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サムライフラットデイズ:ピザトースト

 まれにではあるが、日勤のサムライも夜勤のヘルプに入ることがある。

「ピザトーストが食べたい」

 だが、ほとんどの場合は人数合わせだ。夜に慣れていない日勤部隊が夜の見回りに出ると、それだけで迷惑だと夜戦部隊に言われるからである。サムライは見回り組と待機組に分かれ、通報などで出動するのがこの待機組だ。

「……煌太ぁ」

 有休や忌引きなどで夜戦部隊のサムライが足らず、トウキョウアンダーシティ支部ではこの一週間ほど、夜の待機組を日勤のサムライが持ち回りで担っていた。

 今日の面子は、煌太、威斯、凛音の三人である。凛音は煌太と同時期にアンダーシティ支部に配属された新人だ。ピザトーストへの欲求をあらわにした煌太に、凛音は顔をしかめて額に手を当てた。

「だって腹減らねえ? 晩飯八時だったし、もう一時だぜ」

「伝播するからやめろっつってんの」

 凛音は読んでいた本を棚に戻す。がばっ、とその横で威斯が起き上がった。

「作ろう」

「へっ?」

 跳ねた髪を手で後ろへと送り、威斯は真剣な表情で二人を見遣った。

「作ろう、ピザトースト。俺も腹が減った」

「あー……んじゃ俺作ってきますよ。言いだしっぺだし。ケチャップは先に塗っていいっすか?」

 煌太が腰を浮かせると、凛音がそのベルトを引っ付かんだ。

「煌太、ケチャップにチーズでピザトースト~とか言う気じゃねえだろうな」

「ちげぇの? ってか離せよズボン脱げる」

「ピザソースだろぉ!? カリカリのトーストにピザソースと溶けるチーズ乗っけて魚焼きグリルで二分!」

「トースター使えよ。離せいい加減」

「マジ? 魚焼きグリルでトーストできんの?」

「カリッカリに焼けますよ」

「離せって言ってんだろうがよ」

 凛音の指を一本一本外し、煌太はベルトを締め直す。

「ああわかったよピザソースあったらそれな。具はチーズでオッケー?」

「あー、俺スライスのとろけるチーズよりあのばらばらーってやつがいいな。冷凍庫とかにねえかな」

「了解っす。俺サラミ乗っけますけど、他は?」

「ピーマンあるかな」

「ええ……俺ピーマン嫌い」

「僕のにだけでいいからさ」

 休憩室の戸が開き、慧が欠伸をしながら入ってきた。慧は三人へ目を向けると、きゅっと口を閉じる。

「お疲れ様」

「お疲れ様です」

「お疲れさんです。高杉さん、まさか残業っすか」

「……ん……うん、明日……今日は休みだから……」

「眠いんすね?」

 威斯は立ち上がり、押し入れから布団一式を取り出した。凛音が慌てて手伝いに動く。

「煌太、高杉さんの靴脱がせて」

「はい」

「だいじょぶ……あの、あれ……」

 書類の入ったファイルを上下させて、慧は座り込む。煌太は慧を仰向けに転がして足を掴んだ。

「……何で人間の腕って一本しかないんだろうね……」

「高杉さん休んでください。たいていの人は二本あります」

 煌太が靴を脱がせてベルトを引き抜き、威斯と凛音が両脇を抱えて布団へ運んだ。休憩室の端に整えられた布団に転がされると、数秒と数えないうちに慧は眠りに落ちる。

「そっち側の電気消すか」

「この書類どうします?」

「見してみ」

 煌太が威斯にファイルを渡す。凛音は慧の布団を整え、休憩室の半分の電気を消す。威斯はファイルから書類を出し、目を細めた。

「これ駄目だわっかんねえや。高杉さんのデスクに置いてくる」

「んじゃ俺はピザトースト作りに」

「えっちょっあの僕一人になっちゃう」

「一分くらい頑張れよ」

「おいしいピザトースト作ってやるからな」

 凛音は休憩室にぽつんと取り残された。棚からスマホを取り出し、凛音は適当にネットニュースをあさる。

 と、ぴこん、と画面の上端にメッセージの通知が現れた。共に北陸の養成校から来た先輩で、今まさに見回りに出ている夜戦部隊の一人だ。

『夜の待機どうよ? ひま?』

「……ひまです、っと」

『だろうなあ。夜はほとんど通報ないから。ウノでもやってたら?』

『今こうたが夜食つくってくれてます』

 威斯が戻ってきて、棚の上に乗っているカゴをあさり始めた。

「凛音、ウノできるか?」

「ウノ皆さん好きなんですね」

「いや何か手っ取り早く暇潰せるし」

「んー……でも僕、煌太手伝ってきます。ウノ二人でやっても何ですし」

 そう言って凛音が立ち上がるとほぼ同時に、煌太が戻ってきた。

「あれ? 速い」

「やべえぞ凛音、パンがねえ」

 煌太は右手にピザソース、左手にピザチーズを持っていた。

「ええー、そんなにそろってるならパンくらいありそうだけどな」

「戸棚とか探したのか?」

「探しましたよ」

「今日は俺もピザパンの口なんだよな……食堂行くか。凛音、悪いけど受付のお姉さんに食堂にいるって言ってきて」

「はい」

 威斯と煌太は食堂に入ると、キッチンの戸棚をあちこち物色した。インスタントラーメンやパスタ、レトルト食品などは出てくるものの、探している食パンはどこにもない。

 支部の冷蔵庫は、支部の人間であれば自由に使用できる。だが、トラブルを避けるため、名前の書いていないものは共有にされるルールがあった。当然、デザート類など、名前が書かれていなくても不用意に手が出せないものはあるが。

「冷凍食パンすらないなんて」

「昨日みんなでパン祭りでもしたのかよ」

「篠原さん」

 威斯が振り返ると、煌太が得意げな顔で小麦粉の大袋を持っていた。

「もう作るしかなくないっすか?」

「……パンのレシピってそこらへんの本にあったか?」

「そこは天下のグーグル先生でしょう」

 スマホを持って戻ってきた凛音は、まず先にレシピを調べさせられることになった。

「……いやっでも素人がパン焼くよりコンビニ走ったほうが速くねえですか」

「凛音、アンダーシティで二十四時間三百六十五日営業中なのはウチだけだ」

「つーか待機中に外出できるわけねえだろ。勤務時間だぞ一応」

 目の前で嬉々として小麦粉を計測する二人を前に、凛音は「そろそろ止めないとやばい」と思っていた。

「イースト菌とかあるんですか?」

「膨らすやつだろ? 重曹が使えたと思う」

「煌太それ多分だめなやつ」

 煌太の手にある重曹には、「掃除用」と但し書きがある。

「生焼けって死ぬんだっけ。凛音、そっちの棚に金型あるから取って」

「いやえっと本気でパン作るんすか?」

「うん」

「いけるだろ。煌太はともかく俺はこれでも自炊してるんだから」

「んじゃ作った湯種を八時間寝かせるんすけど」

「………………」

 煌太が黙って、湯を沸かしていたガスを止めた。

「……どうするこの小麦粉」

 威斯の手元には、ボウルの中に山となった小麦粉があった。

「漏斗とかでうまいこと戻せっかな?」

「凛音止めるのが遅えよー」

「僕のせいじゃねえだろどう考えても」

 漏斗を探して再び戸棚をあさりながら、ふと思いついたように威斯がつぶやいた。

「この建物、幽霊出るらしいぜ」

「えっ」

「丁度丑三つ時じゃないですかやだー」

 半分冗談で凛音は受け流す。だが、威斯は真剣な声音になった。

「いや、マジで。待機していた先輩が見たんだって」

「まあ一人二人どころじゃなくいてもおかしくないっすけど。仙台支部も結構いましたし」

 さらっと言った煌太に、凛音の視線が向く。

「ん? ああ、いたよ。陰陽課の女性陣がきゃーきゃー言っててさ。サムライは幽霊には無力なのに何でか駆り出されんの。陰陽課だったら破っ! ってできそうなのにな」

「……そういえば、幽霊ってあれ式神とか呪いの亜種だよな」

「まあ近くはありますよね」

「式神が目に見えるのはカミと霊力の混合だとかなんとか理屈はあったけど、幽霊って人の魂だけなのに何で見えるんだ?」

「光は見えますよね?」

「光ってんのか」

 話題が変わったことに安堵しつつ、凛音は視線を巡らせる。

「光ってるんじゃないですか? でなきゃ見えないですし」

「んー、いや、光は見えねえよ。確か。光っているものとか、何かに反射してるのが見えるだけで。そっすよね?」

「ああ、レーザーとかはスモークに反射させてるから光の筋が見えるから……で発光体はまぶしいけど幽霊別にまぶしくねえから、あれは、あれか? どっかからプロジェクター的な」

「もしくは可視レベルのエネルギー体か」

 漏斗を輪ゴムで袋に固定し、煌太はボウルを傾ける。威斯が小麦粉をゴムベラで漏斗に流し込んだ。

「可視レベルのエネルギーって、炎とかそういう……」

「つまり――」

 きりっ、と真面目な顔で凛音は頷いた。

「幽霊に触ると火傷する、と」

「んぐぉっふぇ」

 威斯が牛乳をのどに詰まらせる。

「あっぶねえ! 混ざるかと思った」

「粉なんてモノ飲みながら扱うもんじゃねえっすよ」

 小麦粉を片付けたころには、時刻は夜中の二時半を過ぎていた。

「……ピザトーストが食べたい」

「煌太ちょっと黙れ」

 威斯の腹が派手に鳴る。腹を押さえ、威斯は「うう」と呻いた。

「餃子の皮ピザってありましたよね。作ろうかな」

「パンねえのに餃子の皮あるわけねえだろ」

 威斯は袋麺を三つ出した。

「もやしとキャベツとハムでどうよ」

「いっすね」

 凛音が中鍋に水を注ぎ、煌太がどんぶりを出す。薄暗い食堂に、間もなく三つのラーメンが出来上がった。

「高杉さん、あのまま朝まで寝てますかね」

「だといいけどな。少しばかり無理が過ぎるぜ」

 口で箸を割り、威斯は手を合わせた。

「いただきます」

「「いただきまーす」」

 麺をすする音が響き、三人は無言になる。味噌の香りが、湯気とともに立ち上った。

「……ラーメンの好みって結構出るよな」

「俺塩っすね」

「僕は味噌好きです」

「俺は醤油」

「メンマはたっぷりがいいです」

「俺はチャーシューがたくさんほしい」

「醤油にバター入れると最高だぜ」

「ああ~いいですねえ。ラーメン食べてるのに腹減ってきた」

 チャーシュー代わりのハムを熱いスープに浸し、凛音は笑みをこぼした。

「夜食のラーメンは背徳の味っすよね」

「僕はお茶漬けも好きだが」

「実家でこっそり隠してあるカップ麺を部屋に持ち込んでたなあ。匂いでバレんの」

「俺は中学の頃だったかなあ、夜中に台所あさりに行ったら、レトルトの棚におにぎりが用意されてて」

「読まれてんな」

 威斯は笑みをこぼした。

 スープまできれいに飲み干して、煌太は流し台へとどんぶりを持っていく。煌太と凛音が片づけをしている間に、威斯が食後の茶を入れた。

「二人とも、終わったら帰って寝るか?」

「はい、僕は」

「俺はちょっとスーパーに。食パン買いに行きます」

「お前ほんっとにピザトースト食べたいんだな」

 迷いのない煌太の返事に、威斯は苦笑した。

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