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サメ小説アンソロジー『サメ、サメ、サメ!!』  作者: サメ小説アンソロジー企画班
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化物狩 作:零夜

零夜


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http://mypage.syosetu.com/41047/


世界には、万物のかくを喰らう化け物がいる。そしてその化け物を倒す者もいる。

これはそんな世界を覗き見た話である。

 



「ここら辺にいるって、マスターに聞いてきたんだけど」


 また、ガセネタ? 細い目をさらに細めながら、境目は呟いた。

 夕空に響き渡るチャイムを聞きながらゆるりと周囲に視線を投げかける。燃えるような色に染まる十字路は、境目の影だけが伸びている。

 カツンと、手にしている物の柄でいらだちを紛らわせるように叩いた。


「ん?」


 残念と呟きながら、その場から離れようとしたとき足音がどこかから流れてきた。何かから逃げるように、荒々しい音が。

 徐々に境目の立つ十字路へと向かってくる。


「おやおや?」


 チャイムの余韻が震えながら消えていくのに合わせて振り返ると、角から一人の少女が飛び出してきた。ひどく焦った表情で周囲を見回し、どの方向へといくか迷っている。

 せわしなく動く視線と境目の視線が絡まる。が、すぐに逸らされた。表情をクシャリとゆがめて、そのまままっすぐ突っ切ろうとする。


「お嬢さん、なにから逃げているの?」


 アスファルトに刻まれた十字の白線を踏んだ瞬間に、境目は声を投げかけた。少女の顔が驚きに満たされ、境目のほうを見た。そのせいでバランスを崩し、ぐらりと倒れかける。


「おっとと」


 危ないよ、と自分がバランスを崩させたことを棚に上げ、腕をつかんみ支えてやる。少女は弾かれたように、顔を上げ境目を凝視する。

 バラバラと乱れた黒髪が彼女の背中や顔に落ちていく。黒い雨のような髪の隙間から見えたものに、にたりという笑みを浮かべた。


「あ、の……」

「私の名は境目さめ。『さかいめ』とかいて『さめ』と読む」

「あなたが、境目さん」


 少女の表情に安堵が満ちていく。緊張が抜けたのか、腕を境目に掴まれたままアスファルトに座り込んでしまった。

 ただならぬ様子にも大して驚かず、視線を合わせるように屈んだ。


「……喰われたの?」

「っ……は、い」


 前置きも何もせずにズバリと発した言葉は、彼女の胸を切り裂いたようだ。安堵から一転悲壮な表情になり、いくつもの雫がぱっちりとした目からこぼれていく。

 その涙を無感動に眺め、彼女が走ってきた方向に顔を向ける。


「ところで、君の右耳を食いちぎった化け物ってあれかい?」


 あれ、と手にしている三又の槍で示す。少女が恐る恐る振り向いた先には、二人をにらみつける化け物がいた。


「ひっ……!?」


 その姿を視界に入れた途端硬直する少女を背後にかばい、宙に浮遊する巨躯と対峙する。

 ぬらりと濡れたような黒い肌に、空虚な目。ガパリと開いた口は鮮血が塗り込められたように赤く、それを彩るのは対照的な白い牙。

 巨躯の中央に生えるヒレは不気味な色の光を放っていた。 


化け物、鮫はじりじりと距離を詰めてくる。


「いやー、こんな大物久しぶり。君以外もたくさん食べているようだ。マスターからの指令、今回は当たりだった」


 そうそうと言いながら、境目は振り返る。とても楽しそうなにこやかな笑みをうかべて。


「君は運がいい」

「え?」

「宝喰いの化け物には種類がいくつかあってね。私の専門は、名が示す通り『鮫』なのさ」


 境目の言葉が終わると同時に、鮫は二人を丸ごと飲み込もうとするように垂直に落下してきた。ドン、と少女を突き飛ばし、自身も後方へと飛んで避ける。


 地面に激突すると思いきや、サメはドプンとそこが海であるかのように身をひそめた。

 ざわざわと、硬いアスファルトのはずなのに柔らかい水面のように揺れる地面。

 夕日が徐々に熱を失っていき、夜の帳が落ち始めていく。


「さ、境目さん」


 泣きそうな声を聞きながら、境目はつかつかと近寄ると腕をつかんで引きずりあげるように立たせた。

 

「走れる?」

「こ、腰が抜けて……」

「そう。じゃ、失礼」


 軽い調子で謝ると軽く屈みこみ少女のひざ裏に足を回す。よっと言いながら肩に担ぎあげるようにした。

 事態を飲めこめていないことをいいことに、境目は走りだす。抗議の声が上がったが、無視してその場から離れるように足を動かした。


「どこにいくんですか!?」

「もっと広い所だよ。君も巻き込んじゃう」

「さ、境目さん! 足元!」

「うわっと!?」


 処女の声に反応して視線を下に落とせば、前方に赤く染まった地面があった。体をひねるようにし、無理やり方向転換をする。そのはずみで、小石が赤に落ちた。

 次の瞬間、赤が消え代わりに鋭い牙がかみ合った。というのがわかったのは、少女の言葉と背後から聞こえたガチン! という音が境目の背中にぶつかってきたからだ。


「でかいから余計な知能までついているんだな」

「そ、そうなんですか?」

「そーなんです。小っちゃいのは生まれたばかりだから、ブスっと貫いておしまいだけど」


 また赤が見えたので、方向転換をしながら軽い調子で境目は話し続ける。少女一人担ぎ、全速力を出しても息の乱れ一つない。


「あれだけでかいと、ちょっと厄介かな。どうするか」

「どうするんですか?」


 不安そうな声ににたりと笑う。ジグザグと走り続けたどり着いたのは砂場とブランコしかない公園。その中央で止まると、少女を降ろした。


「私は獲物を逃がさないから、安心しなよ……幽霊のお嬢さん」

「気づいていたんですか?」

「鍛えているけど、生身の女の子かついで全力疾走はさすがにできないかな。それに、喰いちぎられていても、痛がるそぶりは見せなかったし」


 手を伸ばして髪を一束掴むと持ち上げる。その下にあるはずの右耳はなく、血がにじんでいるぐちゃぐちゃな傷跡があるだけだった。

 境目はうへっと口をゆがめる。


「ここに、何を付けていたの?」

「形見のイヤリングを……」

「ということは、左耳にもつけているか」

「はい」

「なるほど、だから君は自我を保つ事が出来逃げる事が出来た。……そういう事例もあるのか、覚えておこう」


 後半の言葉は聞こえないように呟き、槍を構える。

 その背に少女の問いがぶつかった。


「あの、さっきから人がいないのは、なぜなんですか?」

「あぁ、それは私たちがあの鮫の空間に取り込まれているから。つまりここは、あれの餌場なのさ」

「餌……」

「大丈夫、あれ倒せばでれるから」


 瞬間、そうはさせるかというように大口を開けて砂場から鮫がでてきた。巻き上がった砂は津波のようになり、襲い掛かってきた。


 境目は表情を変化させることなく、槍を一振りし砂津波を切り捨てる。

 油断なく視線を動かし、鮫の動きを見た。


 空虚な目が境目ではなく、少女を見ていることに気づき舌打ちをする。鮫の獲物はあくまでも、少女であり境目ではない。

 隙あらばかみちぎろうと牙をがちがち鳴らしている。

 

「……見かけ倒しか」


 再度鮫の全体像を見てからつまらなさそうにつぶやくと槍をクルリと両手で回した。穂先が青白く輝き始める。

 境目は腰を落とし、真正面から睨みつけると挑発するように笑う。


「私を喰らわないと、彼女ごちそうにありつけないよ?」


 その一言で、鮫は動いた。

 噛み砕こうと猛スピードで突っ込んでくる。少女の悲鳴が公園内に響いた。


「やれやれ、言葉に乗せられるとは。知能もあまりなかったか」


 慌てず騒がず、境目は青白く輝く槍をもった腕を引く。

 牙が眼前に迫りかけた瞬間、さらに腰を落とし巨躯の下へともぐりこむと、槍の穂先をまっすぐに天を衝くようにして突き出した。

 

 その瞬間、空間が揺れるほど大きな絶叫が響き渡った。

 それは長く長く響き渡り、ふいにぷつんと途切れる。


「ん、死んだか」


 あっけない。またつまらなさそうに境目は呟きながら、槍が引き抜く。不思議なことに、鮫の巨躯は地に落ちることはなかった。

 石造のように固まり、微動だにしない。

 境目は槍を穿った穴に手を差し込む。ぐちゃぐちゃという音を立てながら、鮫の腹の中を探りはじめた。


「あ、これか」


 すぐに、目当てのものが見つかったらしくずるりと手を引き抜く。白い手の上には小さな輝きを放つイヤリングが乗っていた。

 不思議なことに、手もイヤリングも汚れていない。

 気にすることなく少女のもとへと向かう境目。


「はい、これ」

「あ、ありがとうございます」


 少女は何が起こったかさっぱりわからないといった表情をしていた。それでも差し出されたものを受け取り、反射的に礼を述べる。

 大切そうに小さな手でイヤリングを包んだ。

 その手と体がやわらかな光に包まれる。


「これで逝けるね?」

「はい、ありがとうございました」

「いやいや、私はお仕事しただけだから」


 境目はにこやかに手を振る。少女はもう一度礼を述べ、満面の笑みを浮かべると光の粒子となって空に昇っていった。


「さてと」


 浮かべていた笑みを消し、境目は固まっている鮫へと近づく。

 

「こいつは、回収していこうか。化け物たちが寄ってくる」

 

 ザクリと槍の穂先をまた鮫に突き刺すと歩き出す境目。

 その表情に笑みはなく、仮面のような無表情が覆っていた。


「やれやれ、化け物はいったいいつ消えるのやら」


 そんなつぶやきとともに、夜闇の中へと鮫とともに境目さめは消えた。

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