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こころあつめる(仮)~烏と不思議な少女の伝奇時代冒険譚~  作者: 葉月 心之助
第十話「こころあいする」
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第五章『凶乱』

 勝利とは麻薬だ。

 勝利とは人を成功、達成感へと導く美酒。

 勝利とは人を傲慢へと陥れる悪酒。

 故に勝利には何の価値もなく、そこから得られるものは何もない。

 故に敗北、失敗の中にしか成長する学びはなく。

 故に私は、全ての勝利を否定する。

 200年前。


 永正四年(1507年)。


 室町幕府官領の暗殺を発端とする官領細川氏の家督と政権を巡る内乱。

 後に『永正の錯乱』と呼ばれるこの内乱は、数十年近く続き、その中の一つとされる永正八年(1511年)、京の船岡山で起こった合戦に『彼』は参加していた。


 この時の彼は名前もない、唯の雑兵に過ぎなかった。


 己の名を天下に轟かせようとしていた一武芸者であった彼は、この合戦で成果を上げ、幕府の役職を得ようと躍起になっていた。


 しかし、志し半ばで彼は倒れた。世の中そんなに甘くなかったのだ。敵の雑兵と戦ってる最中に他の兵士に横槍で突かれて倒れた。


 呆気なさ過ぎる。どうやら自分はここまでのようだ。


 意外と彼には悔いはなかった。やりたいことの為にやって死んだんだ。

 それなら文句はない。まだ周りが戦っているが、もうそんなのどうでもいい。


 段々と意識が遠退き、周りの音も聞こえない。


 ここで彼の人生は終わった。特に何の成果もなく、歴史に何も残せず、彼の名前は何にも記されることなく、彼は戦死した。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 本来の歴史においてはそうなるはずだった。





「お目覚めください」


「う......」


 生きていた。彼は生きていた。だが、彼の生存そのものが、歴史に亀裂を入れる要因となるなぞ、この時の彼は知らなかった。


「おめでとうございます。あなた様は選ばれました」


「だ.....れ......だ.....?」


 目の前には妖艶な雰囲気を醸し出す絶世の美女が座っていた。


 ここは何処だ? さっきまで自分は船岡山の合戦場に居たはず。暗い、だが何故か女だけは明るくハッキリと見えていた。


「神託が下りました。あなた様こそ、この歴史、いえ、この世界を変える希望の存在であると、『我が主』からの仰せがありました」


「な......にを.......」


「あなた様には叶えたい夢があるはず、叶えたい野望があるはず、私目は、あなた様の望みを叶える為に天界からやってきた使者でございます」


 目の前の女が何を言ってるのか理解出来ない。


 理解できぬまま、女は深々と頭を下げながら、一つの酒が入った杯をこちらに差し出した。


「それを飲む、飲まないで、今後のあなた様の運命が変わります」


 何の説明もなく出された酒。彼は悩んだ、今何が起こってるか分からない、何もかもが怪しく、とても現実的とは思えない、これは夢、あるいは死後の世界、この女は黄泉への案内人か何かか?


 だとしたら、これは晩酌、あちらの世界に逝く前の晩酌、なればこそ例え夢でもなんでもいいか。


 そう思い彼は一気に飲んだ。


 すると、暗闇に覆われていたこの空間の奥から光が押し寄せ、今彼と女が居る空間が一気に光に覆われた真っ白な空間へと姿を変えた。


「な、ん......」


「これであなた様の『神通力』がご開帳なされました。さぁお手を、共に参りましょう」


「参るとは.......どこに.......?」


「今手にした力であなた様の夢を叶えにでございます」


 これが、この時代が歪みだした最初の亀裂であった。



「ぐ....お.......がはっ!!」


 京の町から数十里離れた海域、そこに政至が浮かんでいた。


「あ、あのデカブツ.....め.....」


 数分前。


 不士見町・稲荷大社の境内で建速須佐之雷神に殴り飛ばされる直前。


「は ━━━━━━っ!!」


 実は雷神の拳から生じた風圧、それだけで政至の軽い体は吹き飛んだのだ。

 直撃自体はしてないが、風圧で生じた風の刃によって、政至は全身を切り刻まれながら吹き飛んだのだ。


 後少し、後少し反応が遅れていれば、その風の刃で全身を細切れにされ、止めに必殺の巨拳でもっと、その小さな四肢は原形を留めること叶わずこの世から消し飛んでいたであろう。


 しかし、政至は生きている上に、ちゃんと原形を留めている。


「く、蜘蛛........かん......しゃ.....する.......」


「.......いえ、我が『糸』で政至様を『先に飛ばして』あの巨人の拳から少しでも御身をお守りしようと致しましたが.......結果、御身に傷を負わせてしまったことを......御許しください.......」


「ば.......か.......もの.......余は生きておる.......手足もちゃんとある.......それだけでも褒めて......つかわす」


「有り難き......幸せ」


「しかし、御主は.......余を守るために『腕を一本』犠牲にしおったな.......」


 政至の近く、政至と共に一本の女性の腕が浮いていた。


 それは恐らく政至の側近『影隠 女郎蜘蛛』のものであろう。


 主を守るために腕を犠牲したようだ。


 しかし、こんな時でも姿を現さないのは、かなり徹底した忍びだ。


「はぁ.......御祓姫......竹平殿......お純殿........皆無事かのぅ? ......ん?」


 と、その時であった。いつの間にか政至の目の前に一隻の巨大な旅客船が姿を現していた。


 デカイ、まるで鯨のような出かさだ。こんなデカイ旅客船の接近に気付けない程に意識が混濁してしまっているようだ。


「シャシャシャ!! なんやなんや!? マグロでも浮いてんのかと思たら、まさかの政至の旦那やないかぁぁぁぁぁぁぁい!!」


「......あぁ?」


 船の上から聞き覚えのある声が.......


「シャシャ! 何処の誰にやられたんや、おー? 加勢したろうかぁぁぁぁ?」


「要らぬわ! 後、来るのが遅いわ!......と申したいところじゃが、まぁいい、御主は出雲の決戦に使おうと思とったが......今、飛びっきりの相手を紹介したるわ!!」



「ふぅぅぅぅぅぅ! ふぅぅぅぅぅぅ!」


 雷神は、興奮していた。自身の大切な鎧が傷だらけに、殆ど周りが見えていない状態だ。


 故に、足下で気絶してる御祓姫にすら気付いていない始末。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 治まらねぇぇぇぇぇぇぇ!! アイツ殴ったぐらいじゃダメだぁぁぁぁぁぁ!!」


 興奮と同時に、雷神の皮膚の色が赤く変色し、周囲の温度が急激に上昇し始める。


 今は夜なのに、夜とは思えない熱さを雷神は発している。


「ぐぅぅぅぅぅぅぅ.......いや、いやいやいや、待て待て待て待て、ボロボロだが、オレの鎧をずっと守っていてくれてた連中だ」


 急激、かなり急激に雷神の熱は引き、興奮していたはずの雷神があっという間に冷静になってしまった。


「あぶねぇあぶねぇ、一度熱くなりすぎて昔『敗けたんだった』。あれ以来怒れなくなったんだった。うんうん」


 冷静になった途端に一人言が多くなった。


「じゃ、これで勘弁してやるか........すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 膨張、雷神は息を大きく吸って胸を風船の如く膨らませ、鳩胸やようにパンパンに膨れ上がった後、その溜め込んだ空気を一気に吐き出した。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」



 一方、竹平亭にて、


「重勝はん、どこに行きよるんです!?」


「申し訳ないけど、やはり政至様達が心配だ。せめて様子だけで、も!?」


 竹平が政至達の様子を見に行こうと玄関を出た途端、目の前で大量の家と人が吹き飛んできた。


「なぁ!?」


「きゃぁ!?」


 まるで台風、台風の如き暴風が竹平の視界に入る分解された家、建物、町の半分が暴風によって吹き飛ばされていた。


「な、ななななな!?」


 思考が追い付かない、なんだこれ、何が起こってるんだ?


 もし後数分早く屋敷から出ていたら、自分もあの暴風に巻き込まれていたのかもしれない。


 不幸中の幸いか。


「はぁ......はぁ.......ハッ!? お、お純さん大丈夫かい!?」


「え、えぇ、わっちは大丈夫や......っ!?」


「? どうしたんだい?」


 妻のお純の顔が硬直してる。今の暴風による被害を目の当たりにしたからか?


 いや、それとは違う、だとしたら、もっと早く顔を強張らせてるはずだ。


 お純は自分の背後を見ている。お純の目線を追って背後を振り返ると......


「な、んで、君がここに?」


「......」


「い、いや、君と再会できたのは嬉しいよ! でも、でも今は僕達と避難.....を」


 竹平の目の前には、ここには居るはずのない見知った顔、いや彼は常に『顔を隠しているから』顔を知っているのは、おかしいかもしれないが確かにそこに半年前に出会った『彼』がそこに居た。


 はずなのに、


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!! あ、あぁ」


 後ろで妻の悲鳴が聞こえる。


 半年前、友好の証しに異国式の『握手』を交わした彼が、


「が、は......」


 友人だと思っていた彼が、なんで、こんなことを......


「重勝はん!? 重勝はん! しっかりして!」


「あ.......は........」


「......」


 最後に竹平が見た彼は、黒い霧と共に姿を消したのであった。



「ふぃ~、すっきり」


 町の半分を己の肺活量だけで吹き飛ばした雷神は、満面の笑みを浮かべて神社の境内に腰を下ろしていた。


「ぐははははは!! 本当にちっぽけだなぁ! この時代の建築物はよぉ! 息一つで吹き飛ぶとか、これだから木造はショボいんだよ、ざまーみろ!」


 これで町の人達はどうなっただろうか? 必ず今の吐息で大勢の町人に死傷者が出たに違いない。


 それすらも意に介さない雷神の姿は、正に悪に相応しい姿だ。


 いったい、何人の人が死ねば、この雷神の心は揺らぐのだろうか?


 恐らくだが、この世の人間全てが死んで、自分だけ生き残っても、この悪神の心は一つの波も起きないであろう。


「さぁて、久し振りに蹂躙するか。やっぱりまだまだ暴れたりねぇ」


 ━━させない。


「ん?」


 ━━これ以上、我が愛した町、愛した子供達を手にかけること赦さず。


「おいおい、誰だ?」


 ━━我、ここの守護者『雷剣(らいけん)』なり!


「おぉう!?」


 吹き飛んだ。十尺を越える雷神の体が吹き飛び、境内から神社に続く階段を転げ落ち、頭から地面に着地した。


「......すげぇな。こうして吹き飛ばされたのはいつ振りだ?」


 雷神は起き上がり、自分を吹き飛ばし、今自分を階段の上から見下ろしてる何者かに目を向ける。


「......ほ、なんじゃそりゃ?」


「我.......再度......この身を動かせる.......奇跡に......感謝」


 雷神を見下ろしてるのは、自分の鎧、この町の人々に愛され、この町の子供達の成長を見守ってきた守護神『雷剣』が、神通力『楽雷(らくらい)』の力なしで動いている。


 どういう原理なのか、どういう奇跡なのか謎だが、今雷剣は半年振りにその体を動かしたのだ。


 愛する我が子達が居るこの町を最大悪から守るために、


「......付喪神(つくもがみ)。その『神器』に心が宿るとは、この町の連中の『愛情』も大したもんだなぁ」


 そして、雷神は階段を踏み砕きながら一気に駆け上がり、そのまま雷剣に胸からぶち当たり、互いが互いの腰を掴んで相撲の喧嘩四つの体勢となった。


「ぐ.......お、おおおおおおお!!」


「おぉ! 中身無いくせにこの膂力(りょりょく)、驚嘆の声しかでねぇが.....」


「おあああああああああ!!」


「中に溜まりに溜まったう○こ以下の愛情なんぞ、全て、全て吐き出して(かわや)に流してやるぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 互いの力が拮抗し、人智を超えた強大な力と力が激しくせめぎ合い、その衝撃で大気が揺れている。


「がぁあああああああああ!!」


「ぬぅおおおおおおおおお!!」


 張り手、張り手、ぶちかまし、押し切り、上手投げ、(やぐら)投げ。


 あまりにも激しい応酬、しかし、直ぐ様に雷剣が劣勢となった。


「『パワー』があっても『ウェイト』が足りなかったなぁ! これで俺と同じ重量ならヤバかったぜぇ!」


「ぐ、お、ぅ」


 ぱわー? うぇいと?


 聞いたこともない単語に疑問を覚えつつも、雷剣はそのまま担ぎ上げられてしまった。


「ぐはははははは! このまま叩き付けてや━━━」


「ぐ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「あぢぃ!?」


 唐突に担いでいた雷剣が強烈に発光したかと思いきや、手に凄まじい熱気を感じて思わず雷剣を手放してしまった雷神。


「あぢゃ、ぢゃぢゃ、ふーふー.........おーいおい、何が起こった?」


「ぐぅぅぅぅぅぅ.......」


 バチバチと、音を立てながら雷剣の体からは、おびただしい電流が流れて、胸には『楽』の一文字が浮かび上がっている。


「.......何それ?」


「それは『神通力』やぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「あぁ? ごぉ!?」


 目の前の現象に困惑していると、空から甲高い声が聞こえ、上を見上げようとしたら、何か巨大な物に雷神は押し潰されてしまった。


「ご、ごぉ?」


 雷剣は無事なようだ。雷剣がその物体を見上げると、それは巨大な旅客船であった。


 しかし、雷剣は船を見るのはこれが初めてなので、雷剣からすると、巨大な木造の塊にしか見えなかった。


「シャーシャシャシャ! こんな滅茶苦茶な上陸は生まれて初めてやぁぁぁぁぁ!!」


 と、今度は船の上から一人の男が現れ、そのまま高々と跳躍して雷剣の前に着地した。


「ぐぉ?」


「シャシャ、アンタが京の動く鎧はんか、うずめの嬢ちゃんからよぉく聞いとるでぇぇぇぇ」


 目の前のこの男はなんだ? 金髪碧眼で色白の肌に、漁師のような格好で、胸に十字の刀傷があり、目が猛獣のようにギラギラした謎の男。


「ふんぬぅ!!」


「うわぁお、マジかいなぁ!?」


 船の下敷きになった雷神が目を覚まし、そのまま鯨並にある旅客船を軽々と持ち上げ復活した。


「てめぇ、こんなデカイ船を海からここまで吹っ飛ばすとは、中々面白い奴だなぁ」


「シャシャシャ、だったら、もっとおもろい事見せたるわぁぁぁぁぁ!!」


「ごぉ!?」


 そう言って、男は雷剣を踏み台にして大きく飛び上がり、そのまま船の甲板を駆け、帆柱を一気に駆け上がり、遥か上空まで達したところで、縦回転しながら急速に落下し始めた。


「や、やべぇ! あの人また船を壊す気だぞ!」


「どんだけ自分の船壊せば気がすむんだよ!」


「総員退避ー!」


 男が何しようとしてるのか知らないが、『それ』を知ってる船の乗組員達は次々と船から降りて安全地帯に退避し始める。


「ぐ、おい、船が邪魔で見えねぇぞ!」


「だったら代わりに極楽浄土に送ったるわぁぁぁぁぁぁ!!」


 男が両手を合わせると、なんと両手が一振りの巨大な刃となり、それが遠心力でドンドン引き伸ばされ、50尺(1500m)の超超巨大な刃へと変貌し、そのまま船と稲荷大社ごと雷神を一刀両断してしまった。


「シャァァァァァァァァァァ!! 『恐器(きょうき)の満月・大一番』!!」


 一刀の下に、あらゆるものを両断してしまった。

 本当にこの男は何なんだ?


「お頭! アンタはもう少し自分の船を大事にしてくだせぇ!」


「また俺達『越中(えっちゅう)』に帰れなくなりましたよ!?」


「じゃかしぃわい! あの『くノ一』の嬢ちゃんが命懸けでこんな盛大な上陸演出してくれたんやで! だったら俺様もそれに見合う演出は必須やろがぁぁぁぁい!!」


 完全に蚊帳の外になってしまった雷剣。自分の見せ場を取られた気分だ。


「.........いっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 瓦礫と化した船の中から雷神が飛び出して、脳天を刃で叩き付けられ、その痛みに悶絶していた。


 ちなみに、あんな巨大な刃をまともに受けたのに傷一つなく、一滴の血すら流れていない。


「ウシャシャシャ! 噂通りの頑丈な雷神様やのぉ!」


「いってててて、お前、何なんだ? 唯の人間じゃあるまい」


「応よ! 耳かっぽじってよぉく聞けや! 俺様は『深鮫(ふかざめ) 挟樂(きょうらく)』! 北の海を統べる海の覇者やぁぁぁぁ!!」


 高々と名乗りを上げる男の名は『深鮫 挟樂』。


 去年の師走。越中(富山県)の地で烏乃助と激闘をした喧嘩好きの海の男。かつては北の海を支配していた凶悪な海賊団の船長だったが、『伏真 政至』に敗北して以降、北陸の海の治安部隊『北陸水軍』の頭領を務める事となった男。


 それが政至の要請でこの地に来たわけだが、今彼が使ったのは紛れもない刃の神通力『恐金(おそれがね)』。

 

 烏乃助に敗北して、うずめにその神通力を返還した筈なのに、何故彼がその神通力を再び使えるのか? 深鮫だけじゃない、雷剣だってそうだ。


 一体、何が起きている?


「.......ふぅぅぅぅぅぅん、神の力か。しかも神通力だぁ? もう少しマトモな『ネーミングセンス』はなかったのかねぇ」


「ねーみんぐせんす? なんや、雷神様は小難しい言葉を知っとるんやなぁ!」


「......なんか、その『雷神』って歯痒いな。『建速須佐之雷神(たけはやすさのらいじん)』なんて、昔の奴が勝手に付けた名だしなぁ。俺の戦い方が『須佐之男命(すさのおのみこと)』に似てるからだとさ。スサノオとオレは実質無関係なのに、笑えるぜ」


「あー? だったらなんて呼べばいいんや?」


「おう、オレのことは『さ.........どうでもいいやオレのことなんぞ! それよりお前とお前!」


 ようやく雷神の真名が判明すると思ったのだが、そんな事はなく、雷神は深鮫と雷剣を指差して喜びに満ちた笑顔を見せる。


「神の力が使える人間なんてそうは居まい! お前達ならば、オレの準備運動の相手に向いてるかもしれんなぁ!」


「つれないのぉ、余も御主の準備運動の相手に数えてもよいのだぞ?」


「あ?」


 足下から聞き覚えのある声が聞こえたかと思いきや、下を見る間もなく、腹部に強烈な衝撃が感じた。


「ぬぅぉ!?」


「四凶が一柱、悪鬼羅刹でもってこれを成す!」


「おぅぁ!?」


「『窮奇(きゅうき)』ッ!!」


「ぼごぉ!?」


 三つ、体の奥底に突き刺さるが如き衝撃が腹部の一点に集中し、その衝撃が背中へと貫通し、行き先を失った衝撃はそのまま空中で四散する。


「お、お前.......ッ!」


「伏真 政至! 直ぐ様舞い戻ってやったわ!」


 その衝撃に思わず片膝を付く雷神。そこに居たのは、紛れもなく、先程自分が殴り飛ばした筈の政至がそこに立っていた。


「シャシャシャ! 旦那ぁ! 出る機会を伺ってたなぁ!! この演出好きめ!」


「ぬかせ! それより御主ら! さっさと畳み掛けろ! 反撃を許すな!!」



 数十分前。


 丹波の近海。旅客船の甲板。


「シャシャシャ! いいザマやな旦那!」


「ハッ、鮫よ。また胸の傷を増やしてやろうかのぉ?」


「それはご勘弁やの~」


 政至の要請でやって来た深鮫に引き上げられ、軽い応急措置を施された政至。


 なんとか大事に至らなかったが、ここから雷神の元に戻るにはあまりにも遠すぎる。


 早く戻らないと御祓姫と不士見町の者達が危ない。


「大体の状況は判ったわ。けどなぁ、ここから上陸して不士見町まで行くには、どうあがいても半日は掛かるで? でもまぁ、そんな距離まで旦那を吹き飛ばしたその雷神様はおもろいのぉ!」


「おもろい、確かにおもろい相手じゃが、我等が着く頃には全てが終わってる頃であろうなぁ」


 どうしても間に合わない、遠すぎる、このままではあの悪神が全てを蹂躙して去ってしまう。

 そうなったら本当におしまいだ。


「......わ、たしに、考えがありますぅぅぅ」


「蜘蛛......」


「なんやなんや? どこからともなく女の声が聞こえるでぇぇぇ?」


 また姿を現さない女郎蜘蛛の声が聞こえる。


 どうして、いつも姿を見せないのか、そう思っていると━━━━


「おわ!?」


「お、お頭! 変な女が甲板に立ってます!」


 なんと、女郎蜘蛛が、ただひたすら政至の影に徹していた女郎蜘蛛が、ついに人前に姿を現した。


「蜘蛛......御主......」


「政至様、申し訳、あり、ません、女郎蜘蛛めは、どうやら、ここまでの、ようです」


 その姿は、一言で言えば異形であった。


 呪術師のような禍々しい装いの忍び装束の女。

 それだけならまだいい、しかし、その女の背中からは『本来の人間には無いものが二つ生えていた』。


「ほー、こりゃけったいな。『腕が四本ある人間』なんて初めてみたわ」


 そう、その女は腕が四本生えていた。


 そのうちの一本が糸で継ぎ接ぎ状態となっているが、かなり異質な姿だ。


 これが影隠妖魔忍軍八鬼衆が一人『影隠 女郎蜘蛛』である。


 彼女がいままで人前に姿を晒さなかった理由は、その異様な姿なのもあるが、彼女の忍法『傀儡縛り』を最大限発揮する為のものでもあった。


 『忍法・傀儡縛り』それは、目に見えない丈夫な糸で対象の動きを四本の腕を駆使して巧みに操る忍法。


 この忍法を使用中は殆ど無防備に為るため、人前でこの忍法を使えば、無防備なところをやられてしまう。


 なので姿を晒せなかったのだ、この忍法を最大限活用して、愛する我が主を守る為に、


「......蜘蛛、御主が姿を晒したのは、己の死期を悟ったからか?」


「はい、我が命を賭せば、ここに居る皆様を、必ずや、ものの二分で、あの悪神の元まで、送り届けましょうぞ......」


 そう言って、女郎蜘蛛は政至の返事も聞かず、船から飛び降り、海面を走って上陸してから大量の視認が困難な糸を深鮫の旅客船の船体に巻き付け、そのまま力一杯引っ張り上げようとする。


「お、おぉ!? ふ、船が、もの凄い力で岸に向かっとるでぇぇぇぇ!?」


「蜘蛛ッ! 御主は何勝手な事をしておるかぁ!」


「はぁ、あぁぁぁぁぁ!! 『最終忍法・人妖変成(じんようへんせい)』ッッッッ!!」


 最終忍法、それ使った途端、女郎蜘蛛の白い肌が赤黒く変色し、人間とは思えない怪力でもって船を岸まで引き寄せ、そのまま無理矢理船を陸地にまで引き上げた後、その細い四本の腕で旅客船を持ち上げ、


 投げた。


「あああああああああ!! あ、ぅ、」


 人が成せる力ではない、火事場の馬鹿力なんて目じゃない力をもってして、旅客船が空を翔んだ。


「おあああああああああ!? すっごいなぁぁぁぁぁあの女ぁぁぁぁぁぁ!!」


「蜘蛛ぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 政至が甲板から後方を見るが、夜の暗闇でもう女郎蜘蛛の姿が見えなくなっていた。


「あの馬鹿者が、誰が死んでよいと言ったか......」


「シャァァァァァァァァ! こりゃ凄いすご.......おう?」


「? どうした鮫よ」


 船が空を翔ぶこの状況、女郎蜘蛛が決死の覚悟で開いてくれた活路。


 そんな時であった。突如として空から一筋の不思議な光が降ってきて、それが深鮫の中に宿ると、なんと、深鮫の全身から大小様々な刃が剣山のように生えたのだ。


「おわぁ!? こ、これは!?」


「鮫、まさかそれは、あの娘の神通力かいな!?」


 明らかにこれは神通力『恐金』。何故これが再び空から降ってきたのか謎だ。


 今はこの神通力はうずめの中に戻ってる筈なのに、なのに、それが何故......


「なんや、うずめの嬢ちゃんの身に何か起こったのかいな!?」


 確か、出雲の動乱の時、うずめは十の神通力が暴走して、その力が日本各地に散らばったと聞いている。


 それと同じ事が再びうずめの身に起こったというのか?


「......よー判らんが、うずめの嬢ちゃん、今からまたこの力で神様気取りのデカブツと喧嘩してくるでぇぇぇぇぇぇぇ!!」



 そして時は戻る。


「鮫! それにそこの鎧! この巨人の拳は即死級じゃ! 故に短期決戦に持ち込むぞ!!」


「シャァァァァァァァァ! やったるでぇぇぇぇ!!」


「おおおおおおおお!!」


 政至、深鮫、雷剣の三人が、政至の奥義で怯んでる隙に、一気に畳み掛けようとする。


「うざってぇぇぇぇぇぇ!!」


 雷神は巨体に似合わない猫のような瞬発力でもって、三人との間合いを一気に詰めて、その即死級の巨拳を振り下ろす。


 三人はその拳を避けるが、その拳が地面にめり込むと、その衝撃で神社がある小山が綺麗に縦に割れてしまった。


 そのせいで足場が不安定になるが、それでも三人は上手く立ち回って、雷剣は正面から、政至は左、深鮫は右に回り込んで三方同時に攻め込む。


「ごぉおおおおおおおお!!『楽雷誅威砲(らくらいちゅういほう)』ッッ!!」


 雷剣が正面からぶち当たり、落雷級の超高圧電流を雷神に流し込み、雷神の動きを封じた。


「あばばばばば! 腰痛、肩凝りに効きそうだぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「だったら俺様からは針治療やぁぁぁぁぁ!! 『真・金恐報酷(きんきょうほうこく)』ッ!! 」


 深鮫は腕から爪先まで、体全体、己自身をを一振りの巨大で肉厚な、絶対折れない不滅の刃となり、そのまま刃をキリモミ状に回転させながら、雷神の左の脇腹に深々と刺さる。


「おぉぉぉぉ!? お、オレの皮膚を突き破った!?」


 さっきから全然傷一つ付かなかった雷神の皮膚に、やっと傷が付いた。

 いくら鋼の如き肉体でも、全力となった神の刃の前では無意味だったようだ。


「おがぁぁぁぁぁぁぁぁ!! おっ!?」


「悪いのぉ、御主ならば、余の話に乗ってくれると信じておったが、残念じゃ」


 二人の神通力による攻撃で動きが止まっていると、いつの間にか政至が右肩に乗っていた。


 しかも、雷剣が放つ電流で己の身を焦がしながら。


「オ、メェ......」


 高圧電流を流され、脇腹に巨大な刃が深々と食い込み、雷神が劣勢になる中、政至は雷神の右肩に乗り、手に持った刀で、がら空きとなった雷神のこめかみに最高威力にして政至が持つ四つの奥義の中でも殺傷能力抜群にして、あらゆる鎧や防御をも無視する最強の奥の手で止めを刺す!


「四凶が一柱、悪鬼羅刹でもってこれを為す!」


「テメェェェェェェェラァァァァァァァァ!!」


「『渾敦(こんとん)』ッッ!!」



 その頃、丹波の海岸にて、


「は.......ぁ.......う.......」


 女郎蜘蛛は浜辺で倒れていた。最終忍法で政至達を送り出した女郎蜘蛛には、最早力が残されては鋳なかった。


 生きる力さえも、


「は........は.........」




『我が名は『影隠 女郎蜘蛛』。此度より『影隠 (ぬえ)』の命により、あなた様の護衛を司る事となりました』


『ほぅ、中々に面白い姿よな』


『......申し訳ございません。このような醜悪な姿を晒してしまい......』


『醜悪? 何処がじゃ?』


『え?』


『見た目が普通と違うだけで後は普通の人間となんら代わり映えはすまい。それに、このような雪解けのような綺麗な手を持った女子の何処が醜いのか、余は理解できん』


『あ、その、うぅ、お、お恥ずかしゅう、ごじゃ、ございます......ごにょごにょ』


『くははは! 中々に可愛らしい奴よな! 他の者の言葉に耳を貸でない! せっかくの綺麗な御主が本当に醜くなるわい!』


『き.......れい.......私がですか?』


『もちろんじゃ! 余の影となりたくば、常に余の言葉を聞いて、その美しさを保ち続けよ! 他人の戯れ言に耳を傾けることは今後許さぬと心得よ!』


『は、はい、これよりこの女郎蜘蛛、あなた様の手足となり、影となり、あなた様以外の言葉には耳を貸しませぬことをここに誓います!』





「は......あなた.....様の.......言葉で.......どれだけ.......醜かった自分が......救われたか.......あぁ、もう一度、許されるなら......その透き通るようなお声を........今一度、この蜘蛛めに........」


 ━━蜘蛛、ようやってくれたのぅ。大義であったぞ! 後は任せてゆるりとあの世で余生を過ごせ、余も時期にそちらに向かうから、待っとれ。


「は......い........お待ちして......おります.......愛する......あな.......た...............」


  その生まれつきの異形な姿で忌み嫌われた女郎蜘蛛、ずっと暗闇の中に居た彼女は、政至と言う『光』によって、ようやくその心にかつてないほどの安らぎと安心、幸福が得られたであろう。


 故に、愛する主の為に命を全て使った事に対する後悔はなく、彼女は、自分を美しくしてくれた主の声を聞きながら息を引き取った。


 影隠 女郎蜘蛛 死亡。


 影隠妖魔忍軍八鬼衆。残り三人。






「随分とお優しいのですね」


 女郎蜘蛛の遺体の側には、何処からともなく現れた一人の小柄で白髪の少年と、その背後に二人の女性が立っていた。


「んー? そうですかぁ? 主の為に命を捨てた功労者に、せめてもの報酬として『主の声を聞かせたのですが』」


「それより参りましょう。このままでは.....」


「えぇ、彼女の心が再び散った。想定外だ。だが、想定外なんてよく起こること、計画が思う通りに進む方が現実的にありえないのですよ」


 そして、少年は女郎蜘蛛を看取った後に、従者としての二人の女性を引き連れて、雷神が暴れる決戦の地に歩を進める。


「さぁ、僕が動いた以上、そろそろこの歪な物語の幕を下ろすとしようか」



 第六章『心王』に続く。

 次回でやっと京都編終わって江戸編かよぉ。

 書いてる自分が言うのもあれだけど、なげーよちくしょー。


 色々詰め込みすぎだよちくしょー。


 また更新遅れるけど、そこは大目に見てくださいねー。


 それでは、次回をお楽しみに~................あ、そういや御祓姫の事忘れてた。たぶん無事だろう、うん。

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