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サメ小説アンソロジー『サメ、サメ、サメ!!』  作者: サメ小説アンソロジー企画班
7/22

シャークの都合により、一部編集してお送りします 作者:おさかなTV

 関西はいまやフカい混沌の只中にあった。道頓堀川から現れた大型のホホジロ鮫が通行人35名とかに道楽の左目を食いちぎった事件を皮切りに、空から1時間に50ミリのサメが降り、琵琶湖はサメに汚染され、甲子園球場からは風船ではなくサメが舞い上がり、神戸南京町の中華街で乾燥フカヒレが料理店の店主の首を撥ね、国外脱出の飛行機チケットを取ろうとコバンザメが横行し、アドベンチャーワールドにはササと人を主食にするサメが…と書いていくとキリがないほどに、巷には超常的なサメが溢れかえっている。それは今俺が死に物狂いで自転車を漕いでいる大阪市港区海岸通りも例外ではない。というより「近づいたら死ぬ」エリアであろうことは、想像に難くないだろう。

 

  10年物のママチャリで、マンホールから飛び出してきたサメの鼻面に華麗なウィリーを決める。そのまま海遊館の窓ガラスに突っ込む。運動不足の中年がとっさに出来ることではない。マズい、

 

  案の定、背中から着地し、へしゃげたカエルのような音が口から飛び出た。

  「深川さん!!間に合ったんですね…ウワッ!」

  入り口ゲートから飛び出してきたバニーガールが、俺の姿をみて1m後ろに飛び下がる。

  「来てくれたんだな…虎谷…」

  「なんて格好してるんですか!!趣味にしちゃ冗談悪いですよ!」

  この反応からみるに、俺のケガより俺がバニーガールの恰好をしていることに本気で引いているらしい。

  「すまないとは思う。しかし、君が来てくれないときのバックアップで…」

  「それもそうですけど、あんなアクション映画みたいな芸当どこで覚えたんですか?」

  「アカシャークレコードだ。どんどん強くなってる。先を急ごう。もうすぐ全て終わらせなくちゃならない。」

  人生で一度も成功したことがないハンドスプリングで飛び起き、ヘッドライトのスイッチを入れる。この混乱の中でも通路の灯りはご都合主義的に点灯していたが、注意を怠らないに越したことはない。水槽の破片なんかを踏んでしまえば

  「あの、深川さん、そのことなんですけど」

  ふいに、虎谷が消え入りそうな声で切り出した。

  「なに!?トイレ?後ろ向いてるからここで…」

  「そうじゃなくて! さっき会ってきたんです!!」

  「俺がいないとちゃんと完成しないんだよ。アイツもそういってただろ」

  「だーかーら! そうじゃなくて! 」

  「深川君。ご苦労、だがすまない、想定外のことが起こったんだ」

  目を上げると、今回の元凶が宙に浮かんでいた。

  「

  エンターテイメントとは「誰も見たことがないようなもの」をメシの種にしているのではなく、数多の要素と展開の仕方を組み合わせ、大衆の支持を得られるパターンを探し出す作業である。パターンの発掘は主に作り手のインスピレーションだとか経験によって成される訳であるが、バカ売れする「大当たり」を打ち出すために、数えきれないほどの「クズ」が現れてしまうので、顧客が愛想を尽かすまでに次の大当たりを用意しなくてはならない。

 

  しかし中には全く別の目的の元に作られているエンターテイメントがあるのかもしれない。

  まったくヒット作を出すつもりがない、観客に愛想を尽かされるために作られるコンテンツの数々。俺の今は亡き親父が作っていたビデオ映画のような、例を挙げるとすれば「サメの出てこないパニック映画」のようなシロモノ。

 

  そんな親父の作っていた三流ビデオ映画のリバイバルの話が持ち上がったころ、俺は大正区の実家に戻り、母親と大喧嘩していた。

  「お父さんとの約束や、映画の権利は渡さへん。お金にも困ってへん」

  テビチの汁で半ば腐りかけたようなカウンターテーブルにエアコンから落ちる水滴が穴を開けているような状態でそういわれても全く説得力がない。母親の切り盛りしている沖縄料理「ふかがわ」は、高齢化している常連5人のうち1名でも死去すれば後を追いかねない経営状況である。

  「現実的に考えろよ!こんな腐りかけの店いつまでも続けられないよ!?映画のお金で店たたんで、ケアハウスの頭金払ってゆっくり余生を送れるんだよ?悪い話じゃないよ」

  「あんたはなんもわかっとらん!!親の話もろくに聞かんかった癖に今更どの口がモノ言いやがるんじゃ」

  母の米軍基地仕込みの左アッパーカットをすんでのところで交わし、家から逃げ出す。

  10年ぶりに帰ってきた息子の忠告に頭の煮えあがったのは分かるが、もう少し老人らしい動きはできないのだろうか。いや、あまりに現実離れしてないか、アレ。

  「お母さん、納得してもらえなかったみたいですね」

  隣の家の玄関ドアの横にもたれかかっていた女がため息を吐く。会社の後輩の虎谷羽仁だった。「なんだ、太秦の撮影所に挨拶に行くんじゃなかったのか?」

  「それは昨日の話です。今日は監督との打ち合わせでしたが連絡が付きません」

  「先が思いやられるな」

  「いつもの話なのでなれました」

  俺と虎谷の所属する会社が、昨今のサメ映画ブームに乗っかって無責任にプロジェクトを始めてからというもの、ずっと全国を駆け回る俺についてきているせいか、少しばかり顔に疲れが見えた。

  「深川さんの里帰り、なんだか台無しにしちゃったかもしれませんね。ごめんなさい」

  「いいよ。オフクロ、俺が父親みたいにゴミみたいな映画作るの、元からよく思ってなかったから、いつものことだし」

  実際のところ、情熱とか理念と無縁だった父親は職業映画監督で仕事も粗かったのでノルマめいた撮影計画にかなり苦しめられていたらしく、そんな姿を見た母親が同じような道に進んだ息子を気遣っている、のかもしれない

 

  ふと気が付くと、近所の人々がこちらを凝視している。ニヤニヤと笑みを隠しきれていない

  そういえば、この雰囲気はたから見ると家を飛び出した息子が彼女を連れて家に帰ってきたように見えなくもないことに気が付く。

  「虎谷はこの後何かあるのか?」

  気まずさを隠しつつ、虎谷に何気ない風に移動を提案する。

  「あ、そのことなんですけれども深川さん」

  「なんだ?」

  「私大阪詳しくないんですけれども、連れて行ってほしいところがあるんです」

  彼女の手には海遊館のチケットが握られていた。これはまるで、

  「そうだ、まさしくテンポのいい映画そのものだよ。深川君」


  海遊館の「太平洋ゾーン」の大水槽の前は普段と違って、人だかりは足を食いちぎられた死体の山と、ひざ下まで溜まった海水に泳ぐトラフザメの群れにとって代わられていた。

  放心状態の虎谷を担ぎ上げながら、声の主を凝視する。

  「アカシャークレコードの仕業だな。1975年以来だ」

  「お前は…」

  「心配しなくてもいい、私が君たちに害をなすことはない。プランクトンしか口に入れられないからな。水槽にいる限り安全さ」

  呆然自失状態から回復した虎谷がつぶやく。

  「ジンベイザメがなんで喋ってるんですか?」

  声自体は頭の中に直接響いてくる感じであるが、この言いぶりから考えるに間違いない。

  「いい質問だね。人の深層意識にサメのイメージを問うときに、ホオジロザメやコバンザメを思い浮かべる人は多くとも、とっさにジンベイザメが出てくる人が少ないからさ。アカシャークレコードを欺くにはちょうどいい姿ということなのさ」

  「ありえん。こんな、その、映画じゃないんだぞ、ふざけるんじゃねえ」

  「まぁ、まて、理解の拒絶はまさしくアカシャークレコードの思うつぼだぞ、深川君」

  いや、知らんがな。

  「虎谷、とにかく帰ろう。たぶん働きすぎた。今すぐホテルに帰って有休をとろう」

  この場から立ち去ろうと非常ドアを開けると、階段からイタチザメが5匹ほど降ってきたので、素早くドアを閉める。この瞬間に、あきらめが付いた。

  「話を聞こう。どういう事なんだ」

  ジンベイザメはこの事態が人間の集合意識に巣食う恐怖のイマジネーションが現実に侵食している結果であること、それらのイメージがアカシャークレコードと呼ばれ一定の指向を持っていること。そのアカシャークレコードを抑えるための試みが1975年に1度失敗し、今現在その失敗時の状況に酷似した状況になりつつあることなんかを説明した。

  「本来ならこういう事態が起きる前に、アカシャークレコードの根源たるサメへのイメージ想起を無害なものに変換するべく、コンテンツ面でのイメージ摩耗を行う。しかし今回はそれが仇となった。荒唐無稽なサメのイメージ付けを面白がって取り上げ、逆に注目を集める結果となってしまった」

  「なるほど、それがサメ映画ブームとして表出したんですね」

  「そう、1975年のとある映画の公開によって、海水浴場の人食いザメに対する恐慌的な恐怖を鎮めるために、山ほどの方法をだから君たちにお願いがある」

  待ってましたと言わんばかりの口調でジンベイザメが畳みかける。

  「水質汚染による減退を狙って、大阪湾にアカシャークレコードが誘導される。」

  「君たちが、既存のサメ映画に存在しないやり方で、この事態を収拾してくれ。ただし、君たちがサメを退治する根拠を信じられるようなやり方で」

 

  「だからその言葉を信じて、今まで試行錯誤した結果、これに落ち着いたんだろう。因幡の白兎伝説にあやかった服装で、実体化したアカシャークレコードポータルをコンクリで固める。ジンベイザメの背中にのって空を飛ぶ。大半のサメのイメージ元の映画が欧米製であることを利用している」

  2週間前にこんなセリフが口から出れば、病院に担ぎ込まれているところなのだが、時の流れとは残酷である。

  「ああ、独創的なんだ。確かに。だが、一つ厄介なことに、そのイメージを用いた映画は存在していない、だが、その話に非常によく似た映画脚本は存在している」

  「何か問題あんのか?」

  「その脚本ってのが、君のお父さんが書いたものだ。そして、そのイメージを君たち以外に共有している人間が大阪に一人だけ存在している」

  「で、どうも、その人じゃないと、アカシャークレコードに有効打を与えることができないみたいで…」

 

  「そうや、お父さんのネタは使わさん。これは前にも言うたはずや」

  暗がりから、ダミ声が響き左アッパーカットが俺の顎に炸裂する。

  俺の母親が、俺たち二人と同じようなバニー服を着て虎谷の前に立ちはだかっていた。

 

  「おふくろ!今そんな場合じゃない!なんで出てきた!!」

 

  「息子よ…いや、██████。この世界はもう救われへん」

  「なんでですか!やってみなきゃわからないじゃないですか!!」

  虎谷がとっさに構える。しかし、母は全く意に介せず続ける。

 

  「アンタらはようやった。私との一悶着から始まり、恋人と同僚の微妙なラインを行き来する恋愛模様であるとか、非を認めようとしない研究所との大立ち回り、協力者集め、どれもこれもお見事。サメのバリエーションがあるってのも、近年においては当たり前のようになったし、いささかパクリも見られたけれども個人的には大満足や」

 

  認知症が進行したのだろうか。俺たちには全く理解できない事象をよどみなくまくし立てている。

 

  「まぁ、せやからなかなか認めたくないと思うんやけどな、ちょっとやりすぎたんやな。

  うん、現時点でこのフィルムは廃棄予定らしいけども、サメの部分は別の映画に使いまわすっぽいわ」

 

  まさか、いや、そんな、いくら荒唐無稽な出来事が続くからと言って、そんなことが許されるのか。

  「しょうがないね。こういう事もサメパニックにはつきものだ。こうなってしまった以上は我々にできることがない。運命を受け入れるしかないね」

  おい、ジンベイザメ、何を達観している。お前オフクロと顔を合わせたことがないだろうが。

  「ボツも3回食らうと、元もと自分が何者だったのか忘れてしまいますねぇ。お母さん。我々の前のフィルムも、似たような関係性だったからうまく使いまわされたものですが」

  「せやね、この役者、よっぽど仕事あらへんのか、いろんな作品によーにた感じの役で出てきよるからな」

  「CG合成のサメと同じようなレベルで出てくるとなると、すさまじいですねぇ」

 

  もう、駄目だ。さっきまでの確信がウソの様に萎えていく。今まで感じたことのない感情だった。虎谷も同じような目でこちらを見ている。

 

  無駄だと分かっていても、無意識に、口が、喉から声が絞り出されていく。

  「頼む、教えてくれ。一体俺たちの何がダメだったんだ」

 

  「ん?せやなぁ… あんた、そんな風に言えるようになってんなぁ」

  母が、いや、どうやら母という事になっていた女が驚いたようにこちらを見た。

  「シャークが長くて、客がサメてしもたんやろな」

 

  そう言い終わるか言い終わらないかの刹那、世界は暗闇に包まれ、35ミリ映写機はその動きを止めた。

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