第三章『恥知らずな木精』
最近、人に言われて、ようやく気が付いた。
自分の車の車内が汚車であることを( ノД`)…
てなわけで始まり~始まり~。
「着いたよぉー」
烏乃助とうずめは、港で出会った奇妙な少女に連れられて、港から森を抜けた所にある『火照村』に到着した。
「......こ、これは?」
「.......あ、あれは何?」
二人は言葉を失った。村全体に植物の蔦が、根っ子が、地面や家屋にびっしりと張り巡らされており、更に二人の気を引いたのは、村の中央に一軒家ぐらいの大きさの花のつぼみが地面から顔を出しており、村には人っ子一人いなかった。
これだけ見ると、数十年経った廃村のようにも見えるが、あのつぼみの事を考えると、明らかにこの蔦や根っ子は木の神通力『恥木』によるものなのであろう。
「......おい、なんで誰も居ないんだ? それに、あの花はなんだ?」
「ん? あのお花さんは推戴様だよ?」
「なに?」
この少女は何を言っているのだろうか? まさか、あのつぼみの中に推戴が入っているとでも言うのだろうか?
「何が起こってるんだ?」
「何って......推戴様は一ヶ月前、わたちに願ったんだもん。だから、わたちは推戴様のお願いを聞いて上げただけ」
「? その願いってのは━━」
「っ!? 烏乃助!」
と、その時であった。烏乃助の背後から何者かが襲い掛かってきたのだが。
「ふっ!」
「ぐはぁ!?」
烏乃助は刀を抜くまでもなく、背後からの襲撃者を裏拳で殴った。
「......なんだお前?」
「そ、それはこちらの台詞だ! 貴様らこそ誰だ!」
烏乃助に殴られてよろめく襲撃者は、鋭い眼光で烏乃助を睨み付ける。
再び襲い掛かってくるかと思ったが、二人の間に先程の少女が割って入った。
「大丈夫だよ『華申』。この人達はわたちが連れてきたの」
「え? そ、そうでしたか......と、言うことはこの二人は信用できるのですね?」
「......華申さん。そんな幼女相手に敬語使うとなんか気色悪いっすよぉ?」
と、今度は近くの家屋の裏手から食料が入った籠を背負いし若い娘が現れた。
「う、うるさいぞ居子!」
「......なんなんだこいつら?」
■
小一時間程使って、烏乃助とうずめは推戴の従者である華申と居子にうずめのこと、神通力のこと、そして華申と居子は、二人に一ヶ月前の事を話した。
「......つまり、推戴はその『影隠 鵺』って奴に殺されて、その後に推戴から『こいつ』が生まれたと?」
烏乃助は背後で横笛を吹いてる緑髪の少女を親指で指差す。
それに対して華申は頷いた。
「うむ、貴殿たちの......その......神通力だったか? に、よって推戴様のお体からあの御方が現れ、そして『影隠 鵺』と奴の配下共を追い払ってくれたのだ」
影隠 鵺、そいつも出羽の『影隠 鎌鼬』と同じ影隠妖魔忍軍八鬼衆の一人なのだろうか?
しかし、華申と居子の口振りからすると、鵺は若狭で遭遇した『影隠 濡女』よりも上の存在のようにも聞こえる。
それに、烏乃助とうずめがまだ把握出来ていなかった『諦土』『怨毒』の二つの神通力の内の一つ『怨毒』を所有している事が判明した。
「......ちっ、鎌鼬に続いてその鵺って奴も心の所有者かよ......お前の心って忍者が好きだったりするのか?」
「それを私に言われても......」
これで残りの諦土も影隠の誰かが所有していたら、うずめは忍者好きであることが確定するな、と烏乃助は心の内で変な事を考えていた。
「で? 結局の所あのガキはどうやって鵺と残りの八鬼衆二人を追い払ったんだ?」
「うむ、それが......」
「わたちから説明しよっか?」
気が付いたら例の少女が華申の肩の上に座っていた。
「おおっ!? い、いつの間に!?」
「お、と、と、華申~落ちる~」
落ちそうになった少女を華申は両手で少女の腰を掴んで肩から落ちないようにした。
「きゃきゃっ、わたち自身も驚いてんだよねぇ、わたちってば元々自我なんて存在しなかった筈なのに、推戴様の『死にたくない』って願いを聞き入れたらあら不思議。『恥木』が推戴様の分体として、わたちに新たな命を与えてくれたの」
「......つまりどういことだ?」
「うーん、とねぇ、人の心には実はいくつかの『人格』が存在してんのぉ。長い人生の間に経験し、感じたものが心の底に蓄積され、それを元に人の心の中には複数の『もう一人の自分』が存在しててね。わたちもそのうちの一人なわけなのぉ」
「......う、烏乃助。今の話分かった?」
「......ま、まぁ何となくだが」
心の底に蓄積したもの、普段表には決して出てこないもう一人の自分、それがこの少女の正体らしい。
どういう訳か、推戴は死ぬ間際に「死にたくない」と願い、その願いを聞き入れて『恥木』がもう一人の推戴に肉体を与えた、と言うことだろうか?
これまでの旅で、神通力に限らず丹波では意志を持つ鎧やら、人の形をした不死身の怪物やらに遭遇してきたが、まさかこんな稀有な存在に遭遇するとは思わなかった。
「それで? こいつらの話を聞く限り『恥木』の能力は『動植物との会話、意思の疎通』らしいが、だがこいつらも推戴本人も知らなかった隠された能力『新たな生命の創造』によってお前が生まれたわけだが......結局どうやって影隠を追い払ったんだ?」
話が戻るが、確かに恥木の能力ではどうやっても影隠に対抗出来ない気がするのだが、しかも鵺は『怨毒』の所有者。ここがどうしても謎である。
「ありゃ、話が逸れちゃったね。んじゃ、話を戻すとね......『精神を繋いだの』」
「......えーと?」
「動植物との意思疎通、その先にある精神の結合、これによって影隠の皆さんを一時的に操って九州から追い出すことが出来たのぉ」
「......め、滅茶苦茶......いや、今更か」
今まででも神通力による滅茶苦茶な力を何度も見てきたのに今更過ぎて頭を掻く烏乃助。
と、今度はうずめが口を開いた。
「で、でもでも、追い出せたとしても一時的の事じゃないの?」
「確かにそうっすね。だから自分達は推戴様の遺体を急いで運んで奴らの追撃に備えること一ヶ月......全然奴らが攻めてこないっす」
「うぅむ、ここまで来ると何か裏がありそうですな」
まぁ、なんとなく状況は理解出来た。どうやら村の中央にある巨大なつぼみの中に推戴本人が入っていて、この少女を生み出した『生命の創造』で生き返らせようということらしい。
ちなみに、この村に人が居ない理由は、一ヶ月前の鵺の怨毒による毒によって村人全員が意識不明の植物状態になってしまったため、未だにここから数里離れた町の療養所に搬送されて医師の看病を受けてる最中なのだが、普通の人間では神通力の毒に対する治療法なぞ知るよしもないであろう。
「貴殿たちの話だと、胸の文字にそちらの白髪の少女が触れる事で神通力を取り出せるのだったな? ではもう少し待ってくれ、推戴様はまだ目覚めぬ、目覚めぬ限り神通力を取り出す事は不可能であろう」
「......本当ならさっさと取り出してほしいっすよ。そしたらもう推戴様が影隠の連中に狙われなくなるのに......」
華申と居子が各々の胸の内を打ち明けると、烏乃助は軽く笑った。
「幸せ者だな推戴は、こんなに思ってくれる部下がいて」
「......ありゃりゃ、一応わたちも『推戴』なんだけど......ま、いっか」
こうして、烏乃助とうずめは推戴一行と共に影隠の襲撃に備えつつ。一週間、薩摩に滞在することとなるのだが......。
■
影隠の里。
修練場。
そこには大勢の忍び装束の者達がそれぞれ組手を行い、各々の実力の研鑽を行っていた。
その光景を影隠八鬼衆の拠点でもある『妖怪屋敷』の二階の窓からその様子を眺める露出度が高い忍び装束を着た女が一人。
影隠妖魔忍軍八鬼衆がまとめ役『影隠 紅葉』であった。
「......意外とお早いお戻りですね~」
一人言かと思いきや、紅葉の背後の襖が開き、そこから顔に巨大な傷を持つ男。
影隠妖魔忍軍総大将『影隠 鵺』が入ってきた。
「......」
「おや~? 浮かない顔ですねぇ~? もしかして『葉名心 推戴』から神通力を回収出来なかったから?」
「......そうだな。どうやら神通力は体内にあるものではなく、恐らく『心』の中、肉眼では視認不可能な場所に宿っていると推測される」
「へぇ~、では神通力の回収自体は不可能だと?」
「......そのようだが......神通力は一つで十分だということが理解出来た」
と、鵺の胸に『怨』の一文字が現れるやいなや、鵺の足元から上に向かって徐々に黒い霧状になってゆき、最終的には全身が霧となってその場から姿を消した。
「......霧そのものに変身できる......そんな使い方もあったのですね~」
すると、霧となった鵺はその状態で窓から外に出て行き、遥か上空まで行くと、なんと、晴天であった空が日の光も射さない程の漆黒の曇に覆われてしまったのだ。
時間的には、まだ日中の午前中だと言うのに、まるでこの影隠の里だけが夜になってしまったような暗闇に覆われた。
「......これは中々、まさに平安の空を覆った怪異『鵺』そのものですね~」
「......鵺という妖怪は存在せん」
と、気が付いたら鵺は紅葉がいる部屋に霧と共に戻ってきた。
「......『鵺(鳥)のような鳴き声をする怪異』が平安の空を黒い霧と共に覆ったのだ、故にその怪異自体には名前そのものが存在しない」
「まさに正体不明の怪異ですね~」
鵺は元来キジに似た鳥とされているが、実際はどのような鳥なのかは謎に包まれている。(有力な説は虎鶫とされている)
怪異としての鵺もまた諸説ある。
猿の顔、狸の胴、手足は虎、尾は蛇の姿をしているそうだが、これは平安時代以降の後付けで、実際はどの文献にも明確な姿を記されておらず、古事記においても姿形どころか名前すら無い、『鵺』という名も後世になってから付いた仮称がそのまま人々に定着したに過ぎない。
実に謎だらけな怪異である。
「......く、くく、我らに元々名前すら存在せぬ。我が『鵺』を名乗るのも、名も無き八体の『鬼』共を束ねるのに都合が良かっただけに過ぎん」
「際ですか~。では、私目はこれにて~。今修練を積んでる者達の最終調整を行います故~」
そう言い残し、紅葉は部屋から出て行こうとする。
そして、鵺は紅葉と入れ替わるような形で窓から修練場の様子を眺めながら、背中越しに紅葉に語り掛ける。
「......ところで紅葉よ、薩摩で『封魔』の娘に会ったぞ」
「封魔~? ......あ~はいはい、確か百五十年くらい前に我らが滅ぼした忍の一族でしたっけ~? とっくの昔に絶滅したと思っていたのに、我々の目から逃れながら生き延びてたのですね~」
封魔、奇術師『葉名心 推戴』の従者『居子』の一族。
かつては、影隠が『妖魔』の烙印を押される前から影隠と対立していた忍の一族であったのだが、『ある人物』が影隠に加入したと同時に滅びたとされている一族。
だが、その人物のせいで影隠は妖魔の汚名を着ることになってしまったのだ。
「て、その人物が『私』なんですけどね~。おほほほほほ~」
邪悪な笑みを浮かべながら紅葉は退室する。
......ん? あの悪女は今なんて言った? 封魔一族が滅びたのは百五十年前......と、なると『影隠 紅葉』は何者なのだろうか? 人間なのか? それとも本当に妖怪なのか?
「......自分が滅ぼした相手の事なんぞ興味もないか。確かにお前は妖怪だよ紅葉」
一人言を呟きながら鵺は顔の巨大な傷を指で軽くなぞりながら昔の思い出に耽っていた。
『あ、あぁ......! ど、どう、してこ、んな......この子が、何か悪い事をしたと言うのか......?』
『......その童は悪くない、悪いのは貴様だっ! 貴様が弱いせいだ! 己の弱さを呪うがいいっ!』
『お、お、お前ぇぇぇ......っっ!』
『そうだ! 憎め! 憎め憎め憎めぇぇぇぇ!! その感情が貴様をより強くする! そしてぇ! 憎悪で強くなった貴様を屠れば我は更なる高みへと昇れるのだぁぁぁぁぁ!!』
『......お、お前は......災厄、人の形をした災厄、憎悪という病を撒き散らし、人々の争いを増長させ、嘲笑う怪物......お前は、お前は......ここで殺さなければならない、お前はこの世に居てはいけない化け物だぁぁぁぁ!!』
と、ここで鵺は深い溜め息をつきながら、自身の顔の傷跡を 指で引き裂き、傷跡が再び巨大な傷となり、中から洪水のような流血を垂れ流しながら醜悪な悪鬼の表情となる。
「......口惜しいかな。あの男は我が屠ふる予定だったのに......この我に唯一この傷を付けた男......憎い......我に殺される前にこの世を去るとは、実に、実に憎たらしいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
この鬼は、結局何を求めているのか? 人々に憎悪という病を撒き散らし、それを喰らう化け物。
「......あの封魔の娘、それにもう一人の推戴の従者......ああいう奴等だ、ああいう奴等みたいに自分達が『善人』だと信じて疑わぬ連中こそ、憎悪に侵され、蝕まれ、染まりやすい......あぁ、もし、神が本当にいるならば、我の望みを叶えてくれぇぇぇぇ」
━━この世が『善人』で溢れ反えってくれ。
神でも仏でも、こんなおぞましい悪鬼の願いなぞ聞き届けるはずもなく、その心境なんぞ、誰も知るよしはなかった。
■
「ねぇねぇ、おねぇちゃん! もっともぉぉぉと! 旅の話を聞かせて聞かせてぇ!」
「うん、いいよ『推戴ちゃん』」
あれから一週間。全然、影隠が攻めてこない、もう諦めたのだろうか?
それにしても、この村にいる間、烏乃助は改めて神通力の凄さを痛感していた。
まず、ここ火照村の周囲は森で囲まれていて、誰かが森に足を踏み入れただけで、植物がこのもう一人の推戴に知らせる上に、森の全ての動物達が烏乃助とうずめ、華申、居子以外の人間を寄せ付けないようにしてくれているらしい。
その故、この村が現在廃村状態になっていても、調査を理由にやってくる役人達の介入を妨げているので、この村はまさに外部から隔離された陸の孤島とも呼べよう。
しかも植物から植物を通じて薩摩に限らず、九州全体の情勢を知る事が可能なので、影隠が再び九州に上陸してもすぐに察知することが可能だそうだ。
「......情報収集に適した神通力だな」
「いや、しかし、推戴様がご健在だった頃は、これほどの力は扱えていなかったはずだが......」
今のところの基本的な役割分担に関しては、烏乃助と華申は、現在蘇生中の推戴の警護を、もう一人の推戴はやたらと、うずめになついているらしく、うずめもお姉ちゃん扱いしてくれる推戴に満更でもない様子であった。
そして、居子は忍者の技術を使って、一人で森の外に出て、食料やら生活用品の買い出しに出掛けていた。
「......ここまで凄いと、俺が闘ってきた心の所有者達も、実際は本来の神通力の力を引き出せていなかったんだろうなぁ......」
なんとなく烏乃助はそう呟く。
......そもそも、今までの心の所有者が本来の神通力を引き出していたら、それだけで日本各地が壊滅していたような気がする。
と、烏乃助と華申の元に、うずめと推戴が歩みよってきて、推戴はある程度近付くと華申の胸に大きく飛び込んだ。
「きゃきゃきゃ! 華申大好きぃ」
「な!? 急に何を仰いますかぁ!?」
「えぇ? お、お前......ずっと怪しんでいたが......やはりそうだったのか.......」
「ちっがぁぁぁぁぁぁぁぁう!!」
「うわ、華申さん、キモいっすね」
と、いつの間にか買い出しから戻ってきた居子がゴミを見るような目で華申を見下す。
「おま!? 勘違いするなぁ!」
「はいはーい、こんなキモいお兄さんはほっといて、推戴ちゃんにうずめちゃん、これから一緒にお風呂入ろ?」
「自分はキモくなぁぁぁぁぁぁい!!」
こんな感じのやり取りを一週間も見続けていた為、烏乃助はそこそこ退屈する事はなかった。
■
夜、旅籠の露天風呂。
一ヶ月前までは普通に経営してた旅籠も、今では無人となっているが、露天風呂だけは健在であった。
「あ、こらこら、推戴ちゃんったらぁ、そんなに暴れると頭洗えないっすよぉ」
「きゃきゃきゃ! わたち、身体を洗うよりも早くお風呂に入りたーい!」
「駄目だよ推戴ちゃん。よく泥だらけになりやすいんだから、ちゃんと身体の泥を落としてから入りなさい」
「はーい!」
「ちょ!? なんでうずめちゃんには素直なんすか!? 自分がこの中で一番のお姉さんっすよぉ!」
そんなこんなで、女子三名は仲良く風呂場で騒いでいた。
「にっしても、推戴様のもう一つの人格にしては、随分と天真爛漫というか、無邪気というか......」
「だって推戴様本人は元々恥ずかしがり屋だったんだもーん。つまり、それだけ人前では自分を押し殺して、色んな不満やら感情を心の底に溜まりに溜まった結果わたちが生まれたしねぇ」
「へぇ、そんなんだぁ」
「......」
それを聞いて居子は浮かない顔となった。
きっと、推戴の性格を考えると自分達に話してくれなかった悩みがあっただろうにと。
だが、今はそんなこと忘れて、ある程度身体の汚れを落としてから居子とうずめは温泉に浸かる。
「くぅ~、やっぱ温泉は心の洗濯っすねぇ」
「むふ~、確かに心が落ち着くねぇ」
「きゃはー!」
「うわっぷ!?」
「わぁ!?」
居子とうずめが湯に浸かっていると、推戴が大きく跳躍して、温泉に飛び込んだ。
「こ、こらー! 急に跳び込んだら危ないっすよぉ!!」
「きゃきゃきゃ! 居子ぃ、一緒に泳ごぉ!」
「むがー! だぁから温泉は泳ぐものじゃないっすよぉ! 後、自分の事も『お姉ちゃん』って呼ぶっすよぉ!」
なんともまぁ、騒がしい感じになってしまったが、数分後には騒いでいた推戴も落ち着いて三人とも静かに温泉に浸かっていた。
「ふぅ~、でねでね! うずめお姉ちゃんに聞きたい事があるんだけどぉ」
「うん? 何かな? お姉ちゃんに何でも聞いていいよ」
「むぐ~、自分だけ除け者みたいな扱いっす~」
うずめの隣で頬を膨らませて羨ましそうに二人を見つめる居子をよそに、推戴はあることをうずめに聞いた。
「お姉ちゃんはこれまでの心の所有者の人達の中に、わたちみたいな特殊な人、あるいは人じゃない人って居た?」
「え?」
ただの無邪気な子供かと思いきや、急に突拍子もなくそんな事を聞いてきたので、うずめは少々戸惑いながらも、何故そのような事を聞くのか尋ねてみた。
「......ど、どうして、そんな事を聞くの?」
「ん? ん~なんとなく」
特に何か思惑が無さそうな気がしたので、うずめはその質問に答えて上げた。
今まで出会った推戴を除く六人の心の所有者の中に人間では無い者が居たとしたら、それは一人だけであろう。
丹波・神鳴平原で遭遇した『楽雷』の所有者にして、意思を持つ鎧『雷剣』。
丹波・不士見町の人々の想いが蓄積して誕生した付喪神。
今のところ、心集めの旅で唯一烏乃助が敗走した相手でもある。
あの時は仕方なかった。なんせ雷剣の中には人が入っておらず、鎧だけが動いていたのだから、それ故に倒すことは実質不可能な相手であった。
雷剣の事を話終えると、推戴は更なる質問をするのだが、後になってからうずめは、『この時、この質問に答えるべきではなかった』と、後悔することとなる。
「じゃあ次はねぇ......その鎧さん、最後はどうなったの?」
■
その次の日の朝、最悪な事態が発生した。
なんと、推戴が姿を消したのである。
更に、蘇生中の推戴本人のつぼみが、少しずつだが、確実に根元から枯れ始め、華申と居子だけでなく、烏乃助とうずめも戸惑いを隠せなかった。
「ど、どうしてっすか!? なんで、こんな事に......!」
「く、くそぉ! 推戴様ぁぁぁぁぁぁ!! 出てきてくださーい!!」
「烏乃助! 推戴ちゃんを探しに行こ!」
「ああ、ただしうずめ、お前は居子と共にこの村に残れ、俺と華申で森の方を探す」
「ん、気を付けてね」
■
荒御霊樹海。
火照村の周囲を囲み、火照村、港、町を隔てるように広がっている樹海である。
推戴はこの森の中に居ると思い、烏乃助と華申の二人が捜索に当たるのだが......。
「......おい、見苦しい真似をするなよ」
「うぉおおおお! そこの鹿殿! 推戴様は何処に行かれたかお教えくださいぃぃぃぃぃぃ!!」
華申はなんと、野生の鹿相手に頭を下げてまで推戴の居場所を聞き出そうとしていた。
現在、九州全体の動植物達と推戴の意思が繋がっているとはいえ、さすがにこれはない。
華申は主の為なら平気で人としての尊厳を捨てちゃうのだろうが、これには烏乃助ですら顔が引きつらざる負えなかった。
「......みっともないから止めろ。てか、鹿が答えられるわけないだろ」
「い、いやしかし! 答えられなくとも、推戴様の居場所まで案内してくれるやもしれないではないか!」
目の前のみっともない人間に呆れ果てたのか、鹿は二人を置いてその場から立ち去ってしまう。
「むぅ!? ま、まさか推戴様の元まで案内して......」
「くれるわけないだろ? あれは、お前に呆れて......ん?」
「うぉおおおおおおおおおおおおお!! 待って下されぇぇぇぇぇぇぇぇ鹿殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
おもいっきし勘違いをして華申は逃げる鹿を追い掛けていき、その場に烏乃助一人だけとなってしまった。
「......アイツが遭難しても、そのままにしよう、うん」
華申はほっといて、烏乃助は一人で推戴を探そうした矢先、場の空気が変わった。
「!?」
さっきまでは静寂で、木々の枝葉に日の光りが遮られて薄暗かった森が、唐突に四方八方から動物達の鳴き声が鳴り響く。
しかも頭上にある枝葉や木々が風の影響かは知らないが、葉と葉、枝と枝を激しく擦り合わさって激しくざわついている。
まるで、森そのものが意思を持ち、余所者に対して警告しているようにも感じる。
これにはさすがに烏乃助は身構えてしまったが、背後から笛の音が聴こえたので振り返ると、茂みの中から推戴が横笛を吹きながら現れた。
「......どうした? なんだか機嫌悪そうだな?」
「あ、判っちゃったかなお兄ちゃん」
皆の心配をよそに、推戴は花のような笑顔を浮かべる。まるで親の心配を知らない子供ような感じだ。
「なんで急に居なくなった? お前が村から離れたせいで本物の推戴が......」
「『本物』って何さ?」
花のような笑顔を浮かべていたはずの推戴が急に無表情となり、太陽のように輝いていたはずの瞳が光を失い、人形のような不気味な目になった。
「わたちだって『推戴』だよ? なのに本物本物って、まるでわたちが『偽物』みたいじゃん」
「あ? 違うのかよ?」
「っ!!」
烏乃助の一言が気に障ったのか、推戴が笛を力強く吹くと、空から一羽の燕が急降下し、烏乃助の顔にその嘴を突き立てようとするが、烏乃助は難なくそれをかわした。
「......お前は、推戴を生き返らせる為に産み出されたんだろ? だったら......」
「黙れ」
とても低く、重い声であった。
「お兄ちゃん。考えてもみてよ。もし、わたちが推戴様を生き返らせたらさ、その後どうなるの?」
「どうって......」
どうなるのだろう? 推戴を生き返らせた後。当然、推戴本人から『恥木』を取り出すわけだが、ここで烏乃助はようやく目の前の推戴の思惑が判ったので口に出した。
「......お前、自分が『消える』と思ってるのか?」
「......だってそうじゃん。ずっと、ずっっっっと! わたちは推戴様の心の中に居たんだよ! 推戴様本人が死ぬまで絶対表に出ることを赦されない心という『牢獄』の中に囚われていた筈のわたちが、お外に出られて、皆と触れあって、笑いあって、楽しく出来てるんだよ......だからこれは『奇跡』なんだよ」
「よせ......」
烏乃助は推戴の次の言葉が判ってしまった為、その言葉を制止するようにしたが、無理だった。
「推戴様を殺してくれたあの忍者さんには感謝しなくちゃ、あの人のお陰でわたちは産まれ、わたちという名の奇跡が現実になったんだから!」
言ってしまった。一番言ってはいけない事をこの推戴は言ってしまった。
『恥知らず』、この言葉が烏乃助の脳裏に浮かんだ。
この推戴が一週間もの間、うずめから心集めの旅のことや神通力の事を頻繁に聞いていたのは、神通力の力で産まれ、本来はこの世に存在する筈もない自分の身がどうなるのか、その情報を集めていたのかもしれない。
だが、自分が消えるかもしれない不安から出た言葉かもしれないが、烏乃助は推戴を睨み付けながら鞘付き刀を腰から抜いた。
「......『恥』を捨てたな。もうお前はただの『餓鬼』に成り下がったわけだ」
「......じゃあさ、わたちを愛してくれないお兄ちゃんなんか大っ嫌いだっ!」
■
大和。
奇魂村。
かつては、猟師や百姓達が自分達の拠点に使っていた小さな村であったが、現在は誰も使用していない廃村。
時刻は朝、しかし、村の外は現在、濃霧に覆われており、迂闊に外を出歩くわけにはいかない。
「いやはや、困りましたねぇ、はい」
「そうですね。この霧じゃ暫く動けないですね」
その朽ち果て家屋の中に、宣教師『フェリス・イカーサ』と『黒部 塩八』の二人が、朽ちた窓から外の様子を伺う。
「......越中を出てからと言うもの、ものの見事に人気がない道ばかり歩きますね」
「いやぁ、日本が鎖国中で、大変申し訳ありません、はい」
「う......」
二人が雑談混じりに外を見張っていると、部屋の奥で仰向けに横たわる宣教師『ディアル・エル・クラウディウス』が呻き声を上げる。
「......すまない二人とも、世話をかけるな」
「いえいえ、お気になさらず、はい」
「そうですよ。.......それにしても『神の毒』って、そんなに危険なものなのですか?」
先月の美濃で『影隠 夜叉』が死に際に放った神の毒。
現在、ディアルはその毒に侵されているのだが、どうしても治療法が見付からない。
「まさか影隠の者が神通力を所有していたとは、かなり厄介ですね、はい」
「しっ」
外を見張っていたフェリスが何かに気付いたらしく、人指し指を口に当てて、二人に対して無言で静かにするように促す。
「......敵は、何人見えましたか?」
「......一人、ここから見える家屋の影に、この間の影隠とかいう連中でしょうか?」
「もしくは、奴、『不知無 死刻』の刺客か」
三人が霧で視界が悪い外に向けて警戒していると、霧の向こうから何かが跳んできて、窓から室内に侵入してきた。
「!? こ、これは!」
「まずいです、はい!」
跳んできたものは小さな焙烙玉(小型爆弾)であった。
すると、鋭い閃光と共に、焙烙玉の爆風により古い家屋は一瞬で吹き飛んでしまった。
「......や、やった」
吹き飛んだ家屋を確認しに現れたのは、一人の少女であった。
しかし、その少女は普通の格好ではなかった。
その少女は忍び装束を纏い、首には膝裏まで伸びる首巻き布を巻いた少女。
「ふぅ、暗殺完了であります。夜叉殿を倒した相手に真っ向から挑むことは小生みたいな若輩には荷が重いであります」
少女が立ち去ろうと吹き飛んだ家屋に背を向けるが、背後から強烈な殺気を感じ、慌てて近くの家屋の影に隠れた。
「う、わあああ!?」
恐る恐る家屋の影から殺気を感じた方を覗くと、そこにはディアルとフェリスと黒部がこちらに向けて、それぞれ武器を構えていた。
「わ、わぁぁぁ!? な、なんで無事でありますかぁ!?」
「......こんなこともあろうかと非常用の脱出口を作っておいたのだよ」
「ディアル殿。あまりご無理をなさらず」
「それにしても、もしや貴女は影隠の人ですかな? はい」
少女は小刻みに身体を震わせながら姿を現した。
「......う、うううううううう、し、小生は闘いたくないでありますが、あ、あなた達は今、足を踏み入れてはいけない『真実』にた、たたたた、たどり着こうとしてるでありますぅぅぅぅ」
「......なんのことだ?」
この少女が何を言っているのか判らず、ディアルは短筒の銃口を少女に向け、フェリスは短剣を、黒部は棒手裏剣を構える。
一人、神の毒で弱っているとはいえ、明らかに強敵三人相手に、少女は 怯えながらも背中に背負っていた直径三尺(90cm)、真ん中に持ち手がついた巨大な手裏剣を構えながら高らかに名乗った。
「し、しししし小生は、か、影隠妖魔忍軍八鬼衆がひ、ひ、ひ、一人、か、『影隠 初花』、ま、まいりゅ!?」
噛んだ。さっきから何とも締まりがない、本当にこの少女は、あの『影隠 夜叉』と同じ忍者なのだろうかも怪しくなってきた。
こんな強いのか弱いのかも判らない憐れな少女相手に大の男三人が武器を構えること事態、恥ずかしい話かもしれないが、相手はどんなに憐れで、か弱そうな少女でも相手は忍者。
弱そうに見えるのも、もしかしたら演技かもしれない。
故に油断出来ない、そう思った三人と初花は戦闘体勢入るのであった。
「で、でででで、では、い、行くでありますよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
■
「......ちぃ!」
「きゃきゃきゃ! あったらないよーだ!」
烏乃助は暴走した推戴相手に鞘刀で攻撃する。勿論、本気ではないが、さっきから全然攻撃が当たらない。
「うおっと!」
しかも、当たらないどころか、推戴は意思が繋がった動物達を茂みに隠して、隙あらば烏乃助に死角から不意討ちをしてくるのである。
「ほぉらお兄ちゃん、こっちこっちぃ!」
「待てやクソガキ!」
推戴が烏乃助の横薙ぎを回避と同時に茂みに隠れる、と同時に茂みから無数の野犬が飛び掛かってきた。
「『鶫』!」
烏乃助は犬と犬の間を掻い潜りながら、一頭、一頭の眉間を打ち抜き、野犬は全てその場に気絶し、烏乃助は再び推戴を追い掛けようとすると、今度は猪が突進してきた。
「『白鷺』!」
一歩踏み込んだ強烈な突きで猪の鼻を貫き、その勢いで吹き飛び、猪は空中で三回転した後に地面に落下した。
「ありゃりゃ、お兄ちゃん強いね。でも、わたちには勝てないよ?」
と、推戴は葉のように軽やかに宙を舞いながら、近くの木の枝の上に着地と同時に横笛を鳴らしながら、無数の動物達が草むらから姿を現し、全員が烏乃助に殺気を向ける。
動物が放つ殺気、それは人とは違い、常にほぼ毎日、生きるか死ぬかの瀬戸際で生きている野生の彼らが放つ純粋なる殺気は尋常ではなかった。
「それにね。森が教えてくれるのぉ、お兄ちゃんが次にどこから、どんな攻撃をするのかを、だからお兄ちゃんの事なんか恐くないよぉ」
動物達が攻撃をし、植物が全方向から烏乃助を監視し、それを推戴に教える、まさに推戴と言うより、この森そのものと闘っているような気分である。
一見、不利な状況に見えるが、烏乃助は余裕そうに刀を肩に担いで、不敵な笑みを浮かべる、
「あっそ、確かに分が悪いが、ようはお前を黙らせたらこの森も、 こいつらも大人しくなるんだろ? だからさっさと大人しく捕まれ」
「嫌だ! わたち、消えたくない! 推戴には死んでほしくないし、華申と居子とも別れたくない! だからお兄ちゃんもお姉ちゃんも! 推戴の中にある神通力は諦めて!」
とても悲痛な叫びであった。
消えたくないは本心なのはよく分かる、しかし、諦めろ、か。
もし、うずめがこの場に居たら、こんな事を言っていただろうな。
「残念、俺には『諦める』なんて感情ないんだよ!」
と、烏乃助は風の如き速さで推戴を守るようにしている動物達に突貫し、動物達も一斉に雄叫びを上げながら、土石流の如き勢いで押し寄せながら烏乃助に襲い掛かる。
「第最終羽の奥義『黒刀赤烏』!!」
■
「か、勝ったであります」
大和・奇魂村。
「やったぁぁぁぁ! 小生の勝ちでありますぅぅぅ!!」
初花は兎のように何度もその場でぴょんぴょん跳びはねながら、喜びを体で表現する。
「......Si,estupido.(ば、馬鹿な)」
「あ、ありえない......こんな少女相手に我々が負ける......なんて、......不覚」
「い、や、はや、想定外の......事態......ですね、はい」
喜ぶ初花の目の前で、ディアル達三人は全員、地に伏していた。
一体、何が起こったのか? 見た目は十四、五歳ぐらいの少女相手に、歴戦の騎士二人が敗北したのだ。
こうして、ディアル達の日本での旅は幕を閉じたのであった。
わけではないのでご安心を。
第八話「こころはじらう」第四章『希望の花』に続く。
今回は最後が色々と酷いですね(笑)
まさか、影隠のマスコット的な少女に負けるとは......次回、薩摩編完結と同時に、ディアル達が初花相手にどのように負けた? のか、となります。
それでは次回をお楽しみにぃぃぃぃぃぃ......や、やったぁぁぁぁぁ! 予告を守れたでありますよぉぉぉぉぉ!




