第四章『真実の代償』
セーフ! ギリギリセーフ! 二月終わる前に六話完結できたー!
それでは、はじまり~はじまり~
「ここが江戸かぁ.....」
江戸。
城下町『武楊』。
昼下がり。
「ほぇ~、やっぱ幕府が鎮座しているせいか、通り過ぎるお侍さん達はなんだか堅っ苦しそうな人ばっかり......むがっ!?」
「お、おいおい『いおり』! そんな事口走るなよ!」
「にゃははは、ごめんごめん『鈴にぃ』」
江戸に到着した鈴鳴と鍛冶師『国虎』とその息子『いおり』親子は江戸に到着後、国虎は幕府将軍の遣いと共に江戸城へ、鈴鳴といおりの二人は国虎が紹介した国虎の知り合いの鍛冶師の元へと、別行動をしていた。
「えーと、国虎さんの紹介だとこの通りの突き当たりを右に......」
「......なぁ鈴にぃ」
「ん?」
「江戸来るの初めてだよな? なのになんでそんなに落ち着いてるんだ?」
「......うーん多分、俺の住んでた信濃の『横流町』とこの江戸の『武楊』を比べると横流町の方が騒がしかったしなぁ、それに比べて武楊はなんかこぅ......落ち着きがあるというか......物静かな印象を受けるからかな?」
「......なるほど、よく分からん。けど、信濃かぁ......いつかオレも行ってみたいなぁ」
「あぁ、その時は俺が案内するよ......転蔵のおっちゃんに法像さん、それに町のみんな......元気にしてっかなぁ......ん?」
信濃の事を思い出していると、二人の前方から二人の男がこちらに向かって走って来た。
「たのもー! たのもー! 拙者と試合をしてくれー!」
「も、もぅ、しつこいよ!」
どうやら、一人の武士が一人の青年を追いかけ回していたようである。
「あ! き、君!」
「おわっと!? な、なんだよアンタ!?」
武士に追われていた青年は鈴鳴の後ろに隠れたのである。
どう考えても意味が無いような気がするが。
「た、頼む! 拙者と試合をしてくれ!」
「い、嫌だよ! あなたは、『もう負けた』じゃないかぁ」
「な、何を申すか!? まだお互い刀を抜いていないではないか!?」
「それが分からない人を僕は斬りたくないんだよー!」
「......なにこの状況?」
「鈴にぃ、いきなり面倒な事に巻き込まれたね」
いまいち状況が飲み込めない鈴鳴といおり、これでは埒が明かないので、鈴鳴が二人の仲裁に入った。
「......よくわかんねーけどさぁ、あんましこの兄ちゃんをいじめるなよ、それでも武士か?」
「違うわい! 拙者は正式に決闘を申し込んでいると言うのに......それなのに......ぐすっ」
「い、いやいや、泣くなよ......なぁ、アンタはあの人と試合したくないんだよな?」
それに対して、鈴鳴の背後にいる青年は頷いた。腰に大小の刀を差している所を見る限り、この青年は侍なんだろうが、にしてはなんか情けなく見えてしまう。
すると、鈴鳴はその武士に対して槍を構えた。
「む!?」
「この兄ちゃんが嫌ならさぁ、俺が代わりに相手してやろうか?」
「お主が? ......はっはははははは! 何を申すか! お主のような少年相手に刀を抜くな...どっ!?」
鈴鳴を侮り、高笑いしていた武士に対して鈴鳴は、その喉に槍を突き付けた。
「......子供が相手でもよぉ、得物構えた時点で油断すること自体武士にあるまじき行為じゃねぇか?」
「ぐっ......!」
「おぉと、動くなよ? 動いたらアンタの喉に風穴を空けて涼しくしてやるぜ?」
「ひ、卑怯者......」
「......卑怯? 相手が武器構えてんのに余裕こいて抜刀すらしないアンタの方が卑怯じゃねぇか? 『自分はまだ刀を抜いていない無抵抗な状態だから攻撃されまい』って、思ってたんだろ? あのさぁ、道場稽古と実践の区別ぐらいつけろよ、この半端者」
「ぐ、ぬぅ、覚えてろぉー!」
と、半泣きになりながら、武士は去っていった。
「......鈴にぃ、相変わらず容赦ねぇな。あの人、心折れなきゃいいんだけどな」
「この程度で折れるならその程度だろ? むしろそっちの方が俺的には優しい部類だぜ?」
「......いや~、どうもありがとう、あの人しつこくてしつこくて」
さっきまで鈴鳴の背後に隠れていた青年が鈴鳴にお礼を言った。
その青年は、とても爽やかで整った顔立ちをし、長身で、腰まで伸びる総髪を一纏めに縛っており、何より特徴的なのは、毛先がほんの少し白みがかっていたことである。
「て、兄ちゃん。アンタ侍だろ? ならあの程度の相手、軽くあしらうことぐらいできるだろ?」
「う、う~ん。僕、そう言うの苦手で......それに僕は好きで侍になったわけじゃないしなぁ」
■
「ほぉ、これが本場の江戸そばかぁ」
「うわぁ、久し振りのおそばだ、うんめ~」
あの後、鈴鳴といおりは青年と共にそばをすすっていた。
「ほんと、ほとんど屋敷から出られないから退屈で退屈で、退屈過ぎるからちょっとだけ外に出たらすぐ絡まれるからさぁ、本当に困っちゃうよぉ」
「ふぅん、大変だな」
「なぁなぁ鈴にぃ! おかわり頼んでいいか!?」
「おま、食うのはえーよ」
「あははは、いおり君はよく食べるねぇ」
何故この青年とそばをすすっているかと言うと、この青年が幕府の関係者だと思ったからである。
上手くいけば、鈴鳴の目的でもある『白羽 時定丸』の居場所について何か掴めるかもしれないと思ったのである。
「でさ、兄ちゃんに聞きたいことあるんだけどさぁ」
「ん? 何?」
「俺達人探してるんだ。『白羽 時定丸』て侍を探してるんだけど、知らないか?」
「あ、それ僕......知らないよー」
「ん?」
今、謎の間があったような。
「彼は普段ほとんど人前に現れないから、正直どこにいるのか分からないんだぁ」
「そうか......ところで兄ちゃんの名前はなんて言うんだ?」
「僕? 僕は......九、九太郎だよー」
「そうか、九太郎の兄ちゃんかぁ、時定丸の事を知らないってんならさぁ、もう一つ聞きたいことがあるんだが......」
ここで、鈴鳴は国虎から貰った手描きの地図を見せた。
「俺達今からこの鍛冶屋に行くんだけどさ、悪いがここまで案内してくれないか?」
「? 地図があるのに?」
「あぁ、俺達江戸に来るの初めてでさ、いまいち地図を貰ってもここまでの道順がよく分かんねーんだ」
「え? 鈴にぃ、さっきまで堂々と通りを歩いていたくせに......あだっ!?」
鈴鳴は隣に座るいおりの額に人差し指を親指で固定し、親指で溜めた力で人差し指で額を打った(ようはデコピン)。その後、いおりの首に腕を回して九太郎に聞こえないように小声で語りかけた。
(......いいかいおり、俺はわざとあの兄ちゃんに案内させるんだよ)
(え? なんで?)
(.......はっきり言ってあの九太郎って侍は怪しい、何か俺達に隠してるんだと思う)
(た、確かに他のお侍に比べたら、なんか抜けてると言うか......ぼー、としてると言うか......でもそれだけで怪しむのは......)
「そうそう、良くないよ」
と、二人の間に九太郎が割って入ってきた。
「おわぁ!?」
「はは、ごめんごめん、驚かせちゃったね。確かに僕は他の侍よりも異質かもしれないけど......いいよ、一緒に行こっか」
「え?」
いおりとの会話を聞かれたのにあっさりと案内を承諾した。
■
時は戻り、出羽。
鴨居城『屋内浴場』。
夜。
「おー、烏乃助の髪って結構綺麗だねー」
「お、おう」
うずめは、小椅子に座る烏乃助の後頭部から垂れる総髪を、櫛でといでいた。
「ね、烏乃助。次は私の髪をよろしくー」
「......」
烏乃助は立ち上がり、さっきまで自分が座っていた小椅子にうずめを座らせ、櫛でうずめの白くて美しい髪をほぐしてあげた。
「むふー」
うずめは御満悦であった。そんな二人のやり取りを御祓姫は湯槽に浸かりながら恥ずかしそうに眺めていた。
「......どうだ? これでいいか?」
「ん、烏乃助って結構上手いね」
「ね、ねぇ.......あんた達恥ずかしくないの?」
「「?」」
恥ずかしくないとは、恐らく烏乃助とうずめがなんの恥じらいもなくお互いの髪をほぐしたり背中を流してることを言っているのであろう。
念のために言っておくと二人はちゃんと布を体に巻いて大事な部分を隠していた。
「いや......俺はこいつの裸に興味ないし」
「私は『恥』ずかしい感情がないし」
そんなことを言うぐらいなら御祓姫は何故一緒に混浴しているのだろうか?
「そんな事言うお前はなんでここに居るんだ?」
「ひゃう!? あ、あんたがうずめにやましい事しないか監視する為に......ごにょごにょ」
「......無理すんなよ」
「う、うわぁああああああ!!? こっち向くなぁぁぁぁぁぁ!」
「いや、ちゃんと布で隠してるだろ?」
「うぐ......は......ぴゅー」
烏乃助の裸を見て顔を真っ赤にし、そのまま気を失った。
「......何がしたかったんだ?」
■
「え? 死んだ?」
謎の侍『九太郎』と共に、鈴鳴といおりは国虎の知り合いの鍛冶屋の元に行ったが、その鍛冶屋の弟子だった男性からそう告げられた。
「あぁ、うちの師匠なら去年の神無月に『真玄 語呂八』に殺されちゃったよぉ」
『真玄 語呂八』泰平の世を震撼させる『曉 黎命』の次に恐れられていた最悪の人斬り。去年の神無月に何者かに捕縛され、江戸で公開処刑されたのだが、処刑直前で処刑執行人の太刀を奪い、民衆合わせて十二人斬殺した後に『白羽 時定丸』に斬られたのである。
どうやら残念ながら、国虎の知り合いは真玄の犠牲者の中に含まれていたらしい。
「あー、あの時居たんだぁ」
「え? 九太郎の兄ちゃんもその時居たのか?」
「うん、いやーあの時は大騒ぎだったなぁ、ん?」
と、国虎の知り合いの弟子である男性が九太郎の顔をまじまじと見つめた。
「......あんた、どっかで見た顔だなぁ」
「き、気のせいじゃない?」
「?」
何を動揺してるか分からないが、やはりこの九太郎、怪しすぎる。
すると、隣に居たいおりが鈴鳴の袖を引いた。
「なぁ鈴にぃ、あれ」
「ん?」
いおりが指差す方向には、小さな女の子が泣いていた。
鈴鳴はその子の事が気になり、その子に近付こうとするが、鈴鳴よりも先に九太郎がその子の元へと駆け出していた。
「ねぇ君、どうかしたの?」
「......う、ぐす、遊んでたらね、膝を擦りむいちゃったのぉ、うえーん」
「あらら、それは大変だ。よし、ちょっと見せてみて」
九太郎に従い、女の子は着物の裾を上げて擦りむいた膝を見せた。
「......お嬢ちゃん、今からおまじないをしてあげるね」
「ふぇ?」
九太郎は、傷口に手を当てた。
「痛いの痛いの...... 飛んでけー!」
と、九太郎が手を退かすと、さっきまであった傷が跡形もなく無くなっていた。
「はぁ!?」
「へぇ!?」
これには鈴鳴といおりは驚きを隠せなかった。いったい何をしたのだろうか。
「うわぁ、もう痛くなーい!」
「はは、今度から気を付けるんだよ?」
「うん! ありがとうお兄ちゃん!」
そうして、女の子はその場から去っていった。
そして、こちらに振り向いた九太郎を見て、鈴鳴は九太郎が何をしたのかがすぐに分かった。
「!? あ、あんた、その胸の......」
「ん? これ?」
九太郎の胸には『愛』の一文字が浮かび上がっていた。
「あぁ、これね。これは一年ぐらい前かな? 僕の兄弟とも呼べる人達と別れた後に、空から不思議な光が降ってきてね。それに触れたらあんな事が出来るようになったんだ」
鈴鳴は、かつて同じものを持っていたことがあるのですぐに分かった。この九太郎は、うずめの心の所有者だと。
ますます怪しくなってきた。ここで鈴鳴は、今自分の中にある疑問を九太郎に投げ掛けてみた。
「なぁ、九太郎の兄ちゃん、あんたは.....!」
「しー」
ここで九太郎は自らの口に人差し指を当て、そのまま鈴鳴に歩み寄り、耳元で囁いた。
(君の事だからもう気付いてるんでしょ? 僕の正体が......だから付いてきてよ。君一人で)
「.......」
鈴鳴は無言で頷いた後、いおりに対して向き直った。
「いおり」
「え? 何?」
■
烏乃助は、うずめと風呂に入りながら『黒爪 烏乃助』になるまでの話を聞いていた。
「......俺が今の名前になった経緯は、昔変な女にあった事が始まりだな」
「変な女?」
ちなみに、御祓姫は目隠しをした状態で烏乃助達と共に湯に浸かっていた。
「俺が江戸から脱けてから半年後ぐらいに陸奥の磐州(福島県浜通り)あたりで知り合ってさ、本当は関わりたくなかったのに、向こうから俺に近付いてきやがった」
「......その頃の烏乃助はやっぱり」
「人を斬るのに何も感じなかった頃だ」
少し、いつもよりも冷たい口調で語った。
「話せば長くなるから出来るだけ手短に話すぞ。そいつは行く当ても帰る場所もなければ、意味不明な日本語を話す変な奴だった」
「......へ? 何それ?」
と、御祓姫は首を傾げた。
「ま、そう思うよな。時々、何言ってるのかよく分からん女ではあったが、何だかんだで俺に人間としてのあり方を教えてくれたんだよなぁ」
「......その人が烏乃助に名前を与えたの?」
うずめの質問に対して烏乃助は首を横に振った。
「いや、そいつと出会ってから一ヶ月後に知り合ったとある寺の住職から貰った」
つまり、こう言うことである。その謎の女性との出会いで烏乃助は人としての心を手にし、その人の心を得た烏乃助に名を与えたのが別の人物らしい。
「な、なんか色々と端折り過ぎてよく判んないわね。結局その女性って何者なの?」
「それが......聞いたこともない職業だったなぁ『じょっこうせい』? らしい、多分西洋辺りの職業じゃねぇかな? 後、『ちょーうける』とか『いけめん』とか『かむちゃっかふぁいやー』とか意味不明な言語をよく使ってたな......」
「......うん、それは変ね」
「......そんな人が烏乃助に人の心を与えたの? ......むむむー」
何やらうずめは頬を膨らませながら鼻先まで湯に沈め、湯の中で息を吐きながら不機嫌なご様子であった。
無理もない、烏乃助に人の心を与えた人物だからもっと凄い人物かと思っていたのに、それがそんな変人の権化のような女だったと思うとうずめはご立腹となった。
これがせめて烏乃助に名を与えた住職ならまだマシであっただろう。
■
鈴鳴は、例の鍛冶屋の弟子にいおりを預け、九太郎と共に人通りが少ない裏道を歩いていた。
「......ここなら良いかな?」
「で? 何の用だ九太郎の兄ちゃん.......いや、『白羽 時定丸』!」
それに対して、九太郎は静かに、そして何の混じりっけもない優しい眼で鈴鳴を見つめた。
「......ほ、良かったぁ。やっぱり君はさっきの人とは違うね」
「ま、あんたが名を伏していたのは、さっきのにわか武士みたいな連中に絡まれたくなかったからだろ?」
「それで? 鈴鳴君がこの僕に何の用かな? 用があるのは君の方でしょ? だからここを選んだんだ」
この人通りが少ない裏道を選んだのは鈴鳴に気を使った為らしい。
「ま、あれだな。あんた宛に伝言を頼まれてたんだ」
「......『八』だね」
「え?」
「あ、ごめん。今は『黒爪 烏乃助』だったね」
『八』、それがかつての烏乃助の名前なのだろうか? だとしたらそれは、明らかに名前ですらなかった。
それを聞いただけで鈴鳴は幕府が未だに行っている最強の侍を生み出す計画に腹立たしい想いを感じた。
「君からは八......じゃない、黒爪 烏『にょ』助と関わっているような気がしてね」
今、明らかに烏乃助の名をかんだように聞こえたが、時定丸は何事もなかったかのように涼しい表情を一切変えなかった。
それを見て一瞬、鈴鳴は笑いが込み上げそうになったが、鈴鳴も何事もなかったかのように険しい表情を変えなかった。
「......ああ、『烏にょ助』の兄ちゃんからの伝言だ。よぉく聞......け......くく」
『烏にょ助』が受けたらしく、鈴鳴はわざと烏にょ助と呼んだ。
「烏にょ助が......ふ、く」
時定丸も内心受けたらしい。
「......『近いうちに決着つけよう』だ、そうだ」
「......そっかぁ」
笑いを堪えるのに必死になっていた時定丸は、その伝言を聞いただけで先程までの苦笑を払拭し、思い詰めた表情になった。
「それともう一つ......あんたの強さを知りたい!」
そう啖呵を切ると、鈴鳴は槍を構えた。
「あぁ、八から聞いたんだね? 『僕達』のことを」
すると、時定丸は静かに左手を刀の鞘の鯉口に触れ、親指を鍔に掛けた。
「......聞きたいんだけど、君は『最強』をどう思う?」
「あ? 唐突だな」
鈴鳴は少し悩んだ後に答えた。
「俺にとっての最強......自分の意志を最後まで貫き通し、誰にも負けず、誰かを守れる強さだと思ってるぜ!」
鈴鳴らしい真っ直ぐな答えであった。しかし、時定丸は、そんな鈴鳴の最強を否定するような答えであった。
「僕にとっての最強......それは、『ただの言葉』」
「は?」
「だってそうじゃん、最強なんてこの世に存在しない、みんな最強に拘るけど、僕には理解できない。最強を欲するということは心が弱いか、あるいは心に『傷』がある人が、その傷を埋めようとしてるだけのただの甘言だよ」
最強、ただの言葉、甘言、その単語を聞いただけで鈴鳴は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
「......かもな、あんたの━━━━!」
瞬間、鈴鳴は自分の頭の中に冷たい刀身が通過したような寒気を感じた。
思わず自身の頭を触って斬られてないか確認したが、何処にも異常はなかった。
「な、んだよ、今、なんかしたか?」
「うん、良かったぁ、君はそれを理解できて」
「?」
よく見ると時定丸は、まだ抜刀していなかったし、一度も足を踏み出していなかった。
「君は今死んだよ」
「な!?」
何を言っている? 斬られたわけでもなければ、時定丸は何もしていないのに。
鈴鳴は混乱していた。今の寒気は? 殺気? 覇気? 闘気? しかし、時定丸からは何の敵意も殺意も感じとれなかった。唯々、穏やかであった。
「くっくっくぅ、判んなくても感じる事が出来ただけでも上出来だなぁ」
すると、塀の上にいつの間にか男がこちらを見下ろしていた。
その男は歌舞伎役者の敵役のような格好をし、左目の下に羽のような隈取りを施した中年辺りの渋い男であった。
「あれ? 『父さん』いつの間にかそこに居たの?」
「んん~、さっあっねぇ、いつからだったかなぁ、それより『九』お前は屋敷に戻れ、勝手に外出したせいで『阿姫』殿がご立腹になっていたぞぉ」
「え!? あ、あちゃ~、ど、どうしよぉ」
時定丸は唐突に頭を抱えて困った表情になった。
「くっくっくぅ、ここは俺に任せてお前はさっさと戻りな」
「あ、うん。じ、じゃあね鈴鳴君、この続きはまた今度で!」
「え? あ、おい! 待てよ!」
鈴鳴の制止も聞かず、時定丸は鈴鳴に背を向けて走り去ろうとする。と、一瞬足を止めて、塀の上にいる男に対して振り返った。
「父さん、鈴鳴君をイジメないでね」
「くっくっくぅ、あいよぉ」
そして、時定丸は走り去り、塀の上の男は鈴鳴の前に飛び降りた。
「はっじっめましてかぁ? 鈴鳴の所の倅っだったか? 俺は幕府の暗部を司る『高見魂 刀士狼』だ。ま、偽名だがな」
「暗部?」
「要は、幕府の公には出来ない裏仕事を担当するもんだ。故に侍でもなけば忍者でもない。言わば幕府の落ちこぼれよ。くっくっくぅ、俺もこの歳で除け者にされるのは辛くてねぇ」
鈴鳴は一つ、この高見魂の顔を見て疑問に思った。口はちゃんと動いてるけど、けど口以外の顔の筋肉がまったく動いていなかった。しかも瞬きすらしていなかった。
まるで人と話していると言うより、人形と話しているような。不気味なものを感じた。
「さってっと、さっきうちの『時定丸』がお前に何したかの解説......いるか?」
「いらねぇ」
即答であった。
「ん? 意外だなぁ」
「何となくだが......判ったから」
そう、時定丸から感じた謎の寒気、そして時定丸からは何の殺意も敵意も感じなかった理由。
何となくだが、鈴鳴は本能で理解したのである。それと同時に、『あれ』は自分が求める最強ではないと悟った。
だとしたら、烏乃助は自分にあんな『空虚』な最強を見せたかったのだろうか? 最早あれは強い弱いの話ですらなかった。あんなのが真の最強だと言うなら、鈴鳴は真っ向からそれを否定すると、心に決めた。
「......でっだ。お前はその槍の事が知りたいんだろぉ?」
「......どうしてそんな事を知ってるのかは敢えて突っ込まないが、その通りだ」
「くっくっくぅ、いい心掛けだ。じゃあ良いかぁ? 順を追って説明してやる」
■
出羽、鴨居城の展望台があった場所。
去年、『影隠 鎌鼬』に破壊されて以降は綺麗に整備されたが、さすがに展望台そのものを復旧する目処は立っていなかった。
そんな場所に、月明かりに照らされる出羽の城下町を眺める『郷見』と、片膝をついて頭を垂れる郷見の部下の二人が居た。
「.....やはり今回も駄目だったか」
「はっ! 申し訳ありません!」
「いや、謝る必要はないが、これで四人目か」
「はっ! 越後から戻って帰還した者は、やはり皆、越後での自身の活動を一切覚えていない状態で帰還されました!」
「......『紫上 兼晴』。うずめ様に似ている故、何か関係があると思い、探りを入れてみたが、やはり怪しいな。そして、危険だな」
「はっ! 現在、調査から帰還した四人は、未だに記憶と意識が混濁しているようでして、現場復帰は難しいかと」
「ふぅむ、さすがにこれ以上人員を削るわけにはいかない......では、今度は私自ら調査しましょう」
「それは止めとけ郷見」
すると、廊下の陰から鴨居が現れた。
「親方様」
「......では、自分はこれで失礼します」
鴨居と郷見の邪魔になりないように、郷見の部下はその場を後にした。
「郷見。紫上の小僧が気になるだろうが止めておけ、あれはお前らがどうこうできる相手じゃない」
「......その口振り、何か知っているのですね?」
「知ってるよぉ~、だってあやつは『心王』じゃからなぁ」
「心......王?」
聞いたこともない言葉に郷見は首を傾げてしまった。
「安心せい、あやつは今のところ無害じゃ。あやつが動くとしたら......うずめの心が揃った時じゃな」
「......それは、例の『伏間 政至』が去り際に残した『逢魔の落日』と何か関係しているのですか?」
「.......郷見、これ以上この案件に触れるな。出来れば逢魔を迎える前にお主を失いとうない」
「親方様、いったい我等に何を隠しているのですか?」
「郷見、二度も同じことを言わせるな、これは命令じゃ。それとも、主君に恥をかかせる気か?」
いつもヘラヘラしている鴨居にしては珍しく威厳溢れる口調と目付きをしていた。
それに対して、郷見は静かに膝をついた。
「申し訳ありません。あなた様に忠を誓って以来、あなた様のお言葉に反するようなことはしないと決めています故、二度と紫上 兼晴に近付かない事をここに誓います」
「判れば下がれ」
「......御意」
郷見は静かに暗闇へと姿を消し、この場を離れた。
「よぉ、随分冷たいなぁ」
と、今度は烏乃助が現れた。
「おや? お主確か、うずめとうちの娘と共にキャッキャウフフなおいしい展開を満喫していたのではなかったか?」
「......その言い方には癪に障るが、あの二人は風呂場に残して先に上がったよ。うずめはともかく、あのお姫様は男の裸に弱いみたいだからな」
すると、烏乃助は懐から一本の徳利と二杯の杯を取り出した。
「ちょっくら付き合えよ。月でも見ながらな」
■
「どっおっだぁ? 少しは理解したか?」
時は再び江戸に戻る。
「......荒唐無稽すぎるだろ。この槍の話の筈なのに、なんで記紀神話(日本神話)が登場すんだよ?」
「くっくっくぅ、だろうな、神話ほど荒唐無稽なものはないよなぁ、でも心当たりはあるんじゃないか? お前はその槍を一度でも手入れを欠かした事があるか?」
「は! あったんめぇよ! うちの父ちゃんとじいちゃんの形見だぜ? 一日も欠かした事が......」
「じゃあなんでその槍の穂は何処も刃こぼれしてないんだ?」
「......」
「しかも傷一つ付いてないのは不自然すぎないか?」
それについては鈴鳴も疑問に思っていた。この槍を使ってからの六年間、一度も刃が欠けたり傷がついたり、『怒火』の炎で形が変形したりもしなかった。(それに関しては、怒火の所有者でもあった鈴鳴の衣服すら燃えていなかった為、それと同じ原理だと鈴鳴は解釈していた)
「あ、さっらっにぃ、もっと言うとそれ、槍じゃなくて『矢』なんだ」
「......は?」
これが『矢』? 鈴鳴がずっと使っていた槍が実は矢でしたぁとか、いくら何でも信じられない。
鈴鳴の槍の長さは全長六尺四寸(192cm)にもなるのだが、こんなデカイ矢を使うにはそれに見合った『弓』が必要の筈。それに、弓があったとしても、そんな巨大な弓矢を扱える人間なんてこの世に存在するはずがない。
「......あー待て待て、あんたがさっきから何言ってるのかわけ分かんないんだけど?」
「だっよっなぁ、しかしよぉお? さっき言った神話に登場する『天鹿児弓』に関係してるんだよなぁ、これが」
『天鹿児弓』、日本神話において天地開闢の時、造化の三神が一柱である『高皇産霊神』が天稚彦を葦原中国(人が住む地上)に下す際に『天羽々矢』と共に与えた弓である。
「じゃあ何か? この槍、もとい矢はその天羽々矢だってのか? ......馬鹿馬鹿しいにも程がある。神話の武具が実在するわけねーじゃねぇか!」
「......ま、そうだよなぁ。確かにそれは天羽々矢ではないが、だがそいつは天羽々矢と同じ材質で造られているのは確かだ」
「材質?」
「そ、天鹿児弓、天羽々矢、共に神話では神々が住まいし『高天原』で造られた物だ。当然その材質は俺達が住むこの地上では手に入らない特殊な物だろうなぁ。だからこそ、だ」
すると、鈴鳴は場の空気が一気に冷めたような、まだ日が射しているにも関わらず、まるで自分達が居るこの場所だけの気温が急激に下がったような気がした。
その原因はすぐに判明した。今目の前に居る高見魂が尋常ではない程の殺気を発していたのである。
最早それは殺気と言うより憎悪に近い、底無しの暗闇のようであった。
「『鈴鳴 鉄国』の奴に天羽々矢と同質の矢の製作を依頼したってのに、あのバカが欲を出しやがってなぁ、その『鉄』を手にするのにこっちがどれだけ苦労したと思ってんだぁ、あぁ? あいつの身勝手な欲のせいで奴を村ごと始末する羽目になったじゃねぇかよぉぉおおおぉ?? ......その点『国虎』は立派に役目を果たしてくれたぜぇ?」
「!? ま、まさか国虎さんが造っていた刀って!」
今の話を要約すると、国虎が今頃幕府に献上している名刀も鈴鳴の天羽々矢と同じ神話に登場する武具を鈴鳴の父親と同じように造らせていた、と言うことか。
「ふっざけんなぁ! んな話信用できるか! そもそもお前達はなんで神話の武具を色んな鍛冶師に造らせてんだよ!」
「あぁ、そりゃおめぇ......近々日本が滅ぶから」
「................はぁ?」
いきなり何を言い出すのだろうか? そもそも、神話の武具の話の時点で信憑性が怪しすぎると言うのに、まさかとうとう日本滅亡の話が出てしまうとは、鈴鳴自身は本人も認める程それほど頭が宜しくないが、それでもこの高見魂の話全てが自身を困惑させる為のほら話かもしれない。
第一、神話の武具の材料自体どうやって調達したのかも謎である。
「なぁ、あんた俺を馬鹿にしてんだろ? 確かに俺は馬鹿だ、それでも他人にこうも馬鹿にされると頭に来るんだよなぁ......」
「ま、そう怒るなよ。最近の若者はキレ易いからなぁ、くっくっくぅ、おや?」
すると、空から一羽の鴉が高見魂の肩の高さで水平に出された腕に舞い降りた。
「.......あ~、そうかそうか、判ったぞぉ」
「......」
この男、鴉と会話してる? とうとう全てが胡散臭く感じ始めた。
「たった今、国虎は将軍様の目の前で打ち首になったぜぇ」
「は!?」
何を言っている? 鈴鳴の父親は矢の提出を拒んだ為に、幕府に村ごと始末されたのに対し、国虎はそんなことをせず、ちゃんと幕府に献上したというのに何故?
「まさか......テメェら......」
「お前、本当は馬鹿じゃないんじゃないか? ご察しの通り、今の話が外部に漏れるのを防ぐ為に国虎を処理した。安心しな奴の『娘』には手は出さないさ、たぶんあの娘は何も知らないだろうしなぁ」
「むす......め......?」
いおりの事を言っているのだろうか? しかし、いおりは男の筈。
「......あ、お前そういうことに関しては鈍感と言うかぁ、朴念仁と言うか......」
色々と衝撃的過ぎる、神話、日本滅亡、国虎の死、いおりが実は女、正直全てが信用ならないが、それでも鈴鳴の頭を混乱させるには充分であった。
「そ......んな......」
「くっくっくぅ、そういうこったなぁ、鈴鳴の倅」
「そ、そんな事、信用できるわけねーだろ!」
「......信じる信じないはお前の自由だ。だが、お前は重要な事を知っちまったわけだ。これでもうお前を......生かしておく理由がなくなったなぁ」
■
再び時は夜の出羽に戻る。
「烏乃助よ、前々から気になっていたことがあるんじゃ」
「いきなりだなぁ、なんだよ?」
烏乃助と鴨居は、展望台があった場所の窓から城下町を眺めながら酒を飲み交わしていた。
「うむ、実はな、ワシはお主の性格がよー分からんのだ」
「あぁ?」
いきなり性格が分からないと言われた。さすがの烏乃助も少し戸惑った。
「性格......てお前.......」
「だってお主の行動原理がさっぱり分からん、最初は神通力が扱える者達と闘いたいんだな、と思いきや、本当はうずめと自分の人生が似ているから旅してるとか、かと思いきやお主はうずめに対してさほど特別な感情が芽生えてるわけでもないときた」
「何が言いたい?」
「ようはな? お主が戦闘大好きな変態なのか、少女趣味の変態なのか、それ以外の変態なのかもよく分からん」
「おいちょっと待て、何故俺が変態であることが前提なんだ?」
「別によいであろう男は変態が調度いい、しかしお主は変態ですらない。それどころかお主は人間ですらない」
突然何を言い出すのか分からず、つい鴨居を睨み付けてしまう烏乃助。
「だってそうじゃろ? お主は確か昔、人の強さを知って刀から人になる決心をしたんじゃろ? しかし残念じゃ、お主が人の道を選んだのはよい、だがお主は......」
「......やめろ」
烏乃助は鴨居の発言を先読みしたのか、鴨居にその発言を制止するように呼び掛けたが、鴨居は聞く耳を持たなかった。
「人に憧れてるだけのただの『お人形』さんじゃな」
「お前......!?」
鴨居に飛び掛かろうと思った烏乃助。しかし、いつの間にか鴨居の左手には女性が髪に刺す釵が握られていて、その釵が烏乃助の左目に突き付けられていた。
「反応出来なかったか? おかしいのぉ、実力的にはお主の方がワシよりも格段に上だと言うのに」
確かに、相手がほんの少しでも敵意や殺気を発した瞬間、烏乃助はそれに反応して相手が動く前に相手を制したりすることができる程に気の察知に関しては常人以上に敏感な筈の烏乃助ですら鴨居の動きに反応出来なかった。
「......さっきから俺に喧嘩を売って意味あるのかよ?」
「あるよ? さすがにお主のような刀でもない、人間でもないお人形さんにうずめをこれ以上託すのは忍びないと思うてのぉ? ワシがムカつくならワシの口を黙らせてみろい!」
急に鴨居が片足を上げ、廊下の床を踏抜くと、床の下から一本の真剣が現れ、鴨居はそれを取り出して抜刀した。
「血迷ったのかよ鴨居ぃ!」
■
時は再び昼下がりの江戸に戻る。
「......」
「以外だねぇ、お前の性格からすると怒り狂うと思ったのだがなぁ」
「......父ちゃん、俺の故郷でもある村、そして恩人でもある国虎さん......全部全部テメェ等が奪異や画った。けど、ここで怒っても倒せる程あんたは甘くないんだろ?」
鈴鳴にしては珍しく、憤る感情を心の奥深くに沈め、とても静かに槍(矢)を構えていた。
「だからこそ、あんたから生き延びる為に怒りを抑えて殺っ転堕世雄」
勝つではなく、『生き延びる』為に怒りを抑える。どうやら鈴鳴は、目の前の相手と自分の実力差を自覚しているようである。
その為、鈴鳴はこの場をしのぐため、槍の修業で培った六年間の集大成を全て出しきるつもりであった。
「ほぉぉ、対したもんだ」
そう言って、高見魂は刀を肩に担いで、すり足で少しずつ間合いを詰め始めた。
「お前、将来マジで強くなれるぜ? 俺としてはお前のような若い芽を摘むのは━━」
「『絶対ナル一突キ』!!」
高見魂が自分の間合いに入ったと同時に、烏乃助との闘いで使用した槍術における基本的な突きを奥義にまで昇華させた突きを繰り出した。
しかし、突いた場所には高見魂は居なかった。
「第六羽の奥義『雉子』!」
背後から高見魂の声が聞こえた。
今のこの場面、まるで『あの時』みたいだと鈴鳴は感じた。
無論、本当はそんな事すら考える暇すらないほどの刹那の瞬間であった。
「『背徳ノ突キ』!」
「ぬ!?」
高見魂の刃が鈴鳴の首に触れるよりも先に鈴鳴は槍の石突きの部分で『絶対ナル一突キ』のような強力にして正確無比な鋭い突きを突いた。
烏乃助と闘った時は怒り狂っていた為に背後に回られた事に気付きもしなかったが、今は(強引に)冷静になっているために、『雉子』による背面攻撃に反応出来たのである。
「繋げて......」
しかし、鈴鳴の突きを腹に触れるぐらいのぎりぎりの感覚でかわし、そのまま独楽のように二回ほど回った後に強力な薙ぎ払いをした。
「第五羽の奥義『大鷲』!」
「がぁっ!?」
なんとかその薙ぎ払いに反応し、槍で防御したが、その薙ぎ払いで鈴鳴は槍ごと吹き飛ばされてしまい近くの建物の壁を突き破りながらも、すぐさま立ち上がったが、遅かった。
「続けて第四羽の奥義『昼隠居』!」
「な━━━━━!!」
奥義による連撃、あまりの破壊力を前にして鈴鳴は手も足も出すことが出来ず、日が射す裏道におびただしい鮮血が飛び散った。
■
「はぁ......はぁ......」
「滑稽じゃ、神通力を扱う者達に引けを取らぬお主がワシのようなおっさんに手も足も出ぬとはのぉ」
烏乃助は珍しく右頬、左肩、右大腿部、腹部から出血をしていた。神通力相手でも傷一つ付かなかったあの烏乃助がである。
「よく言うぜ。こっちは丸腰だぜ? それに、お前本当に俺を殺す気なのか? さっきから全然お前からは敵意や殺気を感じないんだけど?」
「......これがお主の弱点じゃ」
「ぐっ!」
またである、鴨居の動きを読んでいる筈なのにまったく反応出来ない。
今度は左の脇腹を斬られた。
「お主は相手の敵意、殺気を読み、それらの情報を元にして動いておる。しかし、このように」
「がっ!」
「敵意も殺意も」
「ぶっ!?」
「それらとは違う別の気で攻められたらどうする気じゃ?」
唐突だが読者の皆さん。殺人鬼は何が恐ろしいか分かりますか? 簡単に言えば普通の人は感情的にならないと他者を殺傷出来ないが、殺傷鬼は感情的にならなくても人を殺傷できるのです。
そのためどれだけ武装し、修練を積んだ武士でも、無警戒で殺人鬼を自分の間合いまで接近を許してしまい殺されてしまうのである。
そう、相手が殺す気もなく、闘う気すらない、まるで日常生活に必要な単純な動作を行うかの如く人を殺める状態こそが、もっとも恐ろしいのである。
「ぐっ......!」
「ふぅ、他愛ないのぉ」
「お、お前......何故さっきから急所を狙わない?」
「......殺そうとすればお主に勝てるわけなかろうが、だからこうしてじわじわと生かさず殺さず体力を削っておるんじゃ、これも兵法よ」
すると、烏乃助はこのままでは不味いと思い。無意識に『あの頃』に戻ろうとした。
「......ほぉれ、やっぱりお主は人ではないであろう」
「ぐっ......うぅ......!」
「こうして追い込まれれば迷わず人間を捨て去ろうとする」
「ぎっ......あああああああああああああ」
「やっぱりお主は役者不足じゃ」
━━烏乃助!
「かぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
まるで怨嗟に満ち溢れたかの如き咆哮であった。
━━お願い、『そっち』に行かないで!
頭の中でうずめの声が聞こえた気がした。だが、烏乃助はもう止まれなかった。
「ぬっぐ!?」
鴨居が動く前に烏乃助は鴨居の刀に噛み付き、そのまま噛み砕いた。
「お、おいおい......」
「おおおおおおおおおお!!」
━━烏乃助!
「いっ!?」
鴨居に渾身の一撃を放とうとした矢先、烏乃助はその場で突然倒れた。
「むー、そっちに行くなって言ってるのに烏乃助のバカバカバカバカァ!!」
「あ......え......?」
いつの間にか烏乃助の背後から烏乃助の腰に抱き付き、そのまま押し倒したようである。
「う、うず......うっ!?」
うずめは立ち上がり鴨居の股間を殴った。
「鴨居も......さっきのあの人も......なんでみんな烏乃助を傷付けるの?」
うずめの目には大量の涙が零れ出しており、今にも泣き出しそうな雰囲気であった。
「......すまんな。うずめ、それに烏乃助よ」
「......たくっ、なんでこんなことしたんだよ?」
鴨居は申し訳なさそうに顔を伏したまま腰を下ろし座り込んだ。
「すまぬな。烏乃助、はっきり言って今のお主ではこれからの旅は生き残れぬと思うてな、正直五つの神通力と闘って無傷だったのが、ほぼ奇跡であろう」
「......はぁ、んで? 俺を襲ったのも弱点を指摘したのもこれから先、生き残れるようにするためか?」
「いや! 本当にすまぬ! し、しかし、後残っている神通力は今までのように生き残れる可能性が低いのじゃよ! じゃから烏乃助!」
鴨居は烏乃助の両腕を掴んだ。
「お主がまだうずめと旅をするなら、お主はもっと『人』になれ!」
「......はっ」
烏乃助は鴨居の腕を振り払って立ち去ろうとする。その烏乃助の後をうずめが付いていった。
「たくっ、身体中痛くてしょうがねぇよ......だが勉強になった。その事は感謝する、じゃあな」
「......鴨居、もうこんなことしないでね」
そう言い残し二人は去っていった。
二人の背中を見送った後、鴨居はその場で仰向けになった。
すると、今度は御祓姫が現れ、鴨居の頭の方で座り込んだ。
「らしくもないことしないでよ」
「いやぁ、すまぬすまぬ。お前があの男に惚れてるらしくてつい苛ついてたのじゃ」
「......はぁぁぁ、ホント、父上は過保護ね」
「でもこれでいいんじゃ、これで烏乃助が強くなる切っ掛けを与えられた。あの二人が最後まで生き残れるならワシは喜んで悪役を買ってでるだけじゃ」
■
江戸。
その後、江戸に入った『鈴鳴 源国』は消息を断ち、現在も行方不明となった。
鍛冶師『国虎』は死に、何も知らない『いおり』はそのまま故郷へと強制送還された。
越中。
その一週間後。宣教師『ディアル・エル・クラウディウス』は同志『フェリス』と共に司教『ドン・フェルナンド』を越中に残し、越中を発ち自分達の協力者が待つ美濃に向かった。
陸奥。
陸奥に帰還した後の『伏真 政至』は、来たる『逢魔の落日』に備えるために影隠妖魔忍軍を使って『神通力狩り』を開始する。
その標的に選ばれたのが『恥木』の所有者であった。
出羽。
『伏真 政至』による凶宴から二週間後。『郷見』の報告により、半年以上も捜索していた『暁 黎命』の所在を特定した。
「『尾張』か、今のところ動きはないな?」
「えぇ、しかし発見が遅れたのが不味かったですね」
「あぁ、まさか暁の奴が暴走状態に入ってしまうとは......」
「現在、尾張国全土がかの北の大地『蝦夷(北海道)』に匹敵するほどの極寒の地となっております」
「......次なる相手は『勇氷』か。果たして今の烏乃助で勝てるかどうか......ところで郷見よ。奴の所在は突き止めたか?」
「まだ.....ですね」
「そ、かぁ......烏乃助にも話したちゃぁ話したが、出来れば早目に抑えておきたいのぉ......この日本を滅ぼす者を」
数々の思惑が交錯するなか、物語はついに後半へと移る。
第七話「こころたける」に続く。
【凶悪】
平気で人を殺傷すること。
やっぱ怖いっすよねぇ? 平気で人を傷付ける。感情的にでもなく、己の自己満足のためでも、生きる為でもなく、日常生活を送るが如く人を傷付け、殺す。......うーん、と言っても私自身は誰かに殺されそうにもなったことないので誰かに殺される気分を知りませんが、何の感情もなく平気で他人に傷つけられる恐怖は未だに残ってますねぇ。
それにしても六話だけで二ヶ月掛かるとは......来月から一ヶ月遅れで第七話、そして第一話から名前だけ登場していたあの人と烏乃助がいよいよ尾張の地で激突します。
それでは次回をお楽しみに~..........に続けて第四羽の奥義『昼隠居』!
※昼隠居はフクロウの語源です。フクロウは昔から『別れ』の象徴とされてるそうです。
なので奥義で締め括りました。
(あれ? そういや五話のおまけで第六話に誰かを出す話をしていたような......誰だっけ?)




