第六話「日常へと」
三月の刑務所の面会室は暖房がいらない程度には暖かった。
窓はないのでここからは見えないが、外には立派に桜も咲き、季節が移ろっていくのを感じる。
「どういうことなのか、説明を要求してもいいだろうか?」
俺、城戸ノボルは目の前の人物に疑問を投げかけた。
面会窓を挟み向かい合わせになった彼女、川口シイナはニコリと笑いながら言った。
ぞっとした。7人もの人を殺したとは到底思えない満足げな笑みだった。
「私はノボル君との約束を守ったんだよ」
「……誤魔化さないでくれ、本当に何があったんだ」
数か月前、俺はインビジブルイーターが川口シイナだということに気が付き、彼女を問いただし、逆に返り討ちにあい軟禁された。
数日経って行方不明だという事実から、警察によって助け出され、そしてついに彼女は逮捕され、刑に服すことになった。
「絶対に信じてもらえないから言わない。それに信じてもらえたとしてもそれはあなたの重みになるだけだから、なおのこと言わない」
「そうか……」
面会窓越しの彼女はそういうと少し寂しそうに笑った。
「でも、もう大丈夫だって視ることができた。だから私はもう満足だよ」
「勝手に、納得しないでくれ!」
彼女がインビジブルイーターだったことはもう調べがついている。
ならなぜ、俺のそばで彼女が事件を起こしたのか?
「……そこまでいうのなら教えてあげるよ。一つ目の事件は、あのおじさん。あなたを殺そうとした。」
「どういうことだ」
「手にはビール瓶、高校生が夜歩いているのが不快という理由でそれであなたを殴打する。そういう確率にあたったかもしれない」
二人目はナイフ、俺が刺されたかもしれない、三人目は押され車道に飛びさし車にひかれたかもしれない。
四人目は、五人目は、六人目は、七人目は……すべて俺が殺された可能性があると彼女は言う。
そのような話は信じられなかった。誰も俺が知らない人たちばかり、殺される理由なんてない。
「そう殺される理由がない。言い換えてしまえば殺されない理由もないのが現実なのよ」
「それを信じろっていうのか?」
「いいの。信じないで」
彼女が首を振る。どうすればいいのかわからず俺はただ黙るしかなくなってしまった。
「面会は終了だ」
面会室にいる刑務官の声に俺たちは会話を止めた。
「それじゃ、もう会うこともないだろうけど、さよならノボル君。好奇心もほどほどにね」
「……」
ややあって、刑務官に連れられ、彼女は向こうの扉へ消えた。
俺も面会室からでて刑務所を去る。
『わたし、ノボル君をずっと守るね』
ふと、そんな言葉を思い出した。いつのころだっただろうか、たぶんとても小さいころだ。
俺は彼女と遊んだ時にそんな約束をしたような気がする。
とりとめもない約束。なんでそんな話になったのかもわからない程度の話。
「まさか、な」
一度頭を振って俺は帰り道につく。
明日からまたいつも通りの日常が俺を待っているのだから、それでいいのだろう、きっと。
三月にしてはまだ少し寒い帰り道、俺はどこか心の引っ掛かりを感じながらもそれでいいのだろうと自分を納得させ、ため息を一つ吐いた。




