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されど星を見上げる  作者: 鏡読み
されど星を見上げる
1/13

序章「ゆえに星は断罪す」

 夜空を見上げる。

 僕の頭上には幾千、いや幾万の星。

 その数だけ物語があり、また罪がある。

 僕は星に許しを請う。

 血塗られた手の感触は、ぎりぎりのところで僕を現実に引き止める。

 一度夜空から目を離し、僕は確認する。


 僕の目の前には僕が倒れている。


 重い息を一つ吐いた。

 僕は星に罪の許しを請う。

 人を殺した罪の許しを請う。

 同時に自殺をした罪の許しを請う。

 一度に犯してしまった二つの罪の許しを請う。


 ゆえに星は断罪す――――。




 登校中の風景、三月というだけあって気候は心地よく、僕は自分のペースで学校に向かっていた。

「おはようございます」

「ん、片桐か」

 追いつくようにしてやってきた女子生徒に僕は返事をした。

 長く、少しふわりとした髪が特徴的で僕より少し背が低い。

 彼女は片桐マナ、僕から言わせれば魔女のような存在。

 とはいったが、怖い雰囲気は特にない。むしろ少し眠たそうに隣を歩く彼女の姿は可愛くすらある。

「今朝は冷えますね」

 片桐はにこりと笑って僕に話しかけてくる。

 僕は黙々と歩き続ける。そうするのは聞いたらめんどうな話を彼女がこの後してくるからだ。避けては通れない僕の問題なのだが、やっぱりちょっと抵抗してみたくなる。

 彼女はそんな僕の抵抗を知ってか知らずか……って絶対知っているだろうけど、僕と同じようにペースを上げ再び横にならぶ。

 こんな展開は何度あっただろうか、数えてはいないけど少なくはないだろう。

「今朝は冷えますね」

 もう一度同じセリフを彼女は言う。

 どうやら返事をするまで同じことを繰り返す気らしい。

「そうだね。それでどうしたの?」

 僕はわざとらしく大きなとため息をついた。

 あははは、と苦笑いを浮かべながら彼女は申し訳なさそうに僕に言う。

「その、ですね。実はまた発生するみたいなんですよ」

 それを見て僕はもう一度ため息を吐かざる負えなかった。

「そっか……」

「ええ。深夜0時学校に集合ということで……よろしくお願いします」

 彼女はすこし悲しそうに笑いながら僕に言った。

 そんな彼女の表情は見ていられず僕は短く「わかった」と返し彼女の先を歩くことにした。


 世間一般からすると僕と片桐の存在はあまりにも非常識だった。

 片桐に関して言うと『科学を使用せず現象を起こす人間』ひとえに魔女という言葉が一番近い。

 ただし歴史に知られている魔女とは、実際ゲームのような魔法、魔術を使えるわけではない。

 話術、薬学、催眠術などの現象を神霊的なものとして扱って見せた人間を歴史は魔女と呼んだ。

 有名な魔女裁判にかけられたのもこういう人たちだったらしい。

 しかし彼女はそういうやからに属せず、事実として『科学を使用せず現象を起こす人間』なのだ。

 魔女に近いというのはその起こす現象が神霊的だからというだけの話で、本人から言わせれば「私は方向性のおかしい鍛冶屋」なのだそうだ。


 次に僕に関して言うと『ほかの世界から呼び出された人間』というのがわかりやすくていいだろう。

 ドッペルゲンガーといえば話を知っている人も多いかも知れない。

 世の中には三人は自分と同じ顔を持っている人間がいるとか、自分とそっくりの人間にあったとき本物の自分は消えてしまう、といった都市伝説のたぐいだ。

 実際に僕は、僕を殺さなければいけない。

 ドッペルゲンガーとは、すでにこの世界存在するものではなく、呼び出されるものらしい。

 現に僕は呼び出され、ここにいる。

 呼び出されるからには何かしらの理由がある。

 オリジナルの人間の人格を恨むから、ドッペルゲンガーを呼び出しオリジナルを殺し、入れ代えさせるとか。

 オリジナルの人間に暴力を振るわれそうになったから、ドッペルゲンガーを呼び出しオリジナルを殺し、助けてもらうだとか。

 さっきから殺すという物騒な単語が出ているが、ドッペルゲンガーとは詰まるところ「殺し」が必ずついて回る定めがあるのだ。

 では呼び出されたドッペルゲンガーはその後どうするのか。

 簡単に言うとドッペルゲンガーには二つの未来が用意されている。この世界ににとどまるか、次のドッペルゲンガーに殺されるか、たった二つの未来。

 ただし僕自身にその決定権はない。無尽蔵に呼び出される自分にひたすら殺されないようにしなければいけない。

 それはこの世界に僕が留まることを望み続けるかぎり、多分永遠に続くのだろう。

 世界は僕という異物を許さないのだから。


 三月といえどまだかなり寒い深夜0時、僕は約束の通り校門にやってきていた。

 僕を確認したのか、防寒着に身を包んだ片桐はこちらへ近づいてきた。

「さあ、いきましょう」

 僕は黙って頷き、率先して門をくぐる。

 彼女はそのあとを追うようにして、僕についてくる。

 いつも体育で使う校庭をぬけ、事前にあけておいた窓から校舎に侵入する。

 僕は中に入る前に一度校舎を見上げてた。

 月が高々と昇り、昼とはまったく違う雰囲気をかもし出している。

 夜の世界、幻想的といえば聞こえはいいが、ただただここは僕にとって悲しいまでに殺戮的な世界。

 魔という言葉にあこがれることもあったが、当事者の側に回ってみると正直これほどいやなものは存在しないと思う。

 建物から目を離し夜空を見上げる。

 そこには幾千、いや幾万の星。

 その輝き全てが罪という名の最悪の群れ。

 ゆえに僕は星に許しをこう。

 ゆえに星は断罪す。


 もう何度目になるのか分からない嫌悪感。

 暗い廊下を歩き、あたりをつけては教室の扉を開く。

 ガラガラと立て付けの悪い扉は盛大な音を立てて、闇に響く。

 僕は、僕を探す。

 形容でも何でもなく、僕は僕を探し続ける。

 ただ一つの目的のために。

 ただ僕を殺すために。

「屋上ですね」

 そろそろあけた扉が二桁にさしかかろうとしているときに片桐が鎖に繋がったコンパスをにらみながら言った。

「そうか」

 僕はそれだけを呟いて階段を上る。

 ふと、足音が一つしかないことに気がついた。

 ついてくるはずの片桐がついてこない。

「どうしたの」

 僕は振り返えった。

 そこには片桐がしおれた表情を浮かべてたたずんでいた。

 三、四段すでに階段を上っていたので、僕にはずいぶんと彼女が小さく見えた。

「あの、代川さん。本当に、申し訳ありません」

 嗚咽を漏らすように、喉から搾り出すような声。

 確かにこのような事態は彼女が僕をこの世界に呼び寄せたから起こった事態だ。

 だけど僕はそれに不満を持ったことなんて無かった。

 だから、こう一言返した。

「いつもいってるな。それ」

 と。


 月は人を狂わせる。

 今でもよく耳にする決まり文句を僕は思わず連想していた。

 屋上に上がった僕が見た光景はまさしくそれとしかいいようが無かったからだ。

 先ほどまであった月は消え、ありえないほどに巨大な満月が舞台を照らす。

 月明かりを浴び、舞台を演ずるは一つの人影。

 ぼさぼさした髪に細身の体、影が伸びたようないびつな腕に足、そして瞳は赤く狂気を帯びている。

 ケタケタと笑うそいつは一体誰なのかすぐに分かった。

 僕が存在するための代償。

 世界が僕に科した罪の執行人。

 それは僕であり、僕にあらず、正式な手続きを踏まず世界に強制的に集められた、僕の『そうなるであろう』可能性の残滓。

「誰だあんたは」

 僕は答えが分かっていながらもソイツに聞いた。

 ケタケタと何がおかしいのかソイツは笑い続ける。

「あんたは、誰だ」

 もう一度語を強くして言う。

 ソイツはようやく僕の存在に気がついたのか、笑いをやめこちらに視線を送ってくる。

 僕は静かにポケットに手を入れ、一本のナイフを取り出した。

 魔女から授かったその刃は持ち主の意思によって全てのものを切り刻めるようになっている。

 ソイツはナイフを持った僕を敵だと認識したのか、赤い瞳をすこし細めた。

「ああ、僕か。遅かったね」

「遅刻云々は聞かないつもりだ、そもそも約束をしていない」

 「確かにその通りだ」とソイツは演技じみた動きで納得を示す。

 僕はソイツをにらみ続ける。

 一見隙だらけだが、そもそも僕とソイツとでは造りが違う。

 僕の目の前に立っているアレは僕の可能性を集め、その中で僕を殺すことに使える部分だけを選び抜かれた抹殺者。

 構成するもの、思考するもの、全ては僕を殺すために世界が築き上げた、ドッペルゲンガーのドッペルゲンガー。

「それじゃ、渋るのもなんだね」

 そういってソイツは姿勢を低く屈める。

 僕は次の予測を直感的にはじき出し、横に飛ぶ。

「いくよ」

 同時にドンと鈍い音がなった。

 ソイツが立っていたところが小さなクレーダーの様に陥没し、僕の立っていた場所に明らかなデタラメな速度で突っ込む。

 横に飛んでいた僕はかろうじてその突進をやり過ごし、体勢を立て直す。

 敵を確認する。敵はもうすでに第二波の準備をしていた。

「あははははは、僕は逃げてばかりか。それじゃ死ぬよ」

 再びドンという鈍い音。

 僕は先ほどと同じ要領でやり過ごそうと横に飛ぶ、が―――。

「甘いよ」

 ガコンという金属がひしゃげる音がした。

 ほぼ同時に僕の背中から突き抜けるような衝撃が走る。

「がっ」

 屋上の柵を支えに反転した、と考えが巡るころには肺から空気が完全に無くなり、息ができなくなっていた。

 その手の生き物には隙はその一瞬で十分らしい、ソイツは容赦のなく僕の首をつかみぶっきらぼうに投げ飛ばした。

 ゲシャと変な音が聞こえ、全身がばらばらになるような痛みが走る。

「それじゃ、これで終わり」

 立ち上がる前に腹部に鈍痛、蹴り上げられたにしてはおかしな浮遊感、にじむ視界がどんどんと流れていき、ヤツが遠くなり、手すりを超え、僕は屋上から落下した。

 ヤツのその台詞が妙に頭にこびりつく。

「終わるか……終わるかよ!」

 その言葉をかみ締め僕は思い切りナイフを振るう。

 先ほども言ったがこの魔女からもらったナイフは持ち主の意思によって『全てのものを切り刻める』

 それは空間も、例外ではなく切り刻むことができる。

 僕は落下距離を切り落とし、ほぼ落下した衝撃を受けずに地面に転がる。

「へぇ、面白い手品だね」

 ソイツはさも面白そうに屋上から僕を見る。

「ハッ! 見学料は高いと思え」

 僕はもう一度ナイフを構え、ヤツを見据える。

 ヤツは柵をのぼり屈め、跳ねた。

 それは極限まで引き絞った弓から放たれる矢のごとく、屋上から驚異的なスピードで僕に肉迫してくる。

「だが、三度目はもう見切った」

 僕は空に二度ナイフを振る。

 するとずぶりと、最悪な手ごたえ。

「バカな、おいおい冗談だろ……!」

 一撃目で距離切りゼロにし、ニ撃目で僕のナイフは完全にヤツを迎え入れた。

 そこにさらにナイフを押し込む。

 がぼっという肺にたまった血を吐き出そうとするソイツが目を異常なまでに見開き僕をにらみつけてくる。

 お前は自分自身を殺すのか。

 そう僕に訴えかけてくる。

 僕は横になぎ払うようにナイフを抜き取り、距離をとった。

「僕はな、一度大切なものを全てなくしたんだ。それでも僕は消えられない」

 そういうと、ヤツは分からないといった顔をして僕を見てくる。

 鏡写しに自分を見ているみたいで気分はすこぶる最悪だった。

「代川さん、あの、大丈夫ですか」

 僕の背中で声がする。

 一度無くした大切な声。

「アバラがとんでもないことになってるけど一応ね」

 僕は彼女の方を振り返る。

 彼女は僕を確認するとほうと安心した顔になって微笑んだ。

 僕はナイフをしまい、血のついた手を振るう。


 夜空を見上げればそれは満天の星々。

 幾千、幾万とあるそれはその一つ一つが物語であり、同時に罪でもある。

 ゆえに僕は星に許しを請う。

 今日もまた、自分を殺してしまったと。

 いつになれば、この罪は許されるのかと。

 しかし、僕は一つだけ誓いを立てようと思う。

 いついかなるときでも、許されない罪を背負うことになったとしても、僕はこの世界に存在し続けると。

 ゆえに星は断罪す。

 

 ――――――。


 僕が夜空を見上げるようになったのは何時のことだろうか?

 その星一つ一つが罪であることに気がついたのは何時のことだろうか?

 幾千、幾万と輝く星々に……僕はにらまれつづけ、にらみつづけている。

 たしか……そう、それはさして昔のことじゃない。

 

 彼女が死んだあの時から――――。


ども、鏡読みです。

この度は序章をお読みいただきありがとうございます。

今回は現代を舞台にした異能力モノのお話です。


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