第四章『悪雷降臨』
あー、やっと一年前の第四話四章のラストに出てきた『あの人』を出すことが出来た~。
ほんと、引き延ばしが好きねぇ~この作者は、
てなことで、はじまり~はじまり~。
「ぐぅぅぅぅ、むがぁぁぁぁぁぁ、すぴぃぃぃぃぃぃ」
日本の何処かの地下牢。
その地下牢に何十、いや、何百にも及ぶ鎖で壁に貼り付けられた十尺にも及ぶ巨人がそこで寝ていた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉ、ぴがぁぁぁぁぁぁぁぁ、ぶごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
あまりにも凄まじいイビキ、地下牢全体が振動し、鉄格子は悲鳴を上げていた。
「ぷがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、すぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ、むがっ!?」
パチンっ、と、どこから途もなく手裏剣が飛んできて、巨人の鼻提灯だけを狙って、鼻提灯を割った、その弾みで巨人は深い眠りから現実に引き戻される。
「起きなさいな『建速須佐之雷神』」
「むぅぅぅぅぅぅ、誰だぁ? このオレの眠りを妨げる馬鹿はぁぁぁぁ?」
薄暗い地下牢を眼を凝らして見ると、目の前に露出度の高い忍び装束の妖艶な女がそこに立っていた。
段々目が馴れてきて、その女の顔を見るや否や、巨人は満面の笑みを浮かべて、その女の名を叫んだ。
「おぉ! 『神禅院魔導法師』じゃねぇかぁぁぁぁ!! ......ん? あれから200年経つのに、なんでお前は当時のまんまなんだ?」
「あらあら~こぉんな所に貼り付けられているのに、よく正確な時間が判るわね~見直したわ」
「おーそうかそうか、んで? 何しに来た。お、まさかオレの夜の相手でもしてくれるのか?」
「はん、アナタなんか好みじゃないわよ。それより、アンタの退屈を癒す事がもうじき起こるから、それに誘いに来たのよ」
「へぇー」
巨人は興味無さげであった。200年前の戦乱を皮切りに、この世の全てが詰まらなくなった巨人にとっては、目の前の知人がどんな誘い話を持ち掛けても、きっと興味が持てないんだろうと、思っていた。
「アンタが寝た後に、私は『影隠』を乗っ取って、着実にこの後に起こる戦乱に勝てる算段を練ってたわけ」
「ふぅーん、んなことより酒くれ、酒、『匂い』で判る、お前の後ろに樽一杯の酒が隠れてる事ぐらいわな」
「......あーはいはい、アンタは昔っからそう言う奴だったわよね~。そら」
魔導法師は、目の前の鉄格子を蹴りで破壊した後に、片手で一つの樽を軽々と持ち上げて、巨人の口目掛けて投げた。
「ぶぉ!!」
見事、樽の飲み口が巨人の口に接触し、巨人は樽が落ちないように歯でしっかり固定した後に、そのまま樽の中の酒を豪快に飲み始める。
「んぐ、んぐ」
飲んでいる最中、バリバリ、と、樽が大きく変形し、木屑をこぼしながら、形を変えて、どんどん巨人の口の中に吸い込まれていく。
食べているのだ。巨人は樽一杯の酒を飲み干した後に、残った樽を食べ始めたのだ。
「ばり、ぐちゃ、ちっ、歯応えねぇなぁ。顎の運動にもなりゃしねぇ」
完食、首から上しか動かせない巨人は、木屑をこぼしはしたが、樽の木片一つも溢さず、器用に樽を完食した。
「ま~たく、相変わらずの悪食ね~」
「これは食事じゃねぇ、久し振りの顎の運動さぁ、......くぅぅぅぅぅぅぅぅ、200年振りの酒は染み渡るなぁぁぁぁぁぁ、げぇぇぇぇぇぇぇぇぇぷ!!」
でかいげっぷをして、満足。したわけではなく、まだ物足りなさそうな表情を浮かべているが、魔導法師は「もう無いわよ」と、声には出してないが、眼で返事した。
「はぁ~、それじゃ本題に入るわよ」
「おう、期待してねぇからさっさとしろ」
凄い上から目線ではあるが、実は何の期待もしていなかった。しかし、魔導法師の次の発言で巨人は表情を一変させるのであった。
「高天原への侵攻よ~」
「......あ~?」
「後一ヶ月半で神々が天を裂いて、雪崩の如く押し寄せて、この時代を修正しに来るわ」
「......はぁ~、『座敷』のとっつぁんも、これ以上神の力に頼るなって、言ったのに、馬鹿な奴」
「ええ、でも、いい感じにこの時代、いえ、『この世界を乱してくれたわ~』。お陰様で、私も座敷将軍に神の力を与えたかいはあったわ~」
「く、はははは、本当に悪どい女だこったぁぁぁぁ、こうなるように仕向けていたとはなぁぁぁぁぁ」
「ふふ、ほんと、時間はかかったけど、やっと世界の亀裂が出来た。これで私の悲願も達成されるわ~。それに、ここ数十年で素晴らしい『逸材』を見付けたのよ~」
「逸材だぁ~?」
「ええ~、今は影隠の当主になってるけど、その内に秘めたる神に対する憎悪は本物よ~」
「何者だ、そいつは?」
その質問に対して、魔導法師は邪悪な笑みを浮かべて答えた。
「『神の堕とし子』」
「! ........はっ」
その言葉を聞いた途端、巨人の筋肉はみるみる内に膨張し、その膨張に耐えきれず、数百の鎖が悲鳴を上げ始める。
「ハハハハハハハハッッ! アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
数百の鎖の悲鳴、それに伴って、巨人の背に面している岩の壁から、鎖を中心に蜘蛛の巣状の巨大な亀裂が徐々に広がっていく。
「神ぃの堕とし子だぁぁぁぁぁぁ? 神と人と間に生まれたガキかぁぁぁぁ!! よくそんな奴を見付けたなぁぁぁぁぁ!!」
そして、壁の亀裂が天井にも広がり、やがて、地下牢全体にまで達した時、地下の地盤そのものが崩れ、上から大量の岩と土の豪雨が降り注ぐ。
「はぁぁぁぁぁ!! ぬぅんんんんんんんん!!」
巨人は、数百の鎖から脱出した直後、大きく跳躍し、自ら岩と土の豪雨に突っ込み、そのまま速度が衰える事なく掘り進み、一気に地上まで飛び出、周囲に大量の土砂と岩を周囲に爆発の如く撒き散らしながら、20畳近くまで飛び出た後に落下し、200年振りの地上へと足を乗せた。
「あ」
が、着地と同時に、巨人を中心とした三里にも及ぶ広範囲の地盤が沈没し、そのまま辺り一帯が陥没し、巨大な窪みが発生した。
「うわぁ!?」「な、なんだべ!?」「誰か助けてぇ!!」「うわぁ!!」「お、落ちるぅぅぅ!!」「母ちゃぁぁぁぁぁん!!」
三里の範囲に住んでいたとおぼしき人々の悲鳴が、巨人の耳に響き渡る。
「うお、まぶし」
だが、罪無き人々の悲鳴なんかよりも、200年振りの太陽を見て、巨人は思わず目が眩んでしまった。
「あぁぁぁぁ、目、目が、いってぇぇぇぇぇ!!」
■
それから数刻後。目がようやく陽の光に馴れた頃、巨人はようやく陥没した大地から体を起こした。ずっと、のたうち回っていたのである。
「だ、誰かぁ、た、助けて......」
「あ、う」
「こ、この世の終わり、じゃ」
地盤陥没、巨人の目覚めと同時に起こったこの災厄で、多くの人々が命を落とした。その数、三千近く、辛うじて生き延びた人々も居るが、皆、瀕死の重症で、もうほとんど助かる余地は残されていなかった。
大勢の命を奪ってしまったその光景を目の当たりにして、一言。
「すまね」
三千の命を奪っておきながら、呑気な声でこの一言、これでは、死んでいった人々は報われないであろう。
これが『建速須佐之雷神』。通称『歩く絶望』である。
「も~、折角の衣装が汚れたじゃない~、というか、危うく生き埋めになるところだったじゃな~いのよ~」
と、何事もなかったように、魔導法師は巨人の目の前に現れた。
「おう、わりぃわりぃ、お前が何企んでるか知らんが、昔のよしみだ、退屈しのぎにお前の悪巧みに付き合ってやる。んで、法師、オレの『鎧』は何処だ?」
「はぁ~? アンタに鎧なんて必要ないでしょ~?」
「必要だぁ! 何たって、鎧は男の憧れよぉ!
神と喧嘩するだろぉ? だったら、格好もそれらしく格好良くしなくちゃ恥ずかしいだろぉぉぉぉ??」
なんだか、子供っぽい感じはするが、そう言った所は既に承知であるため、特に気にしなかった。
それに、調度、彼の鎧の居場所に『邪魔者』が居る。
なので、魔導法師は巨人に教えた。彼愛用の鎧の居場所を教える。悪魔のような微笑みを浮かべながら。
「アンタが昔守った京の『不士見町』よ......あ、不士見町って名前も、アンタが居なくなった後に付いたから知らないか」
「......ん~、あ、あそこかぁ、あーそうそう、あの町を当時『寝床』にしてたんだった。そしたら織田の野郎の軍勢がやってくるから追い払ったんだった。あーそっかぁ、あそこに『置き忘れしちゃった』のかー」
自分の愛する鎧の居場所が分かった巨人は直ぐ様駆け出そうとするが、魔導法師はそんな彼を呼び止める。
「待ちなさい。鎧を手にしたら『出雲』に来なさいな。そこに例の堕とし子率いる影隠が居るからさ~」
「応! そんじゃ、準備運動がてら、京の町で遊んでくるぜぇぇぇぇ、ガーハッハッハッハッハッッ!!」
こうして、巨人、もとい雷神は駆け出した。
その一歩一歩の地響きはあまりにも凄まじく、十尺どころか、それを遥かに越える巨人が走ってるのではないかと錯覚するほどのものであった。
雷神の姿が見えなくなった所で、魔導法師、現在は『影隠 紅葉』を名乗ってる女が一人言を呟く。
「ふふ、ふふ、さようなら、政至様に女郎蜘蛛ちゃん。今後、貴殿方は邪魔になる存在となりうるでしょう。残りの余生を雷神の遊び相手になるがいいわ~」
■
政至と御祓姫が京の町に来てから、早一週間、特に何の進展もなかった。
「あー、何なのよー、本当にその雷神様の手掛かりはあるのー」
「その為に御主が付いて来たのであろう? 御祓姫、御主の情報収集能力はかなりのものと聞いていたが、宛が外れたかや?」
「そ、そんな事ないわよ! バーカ、バーカ、もう知らない!」
そっぽ向いてしまった。二人は竹平邸を拠点としていた。
ここでの御祓姫の役割は、主に情報収集。実は御祓姫は鴨居の配下である『郷見』から直接情報収集のイロハを学んでいたのだ。
『情報は、万に通ずる。情報の有無で、全ての戦況が変わります』と、よく郷見が言っていたことだ。
烏乃助とうずめが心集めの旅に出てから、全く会えていない郷見。今どこで何をしているのだろうか?
政至の方も、女郎蜘蛛を使っての情報収集もしているが、特に収穫なし。
「ここまで来ると、ここは違うのやもしれんのぅ」
「じゃあ何? 諦める?」
「いやいや、手ぶらでは帰れぬよ。そうだな、折角近いし、寄り道として『出雲』に行ってみたいのぅ」
「出雲? 出雲って言えば......」
ガラッ、と襖が開くと、そこから一人の舞子風の美女が現れた。
この屋敷の主『竹平 重勝』の妻『お純』である。
「おかえりやんす~、お二方、ご夕飯の準備ができてはりますえ」
「うむ! かたじけないのぅお純殿。いやはや、お純殿のような美人をめとるとは、竹平殿も中々やるのぅ」
「いややわ~政至様ったら~、うちの夫褒めても何にもでまへんよ~?」
「くはははは!!」
この時、御祓姫は思った。「こいつ社交性あるな」と。
伊達に奥州の顔役の息子なだけはあるか、前までは凶悪な一面ばかり見てきたが、元々、政治事で多くの人間と接してきたから、嫌が応でも社交性が必須だったんだろう。
■
そして夕飯、夕飯を食べながら、政至は今後の方針を決める会議を始めた。
「竹平殿よ。此度は当初、素性も知れぬ我等を泊めて頂き、誠に感謝する」
「いえ、いいんですよ。政至様の事はそれほど知る所にありませんが、そちらの御祓姫の話なら、『あの二人』から聞き及んでますので」
あの二人、烏乃助とうずめの事か。
「うずめちゃんは、姫様の事を姉のような存在であると語っておりました」
「へぇ、そう(うはー! やっぱりうずめ可愛いー、私の事を姉と言ってくれるなんて~、ふふ、ふふ、帰ってきたら真っ先に抱擁しなくちゃね~)」
「それから、烏乃助殿からは......」
「え? あ、あいつ、なんて言ってた?」
「......その、言いにくいのですが......『口うるせぇ我が儘お姫様。世の中知らねぇ箱入り娘。一歩外でりゃ誘拐される阿呆。一生引きこもってろバーカ』と」
「......」
数分間、その発言から数分間にも渡って、御祓姫は声にもならない声で喚き散らした後、ようやく落ち着いた。
「はぁ......はぁ......あ、あんの鳥頭~、帰ってきたら串鳥にして丸焼きにしてやる~」
「くはははは! 大分余に勝る程に残虐になってきたのー御祓姫よ」
「だまらっしゃい!!」
大きく脱線してしまったが、御祓姫の呼吸が整った後に、政至は今後の方針を述べる。
「まず第一に、この町での収穫は無し。故に、明後日には荷支度をして、我々は出雲に寄ろうと思っとる」
「え? 出雲ですか?」
「む?」
何やら、竹平の表情が芳しくない、何かあるな、と確信した政至は、出雲の事について聞いてみることにした。
「出雲に何かあったのかや、竹平殿。そう言えば、ここから出雲はそう遠くあるまい、で、あればじゃ、出雲で何か異変があれば、直ぐ様近隣諸国に知れ渡るはず、違うか?」
「......仰る通りです。現在、出雲に行くことは出来ません。これは幕府の意向です」
「幕府が?」
「はい、うずめちゃんが巻き込まれた先の動乱の復興もある程度進んだ先月頃、ある『もののけ』が出雲の地に発生したそうです」
「もののけ?」
もののけ、俗に言う妖怪の事であろう。政至も御祓姫も、もののけなんて生まれてこの方、見たことないが、今は神やら何やらで、てんやわんやな状態だ。
今更もののけが実在していた所で、なんら不思議ではない。
「そのもののけは、人を襲い、そして襲われた人もまたもののけとなり、人を襲う。そうして次々と数を増やし、今では出雲は人が立ち入れぬ『魔の領域』と化してしまってるんです」
「......もののけ、のぅ」
「そんな...... うずめの故郷が......そんな......」
愛するうずめの故郷が魔の領域に変貌してしまった事に対して、御祓姫は酷く悲しむ中、政至はそのもののけに心当たりがあった。
「......ちっ、鵺の奴か、やはり余の読み通り、あやつは出雲に居るか」
「え?」
鵺、『影隠 鵺』であろう。政至を裏切って、何処かへと姿を消した裏切り者。
「どうもあやつは、余の下にいた頃から『神が憎い』だのあーだこーだ言ってた気がするのでのう。出雲は神々の国。で、あるなら、あやつが出雲に居る可能性は十分あるであろう」
「......ん? ちょっと待って、それ、かなり重要なことじゃない? なんで黙ってたの?」
「え? いや、余は......その......アイツ嫌いだし、それに個人の私怨に首を突っ込むなんぞ、気色悪い事したくないしー」
「......」
御祓姫 の 『罵倒殺法・馬鹿阿呆間抜気苦多罵錬』発動 相手は 一定時間 行動不能となる。
「じゃあ何!? あんた影隠の行き場所に心当たりあったから出雲に行きた言っていったの!?」
「そうじゃが、何故そんなに怒る?」
「『神が憎い』。明らかに重要な単語じゃない! そいつ絶対に例の神様と過去になんかあったに違いないでしょ!? なのになんでその時もっと踏み込まなかったのよー! あんた本当に神々の侵攻を止める気あんの!?」
御祓姫は 大変 お怒りとなった。
「ま、まぁまぁ、落ち着いてください姫様」
「これが落ち着いて━━━━」
ズンッッ!! と、唐突に凄まじい衝撃が伝わった。
「な、何? 地震?」
「いや、違うわい......これは......なんじゃ?」
重い、ただ空気が重い、地響きのような衝撃と共に、部屋全体の空気が重くなる。
重すぎる、まるで空気が質量を持って、そのままのし掛かっているような息苦しさ、いや、息をするだけでも肺が潰れそうだ。
「ぬ、あぁぁぁぁ、.......あ?」
突如、本当に突如、空気の重圧が消えた。その後からやってくるのは、何事もない静けさのみ。
「な、何? 何が怒ったの?」
「お、お純さん、だ、大丈夫かい?」
「 は、い、な、なんとか」
「......おい、『蜘蛛』や」
瞬時に気を整えた政至は、直ぐ様自身の『影』に状況報告をさせる。
姿は見えないが、蜘蛛もまた、政至は状況報告の命令を下してないが、すぐに政至の意図を読み取って、この場に居る全員に状況報告をする。
「は、いぃぃぃ、我が『忍法・千里眼』でもってぇ
、周囲を見た結果、ここより二里離れた京の関所にぃぃぃ、謎の巨影を捕捉ぅぅぅぅ」
「巨影じゃと?」
「はぃぃぃ、その巨影、京の関所を破壊し、建物を破壊しながらぁぁぁ、例の鎧が安置されてる稲荷大社へと侵攻中ぅぅぅぅ」
巨影、鎧、それに先程の衝撃と重圧、まさか......!? 政至の脳裏にある不安が過る。
「まさか、いや、その姿をこの眼で捉えぬ限り信用出来ん! 蜘蛛! 『敵』の進行方向にこの屋敷は入っておるか!?」
敵、その巨影が何者か不明だが、政至はこの異常事態を見て、明らかにそれが敵だと認識、いや断定する。
「いいえ、どうかぁぁぁぁ、ご安心をぉぉぉぉ」
「そうか、では参る! 竹平殿よ、御祓姫を頼む!」
そう頼み込み、政至が出陣しようとしたが、何故か御祓姫が政至の袖をつかんで止めてしまった。
「待ちなさい! 私も行くわ!」
「はぁ? 何を言うとる、足でまといじゃ! 御主の役割は諜報であろうが! 戦闘は余に任せい!」
「大丈夫! 私は『戦わない』わッ!」
「ますます判らんッッ!!」
■
「おぉ~200年ぽっちで様変わりしたな~この町」
現在、雷神は一直線に前進していた。目の前の家屋なんぞ物ともせず、破壊、破壊しながらの行進。
雷神は、何もしていない、武器もなにも使ってない、にも関わらず、雷神が歩くだけで家屋があっさり破壊されてしまう。
最初っから、目の前に家屋や人なんて居ないが如く。
「......うっ!?」
と、ここでようやく雷神は足を止め、膝を付いてうずくまってしまった。
「あ、ぁぁぁぁ、しまった!! 酒飲んだ後に走ったから......き、気持ち悪......おぼろろろろろろろ」
吐いた。目の前のどこかの武家屋敷に下呂を吐いた。
その量は凄まじく、まるで氾濫した川のように、武家屋敷を呑み込んでいく。床下は浸水(?)し、柱は腐り、強烈な胃酸で溶かされた屋敷は、みるみるうちに下呂の川に沈んでいく。
「あ、あぁ、わ、わしの屋敷がぁぁぁ」
この屋敷の主と思われる武士が、雷神の隣で膝を付いて絶望していた。
自らの御家が巨人の下呂に沈むなど、彼の一族にとっては最悪最低極まりない所業である。
こんな御家断絶はやだ。
「う、はぁ、はぁ、おぇぇぇ、ここに来る途中に『山』喰ったのがいけなかったのかぁぁぁぁ?」
山? え? まさか山を喰ったのか? .......皆様のご想像に任せよう。
「ぬっ!? くっさぁ!!」
調度、政至が到着するや、辺り一面、鼻が曲がる程の異臭が漂う。その臭いを嗅いだ町の人々は、あまりの悪臭に、そのまま気を失う者も居れば、気を失ったまま呼吸を止めてしまう者まで出る始末。
......色々酷すぎる。
「おにゅしが、きゃのらぁいじぃんがぇ? (御主が彼の雷神かえ?)」
臭すぎるので鼻を塞ぎながら喋る政至、正直聞き取りづらい。
「あぁぁぁぁ? なんだガキじゃねぇかよぉぉぉ、後十年したら来い、その時相手してやる『夜』のなぁぁぁぁ、ガハッハッハッハッッ!!」
「......」
もしかして、政至の事を女の子だと勘違いしてるのか? まぁ事実、女装に近い、紛らわしい格好をしておるが。
しかし、デカイ、デカすぎる。
これが彼の雷神『建速須佐之雷神』なのか?
にわかに信じられんが、何故、こう、都合がよく、目的の相手が現れるんだ?
そもそも、目の前の十尺を越え、全身毛むくじゃら熊のようで、しかも嘔吐してうずくまってるこの巨人が、本当に自分達が探してた相手なのか?
都合が良すぎる。明らかに、裏で誰かが糸を引いている。
だが好都合、政至は、雷神と対等に話すために、雷神の目の前まで来て、早速交渉を━━━。
「......口直し」
「ぬ? ━━━━!!?」
食べた。なんと、政至は雷神に食べられてしまった。
足をばたつかせて抵抗するが虚しく、どんどん政至の小さな体が、雷神の口の中に吸い込まれていく。
「!! ま、政至様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
姿は見えないが、悲痛な叫びが周囲に響く。
そんなのお構いなしに、雷神の頬は栗鼠のように膨らみ、口の中で、舌を使って口の中の政至を弄び始める。
「......くっちゃ、くっちゃ、くっちゃ......む!? ぺっ!!」
吐いた。涎まみれになった政至を吐き出した。しかも全裸で、
「う、ええええ、お前、男だったのかよぉぉぉぉ」
「うっぐ、いきなり人を食べるとは何事か! 無礼者! 後、服返せ!!」
「む、無理、飲んじゃったし、勘弁してくれよぉぉぉぉ、オレは、酒で吐いた後の口直しに、女を口の中でしゃぶって口直しすんのによぉぉぉぉ、あ、言っとくが女は喰わねぇぞ?」
最悪すぎる。もう、色々最悪すぎる。あんな汚く、臭い巨人の口内に居た上に、唾液まみれにされて気が沈む政至であった。
「ぷ、くすくす」
遠くから勝手に付いてきた御祓姫が笑ってるが、気にしない、気にしない。
「う、また気持ち悪くなった。さっさと鎧回収して一服したい......」
「あぁ~? 余を唾液まみれにしておいた挙げ句、余の衣服を喰ったと言うに、何か物申す必要があるでないのか? 雷神よ」
「......えーと、すまん?」
何故に疑問形なのか知らないが、この男、唯我独尊過ぎる。自分しか見えておらず、周りが見えていない。
こんな相手とどう対等に交渉するつもりだったのだ? 政至は。
「......ま、まぁよい、余は寛大故な。しかして雷神よ。何故、あの鎧を求める?」
「おう?」
「伝承によれば、汝はどんな攻撃をも通さない鋼鉄の肉体の持ち主と聞いた。で、あれば、何故あの鎧を求める?」
「そりゃおめぇ......格好いいからに決まってるだろぉ!!」
「.......なんじゃと? 」
「かっっっっこいいだろ!! お前達も見ただろぉ! あの圧倒的存在感! 青黒い光沢! 鬼のようなあのツノ! この世であの鎧を着れる奴はオレ以外に居るかぁ!? いや、居まい! アレは、オレが戦場を格好良く駆け巡る為『だけ』に造らせたオレの勝負服そのものよぉ!!」
.......それだけ? え? 本当にそれだけ?
「......なんだよその顔は、オレがこれだけの理由であの鎧を造らせた事に文句でもあるのか?」
「あ、いや、ちと意外に思ってな」
「ぬぅぅぅぅ、なんだよぉぉぉ、この町の連中は、オレを神様扱いしてたんだろ? だとしたらよぉ、おぉぉぉぉぉぉぉい!! この町に住まいしお前達に問う!!」
雷神は立ち上がり、この騒動を見に来た町人達だけでなく、京全体に響き渡る声量で問い掛け始めた。
「お前達はオレの鎧、かっっっっこいいよなぁぁぁぁ!!? でなかったら、神社なんかに祀ってすらいまいよぉぉぉぉぉぉぉ!! な、そうだろぉぉぉぉぉぉ!!」
しかし、答えたくても誰も答えなかった。未だにこの状況を理解できず、目の前の巨人が、この町の伝説である雷神であるなどと、何も知らない彼等から見れば、目の前の巨人が「オレの鎧はどうだ!!?」と、聞かれても答えられないだろう。
「......雷神よ。鎧を手にしたら、その後どうする気じゃ?」
雷神の馬鹿げた問い掛けなんぞお構いなしに、政至は逆に問い掛けた。ちなみに、まだ全裸だ。
「ん~? どうするって、そりゃオメェ、神と喧嘩する為だが? もうじきなんだろ? 神々の時代修正が」
「......そこまで知ってるとは、では、それを教え、御主を解き放った奴は誰じゃ?」
「知る必要ねーだろ。そもそも、お前誰だよ、偉そうに」
「ぬ? おお、すまぬすまぬ、余は......」
「ま、いいや。お前が誰でもどーでもいい、オレはさっさと鎧を手にして出雲に行くんだ。そしたらこの町に用はねぇ、んじゃな」
自分から聞いておきながら、政至を無視して歩みを再開、と、思いきや、その場で跳躍して、一気に彼の鎧がある稲荷大社まで跳躍した。
「ぬわっぷ!?」
「ひゃ!?」
雷神が跳んだ風圧で、周囲の政至、御祓姫、町人達、そして建物諸とも吹き飛ばされてしまい、周囲は僅か二秒で瓦礫の山と化してしまった。
「な、によアイツ、出鱈目すぎるでしょうがぁ!!」
御祓姫の怒号が聞こえる、どうやら無事らしい。
確かに出鱈目な存在、だが、話た限りでは、そこそこ話が通る相手のようだ。
それに、鎧を手にしたら出雲に行くらしい、だったら、ここで見失ってしまったとしても、そのまま追跡は可能であろう。
それに、元々この後出雲に用があったのだ。
ここで上手く雷神を説得して、味方は無理でも、お互いの利害を一致させる事は可能なはず、それに、
「......御祓姫、御主から見て、あの雷神はどうじゃった?」
「......はっきり言うと、単純な筋力だけならまず、アレに勝てる人間は居ないと見た、でも、アレがいくら強くても、所詮はただの力任せな筋肉バカ、いくら伝説の巨人でも、貴方が油断さえしなければ、死ぬ一歩手前で勝てるでしょうよ」
「死ぬ一歩手前......それだけ勝率があれば問題ない」
御祓姫が付いてきた理由、それは、御祓姫は相手を見ただけで、相手の身体能力、動きの癖、扱ってる武術の流派、実力、全てを瞬時に理解し、それらを高速で頭の中で整理して言語化が出来る。
これは天性のものではない。数多の知識、数多の人間を観てきた見識眼、御祓姫は戦えない、なので代わりに情報を武器にして相手の弱点を見抜く眼。
郷見の下で死に物狂いで身に付けた情報収集能力『郷見式・眼光支配』。
幼少の頃から英才教育を受けてはいたが、御祓姫本人はやる気なかった。
だが、烏乃助とうずめの心集めの旅の役に立ちたいと、今までやる気がなかったこの技を、二人が旅してる間にひたすら影ながら鍛えていたのだ。
「くは、中々健気な奴よな」
「うっさい、それより、やっぱりあの雷神と戦うの?」
「もしもじゃ、もしも戦闘にならざるおえない状況なった場合の勝率を聞いたにすぎん。それより、我等も稲荷大社に向か━━━」
うっああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!
絶叫、鼓膜が破れかねない程の悲痛に満ちた慟哭。
これは雷神のものであろう。何が起こったのか?
「な、なんじゃなんじゃ?」
「と、取り合えず、私達も行くわよ!」
「いや、今度こそ、ここに残れいっ!!」
「嫌だ! そもそもいい加減服着なさいよ露出魔!!」
「好きで裸になったわけではないわッ!」
■
「うわぁぁぁぁ、おぅ、えっぐ、そんなぁぁぁぁ」
稲荷大社に到着すると、雷神が泣いていた。お目当ての鎧が目の前にあるのに、何故?
「ど、どうしたんじゃ雷神よ!?」
さすがに 、ここまで来る間に井戸の水で涎を落として、適当に近くにいた武士の服と刀を剥ぎ取って、ちゃんとした服装となった政至。だが、丈が少し合わなかったが、そこは気にしない。
「おぅぅぅ、み、見ろよぉぉぉぉ、お、オレの鎧がボロボロだぁぁぁぁぁ」
確かに、そこまで目立った外傷はないが、所々が錆び付いていたり、小さな傷が至るところに付いていた。
そりゃそうだ、去年の霜月(11月)までの一年間、神通力の力で付喪神となり平原を彷徨い続けた挙げ句、この町で、烏乃助と町人達と戦って傷だらけとなったのであろう。
「あ、あ、あいつらぁぁぁぁぁ、お、オレを神性視してたんじゃなかったのかよぉぉぉぉ、なのに、なのに、なんでこんなにボロボロなんだぁぁぁぁ??」
まぁ、知らないもんな、去年のことなんて、
「......許さねぇ」
刹那、空気が、再び質量を持った。
殺気、強烈な殺気、先程までの粗暴で豪快ではあるが、それでも話が通じる相手だったはずだが、目の前の雷神は、ただの豪快なおっさんから、真の『雷神』へと変貌していた。
「お前達にこの鎧を任せた結果がこれかよぉ、200年前の恩を仇で返しやがってぇぇぇぇ、許さねぇ、てめぇら全員.......死ね」
「っ!?」
死ね、よく弱い者が虚勢として使う言葉が、重い、その言葉そのものに呪いが込められているのではないかと疑う程に重味がある。
死ね、雷神からこの言葉を聞くと、全身の毛が総立ちし、全身から汗が滝のごとく流れ出る。
甘かった。先程のやり取りで、交渉可能な相手と踏んでいた。上手くいけば、お互いの利害を一致させ、戦闘を避けて通る事が可能だと踏んでいた。
相手は彼の雷神、200年前、日本そのものを滅ぼしかけた大悪党。
それが、ついに牙を見せた。
......そういや、陸奥にいる未来少女『槌蛍 このか』が、こう言う事は未来では『フラグ』と呼ぶらしい。と、こんな状況なのにどうでもいいことを思い出してしまった。
「う、そ、何、アイツ、どんどん強さが『膨張』して、いってる......」
御祓姫が、鍛え抜いた見識眼で本気になった雷神を観ると、信じられない一言に尽きる現象が起こっていた。
さっきまでは、政至が死ぬ手前で勝てる相手だったのに、今の雷神だと、政至の勝率は『零』に等しい結果となった。
いや、そもそも、目の前の相手が、本当に人間なのか? 己の強さを自由自在に可変できるなんて、
「おい御祓姫! 御主何が見えとる!?」
「ご、ごめん、アレ、もうアンタが勝てる相手じゃなくなってるわ......」
「は、━━━━━━━━━━━━っ!?」
消えた。政至が、目の前から消えた。
「な、え!?」
何なんだ? 何が起こった?
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
政至は殴り飛ばされたのだ。雷神に、地平線の彼方まで殴り飛ばされたのだ。
『死』、御祓姫の脳裏にはそれが過った。今の一撃で、政至は死んだやもしれない、仮に生きていたとしても、恐らく、もうここには戻ってこないのかもしれない。
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
雷神が呪いの言葉を濁流のように吐き散らかす、御祓姫は、ここで死を予感した。
自分はここで死ぬ、政至の言う通り、残っていれば良かった......いや、この町の何処に居ても、この雷神、いや悪神のこれから行われる大虐殺からは逃れられないであろう。
ここで、御祓姫の意識が途絶えるのであった。
■
その頃、京から少し離れた丹波近くの近海にて、そこには一隻の大きな旅客船が丹波の港に向かっていた。
「お頭~、もうじき丹波の港でっせ~」
「シャシャ! もうじきやのぉぉぉぉ、まさか政至の旦那から直々に御呼び出しが来るとはのぉぉぉぉ、きっと大一番の喧嘩の誘いやでぇぇぇぇぇ、シャーシャシャシャ!!」
新たな北からの荒波が近付く中、波乱と絶望に満ちた一夜限りの京都編が幕を開けるのであった。
第五章『凶乱』に続く。
うわ、懐かしい人が再登場する予感、本当に第十話は長編になるが、恐らく読む方も書く方も覚悟がいるかもしれない。
と、言うことで、次回は京の町が大惨事になってしまうが、何、気にすることはな......い訳にはいかないか、
では、次回をお楽しみに~............米、米くれ、お前(読者)の後ろにあるだろぉ? 臭いで判る。
コシヒカリ希望(?)




