第三章『狂喜の風』
いよいよ烏乃助の初陣です。はたしてこんな出来で本当に良いのかと自分に問い詰めたくなってきました。
Γそんな小説で大丈夫か?」
Γ大丈夫じゃない、大問題だ(笑)」
それでは、はじまり~はじまり~
鴨居はある程度宴の準備をした後、再び烏乃助がいる部屋に向かっていた、例の依頼を一度断られたがどうやら諦めきれなかったらしい。
「......く~! やっぱ無理! あやつしか適任が思いつかないんじゃ! 他の者に頼むと言ったがやっぱ無し! このまま引き下がることはできん!」
烏乃助がいる部屋に近づくとなにやら騒がしかった。
部屋の前で数名の兵士と使用人が部屋の中を見ていた。
「あ! 親方様!」
すると一人の兵士が鴨居に気付き歩み寄ってきた。
「ん? 何事じゃ?」
「わ、わかりませんがどうやら曲者がこの城内に侵入したようです!」
「なんじゃと!?」
鴨居は慌てて烏乃助がいた部屋を覗くと、そこには烏乃助の姿はなく、天井が崩れ落ちて荒れに荒れ果てていた。
「......客人はどうした?」
少し険しい表情になる鴨居、それに対して先程の兵士が答えた。
「わ、わかりません、おそらく曲者を追って部屋を出て行ったものと思われます、まだ城内にいると思われますので現在捜索中です!」
少し険しい表情をしていた鴨居が途端に冷静な表情になる。
ーーこの部屋の惨状を見る限り曲者は天井裏に潜んでいて、あの男がそれに気付いてこうなったと、それにその曲者はどうやらうずめの存在を知ってしまったことになるな、と冷静に分析した後鴨居がこの場にいる者達に命令を下す。
「わかった、ここにいる者達に告げる! 賊を一匹たりともこの城から出すな! 賊の目的はわからんが至急、城の出入り口を固め! 城内厳戒態勢に入れ!」
「はっ!」と言って部屋に集まっていた兵士や使用人達がこの緊急事態を城全体に伝えるため皆散り散りになった。
「郷見!」
「こちらに」
鴨居がその名を叫ぶと鴨居の背後に一人の男が現れた。髪は短めで前髪で目元を隠し、上は武士の着物、下は忍装束と随分変わった格好をした細身のその男は鴨居の背後で片膝を着いて頭を垂れていた。
そして、鴨居は背中越しにその男に命じる。
「お前は御祓姫とうずめを安全な所に避難させろ! いいか、くれぐれもうずめの居場所を賊に気取られるな!」
「......仰せのままに」
そう言って『郷見』と呼ばれたその男は、影の中にその姿を消した。その動きはまるで忍者のようであった。
一人になった鴨居もその場から走り出す。しかも笑いながら。
「はははは! 賊が何者か知らんがこの城に忍び込める相手とあらば只者ではないはず! あの男の雄姿を拝める好機! ワシが着く頃には終わるなよぉ~!」
まるで演劇を見に行く子供のように騒ぎながら鴨居は城内を駆け抜けるーーが、
「ははは! あの男と賊がどこにいるかわからん!」
鴨居は闇雲に城内を駆け回るのであった。
■
鴨居城の展望台、ここは鴨居城の天守閣より一つ下に設けられた場所で風通しもよく、屋根もなく、城の者なら誰でも入場可能な場所で、ここからなら出羽全体を見通すことができる。本来は戦乱の頃にこの城の前の城主『武上家』の軍師が出羽の戦況を知るために使用していたとか。
その展望台に二人の男が立っていた、一人は黒い着物を身に纏い、裾がボロボロの袴を履いた、総髪を一まとめに縛った目つきが悪い男『黒爪 烏乃助』、もう一人は忍装束を身に纏い、覆面で顔を隠し、首から膝裏まで伸びる首巻布をした男。この忍装束の男こそ現在城内を騒がせている曲者である。
「くくく、まさか拙者の足に追いつくとは、お前さては元忍びか何かかな?」
と冗談交じりに話す忍装束の男。
「俺は生まれつき剣しか知らねーよ、忍者の技なんか使えるわけねーだろ」
「...そうか、だとしたらお前忍者としての素質があるぞ、よかったら拙者と同じ『影隠の忍』にならないか?」
「影隠?」
聞いたこともない言葉に少し眉を吊り上げる烏乃助。
「ふっ、戦乱の頃はその名をはせたものだがまぁ無理もないか、申し遅れたが拙者は『影隠妖魔忍軍』が一人、『影隠 鎌鼬』!」
忍装束の男は名乗りを上げた。
「おいおい、忍者が名乗っていいのかよ」
と、突っ込みを入れる烏乃助、しかし鎌鼬はーー
「あぁ別に構わぬよ? だってお前はここで死ぬのだからな、その様子だと忍者になる気なんかないだろ?」
とても冷酷で冷たい口調で鎌鼬は言った。
「へぇ~言うじゃねぇかよ、しっかし忍者って戦えるのか? 俺は忍者と闘り合うのこれが初めてだからなんとも言えんが、暗殺とかそういうのでしか殺せない臆病な連中じゃないのか?」
挑発をする烏乃助。
「ふっ、案ずるな、我々影隠妖魔忍軍は暗殺や諜報だけでなく、こういった正面切っての戦闘にも特化した忍集団であるため、別に拙者はお前のように鉄の棒を振り回すことしか能がない奴相手でもなんの苦にも思っとらんよ」
と、鎌鼬も挑発する。
「......だろうな、その足の位置、重心、そして袖の中になにか仕込んでるな? 俺をいつでも殺せる準備はすでに完成してるってわけか」
鎌鼬は両足を揃え、足を肩幅に開き、両手を力無く下げた状態であった。一見ただ立っているようにしか見えないが実はこれこそ鎌鼬が相手に奇襲を加えるための構えであった。
「...ばれたでござるか、ならばこんな物は不要..........かっ!」
突然鎌鼬は両手を振り上げる、すると何かが烏乃助に向かって飛んできた。烏乃助はそれを右手に持っていた鞘が付いたままの刀で弾いた。弾いた物は手裏剣であった! すかさず鎌鼬は烏乃助に接近し、振り上げた両手を今度は振り下ろしてきた。
よく見ると鎌鼬の両手にはいつの間にか二丁の鎌が握られていた。
烏乃助はその二丁の鎌を刀でもって頭上で受け、そして、姿勢が反り返らないように上段からきた鎌を見ず、しっかりと前方にいる鎌鼬を見据えていた。
鎌鼬は二丁の鎌を烏乃助の刀に引っ掻けてそのまま引き落とそうとする、すると烏乃助は引き落とされた力に従って身を沈め、鎌鼬の前足に足を引っ掻けて刀を鎌鼬の胴体の前で鍔迫り合いのように刀を立てて体当たりした。
鎌鼬は突き飛ばされ、背中が床に接触した瞬間後頭部を打たない為に背中を丸め、そのまま飛ばされた勢いで後方に一回転をして立ち上がった。
Γふぅ......まぁこの程度の奇襲なんぞ通用するとは思わなかったがな」
どうやら鎌鼬は奇襲に失敗する事を最初からわかっていたらしい。
Γい~や、そうでもないぜ? 手裏剣から間髪入れず俺の間合いに入って来たのには正直驚いたぜ? 久しぶりに受けちまったよ」
と、不敵に笑いながら烏乃助は言った。
Γの、割には随分と余裕だな」
すると鎌鼬は腰を落として身構える。
Γ今の奇襲でわかったのだが、正攻法で戦えばそちらに分があるようだな、まぁ忍者がまともに戦おうとしたのが間違いだったのかな?...ふっ、ならばこれはどうかな?」
鎌鼬が何をしたのかはわからないが、烏乃助の周囲の風の流れが急に変わった。どうやら周囲の風が鎌鼬の元に向かって流れているようだ、まるで鎌鼬が風を吸い込んでるようにも見える。
Γ今までこの力が何なのか分からなかったが、先程の鴨居の話を盗み聞きした時に得心がいった!」
すると鎌鼬は烏乃助との間合いが離れているにもかかわらずその場で鎌を振った。
Γ忍法・風刃鎌!」
すると鎌鼬の鎌から風の刃が飛んできた。烏乃助はそれを紙一重でかわした。烏乃助が避けた後、風の刃は展望台の欄干(手すり)に当たり、斬れ込みが入る。
Γな、なんだ今の!?」
烏乃助は驚愕する。
Γほぉ? やはりお前には奇襲や遠距離攻撃は通用しにくいか」
Γいやいやいや! だから今のなんだよ! まさか、さっき鴨居が言ってた神通力って奴か!?」
Γの、ようでござるな、拙者も一年くらい前にとある任務の最中に空から不思議な光が降ってきてな、それに触れるとこの力が使えるようになったのだ、最初はホタルかと思ったでござる」
どうやら鴨居の話は本当だったらしく烏乃助は心底驚く、今のが風の神通力だとするなら鴨居が昔話で当日四歳のうずめが竜巻を起こして出雲大社の火事を見事消化してみせた神通力ということになる。
ここで烏乃助はあることに気付く。
Γまさかてめーがこの場所を選んだ理由は...!」
Γようやく気が付いたか、ここなら風通しも良くてこの力を存分に発揮できるし......」
鎌鼬は展望台から見える出羽の景色を見ながら答える。
Γここでお前を吹き飛ばしたら助からないでござろうな」
鎌鼬は恐ろしいことを淡々と語った。
展望台から地上までの高さはおよそ十間(約18m)でしかも展望台から真下の地上には石畳が敷かれていた。
Γへ! 流石は忍者、随分とエグい事考えるな」
Γいや~それほどでもないでござるよ~」
Γ褒めてねぇ!」
覆面をしていても、にやけている事が分かるほど鎌鼬は照れているようだ。だが途端に鎌鼬が不気味な笑い声を上げる。
Γく、くくけけけけ」
Γあぁ?」
突然の事で気味が悪くなる烏乃助。
Γくくく、鴨居の話が本当なら拙者の中に、けけけ」
Γおい、続きやらねーのか?」
そんな鎌鼬の豹変を目の当たりにしても烏乃助は一瞬動揺したがすぐに冷静になった。
Γくくく、すまぬな、あの娘の心が拙者の中にあると思うとなんだか嬉しくてな、けけけ」
Γなんだお前?そっち系の奴か?」
そっち系とは、読者の皆様ご察しください。
Γ無駄話をしてすまなかったな! 拙者とあの娘の力、とくと味わうがいい!」
『拙者とあの娘』をやたら強調して鎌鼬は狂喜の風を纏い始める。
■
鴨居城のとある一室に濡れたような黒髪を左右に縛ったお姫さま『御祓姫』と白髪の少女『うずめ』と先程の鴨居の命令を受けた『郷見』がいた。
Γはぁ? 賊? なに? 平和ボケして城の警備がおろそかになったの? ホント使えないわね」
いきなり城の警備に対して罵倒する御祓姫。
Γ申し訳ございません姫様」
Γまぁいいわ、賊ごときあんた一人で十分でしょ? 私達を避難させたらさっさとその不届き者を成敗してやりなさい」
Γですが姫様、現在曲者の居場所はわかっておりません故......」
Γだったら早く私達を避難させて賊を見つけてやっつけなさいよ、あんたの捜索力ならすぐでしょ?」
Γ了解しました........おや?」
Γえ? なに.......うそ」
さっきまで部屋にいたはずのうずめの姿はなかった。よく見ると部屋の襖が開いていたので、そこから部屋の外に出たらしい。
Γえ? ちょっと! あの子どこ行ったのよ! てか、いつの間に出ていったのよ!?」
うずめがいなくなって御祓姫は慌てる。
それに対して郷見はーー
Γふむ、やはりうずめ様の気配の消し方は実に素晴らしい、この私の目の前でお姿を消してしまうとは」
うずめの気配の消し方に郷見は感心する。
Γ感心しとる場合かぁ! 探しに行くわよ!」
Γですが姫様、その前にあなた様だけでも避難を」
Γなに言ってるのよ! 私が避難する時はあの子も一緒よ! あの子は私にとって妹のような存在なんだから!」
Γ失礼しました」
Γまったくもう! 世話が焼ける子ね!」
と言って御祓姫と郷見は部屋を出てうずめの捜索に当たる。
郷見はこのままうまく誘導して御祓姫を安全な場所に移そうか、と思ったがそんなことしたら後でお仕置きされそうだと思ったので止めた。
ならばいっそのこと自分と一緒にいる方が安全だと割りきって郷見は御祓姫と共にうずめを捜索する。
Γどこの不届き者か知らないけど、あの子に手を出したらブチのめすわよ!」
■
場面は再び展望台に戻る。
鎌鼬は自身を中心とした小型の台風を生み出して風の障壁を形成していた。
この風の障壁に触れた瞬間、人の体なんかあっさり巻き上げられてそのまま展望台の外に放り出されそうな程の勢いであった。
Γくけはははひへほふっ!」
さっきは不気味な笑い声であったが今度は変な笑い声、(というよりここまでくると最早奇声である) を上げながら鎌鼬は勝ち誇った様に叫ぶ。
Γどうでござるか? どうでござるか? これがあの娘の力でござるよぉぉ? これでお前は迂闊に近づけないでござる! さらにさっきお前に『風刃鎌』を見せたのもこのためでござる! この風に守られながら拙者は一方的にお前を切り刻むことができるでござぁぁぁ!」
最初の頃と比べると明らかに尋常ではないほど今の鎌鼬は意気高揚しまくっていた。
風の神通力を使用してから鎌鼬の様子がおかしくなっていた。
その事に対して烏乃助は先程の鴨居が見せた紙切れを思い出す。
たしかあの紙に書いてあった風の神通力の名称は『喜風』、つまり今鎌鼬の中に宿るうずめの心は『喜び』ということになる。
鎌鼬がここまで豹変すると言うことは『喜び』の感情となにか関係あるのかもしれない、と烏乃助は推測する。
ただ烏乃助は最初の頃に抱いていた彼に対する印象と今の印象とでは百八十度変わっていた。
最初は確かに冷酷な暗殺者ではあったが、今では只の奇人にしか見えなかった。
ーーいや、この場合喜人だろうか?と烏乃助は思考を巡らせる。
Γほぉれほれ! 来ないでござるかぁぁぁ? 怖いでござるかぁぁぁ?」
調子に乗って挑発し始める鎌鼬。
だがそれでも烏乃助は気を鎮めて、すり足をしながら素早く鎌鼬に突貫する。
Γそんなに来て欲しいなら来てやるよ!」
Γは? え!」
突然の事で驚く鎌鼬、無理もない、人が吹き飛ばされてもおかしくない小型の竜巻である風の障壁に向かって突っ込んできたのだから。
だが、烏乃助の体は宙に浮くことはなかった。
Γゑぇぇえぇぇヱぇぇぇぇえええええアイェェェェエエエ!? なんで?! なんででござるか!?」
異常なまでに驚愕する鎌鼬、それに対して烏乃助は答える。
Γは! この程度の風なんぞ腰を落とせば余裕だろ!」
Γは? え? こ、腰? 落とす?」
腰、つまり重心を完全に自身の足の真ん中に落とすことで自分の軸をしっかり保ち、四方から押されても決してびくともしない腰構えを作る事こそが剣士としての基本の一つである。
この腰構えが出来たら例え力士が全力でぶつかっても逆に跳ね返すことができる。
逆に腰も落とさずふらついている『提灯腰』は剣士が最も嫌う腰構えである。
下から巻き上げる竜巻でさえもびくともしない程、烏乃助の腰構えはしっかりできていたのである。
ただ、普通の人が腰を落とすとその場から動けなくなるが、この腰構えを維持しながら移動できる足運びこそ『すり足』である。
Γんじゃま、そろそろ行くぜ! 『燕』!」
ここで烏乃助はようやく鎌鼬に打ち込む、まず最初に烏乃助は中段の構えから急激な手元の変化から繰り出す左からの逆袈裟斬りを放つ。
Γお、おわぁ!?」
鎌鼬は烏乃助から見て右側に姿勢を低くしながら横に避ける。烏乃助の刀の切っ先は丁度鎌鼬の頭上を通過する、その低い姿勢から鎌鼬は両手に持った鎌で烏乃助の脇腹を切り裂こうとする、がーー
Γからの『鷹』!」
烏乃助は刀の切っ先を返してまるで猛獣のごとき勢いで最上段から鎌鼬の首筋目掛けて右の袈裟斬りを放つ!
Γへ、へぁ!?」
鎌鼬は攻撃を中断して反射的に風の神通力を集中させた鎌で烏乃助の袈裟斬りを受ける。
普通なら鎌と刀では質量に差がある上、最上段からの袈裟斬りで十分重い斬撃で更に烏乃助の刀には鞘が付いているため通常よりも重くなっているので防げるはずがないのだが、風の障壁を全て鎌に集中させることで、この重たい斬撃を止めたのである。
もし鎌鼬に神通力が無ければここで決着が着いていただろう。
Γあ、危なかったでご......」
Γ続けて『雀』!」
あれだけ重たい斬撃を止められたにも関わらず烏乃助は流れるように次の攻撃に移っていた。
今度は刀を右肩に担ぐような状態から一歩踏み出して柄頭で鎌鼬の顔面を殴りつけた。
Γぶ......ごぉ......!」
鎌鼬は一瞬気が緩んでいたため、それをまともに顔面で受けてしまい、後方に倒れる。
だがすぐさま跳ね起きた。
Γぐ、はぁ! お、お前思ったより強いでござるな!」
よく見ると鎌鼬の覆面の鼻の当たりが赤く染まっていっているのがわかる。どうやら今の攻撃で鼻血を出してしまったようだ。
Γは! 俺も驚いたぜ、まさか本当に神通力が存在してたんだからな! おら! もっと全力で来いよ、まだなにか隠し持ってるんだろ?」
刀を肩に担いで左手で手招きする烏乃助。
これはどう見ても烏乃助の方が優勢に見えるが鎌鼬にはある奥の手があった。鎌鼬は様子を伺ってからその奥の手で決着を着けようとする。
ふと、鎌鼬が突然Γひゃぁう!」と、変な声を上げた。
Γあぁ?」
烏乃助は視界から鎌鼬を外さないように鎌鼬の視線を辿る。
そこには、展望台の入口から顔だけを出して、透き通るような白髪を垂らして、光が宿ってない瞳でこちらを見ているうずめの姿があった。
Γお前...なんでここにいるんだよ? 鴨居と一緒じゃなかったのか?」
烏乃助の問いに対してうずめはやはり無言であった。
Γふ、ふぉぉぉ!」
鎌鼬がいきなり興奮しながら身を震わせる、すると覆面の赤い染みがさっきよりも広がっていた。
先程の烏乃助の剣技『雀』による一撃がまだ痛むのか、はたまたうずめの登場に興奮しているのか、もし後者なら只の変質者である。
すると、鎌鼬の胸に『喜』の一文字が浮かび上がった。
Γな!?」
烏乃助はそれを見て驚く、すると鎌鼬は唐突に咆哮を上げる。
Γときめいちゃったでござるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!」
と、訳がわからない事を叫ぶと鎌鼬の周囲に突然強力な竜巻が巻き起こった、その威力はさっき鎌鼬が生み出した『風の障壁』よりも遥かに上であり、しかもその竜巻で展望台の半分程吹き飛んでしまった。
Γな、にぃ!?」
一瞬早く異変に気付いた烏乃助は大きく後方に飛んで、その竜巻に巻き込まれないように回避した。
吹き飛んだ展望台の木片がうずめに向かって飛んできたが、そこに丁度駆けつけた鴨居がその木片を素手で掴んでうずめを守った。
Γふぅ、間に合ったか、うずめ、今度から一人で動き回るのは、止めなさい」
息を切らしながらさっきまで賊が侵入して騒いでる中、一人で城中駆け回っていた鴨居がうずめに説教する。
それに対してうずめは少し顔を伏せた。おそらく反省しているのだろう。
Γちょっと! なによこれ!」
と、そこに御祓姫と郷見が到着する。
Γおいおい、郷見~なんで御祓姫とうずめがここにおるんじゃ」
郷見は頭を下げて答えた。
Γ申し訳ありません親方様、姫様が迷子になったうずめ様を捜すときかなくて」
鴨居と郷見が会話する中、御祓姫は鎌鼬が起こした竜巻と半分吹き飛んだ展望台を見て驚愕する。
Γち、ちょっと! ちょっと! これなんなの!?」
Γこれは神通力じゃ、『喜風』か、見るのは十年ぶりじゃがまさかこれ程までに強力なものであったとは......」
鴨居も鎌鼬が起こした竜巻にただただ驚いていた。
すると、竜巻の中から鎌鼬の声がした。
Γははははははは! なんだか観客が増えてきたのでそろそら終わらせてもらうでござるよぉぉぉぉ!!」
と、竜巻の中から鎌鼬が両手に持っていた二丁の鎌が烏乃助に向かって飛んできた。
Γお前本当に飛び道具が好きだな!」
すると、二丁の鎌が小さいがそれぞれ竜巻を起こした。
しかもその二丁の鎌から発生した二つの竜巻は残った展望台を削り取りながらゆっくりと烏乃助に近づいてきた。
Γうお!?」
よく見ると竜巻の中で先程、鎌鼬が飛ばした風の刃が大量に竜巻の中を縦横無尽に飛び交っていた。
Γひゃぁお! これぞ『忍法・風刃羅刹』!」
二つの竜巻が左右から烏乃助を挟み込もうと接近してきた。
確かにこんな竜巻に挟み込まれたら挽き肉になってしまいそうだ。
だが動きがゆっくりであるため烏乃助は後方に下がってそれをかわす。
しかし、二つの竜巻の間から鎌鼬が空中に浮きながら突貫してきた。しかも、いつの間にか赤く染まっていた覆面から清潔な覆面に替わっていた。
多分、竜巻の中で着替えたのだろう。
Γふははははははは! 今から奥の手で決めるのだから当然身嗜みは整えるのは当たり前であろう! しかも、可憐な少女二名が拙者の雄姿を見てくれているのだからな! みなぎってきたでござる!」
Γてめーやっぱそっち系か!」
そっち系とは、個人情報漏洩を防ぐため皆様のご想像にお任せします。
烏乃助は突貫してきた鎌鼬に片手で正面打ちを繰り出すが、鎌鼬は素早く烏乃助の懐に入り左手で烏乃助の刀を持っている右手を制して、残った右手で烏乃助の顎に掌底を当てる。
Γがぁっ!」
その掌底で姿勢と重心が崩れてしまった烏乃助。
空かさず鎌鼬は左手で制した烏乃助の手首を右手で持ち替えて背負い投げのように烏乃助の体を担ぎ上げ、そこから更に一回転して烏乃助を上空に蹴り上げた。
そこに加えて竜巻で一気に烏乃助を鴨居城よりも高く巻き上げる。
竜巻が止んだ頃には鎌鼬は烏乃助よりも更に上空に飛び上がっていて、そこから右足に小型の竜巻を纏わせて、風の推進力を加えて一気に烏乃助に向かって急降下しながら蹴り込んだ!
これぞ、影隠の里に伝わる体術の奥義の一つ『鬼神蹴来』と風の神通力『喜風』を組み合わせた限定奥義『喜神風来』である。
その勢いのまま鎌鼬は残った展望台を完全に破壊しながら烏乃助を地上に叩きつけた。
Γな、なんということじゃ!」
鴨居達は展望台の入口付近に居たので、鎌鼬の奥義に巻き込まれることはなかった。
すぐさま鎌鼬は、風の力で宙を飛びながら鴨居達がいる所に向かった。
Γふふふっ鴨居よ、貴様に恨みは無いがその首とそこのお嬢さん二名を頂戴させてもらうでござる!」
Γどさくさに紛れて何言ってるのよ! この変態!」
御祓姫は鎌鼬に対して罵倒した、すると。
Γありがとうございます!」
と、深々と頭を下げてお礼を言う鎌鼬。
やはりそっち系なのかもしれない。
Γ親方様!」Γご無事ですか!」
今更鴨居の兵士達が集まってきた。
Γ誰も手を出すな!.....ワシの首が欲しいのだろう? ならばくれてやる、但しこの子達は見逃してもらおうか!」
それに対して鎌鼬はーー
Γえ、...........じゃあ鴨居の首は諦めるでござる」
暗殺の仕事よりも少女二名を優先する鎌鼬。
その時であった。
空から何かが鎌鼬に向かって飛来してきたのである。
Γへ?」
鎌鼬も鴨居達も皆それに気付き空から来るものを見上げる、それはーー
たった今鎌鼬の奥義で鴨居城よりも遥か上空から地上に叩きつけられた筈の烏乃助であった!
Γあるえええええ絵ゑえええええええええええええええええええええええ柄枝ええええええ!?」
鎌鼬が一番驚いていた。
実は遥か上空に巻き上げられた烏乃助は鎌鼬の奥義が当たる直前、鎌鼬の蹴り足を刀でいなして直撃を免れていたのだ、つまり鎌鼬は一人で地上に落下して烏乃助を倒したと思い込んでいたのである。
なぜ、烏乃助が鎌鼬の奥義を『いなす』ことが出来たかと言うと単純な話、あの奥義が飛び蹴りだからである、つまり発動したら途中で軌道を変えられないから軌道が解ってしまえば後はそれに合わせていなせばいいだけの話であった。空手の試合で飛び蹴りが決まりにくい理由がこれである。
ちなみに鎌鼬が烏乃助を倒したと錯覚した理由は、それだけこの奥義に自信があったため、失敗することはない、という妄想に取り付かれていたため、地上に着地した時にロクに確認せずに鴨居達の元に向かったのがそもそもの失敗である。
さて、解説はここまでにして本編に戻ります。
鎌鼬に向かって落下しながら烏乃助は上段に構える。
それに対して鎌鼬は鎖分銅を取り出して、それをうずめの胴体に巻き付けて自分の所に引き寄せた。
Γうずめ!」と、鴨居や他の者達がうずめの名を叫ぶ。
Γえ、ええい! この娘がどうなってもいいのか!?」
Γ知るかあああああああああああああああああああああああ!!」
完全に錯乱していた鎌鼬はうずめを人質に取ったが、烏乃助はうずめのことをお構いなしに鎌鼬にだけ強烈な一撃をお見舞いする。
Γぶげぇ!? おま、しょう、きかぁ!?」
鎌鼬は薄れる意識の中、烏乃助の目を見て確信する
(あ......駄目だこいつ......拙者を倒すことしか考えてない......他には目もくれず獲物だけにしか執着しない......これではまるで......)
そのまま三人は地上に向かって落下する。
その様子を展望台があった所から見守る鴨居達。
落下しながらうずめは気絶した鎌鼬の胸に浮かび上がる『喜』の一文字に触れる、すると鎌鼬の胸から不思議な光が飛び出しうずめの中に宿った。
いや、この場合あるべき所に戻ったと言うべきか。
Γおわああああああああああああ!」
烏乃助が絶叫する中うずめは地上に向かって掌をかざすと三人とも地上からわずか九寸(約30cm)の高さで宙に浮いて地面への激突は免れた。
■
その後、鴨居達が駆けつけて鎌鼬をお縄に掛けて一件落着となった。
鴨居は烏乃助に再び例の依頼を頼もうと近づくがその前にうずめが烏乃助の前に来て自分よりも身長がある烏乃助の顔を見上げる。
烏乃助はそんなうずめに向かって言う。
Γ......まじで神通力なんてものあったんだな、まぁあんなもの見せ付けられたら嫌でも信じざるおえんわな」
うずめは光が宿ってない瞳で烏乃助の目をしっかりと見た。
Γ.........まぁ、さっきはありがとな、......お陰で助かった」
烏乃助は少し照れ臭そうにうずめにお礼を言う、するとうずめの口が開いた。
Γお礼を言うのはこちらの方だよ」
Γ!」
烏乃助だけでなく鴨居も御祓姫もその場に居合わせた者達もうずめが喋った事に動揺しざわつく。
Γあなたは、私だけでなくここの人達を救ってくれた、だからありがとう」
それはまるで聞く人の心そのものに語りかけるような、とても澄んだ綺麗な声であった。
そして、うずめは烏乃助に己の願いを伝える。
Γ黒爪 烏乃助、あなたにお願いがある、日本各地に散らばった私の心を私と共に集めて欲しい、あなたになら、この役目をお願いできる」
その言葉には何の感情も込もっていなかったが、硬い信念のようなものを感じた。
そして、今度は烏乃助が己の意思を伝える。
Γ......あぁいいぜ」
その返事に鴨居は驚愕しながらも嬉しそうに笑う。
Γただし、勘違いするなよ、別にお前のためじゃねぇ、単にさっきの変態忍者みたいな神通力を使う奴と闘り合ってみたいだけだからな、そこんとこよろしく」
Γうん、それでいいよ」
うずめの表情はあんまし変わらなかったが、なんだか嬉しそうに見えた。
第一話Γこころよろこぶ」第四章『飛翔』に続く
Γ親方!空から女の子と忍者と目つき悪い男が!」
というわけで最初の強敵『影隠 鎌鼬』を撃破しました。
本当は刀と鎌を激しく撃ち合わせてキン!キン!キン!キン!という激しい戦闘を書きたかったのですが、神通力の凄さを伝えようと思ったら、そんな暇ありませんでしたorz
次回でいよいよ烏乃助とうずめが旅立ちます。
それではお楽しみに~...........して欲しいでござる!