのは私と同じように負け組になるであろう友人Bと、むかつくけれど、一番の理解者である黒猫だ。


「そんな顔をしてどうしたんだい?」


 黒猫は私の前でだけこうやって猫を被らない。

 気障ったらしい物言いで、悪魔の囁きをするためなら、きっとこっちの方が都合がいいからだろう。


「だんまりを決め込むのは良くないよ。それい辛い現実を受け入れる覚悟もしなきゃね」


 黒猫の言う通りだ。

 秋も終わりにかかって、紅葉から落葉に切り替わり始めた頃。

 彼は、もう彼女になっていた。

 仕草や所作。男性的なところはあまりなかったけれど、今はそれ以上に女性らしいしながある。私から見ても可愛いと思う位には。


 好きな人ができて、その人のために何かをしようとしている彼女の姿とてもいじらしくて。

 見る度に、心が痛むけれど、それでも応援したいと思う位には、生命に満ちあふれている。

 もう、大丈夫じゃないかと思う位には。


 だから、私は、彼女が思い人に真実を告げる日を待った。

 その日を私の最後のワガママにしようと。


 結果的に言えば、それは半分成功し、半分失敗した。

 クリスマスの夜。

 男の姿で戻ってきた彼女に私は、体を求めた。

 彼女はそれに答えてくれた。


 一晩の逢瀬。翌朝にはしっかりと振って貰おうと思っていたのに……。

 その望みは叶わなかった。

 朝起きたときには、あんなにも情熱的に私を抱いてくれた彼の姿はなく、あどけなく寝顔を晒す彼女の姿に戻っていたのだから。

 その事実を受け止めたくなくて、彼女より先に起きた私をひた隠しにしたくて、私は寝た振りをした。ついでに夢の中に沈むことができたら、あの逢瀬の痛みを伴う甘い誘惑を何度も味わえると思ったから。


 私には、ちゃんと彼に振って貰うことすらできないらしい。

 どうして、天はここまで私に酷くあたるのだろうか……。


 事後の処理も合わせて、シャワーを浴びながらそんなことを考えていると。


「そんな顔をしてどうしたんだい」


 いつの間にやら入り込んでいた黒猫。

 朝から聞きたくもない声を聞いて、心がざわつく。

 手に持っていたシャワーヘッドを声の出たところに振り下ろせども、床を叩く乾いた音が響くだけだった。


「物に当たっちゃダメだってばー」


 そんなことをいっても、黒猫の声を聞けば胸がざわつくから仕方が無い。

 私は、黒猫が嫌いだ。

 日に日に嫌悪感が強まっていく。


「そんなに、彼女が元の姿に戻っていたのが不愉快だった?」


 そうだと答える。

 せめて、朝起きるまでは彼の姿でいて欲しかった。

 そこでちゃんと決着を付けて欲しかった。


「でも、今決着がついちゃったら、今みたいな生ぬるい関係続けられないよ?」


 それでもだ、と答える。

 是でも非でも、想いに終わりを付けたい。

 ずたずたに引き裂かれるような思いのまま、傷口を広げ続けるより、ひと思いに掻き切って欲しい。


「人間ってやっぱり変なことを考えるんだねえ……」


 黒猫も好きな人を奪われた側では無いかと問う。

 それなら私の痛みも少しは理解してくれるのでは無いかと問う。

 なぜ、人の思いを踏みにじるような事を簡単にやってくれるのかと問い詰める。


「んー? 別に奪われたからと言って、一緒にいちゃいけない理由じゃ無いしね」


 それはそうだ。そうだけれども……。

 分からない。

 私はどうすればいいのか分からない。


「人生短いんだから、自分の生きやすいやり方で生きればいいんじゃないかなー」


 それだけ言い残して、黒猫は消えていった。

 私の生きやすいやり方。

 それってなんだろう……。

 彼が私の中心にずっといて、彼と一緒にいたかった。

 それだけだったのに。

 それができないなんて。

 どうすればいいんだろう……。


 そんなことがぐるぐると頭の中を巡っていると、それは突然訪れた。


 両親が帰ってきた。

 連絡も無く。そして、彼女の姿を見られてしまった。

 そして、両親に呼び出された。

 頼みの綱の彼女は席を外させられている。

 ごめんねと謝ってくる彼女に、私は気にしないでとしか言いようが無かった。

 愛しの人と遊んでおいでと、強がっては見た物の、声の震えだけはいかんともしがたかった。


 それから、両親に全てのことを話した。

 信じて貰えなくてもいいけれども、私の行った全ての過ち、そしてその時に見た物。

 両親に対して、嘘は余り吐いたことがなかった。

 だから、信用して貰えたと思う。

 特に私が見せつけられた、様々な姿の彼の死のイメージ。

 近いうちに死ぬ事が決まっていた話。

 パパがその話を信用してくれた。

 でもだからといって、今まで隠していたことは許されないことだと。

 事の次第の報告を彼女の両親にせねばならなないと。


 人一人の人生を狂わせたことで、どれだけの人間に迷惑を掛けることになったのかを身に染みて感じろと言われた。

 そして、私は思い出す。

 文化祭のあの日。彼女の母親がやってきた。

 彼女の母親は私に、うちの子供はと言った。

 それに、元気にしているという風に答えた。

 少しの間があって、彼女の母親は少しだけ曇った笑顔を浮かべてそれなら良かったと言った。


 ああ、多分、彼女の母親は気付いている。

 彼に何があったのかに気付いているのだろう。

 今更ながらその考えに至った。


 そして、思い起こされる曇った笑顔。あれは嘘つきの私に対する軽蔑を隠そうとする笑みだったのだと気付いた。

 気付いて、胸が張り裂けそうになる。

 どれだけ嘘を積み重ねていたのだろうか。

 真実をひた隠しにして、問題を先延ばしにし続けて。

 いっその事、事が起こった時点で全部話してしまえば、もっといい方向に転がったのではないか。

 いやでも、今の状況下のレールを敷いたのは……。


 他の誰でもない、私だった。

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