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されど星を見上げる  作者: 鏡読み
されど星を見上げる
2/13

第一話「ドッペルゲンガー」

 初夏6月の風物詩といえば雨。 例年通りの雨のため湿度があがっている教室で僕はこの日も何事もなく過ごしていた。まったく何事もない、本当に。

 クラスの女子が一人が自殺してからそろそろ半年が経つ。

 長い髪、少し背が低くていつもぼんやり外を見ていたのが印象的だった。初恋だった。たぶん、とても好きだった。

 僕は直前まで彼女が追い詰められていることに気がつけなかった。

 原因はイジメらしい。

 正直、思い返してみると信号は何回も出ていたと思う。

 それも今となっては全て後の祭り。思い出すたびに笑えてくる。

 自分の滑稽さ、あほらしさ。

 僕は全てにおいて何か大切なものを彼女に持っていかれてしまった。

 葬儀には出た。長い列。下を向く人たち。雰囲気は重く、彼女の母親がかみ殺すように頭を下げていた。

 だけど僕は泣けもしなかった。

 そんなものまでも彼女はもっていってしまったのだ。

 残ったのはくず紙みたいな僕。

 なんで、気がつけなかったんだろう。

 そう何度も自問自答を繰り返す。

 答えなんてなく、ただそれは空回りして螺旋階段を転げ落ちていく。

 まるで道化だ。


「おーいアキラ、メシ食べに行こうぜ」

 昼休み、いつも昼飯を共にする友人にいつもどおりの誘い文句で昼飯に誘われた。

 彼は八目藤吾やつめ とうご、僕の友人であり、片桐マナと幼馴染の間柄。最近、染め直しをしていないのか、彼の髪は半端に茶色い髪の毛をしていた。

「あ、うん」

 僕は八目の誘いに従い、安物のパンを持って教室を出る。

 一年間ちょいも学校生活をやっていると、必然的に縄張りのようなものができていて、僕らは普段そこで昼食を取る。

 ちなみに競争率が一番高いと賞される屋上が僕らの居場所だ。ただ、さすがに雨の日は屋上にでれないので、今日は屋上の入り口前に居座ることにする。

 階段を上り、目的の場所に着くと僕と八目は階段を椅子代わりにして適当に食事を始めた。

 会話はほとんどない、話題担当だった彼女がもういないから。

 黙々と、僕は事前購入してきたアンパンをかじる。

 八目も同じように黙々とカツサンドをかじる。

 ただお互いに黙々と、静かな昼食を送る。

 しばらくして八目は「はあ」とため息を吐いた。

 あまりに重いため息、僕はそれを聞きやはり彼女のことを思い出す。

 助けられるのであれば助けたい。

 かなわない望みだというのは分かっている。

 だけど、今の僕にはそれ以外の願いなんて浮かばなかった。

 前に一度、やけを起こして僕は様々な物に願ったことがある。

 寺、神社、地蔵、その他願いをかなえてくれると称されるものに片っ端から願い続けた。

 助けたい、助けられるなら僕は何でもすると。

 しかし、願いがかなえられることはなかった。

 死んだものは諦めろ。ということなのだろうか。

 僕が思うに、多分それが一番いい吹っ切り方なのだと思う。

 だけど僕は諦められない。

 半年経った今でもきっとどこかに彼女はいるんだと信じたくなってしまう。

「なあ、アキラ。これって本当に現実なんだよな」

 そんなことを考えていると、ポツリと八目が僕に言ってきた。

 僕は「うん」と頷くことしか出来なかった。

 それからも会話はなく、静かに時間が流れ、昼休みが終わっていった。


 特に何の変化もなく午後の授業も終わり、僕は家に帰ることにした。

 しとしとと雨が降りつづけている。

 途中100円ショップに寄り、簡素なカッターナイフを購入する。

 使用目的は簡単、自らを断つため。

 彼女がいない世界を半年見てきた、その中で周りが彼女のことを忘れていくのも見てきた。

 ひどい話だった。人が死んだというのにあまつさえ身近な人が死んだというのにほとんどの人間は彼女のことを忘れようとしている。

 いたずらでつぶしてしまったアリや、雑草と彼女は同じところにまで位を下げられている。

 その光景を見ていると、僕はひどい苛立ちと悲しみを覚えた。

 どこまでも、どこまでも終わることのない深い感情が僕を蝕む。

 正直、もう飽和状態でどうしようもない。

 助けてほしいと思うが、結局僕は誰にも相談できなかった。

 先生にも友人、クラスメートにも、もちろん八目にも。

 自分が諦めればこの苦しみからは逃れられるって知っていた。

 だけどそれが出来なかった。

 だから今日、僕は絶とうと思う。

 未練もろともすべてを引っさげて黒く深いところへ自らを引きずり込もうと思う。

 しとしとと雨が降り続いている。

 僕は傘をさし帰り道をゆっくり歩く。

 見慣れた景色がそこにはいつもどおりに存在していた。

 塀に、電柱に、人に、車に。

 自動車の交通量が多い大通りを抜け、坂の道を登り住宅街に入る。

 簡素なつくりの家が隙間なく立ち並ぶ迷路を僕は迷うことなく歩きつづける。

 そして、家にたどり着き、ただいまとも言わずすぐさま自分の部屋へを駆け込んでいった。

 そして思いのほか手早くカバンから新品のカッターナイフのを取り出し、包装を剥がしていた。


「……やるか」

 僕はよほど死にたかったのかもしれない。

 ベットに座り、カッターの刃を出してもぜんぜん動悸が酷くならない。

 僕は手首に刃を押し付ける。

 ぐっと力をこめると、手首に鋭利な痛みが走った。

 でも、まだ手首は切れていない。

 本で読んだことがあるけど……刃物は押し当てるだけじゃ人は切れないらしい。

 下手な日本刀でさえもソレは同じことが言え「引く」や「押す」といった刃物をずらす行為が切り刻むきっかけになるそうだ。

 つまり逆にいってしまえば、後はこのカッターを持っている手を引くだけ。

 僕は目をつぶった。

 なぜか酷く落ち着いている。

 これが正解なんだと……どこかで僕が納得しているせいだろうか。

 それとも、ただ単にこの世界が嫌いなだけなのだろうか。

 ……。

 まあ、どっちでもいいか。

 ――片桐。


 そう大切な人の名を思い描いた瞬間――――グラりと何かがゆれ、僕は倒れた。


 自身にトドメを刺すはずの痛みを感じる前に、僕は異変に気がついた。

 初めの異変は埃っぽい空気と左ほほにあたる地面の感触。

 嫌な匂いだ。

 まるで焦げ付いた鉄サビのような匂いで、胸が焼けそうだ。

 そして……音。

 ドタドタと人が駄々をこねるようなそんな音を耳が拾った。

 な、なんなんだ……これは――――。

「や、嫌ぁあ!」

 え……?

 その叫び声を聞いて僕の頭は真っ白になってしまい動けなくなってしまった。

 いまだ目を閉じた状態だが、ここは僕の部屋のはず。

 部屋には誰も入れていないし、親だってそうそうに来るわけじゃない。

 第一ありえないし、おかしい。

 おかしかった……その叫び声はもう半年も前にこの世では聞けなくなったはずなのに。

「やめて、やめてよ……アキラくん」

 その瞬間、僕は瞼を開けた。

 暗闇が僕が自分の部屋に居ないことを教えてくれた。

「そんな……」

 バカなことがあるか……。

 そう思ってる間にも瞳が光、視覚、を確保しようと働き、それらを映そうとする。

 幻聴とは似ても似つかないはっきりとした拒絶の声。

 ――そして、その光景を見て僕は息を呑まざる終えなかった。

 

 僕の目の前には……衣服が乱され押し倒されている片桐と……彼女を押し倒している『僕』がいた。


 その光景に僕は絶句するしかなかった。

 これは何だ?

 なんで僕がそこにいる?

 しかし浮かべた疑問は瞬時に答えとなった。 


 ――まるでそうであることが正しいと初めから教えられてた様に。


 ……そういうことか、と一人納得する。

 気分が落ち着いて、僕には辺りを見回すまでに余裕が戻ってきた。

 ここはどこかの使われていない教室なのだろうか、人気は僕と目の前の二人以外感じられない。

 そして周囲を見回した後に僕は先ほどの問いかけの答えを実行すべく自然と一歩足を前に出した。

 一歩。足音が立たない程度の力で歩き出す。

「僕は、片桐が――なんで!!」

 『僕』の声を聞き、手に握るカッターナイフを強く握る……僕ではなく『僕』を殺すため。

 そう本能が理性が、正しいと判断する。

「どうして……どうしてあいつなんだよ!!」

 激情に任せ、彼女を押さえつける『僕』

 その手は黒い衝動に駆られているのか、彼女の服を裂き、柔肌をさらけ出させていく。 

「いやっ、どうしてアキラくん!おかしいおかしいよ!!」

 それに必死に抵抗する彼女。

 しかし『僕』の腕力には勝てず、もがいても、もがいてもそれは加害者であるソレの黒い衝動に油を注ぐだけの行為になってしまっている。

 二歩。――あとの距離はあと三歩とない。

「片桐がいけないんだ、お前が、あいつなんかと!!」

 ひどい愛憎に満ちたばかげた劇を見ているみたいだ。

 『僕』は彼女を襲おうとしている、犯そうとしている、なぶろうとしている、辱めようとしている。

 させない……。

 僕の中にふつふつと……その感情が湧き膨れ上がる。

 それは正しい、間違いでは定義されず、社会的倫理ですら縛ることの出来ない感情。

 そいつは代川 啓、『僕』のもんじゃない。そいつは―――。


「――――失せろよ、僕」

 そう言葉が口から漏れた瞬間、僕の中で感情が爆発した。

 「へ?」と『僕』がこちらを振り向いてきた。

 同時に僕は歩み寄りを始めた。

 一歩。

「お、お……い。な、なんだよ、お前」

 ソイツの顔が歪む……。まるでありえないものを見ているかのような酷い顔だった。

 二歩。

「え……ぁ、まさか……そんな」

 彼女が僕を見てくれた。まるでありえないものを見ているかのような可笑しい顔だった。

 三歩。

「―――死ねよ、僕」

 僕は茫然自失とした『僕』顔を蹴り飛ばした。

 ゴンっと硬いボールを蹴っ飛ばした感覚が僕の足に伝わり、何が起こったのかさえ分かっていないのか『僕』は僕のなすがままに転がる。

 間髪をいれずに、接近、踏みつける。

「っ!」

 後ろで彼女が息を飲む音が聞こえる。

 僕は無視した。

 無視して踏みつけた、踏みつけて、踏みつけて、それでも踏みつけたりなくて―――――。

「や、やめ……えぁ……うげ、や…め…」

 ヒグゥと踏みつけるたびに『僕』の肺から空気の漏れる音が聞こえてくる。

 構わない、更に踏みつづける。

「や、やめてください!!彼が……アキラくんが死んじゃいます!!」

 放心から戻ったのか彼女が叫ぶ。

 しかしそれでも無視した。

 足りない、もっとだ……こいつが彼女に与えようとしたことはこれ以上のことだ!

 彼女が処さぬというのなら、僕が罰す、罪を下す、そして殺す!

 バキリと何本かのアバラが折れる感触が足に伝わってくる。

「がああえああああ!!」

 『僕』が痛みでおよそもう人間とつかない咆哮がを上げる。

 靴をはいていなかったせいか骨を折ったその感触は非常に生々しかった。

 もう『僕』は泡を吹き始め、意識も明瞭であるが定かではない。

 だけど僕は、やめない。

 死んでしまえ、そんな僕は死んでしまえ。

 その殺気に反応してか何かが僕の中できしり、きしりと稼動する。

 ソレがなんなのか分からないが、僕は叫んだ。

「――――!!」

 そしてその衝動に任せ僕は『僕』にカッターナイフを突き立てる。

 伸ばした刃はアバラを抜け肺に達した。

「がっ!!」

 『僕』がいたみに反応して痙攣を起こす。

 そのせいでカッターナイフの刃が折れ『僕』の肺の中にその刃が沈む。

 更に苦痛が伴うのか、のた打ち回るように痙攣をする『僕』。

「あ、ぎゃあぁ。ひぃぎぃ!!」

 醜く歪む『僕』の顔。

 僕は新たに引きだしたカッターナイフの刃を『僕』の首筋にあてがう。

 次の瞬間、いとも簡単に、まるで布を切り裂く程度の労力で、カッターナイフは首を横断した。

「あ―――? ……。」

 何の予告もなしに僕は『僕』の首をはね落としていた。

 訳もわからず僕は転がる『僕』の頭を見る。ほとんど抵抗も感触も無いまま僕は『僕』の首を落としていた。

 しかし、ほどなく、それを理解できた――――あのとき感じた僕の何か……。

 それは僕が『僕』の異端であることの何よりの証明であり、僕が『僕』を殺すために与えられたもの。

 はは……そうか、それじゃまるきし、僕は化け物じゃないか……。

 人の命は安い、特に僕にとっては……だって100円のカッターナイフで絶ててしまうのだから。


 そうして僕は『僕』を殺した。

 死体は影のように黒く染まり夜に紛れるように溶けて消えてしまった。

 不思議な感じだった。

 僕は生きている、だけど僕は『僕』を殺した……言うなれば自殺だ。

 明らかな矛盾が頭の中をぐるぐると回っている。

 一度、窓の外の上を見上げた。

 いつの間に雲が失せたのか、幾千と幾万と星がきらめき、まるで僕のことを見下しているようだった。

 罪深い異端が、現れた―――そう言いたげな最悪の視線だった。

 ただ言い訳がましいが一つ言つ心の中で言い返す。

 『僕』は僕の大切なものを壊そうとしたのだから、それは当然の結果、報いなのだと。

「貴方は……誰ですか」

 僕がそうして夜空を眺めていると、破れた衣服で体を隠しながら彼女は僕に訊ねかけてた。

 それは、表面にある恐れよりも、それ以上に自分自身を責めるような声で。

 何を言おうと無駄なのかもしれないけれど僕は彼女に答えを返した。

「代川 アキラ、だよ」

 それを聞いて片桐は突然糸が切れたみたいに泣き出してしまった。

 壊れたテープレコーダーみたいに「ごめんなさい」「ごめんなさい」と繰り返し僕や何かに謝りながら。

「……」

 それを聞いて僕は自分が呼ばれてはいけない存在だと確信に至った。

 だけど……それでも……さ。

 僕の目の前の彼女は「ごめんなさい」と泣きつづける。

 なぜ、彼女が謝る?

 もう一度、星空を見上げる。

 そして大きく息をつき僕は随分と久しぶりに声に出して彼女の名を呼んだ。

「片桐」

「……っ」 

「……僕がひどいことをして、その、ごめん」

「っ!」

 それだけ伝えると、僕は彼女が怯えないように距離を置きながら泣き止むのを待った。

 しばらく星空の下、片桐の泣き声だけが聞こえてきた。


 夜空にはまるで禍々しいものを祝福するために幾千、幾万の星が集っている。

 僕は許されないことをした。

 それは自覚している。

 人を、自分を殺めたことを自覚している。

 だけれども……、それだけれども……

 たとえ許されぬ異端であっても僕は―――。


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