第三章『怒鈴思火子(いかれしひのこ)』
はい、今回は鈴鳴の主人公回です。
本当は後半に烏乃助vs鈴鳴戦を入れたかったのですが、尺の都合上次回に持ち越しとなりました。.........無念!!
それでは、はじまり~はじまり~
鈴鳴が暴走する三刻(約六時間)前まで時間は遡る。
鈴鳴が烏乃助とうずめと町で別れて別行動をすることになった所から始まる。
鈴鳴はいつも通り槍を持って町を歩いていた。
「お、鈴鳴の坊やじゃねえか、今日も見回りか? 毎日毎日飽きねぇな......ところであの二人は?」
大通りを歩いていると昨日の屋台のおっちゃんに声を掛けられた。
「おっちゃんじゃねぇか、こんなとこで会うなんて奇遇だな、あの二人とは今は別行動だ」
「そっか。あっしは今晩の買い出しと仕込みで忙しいがな」
とか言いつつおっちゃんは通りの隅で煙管を吹かしていた。
「なっははは! 全然忙しそうに見えねぇな!」
「バーロー、今は休憩中でい」
そんな他愛もない話をしていると突然背後から声を掛けられた。
「貴殿が鈴鳴か?」
「ん?」
鈴鳴が振り返るとそこには、お坊さんのような格好をし、六尺程の十文字槍を持った男が立っていた。
「私は、法像 院飭、貴殿の槍の腕を聞いて馳せ参じた所存」
なんだかいかにも固っ苦しそうな人が現れた。
「うん? あんたも俺と闘りたいのかい?」
「いや、某は貴殿に頼みがあって来た」
「頼みぃ? そんな物騒な槍持ってか?」
「いやいや、お前も十分物騒だから」
と、おっちゃんが突っ込みを入れた。
「うむ、単刀直入に言うと......」
「ちょおっと待った!」
と、鈴鳴は法像が本題に入ろうとしたのを遮った。
「あんたさぁ、俺に頼みがあるってことは、つまり荒事か厄介事だろ? 俺はなぁ自分から進んでそう言うのに首突っ込むのは好きだが、どこの誰かに指図されてやるのは気に入らねぇ!」
「ほぅ」
「あーあ、また悪い癖が出やがったなこいつ」
おっちゃんは呆れたように言った。
「......つまりどうしろと?」
「簡単な話、あんたの実力を見せてくれ!」
予想通りの展開となった。
「良かろう、では場所を......」
カキィィン!!
と、鉄と鉄がぶつかる音が大通りに響いた。
その音を聞いて通行人が皆、足を止めて鈴鳴と法像の方に視線を送る。
どうやら、鈴鳴は場所を変えようとした法像相手に槍を突き、法像はそれを十文字槍の鎬の部分で受けたようである。
「ほぉ、噂通り、いやそれ以上か、なかなか良い突きだな」
「おいおい、法像さんよぉ! 場所変える必用ねぇよ、別に今この場所でおっ始めてもいいんだぜ? 安心しな、ここの人達はこう言うのに慣れてるからテメーの身はテメーで守れるんだよ!」
と言って鈴鳴はそのまま法像を突飛ばし、法像は大きく後ろに跳躍した。
すると、通行人は皆、法像にぶつからないようにバラけて、昨日の鈴鳴の喧嘩のように鈴鳴と法像を取り囲んだ。
「おいおい、鈴鳴、いいのか? また同心にしょっぴかれるぞ?」
「いーんだよ、その前に終わらせるから!」
鈴鳴は法像に向けて槍を構えた。
そして、法像も十文字槍を構えた。
「......ふっ、やはりか、その構えを見ただけで分かったぞ、やはり貴殿の流派は某と同じようだな、誰から学んだ?」
「あー六年くらい前に槍持って山ん中さまよっていたら天狗の格好をした変なおっさんに出会ってその人から......て! 別にいいだろそんなこと! 早く闘ろうぜ!」
何だかんだで鈴鳴は素直なのかもしれない。
そして、二人が構えると場は静まり返っていた。
いつものあの歓声が一つも聞こえなかった。
それだけこの二人の闘気は凄まじいものなのかもしれない。
「シッ!」
先に動いたのは鈴鳴であった、回転を加えた突きを法像に向けて突いた。
すると、法像も同じような突きを突いた。
すると鈴鳴の槍が弾き飛ばされてしまった。
「くっ!」
弾かれた理由は十文字槍の鎌刃の部分に鈴鳴の槍が絡め取られて、そこに回転を加えたことにより、そのまま飛ばされたのである。
剣術で言うところの巻き返しのような感じである。
すると、鈴鳴は左半身から右半身に入れ替えながら法像の突きを避け、槍の石突の方で十文字槍を叩き落とした。
すぐさま右から左半身となり、袈裟斬りの軌道で槍を振り下ろした。
法像はそれを十文字槍で受けてそれを止めた。
「しゃらくせぇぇぇ!!」
「む、お?!」
だが、鈴鳴は深く腰を落とし、そして腰を思いっきり回した。
「しゃあああ!!」
「ぬおお!?」
すると、法像はそのまま地面へとねじ伏せられてしまった。
「ぬう! うっ!」
すぐさま立ち上がろうとした法像の喉元に槍の穂先を突き付けた。
「......参った、某の敗けだ」
すると周囲から歓声が上がった。
「ふっ、某もまだまだ修行不足か」
「いんや、あんたなかなか強かったぜ? 俺の槍が弾かれた時は正直焦ったしな」
「はぁ、敗けた後だとなんだか慰めにしか聞こえんな」
「なっははは! で、結局頼みってなんだ?」
「なに?」
負けたのに頼みを聞いてくれることに驚く法像。
「だって言ったろ? 俺はあんたの実力を見せてくれって、別に俺はあんたに勝ちたかったわけでも、負けたかったわけでもないんだよ」
その言葉を聞いて法像は更に驚く。
「......なんか、武人としても負けた気がするな」
「当然! 俺は最強を目指してるからな!」
■
鈴鳴暴走まで後二刻(約四時間)。
あの後鈴鳴は法像と共に町のはずれにある屋台にいた。
「おいおい、うちは会合場所じゃねぇぞ」
と、屋台のおっちゃんが言った。
まだ日中だが一応店は開いているようだ。
と言っても二人のために仕方なく開いているようなものだが。
「ふむ、鈴鳴よ、何故このような場所に?」
「ここはあんまし人通りが少ないし、ここなら誰かに聞かれる事はないだろ?」
「うむ、確かにそうかもしれない」
なぜか法像は納得してしまった。
「それで、結局何なんだ頼みって?」
「.........実はこの町で阿片を売る者がいるのだ
。貴殿の頼みとはその阿片を売る者を捕まえることだ、その者がどこに居るかはすでに割れている」
「阿片か.......まぁこの町じゃ非合法な商売はよくあるが、まさか阿片だとはな」
阿片、つまり麻薬がここ、横流町に出回っているようである。
「あーそれ、あっしも聞いたことあるぞ! なんか大陸(中国)の人間を介して阿片を売り捌く奴がいるとか、んで、もう二十名以上が中毒者になっちまったんだよな? んでそいつが今どこに潜んでるのか奉行所も把握してない........だったか?」
「その通りだ屋台の店主よ」
この町だけで二十名以上、かなりの人数である、放っておいたら被害者が更に増えてしまいそうだ。
「あれ? でも法像さん、なんであんたそいつの居場所知ってんだ? そういやまだ、あんたのこと何も聞いてねぇな」
「これは失礼した鈴鳴よ、某は、元々坊主としての修行をしながら槍の研鑽を積んでいただけの修行者だったのだが、実は一週間前に某の元に奉行所の人間が来てな、なんでも此度の一件に手を貸してくれと頼まれたのだ」
「へー、てことはあんた相当腕が立つんだな!」
「......先程貴殿に負けたのにか?」
どうやら法像は先程の敗北を気にしているようだ。
「おいおい、そんなに気にするなよ!」
「おい! 鈴鳴の坊や! 勝者が敗者に掛ける言葉なんてねーんだよ! そっとしといてやれ」
おっちゃんが法像の事を気遣い始めた。
多分そっちの方が負けた法像にとってつらいのではないだろうか?
「お、おほん! では本題に入ろうか」
半ば強引に本題に入ろうとする法像。
なんだか可哀想になってきた。
「して、某はその奉行所の人間と二人でその者の調査をしているうちに、この町にたどり着き、そして、昨日ようやくその者の居場所が分かったのだ」
「なるほどなー、でもあんた、よく了承したな」
「確かに最初は唯の善意であった。しかし、その者がこの町にいると知った途端、某はその者からこの町を守ろうと思ったのだ。某は坊主になる前はこの町に住んでいたのでな、つまり某の故郷でそのような事されて黙っているなぞ出来ぬ! と、思ったのだ。.........それに被害者の中に某の友人もいたのだ、だから某は奴を捕まえて友人の無念を晴らしたいのだ!」
どうやら法像は友人の仇討ちのために奉行所の人間と行動していたらしい。
と言ってもその友人は阿片に手を出した以上、どのような理由があれ自業自得なのだが、しかし鈴鳴はーー。
「うおーーー!! まじかーー!! あ、あんた見掛けによらず熱い男なんだなー!」
法像の事情を聞いた鈴鳴は感銘を受けたらしい。
「あぁ! あっしも何か手伝えることはねぇか!?」
おっちゃんまでもが、感銘を受け協力を志願した。
あんたもかよ!、とこの場に烏乃助がいたら突っ込んでいたかもしれないが、生憎今この場に突っ込み役がいないので誰もそんな事を言う者は居なかった。
「いいぜ! 法像さん! 手を貸してやる! .........ところであんたと組んでいた奉行所の人は?」
すると法像は暗い顔をしだした。
「 .......昨日、例の者を見つけ、奴の隠れ家に乗り込んだのだが、奴は鉄砲を異国から大量に買い込んでいたらしくてな、それで奴は鉄砲を手下達に持ったせて待ち伏せていたのだ」
「そ、そんな......! ちくしょお! 許せねぇ!」
「某と一緒にいた男は蜂の巣になりながらも某を逃がしたのだ......あやつは真の外道だ! 己の利益のためなら快楽と引き換えに人を壊す薬を平気でばら蒔き! 挙げ句の果てには他者の命を弄ぶ! 奴にはそれ相応の罰を下してやる!」
法像は唇を噛みしめ、そして、席から立ち上がった。
「だが、奴の火力に対抗するにはやはり某一人では忍びない! だから頼む! 鈴鳴! 手を貸してくれ!」
法像は鈴鳴に頭を下げた。
「おいおいおい! 法像さんよぉ男が軽々しく頭下げてんじゃねぇよ、それにさっきも言っただろ?」
すると、鈴鳴も席から立ち上がった。
「一緒にそいつを成敗してやろうぜ! この町でのいざこざ解決なんぞ、俺にとっちゃ日課だしな! 任せな!」
「か、かたじけない!」
と、法像は泣き出した。
すると屋台のおっちゃんがーー。
「でもよー相手は銃火器持ってて、しかもその話だとそいつ一人じゃないんだろ? 槍使いであるあんたら二人で大丈夫か?」
と、心配してきた、だが鈴鳴はーー。
「はん! 銃なんて槍と同じ『点』の攻撃だろ? だったら軌道さえ分かれば避けるのなんて容易いよ! しかも点の攻撃に優れた俺達が手を組むんだぜ? んなの鬼に金棒どころじゃねぇよ!」
と、自信満々に言ってきた。
「そ、そうか、でも二人じゃちと心細くないか? やっぱり昨日の兄ちゃんと三人で行けば......」
「いや、駄目だ! 確かにあの兄ちゃんは、強いだろうな、でももしものことがあって妹さんが悲しんだらどうする!?」
「そ、そりゃそうだが........え、なに? お前あの嬢ちゃんのこと.......」
「ば! ちげーよ! なに言ってんだよ、おっちゃん!」
すると鈴鳴の顔が真っ赤になった。
「あーほら、こいつまだ十六だしさ」
「あーなるほど、鈴鳴よ」
と、法像が鈴鳴の肩に手を置き。
「頑張るのだ!」
「だから違うってばー! いい加減にしろよこの色ボケ共!」
■
鈴鳴暴走まで後一刻半(約三時間)。
鈴鳴と法像は例の阿片を売る者が潜伏していると思われる屋敷の前にいた。
「ここに居るんだな」
「その通りだ」
鈴鳴と法像は、正門から中の様子を覗いてみた。
「............」
「............」
「.........なぁ」
「......ふむ、妙だ」
中には人の気配がまったくしない。
「取り敢えず入ってみようぜ」
「待て! 罠かもしれん!」
「でもまったく人の気配がしないぜ? 逃げたんじゃないのか?」
「ぬぅ、かもしれぬ、では中に入って手掛かりを......」
その時であった。
パァン!と、乾いた音が響いた。
「ぬぉ!」
「法像さん!」
「ぐぁ! 肩が.......!」
よく見ると法像の右肩を何かで撃ち抜かれたようだ。
「へへへ、また来やがったなてめー、どうせまた来ると思って待ち伏せしてたんだよ!」
「き、貴様ぁ!」
振り返るとそこには火縄銃を構えた痩せ細った男と八名の男が立っていた。
しかも全員火縄銃を構えていた。
「おい! 法像さん! 大丈夫か!?」
「ふっ、あん......しん......しろ......かすり傷だ.........」
とは言っているものの、法像の肩から血が大量に流れ出ていた。
「全然大丈夫そうに見えねぇ!!」
「だから......かすり傷......だ」
「いいからあんたは、休んでろ!」
「いやいや、......この程度」
「休め!」
「こ、断る」
痩せ細った男は自分達を無視する鈴鳴と法像に苛立ち感じたのか、二人に向けて大声を上げた。
「てめーら! 俺達を無視すん......」
「「うるせー!!」」
二人は同時に槍で目の前にいた痩せ細った男を攻撃した。
法像は火縄銃を突き、鈴鳴は槍の石突で男の顔面を殴った。
「ふげへぇ!」
痩せ細った男は勢いよく吹き飛んだ。
そのまま残り八名との乱戦となった。
「く、くそぉ!」
パァン!
鈴鳴は銃弾を三寸(約10cm)分避けた。
「ぐぁ!」
すると、他の火縄銃を持った男の腹に命中した。
後七名。
「しゃあ!『四肢舞突き』!!」
すると、鈴鳴は今射撃をした男の両肘、両膝を一瞬で全て突いた。
「ぐ、ああああ!!」
残り六名。
パァン!パァン!と、二つの別々の方向から飛んできた銃弾を法像は一発目を避けて、もう一つを槍の鎬で弾いた。
「こ、こいつ! 肩やられてるのになんであんなに動けるんだ!?」
「だからこれはかすり傷だ! えぇい! 貴様ら! このかすり傷が目に入らぬか!!」
肩を負傷しているのに無理矢理動かしているせいか、さっきから法像の肩からまるで噴水のような出血が続いていた。
「ぐ、ぐあああ! 血が目に入った!?」
「もらった!!」
「へげぇ!」
血が目に入って怯んだところを法像は石突で薙払った。
「ふ、けぇき!」
すると、他の男も巻き込まれ、二人同時に戦闘不能になった。
残り四人。
「お、おい! あの坊主卑怯だ......がぁ!?」
「鉄砲なんか使ってる奴らに言われたくねぇ!」
鈴鳴も石突で二人同時に薙払った。
残り二人。
「しゃあ!」
「せい!」
すると、男は鈴鳴の突きを避けて、槍の側面から火縄銃で鈴鳴の槍を押さえつけた。
「へ、へへ! 俺これでも昔、剣術をやってたんだよ!」
どうやら男は剣技を火縄銃に応用したらしい。
そして、押さえつけた状態から銃口を鈴鳴に向けて引き金を引いた。
パァン!
「........」
「......あ、あれ?」
「あーあ、探し物はこれか?」
鈴鳴の足元に銃弾が転がっていた。
当時の火縄銃は、現代とは異なり、銃口を下に向けると銃弾が落ちてしまうので、皆さん火縄銃を使う機会がもしもありましたら充分お気をつけを。
「あ、あーやっちゃった(汗)」
「まぁ失敗は誰にでもあるよ........だからくたばれ!」
「ひぎゃあ!」
容赦なく鈴鳴は普通に拳で殴った。
残り一人。
「ふん!」
「ちが、ぶ!」
また、血が目に入って怯んだところを法像は槍の鎬の部分で男の脳天を叩きつけた。
これで全員倒した。
「いやー法像さん! やれば出来るじゃん!」
「ふっ、これ以上某の評価を下げるわけにはいかんからな!」
「え? なんのことだ?」
「......いや、忘れてくれ」
すると、遠くの方から声が聞こえてきた。
「おーい! 二人とも無事かー!」
「よーおっちゃん! 今終わったところだ!」
どうやら屋台のおっちゃんが奉行所の同心を引き連れて増援に来たらしい。
「え、え~? 本当に鉄砲相手にやっちまったよこいつら」
「だから、おっちゃんが来る前に終わるって言ったろ? あ! そうだ法像さんの出血がやばいんだ! 早く止血を!」
「だ、だからこれは......かすり傷......」
バタッ、と法像はその場で倒れてしまった。
「法像さぁぁぁぁぁぁん! あんたの事は忘れねぇぞぉぉぉぉぉぉ!」
「勝手に殺すな!」
と、おっちゃんが突っ込んだ。
■
鈴鳴暴走まで後一刻(約二時間)。
その後、駆け付けた同心達により、男達は奉行所に連行された。
「.......」
連行されるところを鈴鳴は静かに見つめていた。
ちなみに法像は、あの後医師に見てもらった。
血を失いすぎたが命に別状はなかったそうだ。
「ところでよー鈴鳴、行くのか?」
「あぁ、もうすぐ夕刻だ、このままじゃ村の人達もあの兄妹も危ねぇ!」
そう言って鈴鳴は槍を片手に村の方に向かおうとする。
「......鈴鳴」
「.........」
「......死ぬなよ」
「へっ! 誰に言ってんだおっちゃん! 俺はいずれ最強になる男だぜ! そう簡単に死ぬかよ!」
そう言って鈴鳴は、槍を持って村に続く竹林道へと駆ける。
■
実は、あの痩せ細った男が同心に連行される前に鈴鳴に向かって言ったのである。
「へ、へへへ、鈴鳴よぉ、俺に見覚えはないか?」
「なに?......あ! お前はあの時の!」
「へへへ、そうだよ、茶屋の娘さん口説いている時にお前が成敗しやがった男だよ! 昨日は兄貴が世話になったな!」
「て、てめぇだったのか! 阿片を売り捌いていたのは! (.........や、やべぇ! 勢いで言っちまったが言われるまで誰かわからなかった!)」
どうやら鈴鳴は忘れていたようである。
「へへへ、いんや、売ってたのは俺の兄貴だ、鉄砲もな、ところでこんな所に居ていいのかな?」
「なんだと?」
「へへへ、今頃俺の兄貴はお前の為にあの村で面白い事してると思うぜ?」
「て、てめぇら! なに企んでやがる!」
鈴鳴は感情任せに男の胸ぐらを掴んだ。
「へ、へへへ、それは行ってからのお楽しみだぁ、俺はただ、ここで時間稼ぎをしてくれと言われただけさ」
「ちっ!」
と言って鈴鳴は手を離した。
「へ、へへへ、充分楽しんでこいよ~へへへ!」
そう言って男は同心に連行された。
「おい! さっさと歩け! そんな気味が悪い笑い声を出すから、茶屋の娘さんに嫌われたんじゃないのか!」
「へ、へへへ、へ? お、おい同心の旦那! それは関係ないだろ!」
「いーや! あるね! 私も昔そのような笑い声ばかり出していたら通算四十回は女性に振られたぞ!」
「へ!? じ、じゃあこの笑い方止めようかな~」
どうやら男はわざとその様な笑い声を出していたらしい。
しかも同心の人も昔、あんな笑い方だったらしい。
■
鈴鳴暴走まで後三十分。
鈴鳴は、まるで獣のごとき速さで竹林道を疾走していた。
そして、村の入口に到着した頃には村から異様な匂いが漂っていた。
「うっ! な、なんだ!? この甘ったるい匂いは!」
鈴鳴は本能的にこの匂いを嗅ぎ続けることは危険だと思い、口を手で覆って村の中に入った。
村に入ると家屋の中からうめき声が聞こえてきた。
「うぅ、うぅぅぅぅ......」
「!」
鈴鳴はその家屋の中に入ろうとした、だがーー。
「ううう......」「ああぁうあ......」「ほぉしいぃぃぃ......」「あぁ......もっと! もっとぉぉぉ!」「あぎぎぎ! 頭がぁぁぁ!」「はやくあれがほしいぃぃぃ!」「はやく! はやく! はやくぅぅぅ!」
今鈴鳴が入ろうとした家屋だけでなく、他の家屋からも村人のうめき声のようなものが聞こえてきた。
「......! (ま、まさか!この匂いの正体は!)」
阿片、鈴鳴の脳裏にその言葉が過った。
すると鈴鳴は、胸の奥底から熱い何かが込み上げてきた。
すると、村の中央の広場の方から話し声が聞こえてきた。
「よ、よぉ旦那、あんたの言う通り阿片をこの村の連中に吸わせたぜ」
「えぇ上出来ですよ☆」
鈴鳴は家屋に身を隠して広場の方を覗いた。
見えたのは夕日に照らされた二人の人影だった。
一人はあの痩せ細った男の兄貴であり、昨日鈴鳴が倒したあの金棒の男だった。
男の口元には、この阿片の匂いを吸わないように、口には布が巻かれていた。
そして、もう一人はーー。
「! (な、なんだあいつ!?)」
鈴鳴は驚愕した、もう一人は全身を黒い布で覆われていて、その顔にはのっぺらぼうのような何もない真っ白な仮面に覗き穴が二つ空いただけの物で顔を隠していた。
とても、普通の人間には見えないその人物を見て鈴鳴は思った。
あの男が屋台のおっちゃんが言っていた大陸の人間だろうか?
「ひひひ、鈴鳴よぉお前が悪いんだぜぇ、俺に恥をかかせたからこんなことになったんだよぉ」
男の余りにも身勝手な言動を聞いて鈴鳴の胸の奥底から更に熱いものが込み上げてきた。
「よしよし☆ 良くできましたねぇ偉い偉い☆」
「だ、旦那ぁ! あんたの言う通りにしたんだ! だから......」
「心配しなくてもちゃんと覚えてますよ☆」
すると、黒ずくめの人物は黒い布から手を出した。
その手は、漆黒の手袋で覆われていた。
すると、ちゃりん! ちゃりん! と、何かが黒ずくめの人物の手のひらから大量にこぼれ落ちた。
それは大量の小判だった。
「お、おぉ! す、凄い!」
男は地面に落ちた大量の小判を必死にかき集め始めた。
「あらあら☆ まるで犬のようですね☆」
「ひひひ、村の連中に阿片吸わせただけで、こんなに金が手に入るし、鈴鳴の野郎にこうして仕返しも出来た! まさに一石二鳥だなぁ!」
男は完全に狂っていた。
「てんめぇらぁ!」
我慢出来なくなった鈴鳴は家屋の影から飛び出した。
「す、鈴鳴!?.......来ちまったかぁ、大人しく死んでいればこんな物見なくて済んだのになぁ!」
「許さねぇ! ぶっ殺してやる!」
すると、鈴鳴の槍が激しく燃えだした。
「う、うぉ!? なんだそれ!」
男は鈴鳴の燃え盛る槍を見て驚いたようだ。
「おんやぁ? おやおやおやぁ? なんですかそれは☆」
黒ずくめの人物は逆に興味を抱いたようだ。
「もう贖罪の余地はねぇ! てめぇら今この場で殺してやる!」
そう、言って鈴鳴はその業火に包まれた槍を男に向けて勢いよく突いた。
「死ねぇ! 『煉獄卒螺旋突き』!!」
瞬間、鈴鳴は信じられない光景を目の当たりにする。
なんと、黒ずくめの人物が燃え盛る槍を『素手』で掴んだのである。
「おお! これは普通の火ではないですね☆ まるで肉体だけでなく魂までもが焼き尽くされてしまいそうな................というかこれは罪人の魂を清める聖なる火のようですね☆」
黒ずくめの人物は槍を掴んだ腕を焼かれながら嬉しそうに、その火を眺めていた。
鈴鳴はこの人物に不気味なものを感じた。
すると、黒ずくめと鈴鳴の目が合った。
「あなたぁこの火はなんですかぁ?☆」
鈴鳴の全身に悪寒が走った。
今、目の前の人物と目が合った筈なのに、なのに鈴鳴はまるで、『複数の人間』と同時に目が合ったような、そんな気がしてしまった。
「う、うがあああああ!!」
鈴鳴はそんな目の前の人物の不気味な気に飲まれないように己の気を昂らせた。
すると鈴鳴の胸に『怒』の一文字が浮かび上がった。
「くたばれぇぇぇぇぇ!!」
すると、槍を大きく廻して黒ずくめの人物を上から押さえつけて黒ずくめを海老反りの姿勢にした。
「『喰爆唐火』!!」
すると、槍を掴んでいた黒ずくめの腕が爆発した。
そこから黒ずくめは後方に跳躍した。
「あら~片腕無くなった☆」
黒ずくめは右腕を失ったわりには随分と余裕であった。
「う~ん、まぁ後で治すとしますか☆それより貴方のその火とその胸の文字が気になりますねぇ☆」
黒ずくめは自分の腕なぞお構いなしに、鈴鳴の神通力に強く興味を示したようだ。
そんな二人のやり取りを見て男は言葉を失っていた。
「なんなんだよ......なんなんだよぉお前ら!!」
「あ、そうか、そう言うことか、解りましたよ~☆ 貴方のその力を更に引き出す方法がひっらめいた~そこのあなた☆」
すると、黒ずくめは残った左腕で男を指差し、おぞましい指示を男に命じた。
「今からこの村の人達全員、鏖殺しなさい☆」
「へ?」
「なんだと!?」
鈴鳴と男は黒ずくめの言葉に耳を疑った。
「この村の人達も影隠行きにしようかと思いましたが計画変更します☆」
「な、なんで俺が! あ、あんたが殺ればいいだろ!?」
「え~☆ この状況でどうやって私が殺るんですか? それよりも私は早くこの火が何なのか知りたいんですよ! それに今のところまだ『仮説』ですからね、それを貴方自身が立証してください☆」
黒ずくめはまるで、今から実験を始めようとするような口振りであった。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
鈴鳴は激しく槍を燃やして槍を激しく縦横無尽に振り回し、ある程度、遠心力がついた槍を男に向けて、上段から叩きつけた。
「『火車・轢鬼殺し』!!」
「ひぃ!」
「あらよっと☆」
黒ずくめは鈴鳴の槍を今度は左腕で殴って弾いた。
「ああああああああ!!」
それでも鈴鳴は攻撃の手を緩めず怒涛に攻め続ける。
「そうですねー☆ ここの人達を一人残らず殺す事に成功したら先程の小判の十倍の金貨でも出しましょうかねぇ☆」
黒ずくめは鈴鳴の攻撃を全て左腕で受けながらそのような事を言った。
「十............倍..........ぐひ、ぐひひひひ!」
男は最早正気ではなくなっていた。
「くそ! くそ! くそぉ!」
「ほらほら☆ 早くしないと皆さん死んじゃいますよー☆」
先程は右腕が燃えたのに、今度は黒ずくめの左腕はまったく燃えなかった。
それどころか、何の武器も持たずに槍を受け続ける事自体、信じられなかった。
鈴鳴は、その事に対する疑問よりも、早く狂気に満ちてしまった男を止めようと必死になっていた。
「あ、そうだ☆ あの人が作業を終えるまで少しお話をしませんか?」
「どうでもいいから早くそこを退けえぇぇぇ!!」
怒涛に攻め続けているのに黒ずくめは先程からまったくビクともしなかった。
その事に鈴鳴の顔に段々焦りが見えてきた。
「貴方からは何やら信念........あ、いや情熱のようなものを感じますね☆」
「ぐおおおおおおお!!」
黒ずくめはそのまま話を続ける。
すると、近くの家屋の中から悲鳴が聞こえてきた。
「情熱.......いいですよね☆ やっぱり人は情熱があるからこそ成長できる生き物ですよね☆」
「『四肢舞突き』!」
すると他の家屋からも悲鳴が聞こえてきた。
「貴方のその情熱は、願いは、いずれ叶いますよ☆ 後五年ぐらい貴方と出会うのが遅れていたら、こんな芸当は出来なかったでしょうね☆」
「『覇刃烈斬』!!」
「ふふふ☆ 素晴らしき情熱! 私に劣らずになんと素晴らしきことかぁ☆」
「がああああああ!!『岩石落勇』!」
「そして、今分かったのですが、その火は貴方のものではありませんね? その『怒り』は誰のものか気になりますねぇ、是非持ち主に会ってみたいですなぁ☆」
鈴鳴は内心思ってしまった。
もう自分ではこいつらを止めること出来ないと。
鈴鳴は目の前の黒ずくめに対する怒りよりも自分自身に怒っていた。
ーーまた繰り返すのか?六年前のあの日のように?
ーー俺が弱いせいで、俺にもっと力があれば!
『そうだ! 皆を救えなかったのは貴様が弱いせいだ
! だからこの俺様がお前を強くしてやる!』
ーーそう言われて強くなった筈なのにまた繰り返すのか? こんなことを起こさないように、繰り返さないように強くなった筈なのにぃぃ!!
『源国、お前は強い子だ、なんせこの私の息子なんだからな、だから泣くな、男が泣いちゃいかん』
ーーちくしょぉ! ちくしょぉ! ちくしょぉ! ちくしょぉ!!
ーー誰でもいい!頼む!俺に力を!もっと力を!!
■
鈴鳴暴走まで後一分。
結局鈴鳴は黒ずくめも、男の狂気も止めることが出来なかった。
最早周囲からは、うめき声も悲鳴も何も聞こえなかった。
「ひは、ひははは、これで一生遊んで暮らせる」
男は血まみれになりながら放心状態になっていた。
「さてさてさて、何が起こるかなー☆」
黒ずくめは楽しそうに攻撃の手を止めて立ち尽くす鈴鳴を見つめていた。
「おれ......の......せい.....だ........」
「はい! 貴方が弱いせいです☆」
と、黒ずくめは追い討ちをかけるように言った。
どう考えても村人を皆殺しにした男もそうだが、この場合、男にそう指示した黒ずくめが一番悪い気がする。
「あが、ぐが、ぎあぁ!」
すると、鈴鳴の胸に浮かんでいた『怒』の文字が強烈に光そしてーー。
ドカァァァァァァァァァァン!!
村全体を巻き込む程の大爆発が起こった。
■
「愚雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄ッッ!!」
火の海と化した村の中央で、鈴鳴は獣のような咆哮を上げた。
その姿は正に地獄に降り立つ鬼神のようであった。
「いやー☆ 危なかったぁ、流石にあんなのに巻き込まれたら『私達』の身が持ちませんでしたね☆ あ、貴方は関係ありませんよ☆」
「ひ、ひひひ、もう何が何だか......」
黒ずくめは左腕で混乱状態の男を掴んでいた。
どうやらこの二人は鈴鳴の爆発に捲き込まれなかったようである。
「ふむふむ☆ なるほど、なるほど、やはり私の仮説は正しかったですね☆ いい情報が手に入ったので、そろそろこの場から失礼するとしますか☆」
黒ずくめは男を放り投げて、その場から立ち去ろうとする。
「ぐぇ! だ、旦那! 金貨は!?」
「え? なんのことですか? ......あーそんな事言った気がしますね☆ てへ☆」
「だ、騙したのかよぉ!」
「ははははごめんごめん☆ そんなに気を落とさずに☆。そうだ! 貴方に最後のお願いをするとしましょう☆」
黒ずくめが村の方を見ると、鬼の形相と化した鈴鳴が火の海の中から、こちらに向かってゆっくりと近づいてきた。
「我亜亜亜亜亜亜亜ッッ!!」
「『あれ』の足止めお願いします☆」
「な、!? そ、そんな!」
「だって流石に片腕であれを相手取るのは、無理が有りますよ、今度こそ殺されちゃいます☆。私はまだ死ぬわけにはいかないので後よろしく☆」
と言って黒ずくめは一瞬で、その場から姿を消して居なくなった。
最後のお願い、それは単に自分が逃げるためにこの男を捨て石にしただけである。
「ちょ!? 待てよぉ! 俺を置いてくなぁ! あ、あああ、く、来るなぁ! 来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「愚雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄ッッ!! 死涅餌! 自分難手、弱意自分難火死出四魔餌絵柄得獲画ッッ!!」
第二話「こころいかれる」第四章『怒リ鎮マル』に続く
と、こんな感じで鈴鳴は暴走してしまいました。 次回は暴走状態の鈴鳴との戦闘です。
まぁ本当は正々堂々と戦わせようと思ったのですが、それではなんかつまらないなと思い、黒ずくめさんを登場させました。この黒ずくめさん、後々物語的にも面倒な事をやらかしますが、それは何なのかはまだ言えませんね。
それではお楽しみに~....... .してくださいね☆