鮫の餌 作者:いののりん
いののりん
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私が彼を動物に表すのなら、鮫だと答えるだろう。…なんて、とてもありがちな事を考えてみる。
彼は酷く優秀だ。保育園の頃から彼は才を出していた。保育園児の誰よりも足が速くて、丈夫で、頭がよかった。折り紙も一度見たらできるようになったし、年長組で習った平仮名も綺麗に書いていたのを憶えている。
まだ牙の出ていなかった彼は人気者で、男女関係なく彼を好んだ。
でも彼は一度も、みんなの前で笑ったことはなかった。楽しそうにはするが、笑っているのを見たことがない。
私とはあまり話さなかったが、よく目が合ったのは憶えている。
彼はかなり考えなしだ。彼は小学校で私がクラスの男の子達にからかわれていた時に割って入ったのだ。しかも多少の怪我をしたものの全員を殴り倒してしまった。牙の生えたばかりの彼は牙の使い方がわからなかったのかもしれない。明らかに私を助けるにしてもやりすぎた。
その後、担任の先生が事情を聞いて事なきことを得たらしいが、彼は一人になった。大きな力を持つ者の恐怖が彼にまとわりついた。
私はすごく戸惑ったのを憶えている。なんで頼んでもないのに私を助けたのだろうかと。
本人に聞いても知らん顔されるだけだった。
彼にとって、この澄んで穏やかで小物しかいない海はさぞ生きにくかったのだろう。
彼はとても誠実だ。中学校に上がって彼は剣道をやり始めた。私も姉の在籍していた剣道部に入ったので、彼がいて驚いたものだ。この頃から私は彼と積極的に交流し始めた。
そして中学二年生のとき、彼は全中三位にまで登りつくという偉業を成した。学校の女子からモテモテで、男子から畏怖と尊敬の眼差しを集める彼はいつも通りの無表情だった。
年上も同級生も下級生も誰もが彼に告白してフラれるなんて日常茶飯事で、泣いてしまう子もいた。
その話をすると、彼はやはり悲しそうな顔をする。
ああ、また傷つけた。
彼が同じ海にいればそこは荒れる。彼が泳げば魚は散り、汚い海になって彼のエラを傷つける。
でも彼は構わず泳ぐ。
私みたいなボウカンシャに見せるためだけに。
彼が私のことを食べたいだなんて保育園の頃からわかっていた。
彼は私と二人の時は笑うのだ。
彼は私を守りたいのだ。
彼は私にいいところを見せたいのだ。
彼はいつでも、私が傷つくことをさせない。
彼は自分が傷ついても構わないとでも思っているのだ。
私が傷つくのが、彼にとって本当に恐ろしいのだ。
私はいつから、彼の餌になったのだろうか。
高校生になる二日前、桜咲く木を窓から見据えながら。
軋むベッドの上で、嬉し涙なのか、痛み涙なのかよくわからないまま。
彼に貪られるように、私は受け入れた。
だって、それでは彼が飢えて死んでしまいそうだから。
私は私が嫌いだ。
私が愛する彼を、ここまで酷くしたのだから。
…私は彼の中で、何の動物に表されているのだろうか。




