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サメ小説アンソロジー『サメ、サメ、サメ!!』  作者: サメ小説アンソロジー企画班
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サメの勇者の成り上がり〜金髪美女を今日も食う〜 作者:おいぬ

おいぬ(DakenQ)


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「勇者様、この大きい水たまりは何なんですか!」


「それはな、海ってやつだ」


 男が傍らの銀髪の少女へと笑いかけると、不満げな声が、前方……海の方から聞こえる。


 金色の長い髪を揺らしながら、その女性はしなを作り、勇者と呼ばれてる男にこっちに来なさいよ、と声をかけた。


 その成熟した体に釘付けになっていた勇者は誘われるがままに海へと入っていき……そしてすぐさま逃げた。


「ちょ、ちょっと! なんで逃げるのよ!」


「サメが……サメが出たァアアアアアアアッ!!!」


 勇者が指を指す方向には、黒くて縦長の何かが存在した。


 海の中にポツリと存在しているそれは、ゆっくりと金髪の女性へと近づいているようにも見える。


 ……そう、それは紛れもなくサメであった。



「……ジョーズさんマジリスペクトっす」


「あんなドラ息子、尊敬するに値しないよ。それよりも、お前は立派に狩人になっておくれよ。ただでさえこの海域は男手が少ないんだからねぇ……」


 そんな老いた女サメの言葉は、サメ界のレジェンドを尊敬しているこのサメには届かない。


 まるで神様を崇めるかのようなその雰囲気に、周辺の大人サメもお手げだ、と言わんばかりに泳ぎ去っていく。


「はぁ……。いいかいサメヲ、お前は狩人になるんだよ。あんなドラ息子みたいな、放蕩者にはなるんじゃないよ!」


「やだね! それに俺の名前はサメヲじゃねぇ――」


 その場で縦のターンを決めて、少し体をくねらせる。


 決まった……と言わんばかりの顔で、少年サメはこう言い放った。


「――ジョーゼ、だってな!!」


 ジョーゼと名乗ったサメヲは、目の前の老婆に向かって勇壮に力んでみた。


 大先輩に憧れて鍛え続けた体。この海域一番だと言われる速度、そしてその恵まれた体格。


 すべてすべて、ジョーズに追いつくために身につけたものである。


「まったく、それだけなかったら凄まじい有望株なんだけどねぇ……」


「?」


 サメヲ……もといジョーゼは不思議だった。何で目の前のおばあさんは頭を悩ませているのだろうか、と。


 しかし、幸か不幸かジョーゼは脳筋だった。そんなことを考えている暇があったら鍛えなければ、そう思うタイプのサメだったのだ。


 ジョーゼはさらに何かを言おうとしていう老婆に別れを告げて、サメの集落を出ようとした。


 だけどそれは危険なことで、族長含め、サメのみんなからでることを禁止されていた。


「俺を縛りたかったら、ジョーズさんでも連れてくるんだな!」


 そうつぶやきながら、水中を踊るようにくるりくるりと泳ぐジョーゼ。


 そんな浮かれていたジョーゼだったが、ふとなにかの音を感じ取った。


 ピコーン……ピコーン……と、甲高い音波が響き渡る。


 サメの鋭敏な感覚器官でそれを感じ取ったジョーゼだったが。


「どうせニンゲンのつうしん……? ってヤツだろ? イケルイケルゥ!」


 進路をアメリカのビーチへと向けながら、ジョーゼは胸を踊らせる。


 憧れの人と同じ場所で、同じ事をする……それがどれだけ嬉しいか。そんな将来に目を輝かせた。


 ただひとつ悔やまれるのは、このジョーゼの頭が、サメのおもちゃがついてくるハッピーセット並に甘かったことだ。


 ジョーズさんの次に名前を連ねる、これ程に幸せなことはあるだろうか……。


 そんな幸せなことを考えていた脳は、ニンゲンが黒鉄の船に使うロングランス……アスロックによって、爆散の憂き目に合った。



「ここは……」


「ここはアストレイの海。あなたが……ジョーゼさんがサメの英雄になるべく作られた、海なの」


 ジョーゼは驚いて後ろを見る。


 そこには今までジョーゼが見たことがないほど美しいサメがいた。


 スラリと伸びる歯は、間違いなく強者の証だろう。ザラザラした肌は、とても綺麗で……ジョーゼは柄にもなく見惚れていた。


「君は……」


「私の名前はないの。ただひとつ言えることがあるのなら、ヴェネツィアに住んでたってことかしら」


 どうりで、とジョーゼは納得した。


 ジョーゼほどの馬鹿でも、ヴェネツィア出身のサメという言葉が何を指すのかくらいはわかる。


 サメの世界の中では、ヴェネツィア出身のサメの事を「陰の女王」と呼ぶ。


 曰く、絶世の美貌を持ち。


 曰く、狭い水路を縦横無尽に泳ぎ。


 曰く、狭い水路を泳ぐも、今まで殺されたことがなく、見つかった場合も、何故か人間から無視されるらしい。


 その隠密性故に、隠の女王と呼ばれている。


「……そのヴェネツィア出身のサメ様が、俺みたいな田舎者に……その、英雄になれって?」


「ええ」


 婉然と笑うそのサメは、ジョーゼへと目線を促すと、悠然とその場に佇む。


 見れば女性がふたりと男性が一人、浜辺にて何かをしていた。


 ジョーゼはすかさず、その人間たちが海水浴を楽しんでいるものだと当たりをつける。


 その当たりの付け方の速さこそが英雄たるものの器の一つだとはジョーゼは思いもしなかった。


 そんなジョーゼを暖かく見守りながら、その女性はこう告げた。


「……ほら、準備はできているわ。あの三人を殺して、かの有名なジョーズのあとを……継ぐのよ。あの世から楽しみに見てるわね」


 その言葉に驚いたジョーゼが振り向くが、既に女のサメは姿をかき消していた。


 まるで最初から存在していなかったかのように掻き消えるそのさまは、ジョーゼに少なくない動揺を与えた。


 ……だがジョーゼは良くも悪くも馬鹿だった。そんな深いことを考えずに、それはそういうものだと割り切る。なんと勇ましいことだろうか。


「……よし! 手始めにあいつらを食い殺すッ! ちょうどいい感じに金髪のナイスバディーがいるじゃねぇか。絶好の条件テンプレだぜ」


 にやりと笑って、高ぶる精神のまま邁進するジョーゼ案外海は浅く、少しだけ泳ぐと、ヒレが地上の温度に触れた。


 ぐんぐんと進み、遂にジョーゼは正眼に金髪の女を捉えた。恐怖にすくみ上がってる銀髪と、腰を抜かして黄色い液体を股間から漏らしている男。


 ふふん、とジョーゼは得意げになりつつも、深めの瀬にまで進んでいた女を食らおうと、口を開けた。


――さぁ泣いて叫んで許しを乞え! そんでもって俺のジョーズさん後釜計画の足がかりになれッ!


 限りなく高揚している気分のまま、女の足へと牙を立てる!


「あれ……?」


『私に傷をつけようだなんて浅ましいサメね。吸血鬼の真祖たる私に触れるだけでも――万死に値するわ』


 次の瞬間、ジョーゼの目は遥か上空に存在していた。


 まるで転移したかと錯覚するレベルの視点移動で、ジョーゼは混乱に陥る。


 だがひとつわかったことがあった。


「俺は……スペースシャークとして生きるんだ……。これからずっと……」


 見れば、光る棒を持ったニンゲンとサメが戦っていた。……サメが数秒の後に首を切り取られていたが。


 ……ジョーゼはいい意味でも悪い意味でも脳筋であり、馬鹿だった。それはいつまでも変わりないだろう。


 だからこそ、超短絡的思考で――ジョーズ先輩マジリスペクトの気持ちさえ忘却の彼方へと押しやりながら――決めた。


「サメの王に、俺はなる!!!」


 数年後、異世界の宇宙で、猛威を振るうサメがいたとかいなかったとか。

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