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されど星を見上げる  作者: 鏡読み
短編 メアリースーの殺し方
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メアリースーの殺し方


「私のメアリースーを殺してほしいの」


 夕日が差し込む文芸部室、俺こと笹倉サクは首をかしげた。

 長机を二つ合わせた向かい側、奇妙な発言した加美川先輩はそんな俺の様子を見て顔をしかめた。

 

「サク君、あなたもしかしてメアリースーを知らないの?」

「ええ、まあ。誰ですその外国人?」


 はぁとため息をつく先輩。

 三つ編みでまとめた長い髪が揺れ、細い肩が落ちる、絵にかいたような文学少女のため息だ。

 夕焼けの日差しも合わさってこれはこれで絵になっている。いつかゲームを作るときの参考にしたい。


「君、確かゲームのシナリオを書きたいから文芸部にいるのよね」

「ええ、夢はでっかくゲームクリエイター。いつかこの世に名作を残したい所存です」

「じゃあ、なんでメアリースーを知らないのよ!」


 声を荒げる先輩。

 先輩にそこまで言わせるとはメアリースー……一体何者なんだ。


「ちょっと調べてもいいですか?」

「いいわよ」


 先輩の許可を得て、スマートフォンをいじる。

 メアリースーを検索……、うんうん。お、ウィキまである。

 原作キャラよりも活躍する二次創作のキャラクター?

 作者の願望を具現化されたようなキャラクターの揶揄?


「なんつうか、最近の流行りのキャラみたいですね」

「ま、そういうこと。

 私の場合オリジナルの話だから厳密にはメアリースーってわけじゃないけどね。

 で、ちょっと困っているわけよ」

「ほほう……先輩が話づくりで困るなんて珍しい」


 ファンタジー世界に宇宙人が異世界転生して多次元世界を冒険するイロモノ小説を書いている俺とは違い、先輩は質実剛健、綺麗に始まりきれいに終わる王道恋愛小説を得意としている。読書量もハンパないので話づくりで困っているなんて珍しい。

 先輩がどれだけ文章がうまいかって、それはもう俺がゲームクリエイターになった暁には、シナリオライターとして雇いたいレベルだ。


「今はどんな小説を書いているんですか?」

「ライトノベルっぽいアクションもの。

 ちょっと新しいことに挑戦してみたのだけど……慣れないことはしないものね。出した敵が倒せないのよ」

「ああ、敵に強い設定つけすぎちゃって倒せなくなるのってアルアルですよね」

「そうなのよね。肉体の超高速再生、怪力、それに時間操作っぽい能力、全くどうやって倒したらいいのやら」

「どこの第三部のラスボスですかそいつは……ちなみに弱点とか考えたんですか、日光に弱いとか」

「別にないわよ。しいて言いうなら心臓かしら? 破壊できたら死ぬわ」


 それは誰でも死ぬ。

 それにしても加美川先輩がこんな破天荒なキャラづくりをするとは、ちょっとどころの挑戦じゃないな。

 俺もゲームクリエイター志望の端くれ、せっかくなのだし協力したいものだが……。


「主人公は何か能力があるんですか?」

「乗ってきたわねサク君。主人公には雷撃を操る能力があるわ。微弱なものから強力なものまでかなり自在よ」

「ほほう、発想次第で化ける能力ですね……世界観はファンタジーですか?」

「いいえ、現代が舞台よ」

「なるほど、なるほど」


 水や熱に並んで応用が高い雷撃能力、そして現代世界ということは機械や化学との掛け合いも考えられる。

 でも、その前に一応聞いておきたいことが……。


「じゃあ核兵器はアリですか?」

「……なにそのバッドエンド」


 ドン引き顔の先輩。いやだって現代技術の最強火力ですよ。使えば世界は世紀末ですよ。

 ……いや、まあ、さすがに突拍子すぎましたか。


「分かりました。核兵器はなしで」

「無しよ無し! なるべくその敵だけを殺す方向で」

「なら、せっかく主人公が雷撃能力者なのですし、拳に電気を乗せて電気ショックで心臓をパーンと!」

「近接攻撃は時間操作ぽい能力で全部回避されるわ」


 何それ強い。


「ノーリスクで連発できるんですか時間操作」

「ええ……正確には肉体が超高速移動に耐えられる距離までのはずなのだけどね。

肉体の超高速再生があるから短距離なら連発できるわ」

「なんという……。となるとカウンターで自らに電流を流しつつ、敵が攻撃をしてきたところを返り討ちにするとか」

「なるほどね、けれど電気がいくら光の速さで走ることができるとはいえ、

 速さという概念が存在する以上、時間操作の前では電流が流れる前に攻撃を受けてしまうわ」

「うぐぐぐ……まさにメアリースー……もとい、設定盛りすぎて倒せなくなったボス」


 考えろ、考えるんだ俺。時間操作を繰り出す敵に対応するためにはどうすればいい。

 ……。

 ……いや、対応する必要あるのか?


「ふふふ……分かりましたよ先輩、こいつの攻略方法」

「あら、自信ありげね。サク君。」

「ええ、超高速遠距離攻撃です」

「……なるほど、陽電子砲、荷電粒子砲、レールガン、それらのような電気で物質を射出する装置を生み出して攻撃するわけね」

「はい、敵の意識外から理論上世界最速の遠距離攻撃を叩き込む、これなら敵に気づかれることなく心臓を打ち抜くことができる」

「時間操作を使わせる前に決着をつけるわけね」

「こちらが時間操作されたら不利なのですから、使わせないのが一番かと……物語的にはどうかと思いますが」

「なるほど……そうね、アリかもしれないわ」


 顎に指をあてて考え込む先輩。

 この人のことだ。もう物語の展開を考えているのかもしれない。


「ありがとうサク君。ちょっといけるかもしれないわ」

「いえ、お役に立てたのなら」


 ふと時計を見ればもうかなりの時間だった。

 窓の外の日はすでに落ち、熱心な野球部員が意味不明な叫びをあげながら練習を続けている。


「今日はここまでね。文化祭で配布する小説の原稿は進んだかしら?」

「ぼちぼちですよ。なんとか間に合うと思います」

「あら、いい自信ね。楽しみにしているわ」


 そういったやり取りをしつつ、俺たちは部室をでて、校門で別れた。

 先輩のメアリースーはこれで殺せたのだろうか。

 物語の完成を願うばかりであった。




「雷撃を武器としてではなく、道具として利用するわけね。

 こういう応用ができるのに気が付かなかったのは私のミスだわ」


 深夜の駅前、ビル群の一角、私は雷撃操作を応用した磁力操作を使い、うまい具合にこの辺りで一番高いタワーマンションの屋上に入り込むことができた。

 私、加美川三里は世間でいうところのドッペルゲンガー。雷撃能力を手に入れ、世界に抗い生きている。

 私の望みはあの文芸部、ただこの世に作品を残し続けたい。

 そしてそれまでは何としてでもこの世界にしがみついてやるんだ。


 双眼鏡を取り出しタワーマンションの屋上から私は『私』を探す。

 ドッペルゲンガーのドッペルゲンガーとでもいえばいいのか。

 その存在は私がなりえたであろう、最悪にして最強の可能性を秘めた化け物。

 そしてその目的は私を殺し入れ替わること、事実、昨日遭遇して殺されかけた。 


「……見つけた」


 異様に見開かれた目、長くボサボサの髪、一見私には見えないが、顔つきや体格は私そのもの、正直ちょっと気持ち悪い。

 北西のやや細い路地を歩く『私』を私はとらえた。

 あそこは人通りも少ない『私』を殺すなら都合はかなり良い。


「磁力を使って対象を超加速させる技術……やってやるわ!」


 両手を突き出し、その先まで磁力の棒が続いているイメージを巡らせる。


「こいっ!」


 バチンと何かがはじける音がして電力が空気中に走り始める。

 うまく力場は形成されたみたいだ。


「次に……球が必要ね」


 そう呟き手順を確認しながら、用意していた20cmほどの畳針を何本も取り出していく。

 それらを束にまとめ力場に近寄せ雷撃操作の応用磁力操作で固定する。

 一度双眼鏡で敵の動きを確認するが、こちらに気が付いた様子はない。

 ならば大丈夫、やるなら今だ。

 私は標準を調整し『私』に狙いをつける。

 

「……行けッ!」


 そして私は掛け声とともに雷撃能力を全開放した。隠せる程度の微細な紫電は夜を引き裂く青白い雷光へと変わる。

 敵に位置がバレるであろうが、バレたところで時すでに遅しだ。


 延べ30本。それらすべてを射出させ、反撃する間を与えず、私は『私』を殺す。


 バスンと軽い音がなり、その瞬間空中に固定ていた針束は目の前から消えていた。

 どうやら射出はうまくいったようだ。 


「結果は!」


 再び、双眼鏡を構え、私は『私』を確認する。

 見れば『私』は心臓に大きな穴をあけ地面に倒れていた。

 相手の能力を封殺しつつ、こちらの攻撃がうまく決まったらしい。

 力が抜ける、どうやら私はまだ小説を書き続けることができるらしい。


「さよならメアリースー、これまでも、これからも」


 明日になったらサク君にお礼を言っておこうか考えつつ、私はタワーマンションから抜け出し、帰路に就くことにした。





 翌日の文芸部。俺と先輩はお互いに定位置に座りパソコンに原稿を打ち込んでいた。

 心地の良いタイプ音が部屋の中に鳴り響き、それは今手掛けている物語が順調に終わり向かっていることを告げていた。

 ややあって俺も先輩もキリがよくなったのかパソコンへ打ち込む手を休める。

 事前に買い込んできた飲み物をカバンから取り出し、口を付ける。

 3kbほどは進んだだろうか、一時間ちょっとでこの速度、起承転結の転の手前まで来たし、80枚原稿ほどだからあともう少しで一通りの文章が完成するだろう。

 少しこった肩を伸ばしつつ、俺は先輩に声をかけた。


「加美川先輩、昨日のことなのですがメアリースーはうまく殺せましたか?」


 先輩はパソコンから俺に視線を移すと、微笑みながら返してきた。


「ええ、うまく殺せたわ。ありがとうあなたのおかげよ」


 どうやら二人とも文化祭までにはいい物語が仕上がりそうだった。



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