サメムービー前日譚〜如何にしてサメ映画はできるのか〜 作:ちょきんぎょ。
ちょきんぎょ。
マイペ―ジ
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「だから、何度言われても無理だって言ってるじゃないですか」
「そこをなんとか……!」
これで何度目だろうか。
今、私の目の前にいる人は私に向けて、土下座までして頼み込んできている。
きっと彼には情熱があり、信念があるのだろう。魂のこもった土下座だ。本当なら、こんなふうに無下に扱っていいものではない。
それでも私は彼の頼みを聞くことができない。
何度言われても、何度頼まれても、何度頭を下げられても、返す言葉は否定だ。
「いくらなんでも、サメが別次元から攻めてくるなんて映画に出演するわけないじゃないですか! 誰の得なんですか!!」
「いや、でも今までも校庭をサメが泳いだり、サメがロボになったり、宇宙から降ってきてもいけましたから! 需要はあります!」
「人間達はサメたちをなんだと思ってるんですか……!?」
「軟骨魚綱板鰓亜綱に属する魚類のうち、鰓裂が体の側面に開くものです」
「そうですねぇ! つまりサメですよ!!」
妙に冷静に返されて、私は若干キレ気味でヒレを揺らして水中を泳ぐ。
そうなるとガラスの向こう側の彼――映画監督さんらしい――も、カニが歩くように移動してこちらの近くにやってくる。
そう。私はサメで、彼は人間だ。
サメと人間がガラスを挟んでしゃべっているというのはかなりシュールな光景だと思うのだけど、今はその技術云々のことは置いておこう。
大切なのは今、サメがまたぞろ頭の悪いギャグみたいな映画に出されようとしていることだ。
「今回のサメ映画、ディメンジョーズは売れますって!!」
「うわ、予想以上にタイトルが頭悪そう……!?」
「タイトルは分かりやすさが命なんで!」
「分かりやすく頭悪いじゃないですか!」
そもそも次元の英語読みは「ディメンジョン」ではなく「ディメンション」が正しいはずなので、微妙にジョーズと言葉が噛み合わさっていない。大丈夫なんですか、これ。
それ以外にも、相手に対してこちらが言いたいことはある。
いいですか、とそう前置きして、私相手に言葉を投げかける。
「今まで私はいろんな映画に出てきました。最初は普通の海で、それはそれは栄誉な役割を頂いたと思ったものです」
「はい。平和なビーチをまたたく間に恐怖に陥れるサメの勇姿を、よく表現した映画になっていたと思います」
「そうですね。それだけなら良かったんです、続編の制作ももちろん喜んでお受けしました。しかし――あなた達はハジけました」
「そうでしょうか?」
真顔で返されてしまった。どう考えても向こうが悪いのに。
むっとした私はまくしたてるように言葉を重ねる。
「そうでしょうが! 幽霊になったりタコと合体したり竜巻とコラボしてみたり! サメをなんだと思ってるんですか!?」
「軟骨魚綱板鰓亜綱に――」
「それはもう聞きました!!」
「お願いします、どうしてもやりたいんです!」
「勘弁してください、どうしてもやりたくないんです!」
お互いに分厚いガラスを挟み、一歩も引かずに言葉を交わす。私はサメなので足はないのだけど。
人間たちとも長い付き合いだ。なるべくなら頼みは聞いてあげたいとも思う。サメが有名になることは、私にとっても嬉しいのも本当だ。
けれど、もうだいぶ限界が来ている。水槽を指差されて「あ、この間宇宙にいたやつ!」とか言われる気にもなってみてほしい。有名になるにしてもイロモノ扱いはちょっと、いやかなり遠慮したい。
ディメンジョーズとかいう頭の悪いタイトルなのだから、もうぜったい頭の悪い映画になってしまう。
きっと華麗に死亡フラグをへし折ってドヤ顔したイケメンを後ろから次元跳躍でガブゥしたり、時空破壊弾とか打ち込まれるのだ。
ラストでは抱き合うカップルの後ろでしれっとヒレを出してスタッフロールに違いない。
「大体なんでそんなにサメをイロモノにしたがるんですか!?」
「イロモノだなんてとんでもない! 大真面目にやってます!!」
「なお悪いですよ!?」
「サメかっこいいじゃないですか! 次元くらい超えますよ!!」
「越えられませんよ!?」
「フィクションですからちょっとくらい誇張してもいいんです!」
「ちょっと!?」
どうも彼にとってサメが次元を超えたりするのはちょっと誇張レベルらしい。お互いの認識に違いありすぎませんか。
彼の情熱は感心するし、こうもラブコールを送られれば悪い気はしないのも本当だ。けれど私がここで折れてしまったら、「またサメが変なこと始めた」とか人間たちに言われてしまう。
全世界のサメの名誉が私の双肩、いや双ヒレにかかっているのだ。簡単に折れるわけにはいかない。
「今なら新鮮なお肉とかつけますから!」
「ぐっ……ダメです、認めません」
「捕れたてホヤホヤのアザラシですよ!?」
「アザラシ……いえ! いえいえ! やりません!」
いけない、大好物なのでほだされかけてしまった。
ちなみにサメの種類にもよるけれど、私は一日三十キロくらいの肉を食べる。まだまだ育ち盛りだ。
「サメの勇姿を世界に届けたいんです! ディメンジョーズきっとかっこいいですよ! イケメンが助かったと見せかけて次元跳躍で頭ガブゥですよ!」
「予想通り過ぎて水槽叩き割りたくなってきましたよ!?」
「あ、それいいですね! ディメンジョーズが次元から水槽を割ってそこから次元菌が感染し、ディメンジョーズが増えるというのはどうです!?」
「次元菌……!?」
いけない、予想以上に狂った企画だ。
これはもうなんとしても阻止しないといけない。画面の向こうのこちらを指差してポップコーン食べながら爆笑する人類が見える。やめて、それ考えた私じゃない、あなた達。
「どうしてそんなに強情なんですか!? 別にそれサメじゃなくてもいいでしょう!?」
「いや、サメじゃないといけない理由はあるんですよ」
「まったく分からないんですが……」
「俺がサメを好きだからです」
「!?」
一瞬、意味が分からなかった。
不理解で反応が遅れた私に対して、彼はたたみかけるように言葉を重ねてくる。
「獲物に襲いかかることに特化した完璧なフォルム! 見るものを怯えさせるぞろりと並んだ牙! 海を泳ぐ堂々とした姿はまさに海の王者!」
「え、あ、そ、そうですかね……えへへ……」
「こんなカッコイイ生き物がこの世にいるでしょうか、いや、いません! 少なくとも俺は知りません!」
「いやぁ、そんな……褒めすぎですよぉ」
そんなに面と向かって褒められたら、さすがに照れてしまう。
思わずちょっと水槽に近寄って、身体を見せつけるように泳いでみたりして。ほらほらどうですか、牙ですよ。
変な映画に出されることについては言いたいことが山ほどあるけれど、褒められたら嬉しいものは嬉しいのだ。
「まぁ、かっこいいなら仕方ないですよねぇ。ちょっと誇張したりするくらいは許します」
「はい! というわけでディメンジョーズよろしくお願いします!!」
「あ、それとこれとは話が別です」
「なんでですかぁ! 今のいける流れだったじゃないですか!? 許すって言ったのに!」
「いける流れを粉砕するほど酷かったんですよ! ディメンジョーズは頭悪すぎです!!」
「諦めませんよ! サメ映画は滅びません、何度でも蘇ります!! そこにサメがいる限り!」
「サメ映画の〆みたいに言わないでええええ!? フラグ建てていくのはやめてええええ!?」
結局今回も、私が根負けするまで、彼の土下座攻撃は続いた。
最も恐ろしいのは私たちではなく、人類の発想力と想像力、そしてゴリ押しだと思った私なのでした。
「ディメンジョーズ楽しみですね! 大ヒット間違い無しですよ!」
「その自信はどこから来るんですか……!?」
結果として、映画の興行収入は結構凄かったらしい。
人間はサメたちになにを求めているのだろう。次はなにをさせる気なのだろう。
来年の今頃、たぶん私はまた押し切られるのだろう。
何度でもやってくる、サメ映画のような人間の情熱に。




