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こころあつめる(仮)~烏と不思議な少女の伝奇時代冒険譚~  作者: 葉月 心之助
第九話「こころあきらめる」
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第三章『諦めた奴は土に還れ』

 皆さんは、自分の体の事で『!?』って、なった事はありますか?


 私の場合は、昔スーツを買う際に胸囲を測ったら、まさかの100cm越えで「うお!? 自分巨乳(筋肉)やぁ!?」って、なった事があった事を急に思い出しました。


 ......どうでもいいですね(笑) はじまり~はじまり~。


 陸奥・真魂山。


 極浄寺。


「いやぁ、久しいな烏乃助。あれから随分と見違えたな」


「久しぶりだな六道坊(りくどうぼう)。この

アホの面倒を押し付けて悪かったな」


「ちょ、アホアホ言わないでよ~」


「そうだよ烏乃助。このちんは、アホ可愛いだよ」


「う、な、なんでうずめちゃんまで~」


 伏真城から極浄寺に着く頃には、日は沈み、夜となっていた。


 烏乃助と一年振りに再会した六道坊は、再会祝いに腕によりをかけた晩飯を用意してくれた。


 ......なんか、日中の伏真城でもそうだったが、今日は食べてばっかりな気が......。


 極浄寺の居間で一同が食卓を囲む。


 昼間は『伏真 政至』から200年前の現江戸幕府将軍『座敷 家綱』の先代に当たる旧将軍とこの歴史の真相。十年前に神の使徒の出現。三ヶ月後に起こるとされている『逢魔の落日』についてを。

 神々の国『高天原』に住まいし八百万の神々が天を裂いて雪崩込み、歪みに歪んだ歴史の強制修正を行う為に、下界の人間共に攻撃を仕掛けてくる。


 そんな事を聞かされたとしても、今烏乃助とうずめに出来る事は、うずめの心を全て集める事ぐらいなので、今は焦らず、ゆっくりと考えを巡らし、今やるべき事に目を向ければいいだけのことである。


「あー、烏乃助、それ私の煮物」


「あ? 喰わないから要らないと思ったぜ」


「むー、吐き出して、まだ口の中でしょ?」


「んなことしたら俺の唾液まみれの煮物を食うことになるぞ?」


「大丈夫、問題ない、むしろそっちがいい」


「ぶっほぉ!?」


 と、いきなりこのかが口の中の煮物を吹き出した。


「ぐぁ!? き、汚ねぇ!」


「ちょ、うずめちゃん! な、何言ってるの!?」


「? いや、だって私、烏乃助の事好きだし、烏乃助の唾液なら問題ない」


「へ? う、嘘、く、黒、こんな小さい子を......」


「ざけんな、こいつが勝手になついてるだけだ。そもそもお前に『愛』がないだろ」


「いやいや、有っても無くても関係ないよ。それに、私の愛はそろそろ取り戻せるでしょ?」


 と、まぁ、静かに食事が出来ない若人達であった。


「くははは! やはりこれぐらい騒がしい方がよいのぉ!」


 そんな若人達の様子を政至が愉しそうに眺める。


 なんで政至が烏乃助達と一緒に居るかと言うと、なんでも、心の所有者である『槌蛍 このか』から神通力を取り出す瞬間を見てみたいとか何とか。


「そもそも、アンタは城を空けても良いのか?」


「大丈夫大丈夫じゃ! ほれ、鴨居城で余と一緒に居た『伸杉』を覚えているか?」


「あぁ、あのだらしない侍か」


「普段こそだらしないが、あやつは余の部下の中でもかなり優秀でな、余が城を空けたとしても問題ない」


「ふーん、......で? さっきから気になっていたが、『そいつ』はなんだ?」


 烏乃助が言うそいつとは、政至の後ろにずっと隠れている少女の事を言っているようだ、青紫を強調したような鮮やかな着物、左右の髪を葉っぱ程の大きさで小さく縛り、膝裏まで伸びている長い髪、そして極めつけは、顔が完全に政至と瓜二つの少女が、まるで背後霊のようにそこにいた。


「ふは、こやつか? こやつは余の妹じゃ」


「ん? 双子か?」


「うむ! ほれ、挨拶せい」


 政至に指示されて、ごにょごにょと、ぼそぼそと、何とも聞き取りづらい声で自己紹介をする。


「あ、あの、あの、ぼ、ぼくは......あ、あぅぅ......や、やっぱり無理」


「ふはははは! 初奴(うぃやつ)めぇ、こやつは『伏姫(ふせひめ)』普段は部屋に籠りっぱなしで中々部屋から出てこぬから運動がてら無理矢理連れだしたのじゃ!」


「あ、えぐ、よ、よろ、よろしく」


 挨拶だけで今にも泣きそうになってる。


 唯我独尊を絵に描いたような政至とは対称的な内気な少女だ......あれ? 政至の双子の妹なら歳は......。


「これ! 乙女の歳を想像するのは失礼であろう剣士よ? そんなんだから、そこの白髪童女にしかモテぬのだ」


「うっさい、別にアンタには関係ないだろうが」


「なんじゃい、邪険にしおって」


 こうして何気なく食卓を囲んでいるが、どうしても影隠と繋がっている政至が味方なのか敵なのかよく判らない。


 あ、と烏乃助はあることに気が付いた。


「なぁ、アンタの配下でもある影隠妖魔忍軍の『影隠 鵺』。奴は神通力の一つ『怨毒』を所有してるんだろ? こいつの心集めに少しでも協力してくれるなら......」


「無理じゃ」


 即答であった。


「何故なら、あやつらは先日、余の元から居なくなったからじゃ」


「なに?」


 まさかの展開、影隠が主の政至、もとい伏真家を見限ったと言うのか?


「所詮、あやつらは余の事を(まつりごと)の道具としか見てなかった、と言うことじゃ。ま、一人だけ物好きが余の元に残ったがな」


「......」


 影隠が政至の元から居なくなった。それはつまり、影隠は別の目的で政至の元を離れた?。


 いや、そもそも影隠は政至の事を主として見ていたのか? それすらも疑問である。


「逢魔の落日。天が裂けるその日に、奴等は何か企んでいるようじゃ。落日が近い以上、余の元に居る必要性がなくなった。簡単な話じゃ」


「随分あっさりしてるな。影隠が今やアンタの敵になったようなものなのに......」


「簡単じゃよ。余の一族を自分達の都合で未来から引っ張ってくるぐらいに自分本意な連中じゃ、最初っから信用すらしとらんわ。奴等の拠点でもある『影隠の里』とやらの場所すら教えてくれなかったしな」


 つまり、結局のところ、今は所在不明となってしまった影隠も、いずれは闘わなければならないと言うことであった。



 晩飯を済ませ、皆其々の部屋に行き、各々の時間を過ごしていた。


 明日から『槌蛍 このか』からいかにして『諦土』を取り出すか、それについての模索をすることとなる。


 今回の話の中心人物でもあるこのかは、皆が寝静まった頃、自室を出て厠に向かっていると、政至と、妹の『伏姫』が居る部屋から、何やら甘い声と喘ぎ声が聞こえてきた。


「あ、あ、だめ、兄......様......」


「仕方なかろうて、こうでもしない余と御主はすぐに......」


「ん、んぁ!? にゃ、だ、め、兄......さ......」


 部屋の中で何が起こってるんだ!?


 見てはいけない事を重々承知の上で、このかはついつい、部屋の襖に耳を当てる。


 覗きは良くない。なので声だけでも......。


「あ、う、ひ、ぐ」


「ふは、また泣きおって、可愛い奴じゃ。ほれ、次は御主の番じゃ」


「う、うう、や、やっぱりやだよぉ」


「だめじゃ、忘れたか? 我等はこうでもしないと......」


「じ、じゃぁ、ご、ごめんね」


「ぬぉ!? や、やはり御主は激しいのぉ、うっ! で、出る!」


「ひゃあ!?」


「おお、すまぬな、こんなに御主の顔を汚してしまって」


「ううん、い、いいよ、兄様の温かいものがこんなに出て.....ちゅう、ちゅう」


「お、おおう、今宵の御主は貪欲よな」


 い、いけない! いくら兄妹とは言え、これはさすがによくない! しかし、他人の事情に首を突っ込んでいいものかと悶々とするこのか。


 と、そんな事を考えていると、ふいに頭上から声が聞こえてきた。


「き~さ~ま~ま~さ~ゆ~き~さ~ま~の~情~事~を~盗み~聞き~す~る~と~は~万~死~に~値~する~」


「っ!?」


 何ともおどろおどろしい女の声が聞こえてきた。


 すぐさま上を見上げると、そこには誰かが居た。


 廊下の天井に張り付き、暗くてよく見えないが、おそらく人であろう。


 このかは口を押さえ、恐怖のあまり尻餅が付きそうになったが、何とか踏み留まった。


 いや、このかの足が、自らの意志とは反対に動いた、と言うべきか。


「え、な、」


 このかは困惑した。自身の体が独りでに動き出した。

 何を言っているのかよく判らないだろうが、明らかに自分の意志とは関係なく、まるで体が別の生き物として動いてるような不快で不気味な気分。


 これは、天井に張り付いている人物の仕業か?


「ん? なんじゃ騒々しい」


 政至がこの異常事態に気付いたらしく、こちらの様子を伺おうとする。


 このかは政至が自分を助けてくれると信じていた。政至の剣の腕は知っている。陸奥では並ぶ者が居ないとされるほどの剣才の持ち主だ。


 きっと、政至が天井に張り付く曲者を成敗してくれると、が、


「━━━━━━っ!!」


 言葉を失った。襖を開けた政至は血塗れになっていたのだ。寝間着は血で汚れ、首筋から大量の血を流している。早く治療しないと危険なくらいに、そして奥の方に居る伏姫を見ると、彼女も政至と同じ血塗れで、首筋から血を流している。


 な、何なんだこの状況は、頭がついていけない。


 恐怖のあまり叫ぼうとすると、天井に張り付いていた曲者がこのかの背後に着地し、背後からこのかの口を塞いだ。


「ありゃりゃ、見られたか」


「政~至~様~こ~や~つ~は~ど~し~ま~す~か~?」


「別に隠す事でもないし、見られて恥ずかしい事でもあるまい。故に放してやれ」


「......御意」


「ぷはっ!」


 曲者がこのかの口から手を放し、そのまま何処かへと消えたようだ。


 体の自由もきく。何だったんだ今の曲者は、それに、政至との会話を聞く限り、政至の部下であろうか?


「いやいや、すまぬな怖がらせてしまって、立てるか?」


 恐怖からか、膝から崩れ落ちたこのかに手を差し出す政至。


「い、いや、いやぁぁぁぁ!!」


 しかし、政至の血塗れの手を見て、このかは思わず手を払ってしまい、そのまま廊下を走り去ってしまった。


「あちゃー、普通の反応よな」


「に、兄様、どうしよ、わ、たし、達の秘密を、見、られ、た」


「ふぅむ、明日弁明するとするかのぉ、その際、あの剣士が五月蝿そうだが」



 影隠の里。


 妖怪屋敷・逢神之間(おうじんのま)


 妖怪屋敷の最上階に位置する大広間。

 かつて、影隠の創設者が設けた広間で、その名の通り、天から舞い降りし神と対面出来るように、広間の北側は吹き抜けになっており、外と空の様子を伺うことが出来るようになっている。


 そんな吹き抜けの部分から曇りに曇った空、雷鳴が絶え間無く鳴り響く不穏な空、あまりにも暗すぎる空ゆえ、今が昼なのか夜なのかハッキリとしない空を眺める男が一人。


「......来たか」


「来たでござるよ」


 空を仰ぐは、影隠妖魔忍軍総大将『影隠 鵺』。


 そして、今しがた現れた男は、


 元影隠妖魔忍軍八鬼衆が一人にして、現出羽の大名『鴨居 義明』が臣下『影隠 鎌鼬だった男』。


「お前がこの世に居続ける限り、何度でも地獄から這い上がってやるでござる」


 とても冷たく、重い口調で、鎌鼬だった男は、こちらに背を向ける鵺に言い放った。


「......ほぉ、薄々だが、お前が生きている事は分かっていた。ここに来たのは復讐か?」


「そうでござる。伏真 政至の手から離れたお前は言わば猛獣。いや魔獣か、そんなもの放って置くわけなかろうでござる......それに」


「む?」


 鎌鼬だった男が言葉を濁したのを機に、鵺は鎌鼬だった男に、その冷酷な視線を送る。


「......烏乃助殿では『お前には勝てない』でござるからな」


「ほぉ、だから『我の技の正体』を知るお前が来たのか? だとしたら好都合よ」


 鵺は無表情のまま、自身の顔にある巨大な傷をなぞりながら、怨めしそうな眼差しを向ける。


「この傷、我の生涯に唯一傷を付けたこの傷、その代償を今払ってやろう!」


「傷......傷か、お前のそんな傷より、『あの子』が負った傷の方がよっぽど大きいだろうよ」


「く、くく、く、あの童か、お前に日の下に生きる者と同じ夢を与えおったあの忌むべき小わっぱかぁ!」


 怒っているのか泣いているのか分からない表情で、鵺は背後から黒い霧を発生させ、その霧が鳥類の翼のような形となり、まるで鵺の背中から羽が生えたような、とても異様な姿だ。


「......ダメなのか? 拙者のような闇に生きる者が日の光を浴びては?」


「ならぬ! 光に生きる者、闇に生きる者、それぞれ思想も理想も異なる! 故に光の下に生まれた者が闇に憧れるな! 闇の下に生まれた者が光に希望を抱くな! それすら異物! それ即ち害悪! そんな物は何処に行って受け入れられぬわぁ!!」


 悪鬼の形相で睨む鵺に対し、鎌鼬だった男は、とても憐れむような目で淡々と語る。


「では聞くが、闇に生きる者の思想とは? 理想とは? 夢とは? そもそもお前にそんなものがあるのか? あるならば聞かせろ、お前の、闇に生きる者の夢を」


 そう促され、鵺は答える。自らの夢を━━━━━。


「夢? 夢とはなんだ? 寝ている時に見るアレの事か?」


「......ふざけるな」


「ふざけているのはどっちだ? 夢? 理想? 『お前たち』はすぐにそんな幻想に惑わされるな。夢は夢、未来に幾ら夢を抱こうが、幾ら理想を語ろうが、それら全ては、お前たちが足りない脳ミソで考えた妄想だろ?」


「な、んだと?」


 夢、誰もが未来に希望を抱く理想。それを全て否定した。


「皆が我を災厄を撒き散らす怪物と罵る。では夢を語るお前たちは? 『現在(いま)』を否定して、ありもしない未来に勝手な希望を抱くお前たちの方が━━」


 ━━醜悪にして救いようのない餓鬼だな。



 翌日の早朝、真魂山・極浄寺。


 伏真 政至は顔を洗ってから槌蛍 このかの部屋を目指し廊下を歩いていた。


 昨晩の出来事についての弁明と謝罪をしようと思ったのだ。


 政至は今の所、烏乃助達と協力関係で居続けたいと思っていたのだ。


 影隠妖魔忍軍という戦力を失った以上、ここからは遊ばず、真摯に烏乃助達と向き合い、逢魔の落日に向けての『手駒』にしたいのだ。


 昨日の事をこのかが烏乃助達に話したら、それだけで烏乃助達の評価が下がってしまうと考えたのだ。


 故に謝罪、政至からしてみれば、らしくもない行為だ。


 そんな事を考えていると、政至はこのかの部屋の前に立っていた。


「ふむ、このかよ。起きておるか? 昨晩の事を謝りたいのだが」


「あ、政至様。どうぞ入ってください」


「む?」


 意外な返答、取り合えず襖を開けて中に入る。


「おはようございます政至様!」


「う、うむ?」


 昨晩はあんなことがあったのに随分と明るい、しかも政至に対しては険悪な態度を取らず、いつもの嘘偽りもない明るい笑顔を向けてくる。ここまでくると逆にこっちが警戒してしまう。


「......あーそのー、あれじゃ、昨晩は驚かして悪かったの」


「? なんの事です?」


「え? いや、ほら昨晩......」


「あー! そうそう、今朝怖い『夢』を見たんですよー! なんか政至様が全身血塗れの夢を......あー、怖かったけど夢で良かったー」


「......」


 馬鹿で良かった。では何か? 余はわぞわざ早起きして謝罪しに行く必要はなかったと申すか!?


 政至はこのかの馬鹿さ加減に救われたが、逆に苛立ちを覚えてしまった。


 あの剣士も、色々苦労したんだな。と思った政至。


「あ、そうだ。政至様、今新しい振り付けの練習をしていたのですが、折角ですし見ていきますか?」


「振り付け? 例の『あいどる』のか?」


「はい!」


「......ふはははは! 良かろう! 余がわざわざ出向いたのだ! 存分に楽しませい!」


「了解しました!」


 同時刻、烏乃助とうずめ。


「......ねぇ烏乃助」


「あ?」


 一つの布団の中に一緒に入っているうずめが烏乃助に声を掛ける。


「朝早くで申し訳ないんだけど......烏乃助にとってこのちんは、どんな存在?」


「どんな?」


「だって、過去に一緒に旅をしていたんでしょ? そして、烏乃助に不殺の精神を与えた人でもあるんでしょ? だから気になって......」


「......簡単に言えばうざい。頭の中が異次元、だが人間らしい」


「人間らしい?」


「あぁ、アイツはハッキリ言ってうざいが、それだけアイツは人としての感情に素直だったんだと思う。その点で言えば、アイツからは人間の心を学ぶ切っ掛けになったと思っている」


「......ふ、ふーん」


 この時うずめは、なんか悔しいと思った。最初の頃に比べて大分感情が戻ってきたうずめではあるが、自分のこれまでの人生を考えると、やはり自分も烏乃助と同じ『道具』として扱われていたな、と。


 だからだろうか、いくら感情が戻ったとしても、その感情の表現の仕方が上手く出来ない。


 それに比べて、このかは自分の感情に素直だ。


 羨ましいと同時に......? 何か怒りのようなものが込み上げてきたが、『今』のうずめでは、その黒い感情を理解することは出来なかった。



 で、居間に集まっての作戦会議。


 どうやってこのかから神通力を取り出すか。


 今このかの中にあるのは『諦土』。


 だとすると、このかに『諦める』と言う感情を引き出させるしか方法は無さそうだが......。


「無理だな」


「うん、無理」


「余も無理と判断するな」


「ぼ、ぼく、も、無理、で」


「......はぁ、この一年、このかと暮らしてみたが、保護者である某でも無理かと」


 烏乃助、うずめ、政至、伏姫、六道坊が皆、口を揃えて無理と判断する。


「ちょ! なんでみんなそんなこと言うの!?」


「じゃあ、お前が最後に神通力を使ったのはいつだ?」


「え、えーと......最後に使ったのは先月ぐらいだったかな? まともに使えるようになったのは、黒と別れて六道坊さんとの生活を始めてから半年後。実は私、塞ぎこんでしまって、部屋から出てこなくなってた時期があったの」


「え? お前が?」


 以外だなと思った。今のこのかは真魂山の麓の村で『あいどる』活動と言う。未来の謎の芸能を披露するぐらいに行動的で活発な少女の筈なのだが。


「あ、えーと、半年経って思っちゃったんだよね。......もう未来には帰れないのかなって......いくら努力しても、ワタシみたいな馬鹿じゃ、なにやったって無駄無駄無駄ぁ......」


「お、おい?」


 明らかにこのかの様子が急におかしくなった。なんか急に暗くなったというか、なんと言うか、そう思っていると、このかの胸にうっすらと『諦』の一文字が浮かび上がった。


「「!?」」


 これには一同が驚きを隠せなかった。だが、皆の反応など気にも止めず、このかは暗い顔で語り続ける。


「あーそうだよ。どうせワタシはダメな子ですよ......勉強も運動もロクに出来ない落ちこぼれ......」


 と。その時であった。このかの周囲に複数の人魂らしきものが現れた。


「だからかな?......ワタシはもう帰れないんだ。一生この時代で生き続けるんだ......て、思うと何もかもやる気を失って......」


『うらめしや~』


「!?」


 このかがぶつぶつと暗い雰囲気なると、次第に周囲の人魂達が声を発し始めた。


「ま、まさか、諦土の神通力って......」


 諦土の能力に気付いた烏乃助がこのかに声を掛けようとした。しかし、


『うらめしやぁぁぁぁぁぁ!!』


「お、おお!?」


 人魂のうちの一つが六道坊の中に入ると、六道坊は急に立ち上がり、雄叫びのような声を上げる。


「うははははは!! 百年振りの体じゃあぁ!!」


「やっぱり『死者を操る能力』じゃねぇかっ!」


 これで今更ながら、烏乃助は一年前の真魂山の頂上での山賊との決戦で、坊さんのふりをした山賊が突然暴れた理由が判った。


 このままではマズイと感じた烏乃助は、すぐさまこのかを止めようとするが、人魂の一つが烏乃助の中に入ってしまう。


「......あ、ぁぁぁぁぁ、俺はもう駄目だぁぁぁ、何処に言っても役に立たねぇ雑兵だからすぐ死んじまったんだぁぁぁぁぁぁ」


 何者にも臆さない強気なあの烏乃助が、柄にもなく、両膝を付いて、頭を床に擦り付けながら、滅茶苦茶情けない泣き顔になってしまった。


「う、烏乃助!? わ、私そんな烏乃助を見たくないよぉ」


 今まで頼りになる存在であった烏乃助の情けない姿を見て、うずめまで情けない泣き顔になりかけていた。


 と、諦土の力を見て、政至はある事に気が付いた。


「死者......だとしたら、まさか『あの者』まで黄泉の国から召還することが出来るのか!?」


 その言葉を発した時の政至は、確信に満ちた顔となる、そして、次々と死霊に取り憑かれておかしな行動をする面々を前にして、政至はこのかに命令する。


「このかよ! 御主の力で旧将軍の魂を呼べぬか! 呼べるなら、はよ呼べっ! さすれば、200年前の『真の真実』を知ることが出来るやも知れぬ!」


 しかし、このかがゆらりと立ち上がると、そこには、このかとは思えない、悪そうな笑みを浮かべたこのかがそこに居た。


「『あら、御免なさいね伏真の坊や。もうこの子の意識はここに無くてよ?」』


 まるで二人同時に喋っているような奇っ怪な声で語るこのかを前にして、政至は睨み付ける。


「......誰ぞ?」


「『ふふ、久しぶりね。ワタシは『武田 小兵』去年の神無月に影隠に殺された若狭の大名だよ」』


「なん、じゃと? 何故、御主が......」


「『随分な物言いね。貴方が命じたんでしょ? 影隠にワタシを殺させるように?」』


「いや、違う、あれは余の命令では......」


「『言い訳無用。ワタシにはやるべき事があるんだ。だから、この子の力を使って、ワタシが果たせなかった事を......ニニギ、仙海、義明、鴉、推戴、みんなに伝えなきゃならない事がある。だからワタシはこの子を利用させてもらう事にした」』


「何? ぐっ!?」


 武田 小兵を名乗るこのかの言葉に気を取られ、政至は背後から来る人魂に気付かなかった。


 こうして、この場に居る全員が、このか、もとい武田が呼び寄せた死霊達に取り憑かれてしまった。


「か、く、そ......」


 薄れ行く意識の中、政至は最後の抵抗として、武田を睨み続けるのであった。


 そんな政至に対して、武田から一言。


「『不様ね坊や。御休みなさい」』


 ━━正気戻ったらぶっ潰す!!


 そう心に誓って、政至は意識を失った。



 土佐・記念院永劫寺。


 時間軸的には、このかが武田 小兵に乗っ取られる前の晩。


 フェルナンドと『山陽院 ニニギ』の二人は、寺の縁側から、土佐の町並みを眺めていた。


「......大体理解した。今、この国に差し迫っている脅威を。しかし、我々は......」


「判っている。『不死無 死刻』。奴を倒すのだろう? それ事態は止めはしない。だが約束してくれ」


 ニニギは、自分の傍らに置いていた。ある長大な包みをフェルナンドに渡す。


「......この、『神殺しの魔剣』をディアル君に渡してほしい。先にも言った通り、『逢魔の落日を止める』手立てがある。その鍵を握るのが、この魔剣だ」


「......この魔剣を扱えるのがディアルだけ、この剣は私の部下のペドロに一任しよう。それで? 奴は何処に?」


「土佐城。そこに貴殿達を待ち構えて居る。奴も奴なりに、土佐では金物に対する功績を納めているからな、土佐のお偉いさんにも顔が利くのだ」


「城で決着を付けるか......何とも舞台演出が好きな奴よ」


「......フェルナンド。これは友人として警告だ。君では、あの不死身の怪物には勝てぬ。それでも闘るのか?」


「すまぬな。今はこの国が、否、この時代が滅ぶかもしれない瀬戸際だと言うのに......仮に、私が生きて戻ってきたら。貴殿に助太刀をしようニニギ殿よ」


「......また会おう友よ」


 ニニギとフェルナンドは、固く握手を交わし、フェルナンドは魔剣が入った包みを持って、寺の入口で待っている三人の部下の元に向かう。


「待たせたな諸君。......では行くか」


「「「はっ!」」」


 『マルティン』『エンリケ』『ペドロ』。


 三人の騎士が、騎士団長であるフェルナンドに敬礼をし、フェルナンドは魔剣の包みをペドロに渡す。


「任せたペドロよ」


「了解しました。ご武運を」


 そう言って、ペドロは走り出した。


 残ったフェルナンドは、マルティンとエンリケを連れて土佐城に向かおうとする。


 しかし、寺から自分達をもてなしてくれた大勢の仲居や女中達が現れて、フェルナンド達に一同、頭を垂れる。


「......死刻様は、我々にあらゆる技術をお教え下さった恩人です」


「階級制度が根強いここ土佐で、その高等な技術力、政治的話術でもって、制度の改正を実現してくださった神のような御方」


「本当は、貴殿方を止めるべきだと思うのですが、他ならぬ死刻様が、貴殿方の決着を望まれるのであれば......」


「我々はただ沈黙するのみです」


 そう言い残し、仲居達は、皆一様に各々の帰路に向かう。ほんの半日の間だけの時間ではあったが、彼等は本当に死刻を崇拝しているようであった。


 と、ここでマルティンが口を開いた。


「......同じですね。我々にしたような事と」


「だから恐ろしいのだ。奴は善人でもなければ悪人でもない。故に簡単に人の心を掌握し、簡単に人の心を握り潰す」


「......正に、神の戯れ、気分次第で人を助け、人を踏みにじる。何処に言っても、奴のやり方は変わりませんね」


「だから止めるのだ! この時代が滅んだとしても、奴だけが生き残り、我々にしたような事をこれから先の未来で延々に繰返し続ける。我々の手で終止符を打つぞ!」


 こうして、フェルナンド一行は決戦に向けて土佐城を目指す。


 数分後。人々が寝静まり返った城下町を抜けると、三人は土佐城の門前に立っていた。


 不思議な事に、門番がいない。


 そもそも、城から人の気配がない。どうやら、無関係な人間を巻き込まないように避難させたのだろうか?


 そんなことを考えながら、門を潜り、三人は魔の巣窟と化した土佐城に入るのであった。



「う、うーん」


 気を失っていたうずめが目を覚ました。


 あれ? と思った。今自分が居るのは極浄寺の居間。

 てっきり自分も死霊に取り憑かれてしまったものと思ったのだが......。


 今は誰も居ない。代わりに居間が荒れに荒れていた。


「......みんな何処に行ったの?」


 と、その時であった。


「うわー!」「きゃー!」


 なんか、外が騒がしい。


 気になったので、うずめは外の様子を見ると......。


「うわー! なんだよこいつらー!」


「いゃー!」


 あれは、麓の村に住んでいる人達。昨日、真魂山を登る際に顔を見た程度の間だが、そんな彼等がこっちに向かってくる。


 何かに追われているのか?


 そう思っていると、村人の背後から複数の人影が、


『うあー』


『食べちゃうぞ、こらー』


『けひひひ! たーのしー!』


 なんだあれ? と思った。まるで土人形。しかし、何処と無く人の人骨に似ているその何かが、村人を追いかけ回してる。


「あ」


 そんな村人達を守るように、うずめにとって頼りがいのある背中が現れる。


「烏乃助っ!!」


 うずめが叫ぶ、しかし。


『邪魔だおらー!』


『どけやー!』


「ぐあぁぁぁぁぁ!!」


 烏乃助が、あの烏乃助が、土人形みたいな何かに殴られて、あっさり負けてしまう。


「え? ちょ? 烏乃助?」


 何故、あんな弱そうな土くれに烏乃助が負けるのだ?


 最早わざととしか思えない。


『こんにゃろ! こんにゃろ!』


『邪魔したお礼だ!』


「ぐ、あぁぁぁぁ!!」


「『怒火』!」


 倒れた烏乃助に追い討ちを掛ける土くれ共に、うずめは怒火の炎を土くれに放った。


『うげっ、火だ!?』


『逃げろぉ!』


 うずめの火を見て、土くれ共は退散していった。


 そして、うずめは倒れている烏乃助に歩み寄る。


「......烏乃助。なんで何もしなかったの?」


「......う、ぐぐぐ、烏乃助? 誰ですそれ?」


「え?」


 まさか、と思った矢先、うずめの予想は当たってしまう。


「あ、もしかしてこの体の持ち主のことですか? なんかすみません......」


「......あっちゃー」


 これ烏乃助じゃない。どうやら、体は烏乃助だが、中身はまったくの別人のようだ。


 と、烏乃助もどきに気を取られていると、先程逃げてきた村人の様子に異変を感じたうずめは、村人の方に視線を送る。


「な、なんなんだよぉ、急にあの土くれの化け物共が現れて、急に襲って来やがった......」


「もう、何がなんだか......」


「もしかして、日頃の行いが悪いから?」


「な、なんか......あの土くれ、地獄からやって来た亡者みたいな......俺達をあの世に引きずり込もうとしてるのか? この世の終わりだぁ」


 なんか知らんが、村人達が異様なくらい落ち込み、絶望している。明らかになんか変だ。


 うずめが村人に近付こうとすると、突然村人達の口から白い玉のような顔を出し、そのまま白い玉は空へと消えていった。


「え? い、今のは......!?」


 と、白い玉が抜けると、村人達は皆、白目を向いて気絶してしまった。


「だ、大丈夫!?」


 体を揺すってはみたが、まったく反応がない。


 まさか、今の白い玉......そう考えたうずめは、現状を把握する為に、麓の村に向かうことにした。


「ほら、行くよ烏......あ、今は違うんだっけ? ねぇ、貴方名前は?」


「あぁぁぁぁ、罪なき人々を守ろうとしたのに、呆気なくやられた......もう駄目だ......もう一度土に還りたい......」


「......むぅ」


「いだぁ!?」


 この情けない烏乃助に蹴りを入れた後に、うずめは烏乃助もどきの足を掴んで、引きずりながら麓の村を目指すのであった。


「むぎぎぎぎ、お、重いぃぃ、自分で歩いてよぉぉ」


「い、嫌だぁ、ぼかぁ、土に還るんだぁぁぁ」


 ......これで体が烏乃助ではなかったら、さすがのうずめでも本気で暴力を振るっていたかもしれない。



 第四章『百鬼夜行の悪通り』に続く。


 諦め、人がこの言葉に支配された時って、不思議なぐらいに視野が狭まってしまうんだなぁ、と最近思い知りました。


 どんな危機的状況でも、この言葉に支配されないように気を付けるべきですね。


 次回は、まさかの陸奥、土佐、影隠の里での三大決戦となります。

 詰め込み過ぎだろ! はい、すみません!


 てな感じで、次回をお楽しみに......まぁた更新遅らせる気だぞ、この作者は。

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