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されど星を見上げる  作者: 鏡読み
インビジブルイーター
10/13

第四話「待ち合わせ」

 俺の住む町の三つ隣の駅は風見町といい、比較的にぎやかな場所になっている。

 ゲームセンターや、ショッピングモール、大型スーパーなどなど、大体ここの駅前にくれば欲しいものは買えるし、少し離れたところには大きな公園があるのでゆったり散歩をするのもいい。

 ライカと付き合うようになってからいろいろ調べて、俺としてもこの辺りは大分詳しくなったものだ。


「しかしまあ、いろんな意味で胃が痛い……」


 待ち合わせ用として用意されている改札そばのベンチに腰掛けながら、俺は川口さんを待っている。

 時刻は13時ちょっと前、待ち合わせより少し早く来てしまった。その分だけ、俺は寒さに耐えていた。

 時折、少し離れたところで電車の発進する音がする。そろそろ待ち合わせ時間になるのでこの電車か次の電車に彼女が載っていなかったら少し遅れるのかもしれない。


 ややあって、先ほどの電車に乗っていたであろう人たちが徐々に現れてくる。

 俺は遠巻きにそれを眺めながら彼女を探す。ああ、いたいた。

 

「お待たせ、ノボル君」


 暖かそうな肩掛けと、セーターのような生地のワンピースにロングブーツ。普段とは違い、彼女は細い印象を隠すような服装をしていた。

 かくいう俺は学校指定のダッフルコートに普段からきなれているシャツにジーンズ……なぜだろう少し悪いことをした気になった。

 

「ちょうど今きたところだよ」

「ふふ、そう言ってもらえるとちょっとうれしいかも」

「……?」


 ライカにいつも先に来たらこれを言えと言われたセリフで返してみたのだが、なんか喜ばれてしまった。

 ライカならここから「うそ、頭に雪が積もっているわよ」とか「三日も遅れたのによくそんな嘘付けるわね」とかそういう冗談でくるというのに。


「ノボル君、結構待ったでしょう? 早く暖かいものでも飲みに行きましょう」


 なんだかよくわからない部分で機嫌をよくできたらしい。心無しか上機嫌に聞こえる川口さんの言葉に、俺は頭の中で二、三件、候補の店をピックアップする。

 正直どこがいいのかわからないから、ちょっと彼女にも聞いてみるか。


「そうだね。川口さんはお昼は?」

「あはは……。実はまだ」


 なら、なにか軽食が取れるほうがいいかもしれないかな。


「それじゃ、あっちのパン屋にでもしようか。あの店、中でお茶も飲めるし」

「少し歩いたところお店だよね。私あそこ行ったことなかったんだ。ちょっと楽しみかも」


 「早くいきましょう」と川口さんにせかされながら、俺はベンチから立ち上がりは駅を離れた。

 悠長にお茶をする場合なのだろうかふんわりと疑問にも思ったが、あっていきなり殺人事件の話をするのもそれはそれでおかしい気がする。

 そもそも彼女の大事な話と俺が知っている彼女の事実は同一とは限らないわけだし、まずは様子を見るに越したことないか。


 二人して駅一体型の大型店から少し離れた、商店街のようなところまで歩いてきた。

 風見通り商店街というの古臭い看板を掲げた一本道のこの商店街は、表通りには一般的な八百屋、魚屋、チェーン店の古本屋などが並び、少し離れた裏通りには近づかないが飲み屋があったりする。

 いくつかの店にはシャッターが下りており、若干さびれた感じがするが、シャッターの上から飲み屋へ誘導するランチタイムの張り紙があったり商売人のたくましさを感じさせられる通り道だ。


 先ほど川口さんと話したパン屋はその商店街のほぼ駅とは反対側の位置にある。

 人通りも割とあり、俺と川口さんはお互い人をよけながら目的のパン屋を目指した。


「結構、混んでるね」

「土曜日だものな。パン屋の席、空いているかな」

「いっぱいだった時は公園でも行きましょう? 確かパン屋の方面のさらに先よね」


 風見通り商店街のさらに向こうには川口さんの言う通り、市が提供している公園がある。

 寒風は直撃し、こんな真冬のくせに噴水をまき散らすので、この辺りに住んでいる人は大抵この時期はあの公園には近づかない。

 確かにあそこなら確実に座ることができるだろう、寒さにさえ耐えられればだけれども。


「俺はできれば一度室内で暖まりたいよ」

「ふふっ、さっき来たばっかじゃなかったの?」

「それは……なんというか手厳しい」


 楽しそうに川口さんは俺に声をかけてくる。

 意外と茶化してくるんだな……なんか少し昔のころと印象が違うような気もする。

 とはいえ8年以上も時間が経っているんだ。下手をすると彼女なんて俺と遊んだことを忘れているかもしれないわけだし……。

 変化は誰にでもあるものだろうと、自分の疑問に勝手に答えをつけて俺は彼女のペースに合わせてパン屋を目指すのだった。


 到着したパン屋は見事に混雑していた。

 一階、二階ともに覗いてみたが、すべての席に人が収まっている……さすがに時間が悪かったみたいだ。


「これはダメだな」

「そうみたいね。残念だけどテイクアウトしましょう?」

「……せめて、暖かいものでも買っていこう」


 あきらめて俺と川口さんはパンと飲み物を購入し、公園を目指すのだった。

 


 風見通り商店街の先、風見公園は海と隣接している公園だ。

 広い公園の入り口にはかなりの規模の噴水が設置されており、そのそばには遊具を設置しているエリアとベンチが並ぶエリア、さらに奥には市が莫大の税金を使って運営している巨大噴水がある。

 全体的に水辺が多い公園なので、12月の真冬は昼間でも寒い。圧倒的に、寒い。


「……」

「……」


 雪は降っていないのに、風が冷たく痛い。

 俺と川口さんは思わず吹き付ける風に無言となってしまった。

 これはもう早く昼食を済ませてしまおう。


「……あそこのベンチ座ろうか」

「ふ、ふふ……、こ、ここまで来たならいっそ奥の噴水までいかない?」


 川口さんが震えながら言う。

 あまりの寒さになにかが振り切れてしまったのだろうか、げに恐ろしい提案をしてきた。

 奥の噴水はこんな真冬にも凍結防止のためにジャンジャン水を吐き出す上に、特定の時間には演奏に合わせて噴水も踊るように吹き荒れるというこの公園の最寒スポットだ。

 土曜といえ、あんなところに来る人はいない。……ん? もしかして人が来ないところに誘導しようとしている?


「わかった。じゃあ、その前にちょっとそこの自販機でもう一本コーヒー買っていいかな」

「うん。待ってるね」


 俺は彼女から離れ、公園の入り口に置いてある自販機で暖かいコーヒーを買い、それをホッカイロ替わりにとダッフルコートのポケットにしまった。

 彼女の狙いは結局はなんなのだろうか。

 パン屋に誘導したのは俺だが、この公園へは彼女の提案で向かうことになった。

 ここで大切な話をしようというのだろうか。

 ……たぶん、これは予感だが、本当はこのまま逃げ出すのが正解なのだろう。

 殺人事件のことと彼女が関係しているかもしれないなんて妄想は捨て去り、お互い気まずくはなるだろうけど、無難に高校卒業まで距離を取っていれば、それが一番いいのかもしれない。

 彼女が事件と無関係ならいい、彼女がもし事件とかかわっているのでもまだいい、最悪なのは彼女が――――。

 

「……それでもなんで俺と川口さんなのだろう」


 すべての事件に俺と川口さんは巻き込まれてはいない。けれど巻き込まれる寸前の距離ですべての事件が起きている。

 彼女はそれに気が付いているのだろうか? それともそれ以上の何かを知っているのだろうか。

 ……やっぱり話を聞いてみるか。

 一抹の不安が何かに押しつぶされ消えていくのを感じ俺は彼女のもとに戻っていった。


「ノボル君、うう、寒い……早く行こう……」

「おまたせ、そうしよう」


 それから俺と川口さんは公園の奥へと進んでいった。

 かなり広い公園なので目的の噴水まで10分程度歩くことになる。

 遠目には海が映り、景色を楽しむ余裕があればかなり気分がいいものなのだろうが、寒さがすべてを台無しにしている。

 お互いに口数は少なく、隣を歩く川口さんも何を思うのかこちらを見ることなくまっすぐと前を見ている。

 緩やかな円を描くように海が見える沿道を通りぬけ、俺と川口さんは目的の噴水までたどりついた。


 巨大噴水は見た目は噴水というには似つかわしくなく、中規模の池に近い形式になっている。

 その池の各所に噴水設備が用意されていて、そこから常時水を噴き上げている。全部で20本だろうか、時折、別の噴水設備と入れ替わるので正確な数が分からない。


「ついたね。思った通り誰もいないね」

「確かに……あっちのベンチでお昼にしようか」

「そうだね」


 二人してベンチに腰掛ける。買ったパンを取り出し横には飲み物を置いておく。

 俺は買ってきたアンパンを一口かじる。少し冷たいが甘い味が口に広がる。


「それでさ。大切な話、してもいい?」


 こちらを見ることなく彼女は話を切り出した。


「ああ」


 俺はうなずいた。

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