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こころあつめる(仮)~烏と不思議な少女の伝奇時代冒険譚~  作者: 葉月 心之助
第七話「こころたける」
33/54

第二章『英雄の矜持』

 Q,葉月先生、社畜を卒業しまして何か一言。


 A,世界が変わった。


 いやぁ、本当に心身共に軽くなりましたよぉ、やっぱ残業ばっかりやってると宜しくないですね、うん。からのはじまり~はじまり~。

 烏乃助とうずめが尾張に居る時とほぼ同じ時刻にて、


 美濃。


 山道。


 宣教仮面『ディアル』と宣教師『フェリス』は宿敵『不知無(しらない) 死刻(しこく)』が潜伏する土佐までの道案内を務める『協力者』に会うために人気のない夜の山道を歩いていた。


 何故、こんな山道かと言うと、鎖国中の日本におけるディアル達の事を考えてのことである。


「......やはり、越中が特別だったのでしょうか?」


 ずっと黙ってディアルに付いて歩いていたフェリスがそう呟いた。


「特別......異国人に対する対応のことかね?」


「はい、越中以外にも九州の『長崎』と言う場所にもキリシタンが大勢居るようですし、もしかして我らのような異邦人の安息の地は、この二つの土地だけなのでしょうか?」


「そんな事はない、私が最初に訪れた丹波の『不士見町』の人々は異国人の私を快く受け入れてくれた。まぁ、単に今のところ我々は異国人に対して寛大な日本人にしか会っていないだけかもしれないがな」


「......ですが、土佐までの道中、必ず異国人に偏見の目を持つ者と遭遇するやもしれません。どうかお気を付けを」


 暗い山道を二人が会話を挟みながら歩いていると、協力者との合流地点である崖の麓に到着した。


 しかし、その場所には誰も居なかった。


「? 本当にここなのか? ......フェリス?」


 と、振り返るとそこにはフェリスの姿がなかった。


 先程まで自分の隣を歩いていたはずのフェリスが居なくなった。その事に気付かなかっただけでもディアルは何か不吉な事が起きてると感じた。


 異常事態である事を察したディアルは腰の短筒を抜いた。


 前方は見上げるほどの絶壁、後方は薄暗い森、周囲からは虫や梟の鳴き声、そんな暗闇の中一人取り残されたディアルは慌てることなく周囲を警戒していた。


 が、ディアルはすぐに警戒を解いて溜め息をついた。


「......ハァ、警戒した私が馬鹿みたいではないか、貴様隠れる気がないのか?」


 その台詞と共にディアルの前方から三畳ほどの距離の地面が盛り上がり、そこから一人の人間が現れた。


 その者はこめかみから旋毛にかけて左右に剃り込みが入った奇妙な髪型をし、地中に潜んでいたにも関わらずその目には黒眼鏡(サングラス)、そして袖を切り落とした忍び装束、肩から指先にかけて包帯が巻かれた腕、首には膝裏まで伸びる首巻き布、更に奇妙なのは背中に背負っている物であった。


 その者は背中に大量の直刀を背負って居たのである、数えると全部で十本の刀、そこまで多いとまるで背中から昆虫を連想させるような羽が生えているようにも見えた。


 刀と刀の鞘が擦れ合い、ガチャガチャという音を発しながらその奇妙な男は立ち上がり、体に付着した泥や砂埃を払いながらディアルの顔を見た。


「......はぁ~、はっはっはぁ~、てめぇよぉっお? なんで俺っちょの存在に気付いたんだ?」


「......殺気、それも隠す気などさらっさら無い明確な敵意、知っているぞその服装、貴様は『ninja』だな? ninjaがこうもあっさり気取られてしまうあたり、貴様は大したninjaではないな?」


「......く、げひひ、そっかぁっあ! 確かに忍者が気取られちまうのは恥ずかしい話ではあるがよぉ? だが、しかし、俺っちょの殺気でアンタに嫌がらせできただけでも上出来かねぇ」


「嫌がらせ?」


「おぉい、おいおいおぉぉぉい、そう隠すなよ、今アンタはイラついてるだろぉ? 俺っちょの殺気でぇ、それだけでも俺っちょは超ご機嫌なわけよぉ、わっかるぅ?」


 忍者のわりには随分と気が高揚しており、尚且、五月蝿い奴だと思った。


 相手の神経を逆撫でするための策略なのかは不明だし、ディアルは相手が何者かなど興味がないが、この男がフェリスをどこかに連れ去ったであろうと思ったディアルは男に問い掛けようと思ったが、そんなディアルの気を読んだのか、男はディアルの知りたいことを語った。


「あ~あっあっあぁぁぁ、連れの坊やが心配かぁ? そぉ焦るなよ、今のところアイツは無事だぜぇ、けど心配だなぁ、心配だよぉなぁ? なぁ心配してるよなぁ? 早くしないと死んじまうもんなぁぁぁぁ?」


「死ぬ?」


「そぉそぉ、死ぬんだぁ、逝っちまうだぁ? けど寂しくないぜぇぇぇぇ? すぐにアンタも黄泉に送ってやるからよぉぉぉぉ!」


 相手が何者で、何故自分達を狙うのか、ディアルが現状を理解する間を与えずに忍び装束の男は背中の十本の刀の内の二本を両手で抜いた。


「しゃぁ!」


 左の刀で逆袈裟、右で上段からの袈裟、二本の刀で挟み込むように斬り掛かってきた。


 すかさずディアルは相手に向けて短筒を撃とうと思った矢先、なんと忍び装束の男は斬り掛かると見せ掛けて二本の刀を投げたのである。


「何!?」


 ディアルは一本を短筒で弾き、もう一本は側面から蹴った。


 再び銃口を男に向けると、男はディアルの目の前で大きく跳躍し、ディアルが弾いて地面に刺さった刀の柄頭に着地、背中から再び新たな刀を片手で三本抜き、まるで手から巨大な爪が生えたかのような感じで右手に三本の刀を握って上段から振り下ろした。


「ゲヒヒヒ! 上段、いっただきぃ!」


「フッ!」


 ディアルは振り下ろされる前に相手の懐に飛び込み、三本の刀を持った右手を止めようとした。


 いくらなんでも三本の刀を片手で振るえるわけがないと踏んだのだろう。ディアルが相手の右手に触れようとした矢先、何かに気付いたらしく、出した手を引いて、相手が足場としている刀を蹴った。


「ひゃぁお!」


 相手も崩れる足場を跳躍し、ディアルの頭上で前方宙返りをしながら右手に持った刀を二本投げた。


「甘い!」


 投げられた刀を避けながらディアルは相手を銃撃した。


「ほぉほほ!」


 変な声を上げながら相手は右手に残った一本の刀で銃弾を防ぎつつ、地面に着地した。


「おっとぉぉマジかよ」


「......貴様、その手に何か仕込んでいるな?」


「あ~あ、バレちまったかぁ、つか気付くなよこの馬鹿! 気付いちまったから面白くないじゃないか! この馬鹿! てめぇがもし演劇の舞台に立ったら絶対観客を白けさせる才能があるだろ! この馬鹿!」


 もの凄く罵倒してきた。ちなみにディアルが先程手を引いた理由、それは相手の包帯で巻かれた指から何か突起物のような物が露出しているのが直前で分かったからである。

 自分の手の内がバレたので男は指の突起物について解説をし始めた。


「ゲヒヒ、このトゲは暗器の一種で『角手』つーてな。で、先端にはトリカブトの毒が塗られていたのになぁ」


「......そうか、それにしても片手で三本の刀を振るうとは、随分と面白い剣法だな。貴様の方こそ、舞台に立てば民衆の気を引けるんじゃないのか?」


「おぉよぉ、確かに俺っちょはそういうことに関しちゃぁ自信満々だぜ? なんせ毎年開かれる影隠忘年会じゃぁ俺っちょの隠し芸観たさに全国に散らばる影隠の連中が観に来ちまうぐらいだしなぁ」


「影......隠?」


 影隠の名を聞いて去年、丹波から越中までの道中まで行動を共にしていた烏乃助がそのような事を話していた事をディアルは思い出した。

 呆然と立ち尽くすディアルを見て男は自分の頭を軽く叩いてから自己紹介した。


「あぁぁぁ、やっちまった自己紹介が遅れちまったぁ、俺っちょの名は『影隠(かげがくれ) 夜叉(やしゃ)』だ夜露死苦(よろしく)!」


「......夜叉? 夜叉と言えば確か印の国 (インド)の鬼神じゃなかったか?」


「おぉいおい、そぉ細けぇこと気にするなよなぁ

、そう生真面目だと女にモテないぜぇ?」


「......で? その影隠が我々に何の用だ?」


 夜叉の軽口を無視してディアルは問い掛けた。


 すると、夜叉はわざとらしく顎に手を当てながら首を回し始めた。


「んん? さぁてねぇ、何だろうねぇ」


「......『ニコル・シン・フラメキウス』」


「あん?」


 ディアルは何の拍子もなく、夜叉にとって聞き覚えのない名を出し、夜叉は首を傾げた。

 そんな夜叉を見てディアルは訂正した。


「いや失礼、確か日本だと『不知無(しらない) 死刻(しこく)』だったか? 奴と関係してるのか?」


「ひゃひゃ? なんでそう思う?」


「単にそれしか思い浮かばなかった......ん? もしかして二ヶ月前に越中で始末した奇妙な犬の事だったりするかね?」


 奇妙な犬、それは越中でディアルに殺害された『 影隠 うわん』の事を言っているのであろう。

 

「......いんや、アイツは関係ねぇ、なんせ俺っちょ

もアイツも忍者、影に隠れる者、影の中でしか生きられない奴らは目的の為なら平気で命を投げ出せる。てな訳で、俺っちょは別に恨んでないぜ?」


 すると、夜叉は背中に残った五本の刀全てを両手で抜いた。


「恨んじゃいないが、個人的にはアンタみたいな強えー奴と殺り合えるなら、理由なんてどーでもいいんだよなぁ、俺っちょ忍者のくせに結構好戦的だし、それに一方的に相手をいたぶるのも好きだしな!」


 夜叉は両手に持った五本の刀を全て空中に放り投げた。


「ゲヒャヒャヒャ! 見してやっちゃうぜぇ? 俺っちょの闘法『十本流』をよぉ!」



 尾張、桶狭間。


「たくっ、アイツ何処に行きやがった?」


 雪原の上を烏乃助は途中ではぐれたうずめの捜索をしていた。


「あーまったくよぉ、アイツの髪が白いせいで本当にわかんねぇぞ......ん?」


 うずめを探しながら歩いていると、雪で出来た丘の上から一匹の狼がこちらを見下ろしていた。


 別に狼ぐらい居ても普通だと思った烏乃助ではあったが、その狼がくわえている物を見て烏乃助は思わず目を見開いた。


「その扇子......いつもうずめが持っていたやつじゃ......あ、おい!」


 烏乃助が近付こうとすると、狼はそのまま丘の向こうへと姿を消した。


「逃がすかよ!」


 烏乃助はそのまま逃げる狼を追い掛けた。

 人間と狼では脚力に差があるはずだが、烏乃助は狼と一定の距離を保ちながら追跡していた。


 しかし、雪が邪魔で地面が見えないせいか、急に深い所に足が嵌まってしまい、狼との距離が離れてしまった。


「......あー! だから雪は嫌いなんだよ! 走りにくいし、冷たいし......ん?」


 雪から足を抜くと、少し離れた所に洞窟があり、先程の狼がその洞窟の入口付近に鎮座していた。


「なんだ?」


 烏乃助がその洞窟に近付いても狼は先程のように逃げたりはしなかった。


 恐らくだが、この狼は烏乃助をこの洞窟まで案内したかっただけなのかもしれない。


 烏乃助は洞窟の入口の天井から垂れ下がっている暖簾(のれん)のような毛皮を潜って中を覗いてみた。


「......お前」


「おーっ、本当に烏乃助が来た。流石だね『ホロちゃん』」


 洞窟の中には烏乃助が捜していたうずめが焚き火の前で動物の肉を食べていた。


「ごめんね烏乃助。途中ではぐれたりなんかして......」


「いや、別にそれはいいんだが、これは一体なんなんだ?」


 その洞窟の中は明らかに人間の生活感あるものとなっていた。


 よく見ると木で作られた棚や保存食が入った籠やら他にも色々と手作り感溢れる家具、そして奥の壁には大きな熊の毛皮が飾られていた。


「......まさかお前が作ったわけじゃないよな? それにさっきの『ホロちゃん』て......」


「『ホロケウ』。アイヌの言葉で『狼』を意味する。こいつの名だ」


 背後から声がしたので振り返ると、そこにはいつの間にか一人の男が立っていた。


 その男は本州では見ないような草皮衣を上下に纏い、その上から様々な刺繍(ししゅう)が施され裾が膝まで伸びる木綿衣を羽織っていたが、何故か右の袖だけは通していないと言う変わった着こなしをし、首には青と黒色の硝子玉が通された首飾り、両手両足には手甲と脚絆を装着し、左手には鞘に納まった一振りの刀が握られていた。


 その刀の鞘には熊や鳥の彫刻が彫られ、柄は日本刀のように柄糸が巻かれておらず、柄は白銅で作られた金具で、こちらには過剰な装飾が施されているという変わった刀であった。


 何より特徴的なのがその黒髪に青みがかったような頭髪と、前髪から覗かせる冷徹な双眸であった。


 烏乃助はその目を見て、何処と無く、初めて出会った頃のうずめを連想させていた。


 何処かの民族風のその男は、先程の狼と共に洞窟の中に入り、うずめの向かい側に腰を下ろした。


「......良かったな......連れが見つかって」


「うん! ホロちゃん、ありがとー」


「くぅーん」


 ホロケウと呼ばれた狼はうずめの隣に座り、うずめはホロケウの頭を撫でた。


「......」


「......アンタも......そんな所に突っ立ってないで、こっちに来たらどうだ? だいぶ体が冷えてるだろ?」


「......『(あかつき) 黎命(れいめい)』......か?」


 奇妙な民族衣装、奇妙な刀、どれも鴨居から聞いた特徴と一致していた。


 烏乃助は腰の鞘付き刀を抜こうとしたが、刀に触れていた手を離して焚き火の前で腰を下ろした。


「......抜かないのか?」


「ま、よく分からんが、あんたはうずめを助けてくれたっぽいしな、取り合えず礼を言うぜ」


「......取り合えず、か......別に、目の前でこんな子供が死んでしまうと......夢見が悪そうだからな」


「むー、私子供じゃありませーん」


 うずめが子供であることを否定したが、烏乃助と暁は無視した。


「意外だな、てっきり人の心なんか無い上に言葉も通じない冷酷な奴かと思ってた」


「そんな事はない......オレは、自らの欲の為だけに大勢の人間を殺したからな......」


「欲の為に人を殺したか......俺も昔似たような事をしてきたからな、その点で言えば似てるわな、俺達」


「......」


「でさ、お前の目的はなんだ? お前が人を斬り続ける理由、そして、お前の神通力が暴走した理由、色々と聞かせて......て、おい!」


 烏乃助は暁から全てを聞き出そうとしたら、暁は急に立ち上がり、洞窟から出ていこうとした。


「悪いが......オレはオレでやることがある、だからアンタらは暫くしたら帰ってくれ」


「......そうも行かねぇよ、俺達はお前に用があってこんな所まで来たんだからな、それに早くしないとアンタを殺す為だけにこっちに近付いている幕府の軍勢と鉢合わせにあっちまう」


「......オレはその幕府の軍勢を待っているんだ」


「何?」


「それに......この吹雪も、元々は幕府の連中を誘き寄せる為にやった事だしな」


「!? お前......」


 外の吹雪は神通力の暴走ではなかった。暁は幕府を誘い込む為だけに尾張を氷の国に変えたと、言うのである。

 とても正気とは思えない。


「オレが良い奴だと思ったか? 言ったはずだ、オレは欲のためなら平気で他者を殺す外道だ。分かったらさっさと消えろ」


「......どうしても消えて欲しいならさぁ、お前の欲がなんなのか答えろ」


 烏乃助は立ち上がって暁を睨み付けた。それに対して暁は振り返らず背中越しに答えた。


「......死ぬこと」


「あ?」


「......オレの目的は死ぬことだ」



「ゲーヒョヒョヒョヒョォォォォォォウ!」


 同時刻、美濃、岩壁前の夜の森林。


 下品な雄叫びを上げながら夜叉は空中に放り投げた五本の刀の内の一本を右足で掴み、そのまま逆立ちになりながら廻し蹴りをディアル目掛けて放った。


「シッ!」


 ディアルは短筒に弾を込めながらその刀を膝で蹴り上げて再び刀は空中に舞った。


 しかし、蹴り上げた刀と入れ代わるようにして、二本の刀が夜叉の方に落下し、夜叉は足を地に付けて、その二本を両手で持ち、その内の一本を至近距離で、ディアルに投げた。


 ディアルはそれをかわした、と同時に夜叉はもう一本の刀でディアルの喉を突いて来たが、ディアルは夜叉の腕が伸びきる間合いまで後退し、夜叉の突きを避けた。


 後退と同時に銃口を夜叉に向けるが、夜叉の突き出された刀とディアルの間に空中に舞っていた四本の刀の内の一本が夜叉とディアルの間に落下し、夜叉はその落下してきた刀の柄頭を手に持っている刀で突いて、後退したディアルに向けて突き飛ばした。


Que(なに)!?」


 後退した足が地に付く前の刹那の瞬間であった為、ディアルは自ら足を前方に跳ばして背中から地面に倒れて突き飛ばされてきた刀を避けた。


 しかし、その体勢のまま空を見上げると、残り三本の刀がまるで雨のようにディアル目掛けて落下してきた。


「ちぃ!」


 ディアルは横に転がりながら三本の刀を回避したが、夜叉は地面に突き刺さった三本の内の二本を両足の指で掴み、鍔を踏みながら一本下駄のように走りながら横に転がるディアルに追い討ちをかけた。


「ゲッヒャヒャヒャ! クケーヒャヒャヒャ!」


「耳障りなのだよその笑い声はッ!」


 ディアルは横に転がりながら追い討ちをかける夜叉に照準を定めてから引き金を引いた。


「あらよっとっと!」


 夜叉は近くの地面に刺さっていた別の刀を引き抜いて銃弾を防いだ。


 一瞬動きが止まったのを見計らってからディアルは地面から跳ね起きて体勢を立て直した。


 と、同時に夜叉は手に持っていた刀を投げつけるのではなく、ディアルの前で軽く放り投げた。

 空中でゆっくり回転する刀目掛けて夜叉は一本下駄代わりにしていた二本の刀を踏み台にして跳躍してから二転三転と空中で前方回転した後に空中の刀の柄頭を踵落としのように蹴ってディアル目掛けて刀を飛ばした。


 さっきから夜叉はよく刀を投げていたが、その踵落としからの刀だけは今までのとは比較にならない程の速度と威力を誇っていた。


 一瞬反応に遅れてしまったが、ディアルは服を掠めながらも、その刀をなんとか回避した。


 夜叉の奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な剣技による猛攻が収まったのを見てディアルはようやく一息ついた。


「......フゥ、変な剣法だな」


「いいやぁ、これは剣法じゃねぇ、闘法『十本流』つぅてなぁ、殆ど剣術における理合、術理を完全無視し、忍者の身体操法のみで十本の刀を巧みに操る職人芸よぉ! 剣の術理を無視してるから剣法じゃなくて闘法って呼んでんだぁ、だから『十刀流』じゃねぇんだ、覚えとけよぉ!」


「ほぉ、忍者と言うのは変わった武術を操るんだな」


「ゲヒヒ、 けど俺っちょは忍者だからそもそも武術をやること事態おかしな話だけどよぉ? けどさぁ、必死に努力して身に付けた技術を他人に見せるのって最高に気持ちよくね?」


「......」


 この時ディアルは、お前は忍者じゃなくて芸人に向いてるだろ。と、言いかけたが止めた、何故なら、不自然に思ったからである。


 この男と話していると、何故かついつい会話が長引いてしまうと思ったからである。


 もしかしたら、これが忍者が扱う話術なのだろうか? だとしたら目的は時間稼ぎ、先程の発言を思い返すと、この男によって何処かへと連れてかれたフェリスの身に危険が迫っている事が伺える。


「おんやぁ? その様子、気が付いたか?」


「あぁ、それに、最後に一つお前に聞きたいことがある」


 そう言ってディアルは短筒を懐にしまってから岩壁に突き刺さった一本の刀を引き抜いた。


「お前はこの十本の刀にどんな信念を乗せる?」


「はぁん? 信念? ねーよ、んなもん、ばぁぁぁぁぁぁぁかでぇい、俺っちょがこの十本流を扱う理由はな、剣士のあり方そのものを否定する為のもんでもあるだよぉ!」


「......」


「そぉもそも剣士とか侍ってのはさぁ、なぁんで一本の刀で闘おうとするのか訳わかんねーよぉ、刀なんてすぐ刃こぼれするわ折れるわでさぁ、そりゃ個人と個人の闘いならいざ知らず、けどよぉ、合戦の時に一本だけで闘うこと事態アホらしいんだよなぁゲッヒャヒャヒャヒャ!」


「......」


「武士道だの忠義だの、そんなの実際の(いくさ)相手に通じるわけねーだろぉよぉ! それを律儀に守ろうとする連中は本当に馬鹿馬鹿しぃよなぁ、な?」


 剣士、武士、侍、武士道や忠義を重んじる彼等の生きざまそのものを否定している。これが夜叉独自の価値観なのであろう。

 そんな自分独自の価値観に同意を促す夜叉、それに対してディアルは口元を少し緩ませてから軽く頷いた。


「......お前の言い分にも一理ある、実際の戦争で個人など、騎士道だのなんだのと言った思想など無に等しいし、ましてやたかが一本の剣で生き残れるほど甘くはない」


「だろだろぉ!」


「では、それらを踏まえてお前に問おう......『信念を胸に抱いて戦地に足を踏み入れて、たかが一本の剣で生き延びた私は何なんだ?』」


「......は?」


 何を言っているのか分からず首を傾げる夜叉の目の前でディアルは左手に持った刀を垂直に立て、右手を刀の峰に添えるという、変わった構えを取った。


「私が今まで小銃ばかり使っていた理由がそれだよ、剣を持った私が強すぎるからだ」


 ディアルが構えたと思った矢先、夜叉は信じられないもの目にした。


「あれ? おかしいなぁ、おめぇさんさぁ......『腕無くなってね?』」


 今、夜叉の目の前でディアルの両肩から先の腕が消えたように見えるという奇妙な光景を目の当たりにしていた。


 それと同時に、ディアルの周囲の岩壁、地面、木々、全てに一瞬にして無数の斬れ込みが入ったのである。


「え、嘘、ま、さか」


 ディアルの腕が消えたように見えた理由はすぐに理解した。

 それは、目にも止まらぬ速さで刀を振り回しているからである。

 まさに今ディアルを中心とした斬撃の嵐が発生しているのである。


「ば、馬鹿かお前! そんなことしたらすぐに刀が折れ 

          ま       だ

              う

    ち


                       ろ?」


 視界から一瞬にしてディアルが消えたと思いきや、いつの間にか夜叉は吹き飛ばされていた。首だけが、


 残った自身の体は跡形もなく木っ端微塵に吹き飛んでいたのである。


 唯一原型を保っていたのは首だけとなっていた。


 ━━え、ちょ、おま、何してくれてんだよぉ! まだまだ見せたい技があったのにぃぃぃぃ!


 そう嘆く中ふと、先月の『影隠 (ぬえ)』の言葉を思い返す。


『たとえ殺されても一矢報いるのだ!』


 ━━けー! 分かってるっつーの大将よぉ。飛びっきりの秘技で報いてやるよぉ!


「『忍法・鬼子菩塵(きしぼじん)』! てなわけでさいならぁ!」


 首だけになってもそう叫ぶと、夜叉は今度こそ絶命し、その後にディアルは動きを止め、仁王立ちになりながら夜叉の残骸に背を向けていた。


 すると、ディアルが持っていた刀が粉々になって周囲に弾け跳んだ。


「......フム、やはり日本刀では我が剣技に耐えられなかったか、元々日本刀の術理と我々の術理はまったく違うから仕方ないか......あ、そうだ、フェリスは何処に行ったのだ?」


 ディアルは夜叉の亡骸をその場に残し、暗闇に覆われた森の中に入っていく。


 しかし、この時ディアルはその場に残された包帯で巻かれた夜叉の『腕』を確認するべきであった。

 その結果、ディアルは『忍法・鬼子菩塵』の餌食となってしまうのであった。



 尾張。


 烏乃助とうずめが暁 黎命に遭遇してから早三日が経過していた。


「......おーい」


「......帰れ」


 仕掛けた罠で捕らえた兎の血抜きをしている暁の背後から烏乃助が呼び掛けたが、冷たい一言が返ってきた。

 あれからと言うもの、暁は二人を突き放すように帰らせようとするが、二人は当然帰らなかった。


「......死にたい理由ぐらい聞かせろよ」


「断る」


 この三日間、ずっとこの調子である。死にたい理由も、幕府の軍勢を誘き出す理由も、何もかも答えてくれない。

 代わりに烏乃助が試合を申し込んだのだが、「オレを殺す気の無い奴に興味はない」の一点張りである。


「......だー! めんどくせぇなぁ! 俺はさっさとお前の中にある神通力を回収して、こんな寒い所から出ていきたいんだよ!」


「だから幕府の連中をどうにかしてからでいいだろ?」


「だーかーらー」


 ずっとこんな感じである、モタモタしていると本当に幕府の軍勢と鉢合わせになってしまう。


 そんな二人のやり取りを見ながらうずめは狼のホロケウと共に雪原を走っていた。


「......そら、今日の晩飯の準備が出来たぞ、この兎を喰ったらさっさと消えろ」


「ぐぎぎぎ!」


 そろそろ堪忍袋の緒が切れそうになる烏乃助、ちなみに昨日、まったく試合を拒む暁相手に不意打ちをしたのだが、烏乃助の攻撃を避けてばかりでまったく反撃すらしなかった。

 攻撃を避けてばかりで反撃しない暁を見て烏乃助は自身にとって兄弟同然のある男を連想していた。


「...... お前は、アイツに似てるな。その面倒くさくて、融通利かない所とか特に」


「誰の事を言ってるのか知らんが飯の準備をするからさっさと洞窟の中に入れ、そして飯喰ったら消えろ」


「......」


 夕食後、暁は夜になると吹雪の中外に出て外の様子を毎晩確認しているのである。


 恐らく幕府の軍勢が来るのを待っているのであろう。


 暁が外に居る間、烏乃助とうずめは暁が用意してくれた毛皮の毛布で互いに身を寄せあった状態から毛布を羽織って作戦会議を開いていた。


「面倒なのは覚悟していたが、ここまでとはなぁ......」


「むふー、烏乃助あったかぁい......そうだねぇ、あの人何がしたいんだろうね?」


「それが判れば苦労しねぇよ、恐らくだが、幕府の連中が来るのは後二日ぐらいか? それまでずっと俺との試合を拒み続けるんだろうなぁ」


「うーん......じゃあさぁ、もうこの手しかないんじゃない?」


「あ?」


「烏乃助があの人を『殺す』気で試合を申し込んだらどうかな?」


「......まさかお前の口からそんな言葉が出るとは思わなかったな」


 心集めの旅に出た当初、うずめは烏乃助に対して、相手がどんな悪人でも一人も殺さないでほしいと約束してきた、そんなうずめから『殺す』と言う発言が飛び出して烏乃助は心底驚いた。


「もちろん、本当はそんな事して欲しくないよ? だからさ、殺す気で殺さない闘い方をしたらどうかな?」


「なんだそりゃ? トンチか?」


「つまり、殺す気だけど殺すギリギリまで追い詰めてそこで殺すのを止めたらどうかな?」


「......んな器用な事出来ねぇよ......ま、ダメ元で明日試してみるか、今日はもうすることないし寝るぞ」


「うん、おやすみー」


 二人が明日に向けて眠りに落ちた頃、外で見張りをしている暁は遠い昔の思い出に耽っていた。


『おぉ! 流石は英雄の子だ!』


『その氷の力は我等を勝利に導く我等が『カムイ』の恩恵だ!』


『カムイに選ばれたお前は正に英雄そのものだ!』


「......英雄......か......苦しむ人々を導く存在......オレは......そんなものになりたくなかった......『ヌペ』......オレは、英雄になる前のただの......ただの『絵描き』に、あの頃に戻りたい......」


 暁は吹雪の中、そう呟いたが、その願いはもう二度と叶わない事ぐらい、暁は理解していた。


 そんな暁に寄り添うようにして狼のホロケウは暁の隣に鎮座していた。


 しかし、この吹雪の中、暁に気付かれないように遠い場所から暁を監視する一つの巨大な影が潜んでいたのだが、暁も烏乃助もこの影の存在に気付くのは、二人が闘う事となる次の日となるのであった。


「■ ■■、■■■、■■■■■■■■、■■■■■■■!!」


 その巨大な影は、まるで闘牛のような鋭い角を生やした『鬼』のような姿をしていた。



  第七話「こころたける」第三章『蛮勇、氷を砕く』に続く。


 巨大な影......一体何なんだぁ?(すっとぼけ)


 念の為に言っておくと、夜叉は死にました。はい、死んだのは確実なんですが、ディアルvs夜叉はまだ続いています。

 ......それにしても、やっぱ夜叉って妖怪ちゃうやん、後になってからそう思ってしまって、なんかやってもうたなぁ(~_~;)


 そんな訳で今回はここまで、次回をお楽しみに~...........『忍法・鬼子菩塵』! ほな、さいならぁ!


~おまけ~


【夜叉】


 顔かたちが恐ろしく性質が猛悪なインドの鬼神。または、羅刹と並び人を傷付け人肉を食らう悪鬼。

 仏教に取り入れられてからは仏典を守護する鬼神にして、人の悪心の象徴となった。

 毘沙門天の眷族にして、八部衆の一。

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