第五話「犯人はそしてかく語り」
「ノボル君はね、8月の夏祭りの夜で死ぬはずだった」
「……どういうこと?」
彼女の口から発せられた言葉を聞き取れず、俺は思わず聞き返してしまった。
同級生の女の子から死ぬはずだったなんて漫画のようなセリフは、普通は誰だって想定しないし、できない。
「もう一度いうね。ノボル君は、本当は8月29日の夏祭りの夜に死んでしまう予定だったの」
「どういう理屈で死ぬなんて話になるんだ? ……現に俺はその日危ない目には合っていない。夏祭りに出向いていただけだ」
突然のことで頭が混乱しかけるが、当時の記憶を引っ張り出してみる。
ライカと出かけ、射的やらくじやら、あとうまい焼きそばや、まずい弁当が脳裏をよぎる。
どれも命の危険なんかにかかわる事態はない。そう確信する内容ばかりだ。
「んー、説明するとすごく変な顔されそうだけど、私にはそういう確率が見えてしまうの。そしてその確率にかかわる因果の線も見えてしまう」
「確率……?」
「そう、人は常に生きる確率と死ぬ確率を変動させながら生活しているの。心臓の鼓動一回一回にごくわずかに死の確立をはらみながら生きている、私にはそれが見えてしまう」
足元がぐらりと揺れたような気がした。
もし彼女がいうことが本当のことなら今こうして生きているのは、何度も死ぬ確率を超えてきたということになる。
そんな危うい話があるというのだろうか。
「確率は、自身の体調以外でも、外的要因でも変動する。ある日、8月29日のノボル君の生存の確立が0になったことを私は確認した。
変な話だよね。私でもわかっている。でも、見えてしまっているし、それが本当になることも知っている。……だから、私はノボル君が死ぬ確率を戻すためにその要因を、殺した」
「……」
俺が死ぬ確率が0になったから殺した?
どういうことだ……いや、意味は分かる。彼女の言っていることはわかるのだが、理解をし、飲み込むことができない。
だって、これが本当のことだというのなら、彼女は人間ができる能力を超えた未来を見通す能力を持っていることになる。
確証はない。全部彼女の与太話だということも考えられる。だけれど真剣に話す彼女に嘘をついているような気配はない。
「信じられない……。悪いけど、俺にはその話は信じられない」
「分かってる。これはね、私が言いたかっただけなの」
ニコリとさみしそうに微笑む彼女。
俺は返す言葉が浮かんでこない……ただただ彼女を見つめるだけだった。
「ノボル君に見えた因果は八本、その一本一本を殺すたびにノボル君の死ぬ確率が減っていった。そして今日という日まで生き延びた」
「仮にそうだとして、どうして今日このことを話したんだ?」
「……本当はね、こんなことはあなたに話すつもりなんてなかったの。だけれど、どうしてもあなたには知っておいてほしかったの。私のわがまま」
彼女はさみしそうな笑みは崩さない。俺のほうは見ず、ただ前だけを向いて独り言のようにしゃべっている。
「ありがとう。……それとごめんね。さよなら」
瞬間、俺の腕が引かれた。
とっさのことで反応することもできず俺は彼女ののほうに倒れこみ、そしてすれ違うように彼女の歯が俺の喉に迫る。
ああ、わかっていた。彼女が独白した時からきっとこうなることは。
だけれど俺は知りたかった。俺はただ知りたかった。
時折襲う、不可解なほどに、自分が制御できなくなるような渇望するような興味。
彼女が何者なのか、俺が何者なのか。
プツンと、ゴムのはじけるような音が聞こえ、電気が流れたような痛みが首から全身に走った。
「う……が……」
「あなたたが、そう、八人目……あなたはノボル君ではない。私にはそれが見えている」
俺は地面に崩れ落ちた。声が出せない。首から息が抜ける音が聞こえる。
視界が揺れ、暗くなっていく。だからだろうか、それとも、別の理由だろうか、倒れた視界に映る俺の腕が徐々に影のように黒く染まっていく。
俺は何者なんだ……俺は城戸ノボルのはずだ。
「そう、あなたは城戸ノボルなのでしょう。でも、私が約束をしたノボル君ではない……違うのよ」
意識が揺れる。俺が、俺じゃない……?
なんとか彼女を見上げようと体を仰向けにしようとする。
血がのどに詰まり、体が自然とむせかえる。
「がはっ……う……」
「あなたはノボル君のドッペルゲンガー。ここはあなたの世界ではない。あなたは別の世界から呼ばれた存在。そしてその名の通りあなたはノボル君には会わせられない」
その言葉に俺は目を見開いた。
川口さんは苦しそうに俺を見下ろしていた。
そうなのか……俺は、人でもなければ、いつの間にか自分のいた場所とは違うところにいたというのか。
思い当たる節が見つからない。いつの間に俺はそんな世界に迷い込んでしまったのか。
いつも通りに、学校に通い、勉強をただながし、ライカと笑い……――――。
「さよなら」
そう最後に耳に残ったと思う。
俺の意識はそこで影溶けるように消えていった。




