多関節のサメがいるらしい 作:空伏空人
空伏空人
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主催だしなし。
サメという動物を頭の中に思い浮かべて欲しい。
そう言われたら殆どの人がグレートホワイトシャークのことを思いだすだろう。
和名、ホホジロザメ。
サメ映画の金字塔、ジョーズのイメージが強いからだろうと私は考えている。
ちなみに私はハンマーヘッドシャークを思い浮かべる。頭がハンマーみたいなあのサメ。
ハンマーの端に目をつけることによって、他のサメにはない広さの立体視野を手に入れることができたけれど、その代わり前が見えないというバカっぽさが好きだ。
あ、でも。今回はハンマーヘッドシャークは関係ないんだった。
「だから言ってるじゃあないですかあ!」
側頭部――つまり、ホホが白いことが和名の理由だ。
体型はがっしりとした流線紡錘型で、背中は濃い灰色から黒色。腹は白色になっている。分け目はグラデーションな感じに曖昧にはなっておらず、一本線が書かれているみたいにはっきり分かれている。尾ビレは上下の長さがほぼ等しい三日月型になっている。体長は四メートルから、約五メートル。体重は約七百キロから千百キログラム。押すよりはメスの方が大きくて、身体能力も大きな差がある。
非情なまでにに鋭利な歯は正三角形で、縁はノコギリのようにギザギザになっている。
鋸歯というらしい。
歯列は三段。一本でも抜けたりするとすぐに後列がせり上がってきて、古い歯列をおしだす。これはサメ共通の生態なんだけれども、どうやらホホジロザメは歯を大事にする生態があるらしく、噛みついても、引きちぎったりするのではなくて逃して失血死を待つ。という行動をとることが、最近の研究で明らかになっている。
それは、歯を大事にしている。というよりも嗜虐趣味があるだけではないのだろうか。
そしてなにより。
海の中に存在している。
「私はホホジロザメだって!!」
「嘘も何回もつけば本当になるとは言うから、あと一億回ぐらい言えばいいんじゃあないかな」
「ホホジロザメ、30年ぐらいで死んじゃうんですけど!」
「70年生きてた個体もいるから頑張ればできるって。じゃあね」
「待ってくださいよ!」
そうそうに話を切り上げて立ち去ろうとした私であったが、ガシッと肩を掴まれてしまった。
サメだったらまず肩を掴むことができないでしょうがって。
頭をかいてから、振り返る。
私の肩を掴んでいる腕は、長かった。
かなり長い。人間の腕を三つぐらい並べてるみたいだ。
それは幾つもある関節によって繋げられていて、多節棍のようだ。
そんな多節棍みたいな腕が何本もそいつの体からは伸びている。わさわさと伸びていて、動いている。
カブトガニの裏側を見てしまった感じだ。いや、カブトガニよりももっとわさわさしているけれども。
その腕は、腹からでていた。そこもカブトガニと同じだろうか。
首元にはリボンがついていた。
蝶々型のリボン。なぜリボン。
そして、ジーパンを履いている。これは普通かもしれない。
けれども、魚類の尾があるはずの場所に長い脚が二つあって、それがズボンをはいているのだから、違和感しかない。
そう、魚類。
魚類だ。
ネズミザメ目ネズミザメ科ホホジロザメ属。
この種のみで『属』を形成する生物。
ホホジロザメ。
そのサメが二本足で立って、自分に話しかけてきている。
いや、そもそもこれはホホジロザメだと言っていいのか?
というか、サメだと言っていいのか?
「どうみてもサメです。ホホジロザメです」
「私の知ってるホホジロザメは陸上にいないんだけど」
わさわさと動く手で胸を触るホホジロザメ(仮)に、私は訝しむ目を向ける。
こいつは突然私の前に姿を現した。理由はよく分からない。
あまりの唐突さに、驚いているとこいつは「驚かないでください。私はホホジロザメです」なんてよく分からない自己紹介をしてきやがった。
いやいやいや。そんなわけがないだろう。そんなはずがないだろう。
私はそう否定をした。
するとこのホホジロザメは。
「では、あなたは私たちホホジロザメの実物を見たことがありますか?」
と尋ねてきた。
もちろん、サメを見たことなんて何度も。と言い返そうとしたが、しかし、何度も水族館に行ったことはあるけれども、本物のホホジロザメを見たことがないことを思いだした。
シロワニやチョウザメやトラザメを見たことはあるけれども、ホホジロザメを見たことは映像や映画でしかなかった。あとは歯ぐらいではないだろうか。
「サメは軟骨魚網ですからね。化石も比較的硬い方の顎と歯しか残りません」
ほう。なるほど。
それは初めて知った。
「そして、水族館にホホジロザメがいないのは、ホホジロザメを飼育することが難しいからです」
「ほう」
それも初めて知った。
「理由としては、ホホジロザメはずっと動き続けなければ呼吸をすることができないから。成長すると四メートルを越え、他の魚への影響も強いからと言われています」
「ちょっと待って。あんた今、止まってない?」
「……あなたに見えていないだけで高速で動いてますよ。これは残像です」
「はいはい」
ホホジロザメ(仮)が冷や汗を流しながら言う。
はあん。高速移動ねえ。
ふうん。
で、それで?
「なにが言いたいの?」
「つまりあなたは、実物のホホジロザメを見たことがない」
「ん、まあ。確かにそうなるけど」
「だったら、私が偽者のホホジロザメであることは本物のホホジロザメを見たことがないあなたが証明することができないのではないだろうか。という話ですよ」
「ネットとかで写真をよく見るけど」
「本物を見ていないのに、どうしてそれが本物だと分かるんですか?」
「んむ?」
いや。そんなことを言われると確かにそう……いやいや、そんなことありえるかと。
それがもし本当だったとすれば、国家ぐるみどころか世界ぐるみで世界中の人を騙しているというということになるではないか。
そこまでしてまで、隠匿するべき存在ではないだろう。
わざわざ偽物のホホジロザメの写真を用意して、人々の常識に嘘を植えつける。そんなアホなことがあるまいて。
「そう。私は自分の存在が隠匿されていることに納得がいっていないのです」
「だから私の前に姿を現したの?」
「あなたに。というよりは人間の前に。が正しいですけどね」
ホホジロザメ(仮)は何本もある腕を組みながら頷いた。
これが『圧倒的強者への恐怖を忘れた人間に襲いかかる大怪獣』とかであれば見栄えもよかったかもしれないけれども、ここにいるのは奇天烈なサメっぽいなにかである。
なんというコメディー。
パニックホラーできそうなものなのに。
パニックホラーとコメディーは表裏一体ということか。
レンタルビデオショップのパニックホラー系の棚はどう見てもコメディ棚だったりするしね。
まったく……。
私はホホジロザメ(仮)を睨む。
「じゃあさ、逆にあんたは『自分が本当のホホジロサメ』だっていう証拠ないの?」
「例えば?」
「サメらしいことをしてみてよ。ホホジロサメ属はあなただけでも、ネズミサメ目ネズミサメ科は他にもいるでしょ」
「なるほどなるほど」
「歯を抜いてみてよ」
「私、歯を大事にするタイプなんですけど、まあいいでしょう」
ホホジロザメは歯を抜き取った。
かけた歯列が、押しだされる。
「側頭部見せてよ」
「はい」
側頭部は白い。頬は白い。
「アザラシを狩ってきてよ」
「ここらにアザラシは……ああ、キタゾウアザラシがいましたね。いいでしょう」
ホホジロザメ(仮)は偶然たまたま近くにいたキタゾウアザラシの群れに近づくと、それの中の一匹をたくさんある多関節の腕で掴みとり、持ちあげた。キタゾウアザラシは掴まった恐怖よりも、よく分からない生き物に触られている恐怖に鳴き声をあげていた。
暴れるキタゾウアザラシを逃さないように捕まえて、口元に持っていく。バリバリと食らう。
「どうですか」
「イソギンチャクの捕食シーンを見てるみたい」
口元が血だらけのホホジロザメ(仮)を冷たい目で睨む。
「肌を触らせてよ」
「はいはい」
ざらざらしてる。気持ちわる。
「鼻はいいの?」
「あそこの家。今日はカレーですね」
それはみんな分かる。
「眼は悪いの?」
「いつもはメガネをかけてます」
メガネ。
「海の中を泳ぎ回ってみてよ」
「いいでしょう。私のこの流線紡錘型のフォルムが、泳ぎやすいかみせてあげましょう」
ホホジロサメ(仮)は近くにあった海へと飛び込んだ。
暫く待つ。
溺れていた。
たくさんの腕が邪魔でほつれていて、泳ぐことができなかった。
流線紡錘型とはなんだったのか。
足も必死にバタついているけれども、人間の脚ではあの巨体を動かすことができない。
エラ呼吸もできるから溺死はないだろうけれど、もがく苦しみはずっと続きそうだ。
「ほ、ほら泳げてるでしょう? 泳げてるでしょう!?」
「ホントだ」
私はズボンの尻の方で挟み込んでいた拳銃を取りだして、ホホジロサメに向かって何度も発砲した。
なに、拳銃持ってたらおかしい?
ここはカルフォルニア沿岸よ。日本じゃあない。拳銃を護身用に持っている女がいてもどこもおかしくないでしょう。
海が真っ赤に染まる。
私の脳みそに、ホホジロサメ(仮)の声が響く。
(そうです。これで正しいのです。私は海の王者。海の化け物。化け物は、人間に殺される定めなのです……)
「うるさい」
私はもう三度発砲した。
声は聞こえなくなった。




