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サメ小説アンソロジー『サメ、サメ、サメ!!』  作者: サメ小説アンソロジー企画班
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深海戦士ディープメガロドン 作者:永多 真澄

永多 真澄


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http://mypage.syosetu.com/281662/

 深海(ふかみ)(まもる)は若き海洋生物学者である。

 日本近海で近年多発している漁船の転覆事故及び乗員の行方不明事件の調査で海上に出ていた彼は、謎の生物の襲撃を受ける。

 鎮の乗っていた小型船舶は一瞬で破壊され、彼自身も海へと投げ出された。浮上ままならず、暗い海の底へと沈みゆく彼が意識の途絶える瞬間に見たもの、それは人間と鮫が歪に融合したような、巨大な異形の姿であった。


· · ·


「ぅ……」


 朦朧とした意識の隅に仄かな灯を感じて、それが薄く開かれたまぶたから差し込む外界の光であることを知覚してから、鎮の意識は急速に覚醒していった。乾ききった唇から漏れた呻き声が遠く聞こえるのは、ひどい耳鳴りがあったからだ。


(ずいぶん……眠っていたのか)


 未だにどこか茫洋とした頭でそう判断する。事態の整理に、少しばかりの時間が必要だった。

 時系列を追おうにも海に投げ出された後からの記憶がさっぱり欠落しているせいで、現状を類推することも困難だった。

 とはいえ薄く開いたまぶたから差す光は熱を伴わない青白いものだったから、何処かの室内であるということは推測できた。


(そうか、救助されたんだな……)


 運が良かった。鎮はそう結論づけて、ほっと胸をなでおろした。


「目が覚めたようだな」


 未だ耳鳴りの酷い耳朶を叩いたのは、既に老境に入ろうとしている男の声だった。

 鎮はその声に、わずかばかりの懐かしさを感じていた。胸を締め付けるような、痛みを伴う懐かしさだった。


 そしてそれの正体に思い当たったその時、鎮の意識は完全に覚醒した。耳鳴りはいつの間にかやんでいた。


「親父……!」


「久しぶりだな、鎮」


 鎮は激高の感情を、鎮の父――深海慎一郎(しんいちろう)は親愛と、わずかばかりの寂寞の感情でもってそれぞれを呼んだ。


「何が……何が久しぶりだ! 十年も俺たち家族を放って、今更……っ!?」


 激情に任せて慎一郎に掴みかかろうとした鎮は、自身が強靭なベルトのようなもので寝台に縫い付けられていることに気が付き、驚愕した。


「すまないが、拘束させてもらっている。暴れられては面倒なのでな」


 それは確かに慎一郎の声だったが、先程まで含まれていた情の一切が欠如した、怜悧な声音。


「親父……これは一体、どういうことなんだ……?」


 あまりの豹変に、鎮はすっかり気勢を削がれていた。彼の胸中を支配していたのは、その殆どが戸惑いであった。


「鎮……お前には、我々『ディープス』の最強の戦士となってもらうべく、改造手術を施した。もはやお前は人間・深海鎮ではない。ディープスの改造人間・ディープメガロドンなのだ!」


「なん、だって?」


 慎一郎の語るあまりにも狂気に満ちた内容に、鎮は一瞬、思考を放棄せざるを得なかった。それはあまりにも理解の範疇を逸脱していた。


「そんな……冗談、だよな?」


「冗談なものか。自分の姿をよく見てみるといい」


 藁にも縋る鎮の思いをにべもなく切り捨てて、慎一郎はひとつ、パチリと指を鳴らした。

 それを合図に、寝台が起き上がる。正面には大きな姿見が用意されていて、それは克明に、変わり果てた鎮の姿を映し出していた。


「う、あ……」


 体全体が、青黒く滑る表皮に覆われていた。それは皮のようでありながら、鱗のような光沢を持っていた。


「や、めろ……」


 両腕はしなやかな流線形に変じており、元来肘のあった場所から下には、鋭角的に先細った大きなヒレのようなものが生えていた。

 五指はまるで引き裂くことに特化したかのような鋭いノコギリ状になり、硬質な光沢がてらてらと妖しく蠢いている。


「やめて、くれ……!」


 首周りは隆々と発達した筋肉により、もとの3倍以上の直径を持っていた。

 そしてその上に頂く頭部はホオジロザメを思わせる、獰猛な牙をたたえた凶悪な三角形と化していたのである。


「やめてくれえええええええええ!!!」


 ついに耐えきれなくなった鎮がかぶりを振って叫ぶと、鏡に映る異形の姿もまた、かぶりを振って吠えた。

 それが鎮をさらなる絶望に叩き落としたのは、最早言うまでもない。


「……脳手術には準備がいる。しばらく頭を冷やすといい」


 慎一郎は発狂する息子に冷たい視線を投げると、そう言い残して部屋を出ていった。

 手術室を思わせる小部屋には、鎮の痛々しい絶叫が響いていた。


· · ·


 どれだけの時間がたったのか、叫び疲れてすっかり静かになってしまった鎮には判断ができなかった。

 とてつもなく時間が経過したようにも、ほんの数分だったようにも感じられた。いや、感じられたというと語弊がある。鎮はもはや、何も感じられずにいた。彼の胸中を占めていたのは、痛々しいほどの空虚だった。


「ずいぶん大人しくなったな、鎮」


 だから鎮は、再びやってきた慎一郎にも反応を見せない。慎一郎はそれに面白くなさそうにフンと鼻を鳴らして、物々しい装置を変わり果てた姿となった鎮の頭部に装着した。


「喜べ、鎮よ。この脳改造手術が終われば、お前は晴れてディープス最強の戦士となるのだ! ハハハ! ははははは!!」


 慎一郎は狂ったように笑いながら、手もとの無骨なレバーをひと思いに下ろした。

 その瞬間、耳の奥でブツンという音が聞こえて、わずかに残っていた鎮の意識は一瞬で掻き消えていた。


· · ·


 真っ白で透明な空間に、鎮はゆったりと漂っていた。

 天も地もない、果ても無い。

 これは夢である、という実感が、鎮にはあった。


「明晰夢、って奴か……」


 不思議なことに、夢の中にあっては、鎮の精神状態は至って正常であった。


「その通り。これは、私がお前に見せている夢だ」


 不意討ち気味に耳朶を叩いたのは、まごうことなき慎一郎の声だった。いつの間にか透明な空間にはもう一人の人影が浮かんでおり、それはまさしく慎一郎だった。

 鎮は一瞬で感情が沸騰するのを感じて、それを知覚する頃にはすでに、慎一郎の胸ぐらを掴み上げていた。


「よくも、よくも顔を出せたものだな!」


「……私を殴りたいなら殴れ。謝ってでもすまないことをした自覚はある。だが、これが私にとれる最善手だった。許せ」


 慎一郎が言い終わるなり、鎮の強烈な左ストレートが実父の頬を抉った。慎一郎は目測で五メートルは吹き飛んだ。


「許せるかよ! あんたが俺や母さんにしたことを、全部ひっくるめて許せるものか! だが、事情がありそうなのは感じた。話だけは聞いてやる!」


「……ありがとう、鎮」


 慎一郎は口許の血を拭うと、父親めいた微笑を見せた。それが鎮には、懐かしくももどかしかった。


「時間がない。私の知る全てを話す。ディープスは、私が開発した海洋管理バイオマシーンが暴走した存在だ。彼の目的は地上生命体の抹殺、もしくは海洋生物への進化だろう。もはや私にも止めることはできない。彼の端末の一部をインプラントされてしまったからな」


 慎一郎は人差し指で頭蓋を叩いてみせた。その仕草に、鎮はあるひとつの仮説へとたどり着く。


「まさか、親父が俺たち家族の前から消えたのは……」


「……お前たちを、巻き込みたくはなかった」


 鎮は、息を呑んだ。


「元より私のまいた種だ。如何様に罵ってくれても構わん。……結局は、お前を巻き込んでしまった」


「父さん……」


「ディープスは十年の準備期間を終え、ついに地上侵攻を開始した。もはや一刻の猶予もない」


「もしかして、漁船の転覆事故は……」


「そうだ。乗組員をさらって、地上侵攻の尖兵に仕立て上げた。お前に施したような、改造手術によってな」


 なんということだ。鎮は歯噛みした。もしかすると、自分の船を襲ったあの異形も、漁船乗組員の成れの果てかもしれないのだ。


「彼らを助けることは、出来ないのか?」


「不可能だ。すでに不可逆的な脳改造を施してしまっている」


「くっ……」


 悔恨に軋んだ父を、鎮は糾弾できなかった。父の脳に棲み着いたディープスの悪意と狂気は、鎮自身が嫌というほど味わっている。


「……ディープスは、お前を狙っていた。私の体はすでに限界が近づいているのを奴は知っていたんだ。代わりの体を欲しがっていた。遺伝子的に私と似通った部分の多い、お前の体をだ」


「限界……? どういうことなんだ」


「不完全な脳改造手術の施された私の脳は、ディープスの演算に耐えきれずに壊死を始めている。もう、長くはないだろう……」


「そんな……!?」


 せっかくの再会が別れと同義であると知って、鎮は悲壮感を隠しきれなかった。慎一郎は父親として精一杯頼もしい笑みを浮かべて、鎮の肩に手を置いた。


「すまない、鎮。私はお前と母さんに、父親としてしてやらねばならなかった事を出来なかった。そのことに関しては、弁明の余地はない。この不甲斐ない父を、許すな」


「さっきから、言ってることがあべこべだぜ」


 鎮は涙を見せぬように強がりながら、父に不敵な笑みを向けた。


「もうすぐ時間だ。これ以上の時間をかければ、私の中のディープスが怪しむだろう。そうなれば全てご破産だ。鎮。日本を、地球人類を守ってくれ。頼む」


「父さん……!」


 ぼんやりと、鎮の視界が靄にけぶった。夢の時間が終わろうとしている。それはすなわち、父・慎一郎との根性の別れを意味していた。鎮は叫んだ。


「やってやる、やってやるさ! 俺も父さんも、もう後戻りはできそうにないしな!」


 鎮は意志を固めると、涙を払って好戦的に口角を釣り上げてみせた。慎一郎は微笑んで、少し瞑目した。目尻には涙があったが、彼はそれを拭おうとはしなかった。


「鎮、目覚めたら、まず私を殺せ。私が死ねば、ディープスの計画の進みをずっと遅くすることができる」


 そんな、と鎮は異を唱えようとしたが、すでに言葉を発することが困難なほど夢世界は崩壊を始めていた。

 慎一郎は続いた。


「お前の脳に、「ディープメガロドン」としての各種機能や、この基地の見取り図などはインプットしてある。私を殺したら、すぐにこの基地を脱出しろ。そして私の旧友である鮫島博士を頼るんだ。彼ならば、必ずお前の力になってくてる」


 慎一郎はそこまで言って、「頼んだぞ、鎮」と結んで夢世界にとけて消えた。

鎮が最後に見た父の顔は、力強い笑顔であった。

 それが鎮の、父との永劫の別れとなった。


· · ·


「さあ、目覚めるのだ! ディープス最強の戦士、ディープメガロドンよ!!」


 鎮を眠りの淵から呼び戻したのは、父・慎一郎の狂気じみた声であった。

 しかし、鎮はそれが父ではないことを今さっき知った。

 本当の父とは、今さっき永久の別れを交わした。

 今、ここに立っているのは、父の皮をかぶった悪魔だ。


 悪魔との戦い方は、父が教えてくれていた。


「アームフィン・エッジ……!」


 巨大なヒレと化した腕は、それそのものが鋭利な刃であった。不意打ち気味に打ち上げられた必死の刃を、しかし慎一郎……ディープスは間一髪で躱してみせた。


「ディープメガロドン、貴様、何を! ……そうか、深海慎一郎め、やってくれるッ!」


 ディープメガロドンの凶行に一瞬泡を食ったディープスだが、しかしすみやかに正答へとたどり着いた。すなわち、深海慎一郎の造反である。彼は激情を隠そうともせず瞳を爛々と光らせ、口元から凶悪な牙を覗かせた。


 そう、牙である。

 慎一郎の体を纏っていたディープスは、その姿をみるみるうちに変態させてゆき、遂には人とサメの歪に混ざりあったような、凶悪な異形へと変じた。


「ディープス、貴様!」


 その姿に、鎮は見覚えがあった。彼の小型艇を襲い、水底へと引きずり込んだ張本人。その姿そのものに他ならない。


「ふん、深海鎮。貴様に情けと慎一郎の肉のままでいてやったが、こうなっては仕方がない。私はディープス深海八幹部が1人、プロフェサー・ディープフカヒレ!」


「フカヒレ!?」


「ククク、深海慎一郎の肉体をベースにあらゆるサメの遺伝子を組み込んだこの私は、深海鎮、いやさディープメガロドン! 私は貴様の、いわば上位互換に当たる! 万に一つも、貴様の勝ちの目は存在しないのだ!!」


 慎一郎あらためディープフカヒレは、勝ち誇ったように哄笑した。


「それが……どうした!」


 ディープメガロドンは、アームフィンエッジを振り抜く。しかしそれは、ディープフカヒレの持つ同様の機関で受け止められた。


「貴様を設計したのは、この私ディープフカヒレだぞ! 武器も戦い方も、手に取るようにわかるっ!」


「それはどうかなッ!」


 ディープフカヒレの自身に塗れた高笑いの間隙を縫って、ディープメガロドンは温存していた"左"を開放する。


「レフトアーム! ハイストリームカッター!!」


「なに!?」


 左のヒレに纏った超高圧・高密度の水流が、ディープフカヒレの両腕を叩き切った!


「ばかなっ、私の知らない兵器が、内蔵されているというのか!?」


「深海慎一郎という男を見くびった、お前のミスだ! ハァッ!」


「ぐぅっ」


 滑稽なほどに動揺するディープフカヒレに痛烈な前蹴りを叩き込んだディープメガロドン。コンクリート製の壁に叩きつけられ、体の半ばまでをめり込ませたディープフカヒレは、両腕の喪失も響いてもはや身動きが取れない。


 ディープメガロドンは、必殺の構えを取った。両ヒレを開き、腰を落として頭を突き出す、独特な構え。

 ディープフカヒレはそれが何を意味するのかを瞬時に読み取って、色めきだった。


「くっ、貴様! それを使えば、私と一体化している深海慎一郎は死ぬぞ! 貴様は父親を殺すのか!」


「そうだ。俺は父を殺す。俺が、殺す。お前に父を殺させはしないっ!」


 しかし、既にディープメガロドンは覚悟を決めていた。せめてこの手で。悪魔の呪縛から父を解放する。深海鎮として。ディープメガロドンとして!


「や、やめろ!」


 ディープフカヒレが、情けない声で命乞いをした。それは皮肉にも、鎮の最後の呵責を振り切る発破材として作用した。


 父はもう、あの中にはいない。


「ウオオオオオッ! ボルテックスッ! スクリュウゥウウッ!!!」


 ディープメガロドンが、リノリウムの床を蹴って割り砕き、高く跳躍した。両腕から水流ジェットを噴射し、正中線を芯とした高速回転を開始する。噴射した水流が二重の螺旋を描き、ディープメガロドンを凶悪な大回転砲弾とした。

 恐るべき速度でそれはディープフカヒレに直撃すると、背後の壁を突き破り水中へと躍り出た。基地は深海に隠されていたのだ。

 ディープフカヒレの装甲鮫肌は強固だったが、水中でさらに威力を増したボルテックススクリューの突破力が勝った。

 巨大な渦と化したディープメガロドンは、ついにディープフカヒレの腹部に風穴を開けた。


「グ、ググ……これで勝ったと、思わんことだ!!」


 ディープフカヒレは最後の力を振り絞って呪詛を吐くと、塵ひとつ残さず爆発四散した。

 鎮はその残滓をしばらく眺めて、瞑目した。父が完全に消滅したこと、させたことが、否が応にも思い知らされる。


「せめて安らかに眠れ、父さん。ディープスの野望は、必ずくじいてみせる」


 涙は出なかった。この体には、涙を流す機能はない。今はそれがありがたくもあった。

 背後で轟音が響いた。ディープフカヒレの生命停止と、基地の自爆が紐付けられていたのだろう。紅蓮の炎に包まれ、ディープスの基地は深海深く沈んでいった。数十年と経てば、程よい魚礁となるだろう。

 しかしディープスの基地はこれひとつではない。

 光差す水面へ向かいながら、ディープメガロドンはディープスから人類を守る決意を固めた。


 彼の戦いは、ここから始まる。


· · ·


ディープメガロドン=深海鎮は改造人間である。

彼を改造したディープスは、地球深海化を企む悪の秘密結社である。

ディープメガロドンは人間の未来(あす)のために、ディープスと闘うのだ!

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