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サメ小説アンソロジー『サメ、サメ、サメ!!』  作者: サメ小説アンソロジー企画班
19/22

サメと拳と人生と 作:bigbear

bigbear


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http://mypage.syosetu.com/160903/

 降り注ぐ日差し、寄せては返す波、純白の砂浜。海水浴の名所として有名なそのビーチに、男は一人佇んでいた。本来ならば子供連れやカップル、ナンパ男や水着の女神たちでごった返すその場所には、今は男ただ一人。

 男を避けたのではない、もとよりこのビーチには彼以外には人はいなかった。名勝として地域経済を支えるこの場所はこの夏に限り封鎖されていたのだから。無論、封鎖されていなかったとしても誰も男には近付こうとはしなかっただろうが。

 日に焼けた肌に鍛え上げられた肉体、黒のブーメランパンツ。それだけならばサーファーか何かに見えたかもしれない。だが、違う、この男はこの場所にはまさしく分不相応な存在だった。

 全身に刻まれたのは数多の激戦の痕。刃に切り裂かれた痕、銃弾に抉られた痕、爪に引き裂かれた痕、牙で抉られた痕、ありとあらゆる種類の闘いの傷痕が男の人生を如実に物語っている。

 男は戦士だった。兵士でもなければ、格闘家でもない。およそ、世間一般においては職業と認知されるものに男を分類することはできない。つまり、男は無職、だが、確かに戦士だった。


「――フッ!!」


 数分間の瞑想の後、男の正拳が空を切る。

 瞬間、前方の海が真っ二つに割れ、衝撃波が置き去りにされたビーチボールを天高く舞い上げた。遅れてやってくるバアンという爆発音。なんのことはない、当然の結果だ、男の拳はとうの昔に音を置き去りにしてるのだから。

 続いて振るわれる、回し蹴り、裏拳、手刀、挑発にスクワット。そのどれもが音速を超え、衝撃波を生み、ビーチに置き去りにされたあらゆるものを吹き飛ばしていく。まるで嵐、冗談のような奇跡がその砂浜では展開していた。

 極限の環境と狂気のような修練が作り出した肉体と技術、およそ常人には及びも付かない才能がこの奇跡のからくり。人間は音速には至れない、もし万が一、至れたとしても肉体はそれに耐えられない。そんな常識を男は容易く凌駕していた。

 言うなれば人間の極致。もし仮に、男がオリンピックを目指していたとしたら、金メダルでオセロができただろう。少なくともこうして、戦士(無職)というような社会的地位にはいなかったはずだ

 しかし、男にしてみれば、金メダルもゲームセンターのメダルも大した違いはない。男はもっと崇高で、偉大な目的のために人間の限界を越えたのだから。


「…………来たか」


 そうして、今、その目的が彼の眼前へと現われた。あらゆる人生の楽しみ、青春、無職というレッテルと浮いた話の一つもなかった二十九年間、そのすべてに終止符を打つ瞬間が迫っている。

 海面から覗く三角形のヒレ、その下には体長三メートル、いや、五メートルはあろうかという巨大な魚影。海の王者、獰猛な殺し屋、最強の魚類、その名は――、


「――初めましてだな、ジョーズ


 男の目的、打ち倒すべきもの、人生の全て、それはまさしく鮫だったのだ。


「ふ、お互いこの日を待っていたらしいな。ならばこれは運命、いや、宿命だ」


 目の前の鮫、おそらくはホオジロザメに男はそう語りかける。無論答えはない、しかし、それでも男の中では何かが成立したらしく、満足げに頷く。

 男にとっては、今日、この日、この瞬間こそが全てだった。

 人食い鮫が出た、その報せを聞いた瞬間に、修行していたアマゾンから徒歩と水泳とヒッチハイクでこの日本へと帰ってきた。

 その執念たるや凄まじいもの。三日間不眠不休で走り続けても、疲れどころか、眠気すらも感じていない。鮫への執念があらゆるものを凌駕しているのだ。

 当然、飛行機は懐が寂しすぎ乗れなかった。眠気と疲労を精神で凌駕しても、法律と貨幣制度は凌駕できないのだ。


「さあ、こい……鍛えに鍛えたこの体と貴様サメ、どちらが上か白黒はっきりつけるときが来た! 貴様を倒すためにだけに練り上げた技の数々思い知るがいい!!」


 男の信じる使命、それはサメを倒すこと。人を喰らい、飛行機を喰らい、果ては地上すらも制覇せんとするサメたちを一匹残らず駆逐することなのだ。

 痴人の夢だと、馬鹿げていると、全くもって意味不明だと人々は笑うだろう。実際彼の使命を理解できたものは誰一人としていなかった。投げかけられる問いはいつも、正気か、そんな行為に意味があるのか、サメに親でも食い殺されたのか、そんなものばかり。

 無論男は正気も正気だし、この好意は充分に意味があるし、サメに親を食い殺されてなどいない。すべての原因は二十年前、彼の幼少期にあった。


「子供の頃、私は貴様の姿をTVのなかで見た。十数人を食い殺した海の魔物、その姿に恐怖しなかったといえば嘘になる。だがしかし! 私はその恐怖を乗り越えるために! 二十年間、すべてを練り上げたのだ!」


 そう、二十年前、男はTVであるサメ映画を見た。大人に取ってはあまりにもチープに過ぎ、レンタルビデオ店の隅のほうで人知れず忘れ去られていくはずのそれは、年端も行かぬ少年にとってはまさしく恐怖そのものだった。

 その恐怖を克服するために、男はあらゆる事をした。身体を鍛え、技を磨き、人間の限界すらも凌駕した。当然、サメの研究も怠ったことはない。男の頭脳にはサメに関するありとあらゆるデータが記録されていた。


「空を飛ぶか、地をもぐるか、ゾンビになるか、機械化するか、それとも、幽体化か。いや、もしや、蛸との融合か? ふ、面白い、どんな手でも受けて立ってやる!」


 相も変わらず沖のほうで悠然と泳ぐサメに対して、男はそう宣言してみせる。この日に備えて、シミュレーションは完璧。如何なるパターンにも対応できる準備がある。

 男にとっての一つ目の不幸がサメ映画を見てしまったことなら、二つ目の不幸はあまりにも突飛な話しすぎて関わってきた人間がただ一人として、あれは映画で現実ではないと指摘しなかったことだろう。男は資料として、この世に存在するありとあらゆるサメ映画を見尽くした。決して資料映像ともいえず、映画としての出来もお世辞にも三流としか言えないそれらを男はクソ真面目に鑑賞し続けたのだ。

 つまり、男にとって、サメという生物はただの生き物ではない。ありとあらゆる可能性を内包した最強最悪の怪物なのだ。


「…………なぜこない? 何を狙っているんだ、サメめ」


 現実のサメは地上にいる生物を襲うことはない。そんな至極当然なことも男からは抜け落ちている、彼の戦っているサメはあくまで彼の信じるサメだった。

 しかし、男が幾ら待っても決してサメは地上へと来ない。地中を潜ることもしないし、万が一にも空を跳んだりはしない。彼らがどれだけ凶暴で、どれだけ巨大でも、所詮は魚類。海に入りさえしなければ無害、というか、そもそも、人間を襲うサメはサメの中でも極めて少ないのだ。

 実際このホオジロザメとて人を襲ったわけではない。偶々この近海に出没しただけのもので、それを勝手に人食いサメだと人間が騒いでいるだけ。このビーチを管理する自治体と地元経済にとっても迷惑極まりないのだが、サメ本人?にとっても充分すぎるほどに迷惑な話ではあった。

 しかし、男はそんな事を気にも留めない。男にとって重要なのはこのサメを、いや、世界中に蔓延る数多の怪物どもを一匹残らず打ち倒すことだ。

 それは即ち、もはや取り返しの付かないほどにサメという存在に侵された彼の人生への決着でもあり、あの日感じた底知れない恐怖を克服するために必要な儀式だった。彼はもう、サメを倒さなければ生きていけないのだ。誰に嘲られようと、何を失おうともそれだけはなさねばならなかった。


「ふ、そういうことか…………あくまで私は挑戦者、ならば、貴様のホームで勝負しろとそういうわけか……面白い、その挑発は高くつくぞ!」


 自身の存在にすら気付いていないであろうサメの意図を汲み取って、彼は海へと駆け出す。

 そう、男は水面を駆けていく。この男の身体能力を持ってすれば水面を走ることなどそう難しいことではない。片方の足が沈む前に片方の足を前に出す、ただそれだけのことなのだから。


「うおおおおおおおおお!!」


 全力疾走、ここに野次馬がいれば、目の前の光景に自分の正気を疑うことになっていただろう。悠然と泳ぐサメとそれを猛追するなぞの水上走行人間。映画の撮影であったとしても、あまりにも馬鹿らしい光景だった。

 だが、当の本人達は真面目も真面目。男としてもそうだが、それ以上に、サメの側としてもようやく危機オトコを認識し始めていた。

 水面を走る何ものかの音にサメが気付く。船か、あるいは何かの鳥か、そういった思考があったか、なかったかは計り知れないが、結果としてサメは逃走を選択した。映画とは違い、サメが船を襲うようなことは滅多にない。それも当然、捕食者にとって自分よりも大きい獲物を狙うリスクはできうる限り避けたいからだ。

 ましてや、相手は未知の何ものか。水上にて爆音を上げながら追走してくる謎の生物、争う意味などどこにもない。それにここは本来、彼の縄張りではない。たまたま泳いでいたら迷いこんだだけに過ぎないのだ。こんなところで危険を侵す必要はどこにもない。

 サメの、彼の、選んだ選択肢は逃走。それは間違ってはいない、あと、数秒早ければそうだった。そう後、数秒早ければ。


「――捉えたぞ!!」


 そうして、男は二十年間追い続けた背びれへととうとう追いつく。この瞬間こそが、男の人生、その全てだった。

 チャンスは一度、サメが水中深く潜ってしまえば、男とて手出しは出来ない。無論、水中戦も想定して修練を重ねてはいるものの、やはり不利は否めない。万全を期して仕留めるならやはり、水面からの一撃必殺しかない。


「おおおおおおおおおおおおお!!」


「――っ!?」


 水面を蹴って宙を舞う。そのまま空中で回転を加えて、物理法則を捻じ伏せる。まさしく竜巻の如し、世界中のの科学者が見れば卒倒するであろう一撃が今放たれる。

 その異様さ、凄まじさは水中にいた理性無きサメにも理解できた。何かが来る、それもとても恐ろしい何かが。本能が彼を急かし、ヒレが限界を越えて水を掻く。恐怖、海の王者たるサメがただの恐怖に突き動かされていた。


「くたばれ、化け物!! 絶対絶滅鮫根絶サノバビッチキィィィィィックゥゥゥ!!」


 ただのとび蹴りにセンスの欠片も感じさせない技名。だがそこに込められた執念と技術は物理法則すらも凌駕していた。

 次の瞬間、天を突く巨大な水柱が立ち上る。機雷の爆発か、あるいは海底火山の噴火か、そう見間違うようなそれは、ただの一人の人間が引き起こしたものだ。

 男の執念その結実の一つが、この絶対絶滅鮫根絶(サノバビッチキック。かつてサメを倒した、英雄のセリフを借りた必殺は、ただの一撃を持って海の王者を大量の海水ごと地平線の彼方へと吹き飛ばした。


「…………逃がしたか。だが……」


 それだけの事をしておきながら、男は己が不甲斐なさに歯噛みする。相手はサメだ、確実に殺して、死体を焼却し、除霊を行わなければ、倒したとは言えない。この程度の一撃では、サメは殺せない。


「礼を言うぜ、フカヒレ野郎。俺はもっと強くなれる、つぎは必ず仕留めてやるさ」


 だからこそ、男は決意を新たにする。先の一撃には慢心があった、その自覚があるからこそ、次に活かせる。それを気付かされたのは他ならぬ、サメ。男はその事実に感謝すらも抱いていた。

 戦いはこれから。この世界のサメを1匹残らず打ち倒すまで男の戦いは終わらない。

 ――そして、はるか遠く海の彼方でも、もう一つ新たな決意が生まれる。理性もなく、大した感情を持ち合わせないはずの彼が静かに復讐(リベンジ)を誓う。あの一撃が彼の中の眠られる可能性を呼び起こしたのか、それとも、それとはなにも関係のない奇跡か。

 どちらにせよ、海中に輝くその瞳は、サメと人、その戦いの幕開けを静かに見据えていた…………。


 第一次人鮫大戦、後にそう名付けられる戦争はこうして始まったのだった。


 続かない

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