第四章『飛翔』
宴回です。
こうして、書いていると鴨居のような上司が欲しいなと思います。今の職場の上司は飲み会どころか普段からまったく会話すらしようとしないので、鴨居は自分にとっての理想の上司かもしれませんね。
それでは、はじまりはじまり~
『影隠 鎌鼬』襲撃から数刻後(数時間後)日は落ち、辺りはすっかり暗くなっていた。鎌鼬が起こした竜巻により鴨居城の展望台は全壊してしまい、吹き飛んだ展望台の残骸は鴨居城の周辺に落下したので、城下町に被害は出なかった。城の外装にもいくつか欠損が見られたが、幸い怪我人は一人も現れなかった。
まぁいたとしたら最後に烏乃助の強烈な一撃を受けてしまった鎌鼬ぐらいか。
城の修復は後回しにして、鴨居はその夜に城で宴会を開いていた。
一日で悪漢から御祓姫を救い、自身の命を奪いに来た刺客を倒し、そしてうずめの『喜び』の感情と声を取り戻してくれた上にうずめの心を集める役を引き受けてくれた烏乃助に深く感謝の意を込めてのものであった。
■
「はははは! 皆の者! 今日は無礼講じゃ! じゃんじゃん飲んで食って騒ぐがいい!」
ここは鴨居城の宴会の間、その名の通り大人数で宴を楽しむ場所である。
結構な広さで百人は入れるかもしれない広さである。
上座には当然ここの城主である鴨居とその隣に烏乃助、うずめ、御祓姫がいた。
そして、彼らの目の前では城の者達が羽目を外して騒いでいた。
鴨居は己の臣下達が騒ぐ中で今後の方針を烏乃助とうずめに話そうとしていた。
「なぁ、いくらなんでも羽目を外し過ぎじゃないか? ここの連中は」
烏乃助は自分の目の前で騒ぐ鴨居の臣下達の事を言った。
「よくもまぁこんなに騒げるな、ついさっき自分達のご主人様が狙われたって言うのに」
「はははは! いいんじゃよ! この通りワシは無事だったんだし、それにワシは堅っ苦しいのは好かんしな、じゃからワシらは月に一度こういう宴を開いて臣下達との親睦を深めてるってわけじゃ!」
「成る程な、そうやって部下との信頼関係を築いてるってわけか」
「当然じゃ! 自分の下に付く者達との信頼が無ければ大名なんぞ務まらんわ!」
「ねぇ」
と、二人の会話に割って入ってうずめが言った。
「いつになったら今後の方針を話すの?」
「お、おお、すまぬなうずめ」
今まで喋る事が出来なかったうずめが先程喋れるようになったばかりなので、鴨居は未だにうずめが喋るのに馴れていなかった。
と、ここでうずめの隣に座っていた御祓姫がうずめを呼ぶ。
「ね、ねぇうずめ」
「なに? みそぎ」
「きゃー! うずめが喋った! しかも私が思った通りの綺麗な声だわ! あぅ~でもうずめ、私のことは『みそぎ』じゃなくて『お姉様』か『お姉ちゃん』か『姉上』のどちらかで呼んで欲しいかな~」
「?.......みそぎは、みそぎだよ? それ以外で呼ぶ事は出来ないよ」
「あぅ~でも可愛いから別にいいや~」
と、言って御祓姫はうずめを抱き締めた。
その様子を見て烏乃助は驚愕する。
「え? ごめん、誰?」
今までの御祓姫を考えると口が開けば罵詈雑言ばかりで、お姫様にしてはそぐわない態度ばかり取っていたあの御祓姫がうずめに対してはまるで別人のようであった。
「あ~実は御祓姫は御覧の通り、うずめの事を実の妹のように大切に思っておるんじゃ......と言うかハッキリ言って溺愛しとる」
「ふ、ふ~ん」
あまりの別人っぷりに戸惑う烏乃助。
「むぅ~みそぎ、苦しい、それに暑苦しい」
「えへへ~うずめ~可愛いな~」
うずめを抱き締めながら頬擦りをする御祓姫。
ここまでくるとあの変態忍者と対して変わらないんじゃないだろうか、と思ったが敢えて口に出さなかった烏乃助。
「で? 俺達はまずどこに行けばいいんだ?」
烏乃助は、御祓姫とうずめをほっといて本題に入ろうとする。
「あんたは、二ヶ月前に隠密部隊を使って調査したって事はすでに他の心の所有者に接触してるんだろ?」
「まぁのう、まぁワシが直接接触したわけでは無いがのう」
つまり、隠密部隊の人間が所有者に接触したと言うことになる。
「接触したのに俺が出羽に来るまでの間に進展が無かったってことは......」
「まぁその通り、全て門前払いされたんじゃ」
やはりか、と烏乃助は呟いた。
「所在が判明しておるのは三名、そして、先程話した『暁 黎命』に関しては現在捜索中じゃ、そもそも暁の目的自体がよくわからん、なぜ奴は幕府を敵に回してまで日本をさまよいながら人を斬り続けるのか」
「ただの狂人じゃね? そうとしか思えねぇ」
鴨居は少し難しい表情をする。
「.........本当にそうだろうか?」
「どういう意味だ?」
「二ヶ月前に奴と話した時、奴の目を見て思ったんじゃ、まるでなにかを求めてるような感じであった」
「そりゃあ人を斬る快感だろ? 大抵の人斬りってのはそういう変態ばかりだからな」
「......まぁそれに関しては本人に直接聞くしかないのう、さてと、ではそろそろ所在が判明しておる三名の情報を伝えよう」
三名、確かうずめの神通力は全部で十個、ということは心の所有者は全部で十人と言うことになる、先程倒した鎌鼬を差し引いて残り九名、そのうちの三名の情報を鴨居が今から語る。
「まず最初に信濃の『鈴鳴 源国』、所有する心と神通力は『怒火』、鈴鳴は元々鍛冶屋の息子でな、ところが六年前、あやつの実家の鍛冶屋がある村が幕府の役人に焼き払われたんじゃ」
「あ? なにやらかしたんだ?」
「当時その村には疫病が蔓延しているという疑いがあってな、まぁ本当にそうだったかは謎じゃが、他の村に広がらないように役人が全て燃やした、というわけじゃ」
「は! 大抵そう言うのってロクに調べもせずに濡れ衣着せて権力振りかざして無理やり武力行使をする最低な連中が多いからな、幕府の連中は、まじうぜー」
やたら険悪な感じに悪口を言う烏乃助。
まるで過去に幕府と何かあったような物言いであった。
「まぁ全て燃えてしまって真相は解らんが、それが原因で鈴鳴は祖父がその生涯を費やして鍛えた槍で強くなる道を志したんじゃ」
「復讐か?」
「うーん、隠密部隊の者によると多分違うらしいが、まぁよーわからんな、隠密部隊の者が鈴鳴に交渉を持ち掛けたらなぜか鈴鳴が怒って燃え盛る槍を振り回して襲い掛かってきたらしい」
「なんじゃそりゃ? ただの気違いか?」
「本当にわからん、まぁ奴はまだ十六じゃからのう、成人しているとはいえ、まだまだ若いのは事実じゃからのう、難しい年頃じゃ」
「十六? 随分若いな」
因みに烏乃助の隣でうずめは御祓姫から脱出しようと頑張っていた。
「むぎ~」
「えへ~」
「......さて、次に行くか」
とうとう鴨居も二人をほっといて話を続ける。
「続いては若狭の『水守 弥都波』、所有する心と神通力は『哀水』、水守は若狭のとある一帯を仕切る領主じゃ」
「領主か、しかも『水』だよな? 生活でも生きる上でも水は大切だしな、確かにそう簡単に手放してはくれないか」
「ああ、しかもその一帯は、水守が心の所有者になる前までは年中、日照りと水不足が深刻化しておった土地なんじゃ、あまりの水不足でよくその土地に面する海に飛び込んでそのまま溺死する者が後を絶たなかったらしい」
「......そりゃひでぇな、じゃあ門前払いされたのは、心をあのガキに返した後の水不足をどうにかする方法が見つからなかったからか?」
「その通りじゃ、......それについてなんじゃが水守に接触した一ヶ月前、水守の方から提案があったんじゃ『三ヶ月猶予を下さい、さすればこの力を使わずに水不足を解消して見せます』と、つまり、後二ヶ月じゃ、なのでおぬしらが若狭に向かうのは二ヶ月後の神無月(十月)の半ば辺りにしてくれ」
「......話を聞く限りさっきの鈴鳴よりも話が通じやすそうだな」
「水守は穏健派じゃからのう、会ったことはないが恐らく戦闘になることはないじゃろう」
「そうか、少しつまらんな」
烏乃助はさすがに全ての所有者と戦闘になることはないか、と思った。
「最後に越中の『深鮫 挟樂 』、所有する心と神通力は『恐金』、深鮫は元海賊の船長だったが現在は北陸一帯の海を牛耳る水軍の頭領じゃ」
「金? なんだそれ? まじでカネが出せるのか?」
「いや、金とは陰陽五行においては斧や鋸、鉈といった金物、つまり刃物のことを差す、いわゆる、刃物の神通力じゃな」
「は! そいつはヤバそうだな!」
「まぁワシが昔見た時はボロボロの刃物を一瞬で新品同様に修復したのは一度見たな」
「ふーん成る程、刃物って結局の所消耗品だしな、それを無尽蔵に修復出来るならそりゃ凄いな......でもあの忍者の風の神通力を見た後だとなんかショボいな、本当にそれだけなんか?」
「うーん、ワシが昔見たのはそれだけじゃしな、他にもなにかあるかもしれんが......て! そんな事うずめ本人に聞けばよいではないか!」
「あ、そうだった」
すっかりうずめの事を忘れていた烏乃助はうずめの方を見る、するとうずめは御祓姫から脱出できたようだ。
「みそぎ、これ以上しつこいと嫌いになるよ」
「う、ご、御免なさい」
あの口が悪いお姫様でもうずめには弱いようだ。
やっと大人しくなった御祓姫は置いといて、うずめに直接聞いてみた。
「......ごめん、覚えてないの」
「は?」
予想外の返答に驚く烏乃助。
「なぜか神通力に関する記憶が無いの、風に関することだってさっき思い出した所だもん」
「それってつまり......」
神通力に関する情報はほとんどの所無しということになる。
「使えねー」
「......私に心があったら怒ってたと思うよ?」
と、無表情で言ってきた。
「へ! そうかよ、んでその深鮫だっけ?やっぱ元海賊だからそう簡単にはいかんか?」
「深鮫がこちらに提示した要求は、『この俺様と互角以上に喧嘩できる奴を連れてくること』だ、そうじゃ、深鮫は大の喧嘩好きでのう、ぶっちゃけて言うとおぬしはこう言う相手を望んでおったんじゃろ?」
「へ! まぁな、そいつとは上手くやって行けそうだな、それに金の神通力が実質的に謎なのも案外楽しみだな」
これで鴨居は三名の所有者の情報を全て烏乃助とうずめに話した。
「それで? まずどこに行けばいい? 若狭が後回しなら越中か? だったらここから船で行けばすぐだな」
どうやら烏乃助は深鮫に興味を抱いたらしい。
「いや、まず最初に信濃の鈴鳴の元に向かってくれ」
「鈴鳴......例の気違いか」
烏乃助は鈴鳴のことをそういう風に認識してしまったらしい。
「ワシの予想じゃとここから越中まで船で行くとおそらく、半月、つまり長月(9月)の始め頃に到着して深鮫率いる北陸水軍との交渉、及び深鮫との戦闘でおぬしが勝利しそこから若狭に向かうとするとおぬしらが若狭に着くのは長月の終わり頃になってしまうじゃろう、それでは水守との約束の神無月の半ばより早く着いてしまう」
「だから先に遠回りになる信濃に向かってくれと?」
「そうじゃ、これで約束の神無月の半ばには若狭に着くはずじゃ、そこから船で越中に向かい、深鮫に勝利して出羽に帰還してくれ」
これで、今後の方針が決まった。
「でもそれってこの烏頭がその鈴鳴と深鮫に勝利することが前提なんでしょ? さっきの変態の神通力を見る限りこの烏頭が無傷でそんな事できるの? 勝ったとしても一戦毎に重症を負ってたら話にならないじゃない」
さっきまで落ち込んでいた御祓姫が会話の中に入ってきた。
「そこでじゃ烏乃助よ、おぬしはできる限り此度の旅で怪我を負わないでくれ、御祓姫の言う通り、一々怪我をしていたら正しく話にならないことは、事実じゃ」
それに対して烏乃助は、
「は! んなのわかってるっつーの! いいぜ、無傷で出羽に帰還してやるよ! そういう縛りもあった方が楽しめそうだしな!」
それを聞いた御祓姫は、
「ホント呆れるわねーこの烏頭、ある種の変態だわ」
「はははは! 頼もしいのう! では準備もあるし明後日出発としよう!」
今後の方針が決まった後は、烏乃助も鴨居と共に宴を楽しみ、うずめと御祓姫は、早目に宴会の間を後にして就寝した。
■
うずめは夢の中である男の記憶を、生涯を、思い出を見ていた。
男は兎に角子供と戯れるのが好きであった。
男は昔からある夢を抱いていた。
将来は寺子屋を開き、そこで多くの子供達に色んな事を教え、子供達の成長を見守る存在になろうと思っていた。
しかし、彼は普通の人間ではなかった。
故に彼はどうあがいてもその『普通』の夢を見る事が許されなかった。
彼はひたすら歴史の影に徹し続けた。
それが報われないとわかっていても、彼はただただ歴史の『影に隠れ』ながらその手を汚し続けた。
やがて彼は等々人の名を名乗ることも許されなくなった。
さらに男の精神は人ではなくなり始めていた。
やがて男は大好きであった子供までも手にかけてしまった。
男はひどく嘆いた、すると男の目の前に妖艶な雰囲気を漂わせ、露出度が高い忍び装束を着た女が現れた。
「あんたさ~今の自分の顔を鑑で見た~? その子を殺した時のあんたの顔......」
「あ、ぐぅあぁあ!」
『と~ても素敵な笑顔だったわ~』
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!! 頼む! 殺せ! 殺してくれぇぇ!!」
「それは出来ないわ~だって私達は忍、歴史の影、忍は生きて死ぬ、つまりあんたは忍者である時点で死んでいるじゃないの~」
「あ、あぁ、ぐぅ」
男は放心状態となった。
「ああ~......そうそう、それそれ、やっぱり人が壊れていく所を見るのは興奮するわ~」
すると女は両手で印を結びながら何やら呪文のような言葉をぶつぶつと呟く。
「忍法・妖異転生」
「ぐぅあぁ! 死にたい......死に......あぁ、『拙者』は、何してるんだっけ?」
こうして、男は完全に身も心も妖怪になった。
どうやら、その忍法は他人の前の人格が破壊された後に新しい人格にすり替えるものだったらしい。
「おめでとう~これであなたは影隠の幹部『影隠八鬼衆』の仲間入りよ~」
それから数年後。
「ふはははは! 拙者! 今日も頑張るでござるよぉ!」
男はとても楽しそうに笑いながら闇の中を駆ける。
そこには、かつての自分の事も、かつての夢も、彼の中には何も残っていなかった。
■
うずめは夜中に目を覚ましてしまった。
今のがただの夢とは思えなかった。
うずめは導かれるように『影隠 鎌鼬』が投獄されている鴨居城の地下牢に一人で向かった。
■
「おやおや、これはうずめ殿ではござらぬか、拙者のこの姿を笑いに来たのかな?」
格子の向こうには褌一丁で顔は覆面で隠した鎌鼬がいた。
「......」
「そう警戒しなくてもご覧の通り拙者は丸腰な上、両手を後ろで縛られている故......その顔は何か言いたげなようでござるな?」
鎌鼬はうずめの気持ちを察したらしい。
「......眠れないから少し私とお話してくれる?」
「んふふふ、勿論でござるよ! 拙者、うずめ殿のような可愛らしい子とお話しするの命の次に大好きでござる!」
「大袈裟だね」
少しだけ微笑んだうずめ、しかし冷静に考えると自分の恩人でもある鴨居の命を奪いに来て、しかも自身と御祓姫を私欲で誘拐しようと企んでいた男と二人っきりで話そうとするのは、結構異様な光景であった。
ちなみに看守は宴会の間で泥酔して眠っていた。
果たしてこの城の警備はこれでいいのかと思いたくもなるが二人の会話が続く。
「ねぇ、『影隠』て何なの?」
「それを聞くでござるか~、では答えよう! 影隠妖魔忍軍とは! 今から170年前に創設され、歴史のあらゆる裏側で活躍してきた忍者集団でござる!」
「歴史の裏?」
「そう! つまり汚れ仕事であるが......うずめ殿は知らなくて良いことでござる」
歴史の裏、汚れ仕事、それをまだ子供であるうずめに話すのは酷かと思い詳しくは語らなかった鎌鼬。
「そう......じゃあなんで『妖魔』なんて付いてるの? 貴方の名前もそうだし、もしかして妖怪さんが好きなの?」
「ぐはぁ! 妖怪に『さん』付けとは!萌えるでござる!」
「萌え?」
「......うずめ殿は知らなくて良いことでござる」
萌え、それをまだ子供であるうずめに話すのは(自分にとって)酷かと思い詳しくは語らなかった鎌鼬。
「そう......」
一瞬沈黙してしまった。
「で、では気を取り直して『妖魔』についてござるな?簡単に言えば影隠の忍は一度『前の人格』を破壊して、より忍者に相応しい人格に『すり替える』必要があるでござる」
「え......」
おそろしい事をさらりと語った鎌鼬。
人格をすり替える、それが実際どういうものかよく解らないが、うずめはその人格を『すり替える』場面を見てしまったのである。
うずめは、これで先程の夢はやはり鎌鼬のものであったと確信する。
「それ故、人徳に反するそのやり方から他の忍者衆から忌み嫌われて拙者達は『妖魔』の烙印を押されたのでござる」
妖魔の烙印、どうやら『妖魔』とは侮称だったらしい。
人格をすり替えて、さらに妖魔、人として扱われず今まで歴史の裏で活躍し続けてきた異形の忍集団、それが『影隠妖魔忍軍』であった。
「逆に、だからこそ拙者達の元に他の忍者では出来ない仕事を請け負うことができるでござるよ」
それが例の汚れ仕事なのであろう。
うずめはその仕事の内容を聞く勇気がなかった。
なんせ今のうずめには『勇気』という感情すらなかったのだから。
もしあったとしても聞けるものだろうか?
ここでうずめは疑問に思う。
「......貴方のその性格、本当に忍者としての人格なの?」
忍者に相応しい人格、今までの鎌鼬の行動、言動を考えると、とてもそう思えなかった。
「うん? あー別に性格は関係ないでござる、ようは忍者として『命令遵守』、『生きて死ぬ』、『冷酷非道』、この三点を守っていれば問題ないでござる」
人格をすり替えて、それでどのような性格になろうと、その三点を守れていれば関係ないというわけか。
「......じゃあ最後に一つだけ」
「え~最後でござるか? こんな暗い話以外でもお話したいでござる」
「......それはまた今度ね」
「今度、か」
「?」
「いや、なんでもござらん、して、最後の質問は?」
ここでうずめは少し間を置いて聞いてみた。
「貴方は前の自分のこと覚えてる?」
「いや全然」
即答であった。
「じゃあ、かつての夢は?」
「夢なんてござらんよ」
また即答、うずめは最後に一つと言ったが次々と質問する。
「じゃあ貴方はなぜ、私みたいな子供が好きなの?」
「なんとなく」
あの夢を見た後だと、とても『なんとなく』で済ませていいはずがない。
「じゃあ前の人格には戻れないの?」
「無理でござるよ」
「じゃあ『影隠八鬼衆』ってなに?」
「......どこでそれを聞いたでござる?」
「あ.....」
聞いてはいけなかったことだったのだろうか?
「『影隠八鬼衆』、影隠の中でも忍者としての実力、そして、人格が変わっても前の人格の名残が一切無い八人の異形の集団でござる」
一応答えた。
「......」
「おや? もうおしまいでござるか?」
前の人格の名残が一切無い、そう答えたが、鎌鼬のこれまでの言動、そしてうずめが見た彼の記憶からすると前の人格の名残が十分あるような気がする。
ここでうずめはある仮説を立てる。
「貴方のその子供好きって、もしかして私の心をその身に宿してからだったりする?」
「!?」
鎌鼬のこの反応、どうやら図星だったらしい。
「...............その通りでござるよ、自分でもなぜ子供が好きなのかよくわからないでござる、先程言った通り『なんとなく』でござる、もしくは前の人格の名残が出てしまったからかもしれないでござる」
「心を宿した後はどうしてたの?」
「......ずっと隠してたでござる、『八鬼衆』に選ばれる程の拙者に前の人格の名残が出たとなると、もしかしたら処分されるかもしれぬでござるからな」
「そんな......」
うずめは鎌鼬に同情したくても今のうずめでは、それすらできなかった。
つまりこの忍者、文字通り影に隠れながらずっと、一人で戦ってきたということらしい。
「まぁどっち道拙者は処分されるでござろうな、今影隠の里に戻ってもそうだし、あるいは鴨居に殺されるか、当然、暗殺者を生かしておく道理も、任務に失敗した忍者に生きる価値は無いでござる」
そう考えるとうずめの「また今度ね」の『今度』はもう鎌鼬には残されていなかったことになる。
「......一つ、貴方に謝らないといけない」
「うん?」
うずめは鎌鼬の記憶を見た事を話した。
「な~るほど、だとしたらうずめ殿が『八鬼衆』のことを知っていてもなんら不思議ではござらん」
あっさり受け入れた鎌鼬。
「......信じるの?」
「そりゃそうでござるよ、実際にこの身で神通力を使ったのだから、そんな不思議な事が起こっても特になんとも思わないでござる」
「......じゃあ、それで私が前の人格のあなたの事も知ってしまったとしても、なんとも思わないの?」
「いや全然」
またもや即答であった。しかし、うずめは思った、『人格をすり替える』がまだよくわからないが、だが鎌鼬のこれまでの言動から考察すると、人格をすり替えると前の人格だった頃の記憶がなくなる、ということではないだろうか?なのにうずめは鎌鼬の前の人格の記憶を見る事ができた。
もしかしたら鎌鼬は本当は『心の所有者になった時点ですでに元の人格に戻っていた』のではないだろうか? もしそうなら鎌鼬は今まで嘘をついていたことになる。
「......嘘」
「ござ?」
「そんな嘘つきにお仕置きします」
「え?」
まさかのお仕置きのお時間で、戸惑う鎌鼬。
「......こっちに来なさい」
「は、はい、わかりましたでござる」
つい丁寧語になる鎌鼬、その場で立ち上がって格子の向こうにいるうずめの元に向かう。
無表情で、しかも感情が込もっていない声で言われたので逆に凄みを感じる。
「そこに正座」
「は、はい」
鎌鼬はどんなお仕置きをされるのだろうか、と思い少し緊張する。
するとうずめは格子の隙間から手を差し込んで鎌鼬の頭を撫で始めた。
「え?」
これがお仕置き?またもや鎌鼬は戸惑う。
「もう、自分に嘘をつかなくていいよ、あなたは、もう一人じゃないよ」
こんな綺麗事を言ったとしても、今のうずめでは何の感情も込められないので端から聞けばまるで上っ面のような、虚構のようにも聞こえてしまうだろうけど、うずめは、それをわかっていても言わなければいけないと思って鎌鼬に対して言った。
すると鎌鼬の中で何かが砕け散る音がした。
「.........う、うぅ、あぁぁああああ!!」
鎌鼬は突然泣き出した。
まるで子供のように、今まで抑え込んでいた感情が一気に爆発したように、『影隠 鎌鼬』だった者は泣きわめいた。
「せ、拙者は、僕は、本当は、もう、人を、殺したく、なかったで、ござるよぉぉ! それに、怖かったでござる、もし、前の人格に戻ったことがバレてしまった時の事を考えると、怖くて、怖くて、怖くて、仕方なかったでござるぅうぅ!」
「よしよし、もう怖くないよ」
こうして、『影隠 鎌鼬』という、異形の忍者は本当の意味でいなくなった。
■
地下牢の入り口付近の物陰から、うずめと鎌鼬だった者の会話を烏乃助と鴨居は盗み聞きをしていた。
「なんか今の俺達、忍者と対して変わらないな」
烏乃助は冗談混じりに言った。
「うずめが一人で部屋から出て行くのが見えたから様子を見に行ったらこんな事になってたのう」
「で? あいつどうするんだ? 一度あんたの命を狙った奴だぜ?」
「あやつの本心を聞いた後にそれかい、なんだか意地悪じゃのう、安心せい悪いようにはせん」
「そっか」
烏乃助は少し安心したような表情をした。
「おや? あの忍者が心配だったか?」
「なわけねーだろ、明日は旅支度するんだろ? なら俺はそろそろ寝るぜ」
烏乃助はその場から立ち去ろうとする。
だが鴨居はそんな烏乃助を呼び止めた。
「ちょいまち」
「あ?」
「おぬしに言っておきたいことがあるんじゃ」
「んだよ、旅の最中あのガキの面倒をしっかり見ろってか?」
「それもあるが違う、ワシが言いたいのは出雲の動乱についてじゃ」
出雲の動乱、なぜ今その話題を出すのか不思議に思い鴨居の目を見る。
「あの動乱、もしかしたら裏で誰かが糸を引いていたんじゃないのかと思うんじゃ」
つまり、あの動乱を意図的に引き起こした存在がいるということだろうか。
「......なんでそう思う?」
烏乃助の質問に対し鴨居は、少し目を伏せて答えた。
「出雲においてうずめの情報は最重要機密に指定されておったんじゃ、じゃからそこら辺の賊ごときに情報が漏れるとは考えにくいんじゃ、もしかしたら誰かが情報を流した可能性がある気がしてならないんじゃ」
「気がするって事は、証拠はないのか?」
鴨居は頷いた。
「証拠を見つけたくても今現在、出雲の地は現在立ち入り禁止なんでな、動乱で荒れに荒れた土地の再建で関係者以外出入りできんのじゃ」
確証も無い、いるかどうかもわからない黒幕の存在を今この場で烏乃助に話したということは、
「......黒幕がいる可能性を俺に話したって事は道中、そいつが現れる可能性があるってことか?」
「まったく確証もないが、可能性はある、この件に関してはワシらの方で調査する、分かり次第即連絡する」
それに対して烏乃助は了承した。
「わかったよ、ま、そんないるのか、どうかも分かんない奴はあんたらに任せて俺とガキは、気にせず神通力が使える奴を探すとするぜ」
と言って烏乃助は今度こそ寝室に戻った。
「......烏乃助、うずめ、どうか無事に帰ってきてくれよ」
■
そして、旅立ちの日。
鴨居と御祓姫に見送られながら烏乃助とうずめは、出羽を後にした。
出羽から二里(約8km)離れた地点でうずめは口を開いた。
「烏乃助、此度の旅で守ってほしいことがある」
「んだよ」
「この旅で人を殺さないでほしい、この旅はあくまで私の心を集めるだけの旅、例え相手が悪人だろうと、心の所有者であろうと人を殺めることはしないでほしい」
「わーたよ、そもそも今の俺は人を斬る事が出来ないしな」
と言って烏乃助は腰に差した、鞘から抜くことが出来ない刀の柄を左手で軽く叩いた。
「そう言えばあなたは、なんでそんな刀を使ってるの?」
「こいつに関しては今度話してやるよ、で、他には?」
「わたしを守ってほしい、鴨居の話だともしかしたらわたしの事を狙っている人がいるかもしれないから」
例のいるのかどうかもわからない黒幕の話の事であろう。
「了解した、まぁガキのお守りなら過去に一度経験してるからな」
「ふぅん、そうなんだ」
「それで? もう、無いのか?」
うずめは立ち止まった、烏乃助は数歩歩いた後に立ち止まってうずめの方を振り返る。
「あなた自身を守って、鴨居とみそぎが言った事とは関係無しにこれは貴方を思っての事だから」
「......」
「この旅は、おそらく厳しいものになると思う、だから死なないで」
「は! 誰に向かって言ってんだこのガキは!」
「無理?」
「あの宴で言った通り俺は、無傷で出羽に帰ってやるよ! それに俺は相手がどんな奴だろうとそう簡単に死ぬつもりは、ねぇよ!」
そして烏乃助は動き出す。
その後をうずめは追いかける。
「だからお前は安心して俺の後ろを歩いてろ」
「うん、頼りにしてる」
■
そうして二人は、心を集める旅に出た。
行き先も行く末も知れぬ旅路に。
果たして鴨居の言った通り黒幕は存在するのだろうか?
そして、この旅でうずめは、自分の力の正体と、出生の秘密を知ることとなる。
そして、烏乃助は、この旅で過去のしがらみと因縁に向き合うことになるが、今の二人にそんな事知るよしもなかった。
こころあつめる(仮)~烏と不思議な少女の伝記時代冒険譚~
これより本当の意味で開幕となります。
『喜風』蒐集完了ーー
第二話「こころいかれる」に続く
『人格』それはその人が生まれ育った環境、出会った人々によって形成されるもの、例えば貧しい環境で育てばお金を大切にする人が生まれるし、例えば暴力も人が死ぬことも何もない平和な環境で育った人は暴力も人が死ぬことも、痛みも、苦しみも、知らない事を良いことに平気で他者を傷付ける人が生まれたり、逆に痛みを知った人は他者を無闇に傷付けない優しい心を持った人が誕生したりします。
もし、生まれた環境と周りの人々によって、自分の将来の人格、性格がその時点で決まっているのだとしたら、あなたのその人格は周りの人々によって作られたものかもしれませんね。
まぁこんなどうでもいい話は置いといて、
ようやく第一話が終わって、烏乃助とうずめを旅立たせることが出来ました!
にしても長い第一話になってしまい申し訳ありません。
次回なんですが、8/16に次話予告と第一話の没ネタを投稿します。
それでは皆様、第二話をお楽しみに~........シテホシカッタ