第二章『雄祭り騒ぎだ!』
上司「お前は定時に帰すと約束したな」
葉月「あ、あぁ、そ、そうだ上司......だ、だから.....か、帰らせてぇ......」
上司「あれは嘘だ」
葉月「ウワアアアアアアァァァァ!!」
うちの会社マジでこんな感じです。
では、はじまり~はじまり~。
ここは、甲斐(山梨県)の山奥に存在する『鳳凰渓谷』。
秋になると渓谷全体が色付き、紅葉で渓谷が真っ赤に染まり、近くの山頂から見下ろすと、まさに絶景とも呼べる秋の名所である。
風で大量の紅葉が舞う中、『傷の男』と『影隠 紅葉』の二人が、風に流される紅葉を見つめていた。
「若様~。中々に~良き場所でございましょ~」
「......」
しかし、傷の男は、何かを言いたげな表情をしていた。
「あら~、若様~どうなさいました~?」
「......これは、お前が仕組んだのか?」
「はい~、若様ならきっと、お喜びになられると思いまして~」
紅葉が舞う中、二人を取り囲むように、数百名近くは居そうな忍び装束の者達が二人を睨み付けていた。
「......こんなに睨まれてる中で紅葉を楽しめと?」
「私目にとっては~、とっても居心地が良いのですが~」
どうやらこの者達は、影隠以外の忍のようである。
「ほ、本当に現れたぞ!」
「影隠妖魔忍軍の要とも呼べる二人が紅葉狩りに来る、と言う情報は本当だったのか!」
「てっきりガセ情報と思っていたが......」
「遂に百年続く因縁に終止符を打てるっっ!」
どうやら全員、影隠妖魔忍軍に恨みを持つ者ばかりのようである。
「......まぁ、我らは仕事柄。他の忍衆に恨まれている事に関しては、致し方無い......とは思ってはいるが、紅葉よ。この者達を集めた真の理由はなんだ?」
「はい~、もうじき『逢魔の落日』が近いではありませぬか~、ですから紅葉狩りを楽しみながら、ほんの少しでも不穏分子を減らそうと思いまして~」
数百名近くの忍者に睨まれている中、二人はとても悠長に会話をしていた。
どうやら紅葉狩りを楽しみながら、二人だけで数百名の忍者全てを殲滅するつもりらしい。
「く、そぉ......! こいつらふざけすぎだろッ! そもそも二人だけで何が出来る!」
「こ、こんな奴らに我等の仕事を奪われていたのか?」
「くっ! 貴様らに殺された同胞の仇! 生きて返さん!」
ここで、紅葉は豊満な胸の谷間から扇子を取り出して、開戦の宣言を上げた。
「それでは~、この『影隠 紅葉』主催の~秋の紅葉狩りならぬ、『怒気ッ! 忍だらけの秋の紅葉祭り ぽろりもあるよ(命が)』のはじまり~はじまり~」
ウォオオオオオオオオオオオオオオッ!!
数百名の忍者が一斉に二人に襲い掛かった。
■
「......」
烏乃助とうずめが霧の中で、謎の鎧に襲われてからの翌日の朝。
あの後、京の町に避難した二人は、一息つくために、到着してすぐに旅籠で部屋を借りて、英気を養ってからあの鎧の正体を探ることにしたのである。
「......どうして......こう......なった.....」
烏乃助は窓から射し込む朝日で目を覚まし、今自分が置かれている状況に戸惑っていた。
「......すー、すー」
烏乃助の布団の中にうずめが眠っていたのである。
しかも烏乃助の腕を枕にして、
「むふー......あったかーい......むにゃむにゃ」
どうやら冬が近いせいか、今の季節の夜はとても寒いらしく、うずめは寝惚けながら暖かい場所を求めて、烏乃助の布団の中に潜り込んだらしい。
そういう趣味を御持ちの御方なら、こういう場面に遭遇したら歓喜に満ち溢れ、血湧き、肉踊ってしまうであろう。
しかし、烏乃助は今、その逆の心境に陥っていた。
「だ......れかに......助けを......」
烏乃助らしくない小さな声で助けを求める烏乃助。
何故なら、烏乃助はこの旅で思い知ったからである。うずめが寝惚けて近くにいる人間に噛み付く癖があると。
故に、うずめと寝る時は必ず四畳近くは離れて寝る事にしたのである。しかし、現在うずめは烏乃助の布団の中。
つまりこのままではまた、うずめに噛まれてしまうと思ったのである。
「すーすー」
そんな事とも露知らず、うずめは気持ち良さそうに眠っていた。
━━ハァ......ハァ......! ど、どうすればいい!? この前こいつを起こそうとしたら、寝惚けて俺の指を噛みやがった......! まずい......こいつと旅に出てからまともな朝を迎えた覚えがない......!
この時、烏乃助に突き付けられた選択肢はこんな感じである。
一、普通に起こす。
二、うずめを起こさないように腕を引いて、うずめが噛み付く前に布団から脱出する。
三、噛まれる前にうずめの口に手を突っ込む。
四、そもそも、うずめに噛まれる運命からは逃れられない、現実は非情である。と、割り切って諦める。
━━『四』は、ないな。......ここはやはり『二』で......。
と、その時、襖の向こうから旅籠の女中の声が聞こえてきた。
「お客様。朝食の御用意が出来ました」
「うにゅ?......ご......飯......?」
するとうずめの口が烏乃助の首筋に近付いて来た。
「!? ば! やめっ!」
「がぶり」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!
■
その頃の『鳳凰渓谷』。
影隠の二人相手に容赦なく、怒濤に攻め続ける数百名の忍者達。
手裏剣やら苦無やら刀やらと、色んな凶器が飛び交う中、影隠の二人はそれらを全て紙一重で避けながら、それらの攻撃を気にも止めずに、二人は紅葉狩りを行っていた。
まるで二人は紅葉と大量の凶器の中を楽しそうに踊っているように見えた。
「若様~紅葉狩りとはですね~。名前に『狩り』が付いておりますが~別に紅葉そのものを狩るわけでは御座いません~」
「......それぐらい知っておる。紅葉狩りとは紅葉を愛でることだろう? この言葉を作った平安京の貴族は殺生を嫌っておったからな」
「あは~ん、愛でるだなんてそんな~」
紅葉は四方八方から飛んでくる手裏剣をかわしながら、なんだか嬉しそうな表情を浮かべた。
「......言っておくがお前の事じゃないぞ?」
数百の攻撃の中、傷の男は宙に舞っていた紅葉を手に取る。
「......ふむ、中々に良き色彩だ」
「んも~、若様~。確かに紅葉狩りに誘ったのは私目に御座いますが~。紅葉だけでなく私目も愛でて貰いたいです~」
「......お前を愛でたら魂を抜き取られそうな気がするから遠慮しておく」
「あっそ~ですか~......あ! そうだ~」
すると、紅葉は突然、紙一重でかわし続けていた手裏剣や苦無を、紙一重ではなく、衣服をかすめる位の距離感で避け始める。
すると、紅葉の露出度の高い忍び装束が、ボロボロになって、余計に露出度が上がってしまった。
「いや~ん」
どうやらわざとそうしたらしい。
「......紅葉よ。その様な事をしても無駄だぞ?」
しかし、傷の男の反応は薄かった。
「ぶ~、若様の性への関心が薄すぎて~私目は、心配でございます~......『忍法・衣替え』」
すると、紅葉はボロボロとなっていた忍び装束を一瞬で新しい忍び装束へと早着替えした。
「な、なんなんだこいつら!?」
「これだけ攻めているのになぜ当たらん!?」
「......もしかして、俺ら馬鹿にされてる?」
そう思ってしまうのも無理はないだろう。今影隠の二人は、今度は近くにあった木の実を食べ始めたのである。
「......ふむ、この木苺は中々に美味だな」
「若様~。こちらの葡萄も、ん、おいしゅう、ん、御座いますよ~」
「......紅葉よ。食べながら喋るのは行儀が悪いぞ」
数百名の忍者に攻められているのに、彼らの攻撃を殆ど無視しながら、紅葉狩りをしたり果物狩りをしたりする方が失礼な気がする。
■
烏乃助とうずめが訪れたのは京の『不士見町』と呼ばれる町であった。
ここはかつて、日本の中心都市であり、政の中心地でもあった。
だが、戦乱が終結した後、日本の首都が江戸へと移り変わったものの、未だにここが日本の中心都市である事には変わりないようである。
この町は主に、酒造業で発展した町であり、人口五十万人にも匹敵する程の大都市である。
そして、二人が訪れた時は、どうやら年に一度の豊作を祝う秋祭りの真最中であった。
町の至るところに屋台が並び、町の各所では祭りの催し物が施されていた。
「むふー、おいしー」
「お前なぁ、頼むから信濃での惨劇を繰り返さないでくれよ?」
烏乃助とうずめは、昨日の鎧の情報を得るために町に出たのだが、うずめはさっきから、屋台で販売されている食べ物ばかりを食べていた。
「大丈夫大丈夫、あの時とは違って今は烏乃助がちゃんと見てくれてるから」
「......つまり、俺が目を離したら暴走する恐れがある......と?」
「いや~、烏乃助の監視が無くなったと、思ったらつい」
「ついって、お前は体力だけでなく忍耐力も付けるべきだな」
二人は、他愛もない会話をしながら人々が賑わう町の中を歩いていた。
ちなみに烏乃助は、昨日の鎧の事を誰かに聞こうとは思っているのだが、こんなに人が沢山いたら誰に聞けばいいのかで、絶賛迷っていた。
「うーん、そもそも、霧の中から十尺を超える鎧が現れた、なんて信じてくれるのか?......俺だって未だに信じられねぇよ。まさかあんな巨大な人間がこの世に存在していたとは思わなかったしな」
烏乃助は昨日の鎧との戦闘を思い返す。確かに烏乃助の攻撃は全て直撃していた。だが、どの攻撃も鎧には通用しなかった。
そして、何よりも烏乃助はあの鎧に違和感を感じていたのだが、烏乃助自身、どうしてもその違和感を拭い去る事が出来なかった。
と、そんな烏乃助を尻目に、うずめは烏乃助の袖を引いた。
「ねぇねぇ烏乃助。私あれやってみたい」
「あ?」
うずめがやりたいと言ったのは『射的』であった。
「......え? お前自信あんの?」
「ん、任せて」
その射的屋は当然、本物ではない玩具としての鉄砲を使用し、三段の棚に並んだお菓子や人形を撃ち落とすものであった。
一回で最大五発撃つことができる。
射撃台に体を預けた状態で鉄砲を構えるうずめ。
「てい」
一発目、外れる。
「やあ」
二発目、当たったが景品は落ちなかった。
「そい」
三発目、なぜか射的屋のおやじさんに当たる。
「んにゃ」
四発目、今度は何故か背後にいる烏乃助に当たる。
「なんでこっちに跳ぶんだよ! つーか、お前の掛け声なんか聞いてるこっちの力が抜けてしまうんだが!」
「うーん、おかしいなー......よし」
おかしいのはうずめの射撃の腕のような気がするが。
と、急にうずめの周囲の風の流れが変わって、風がうずめに向かって流れ始めた。
「この一撃に賭ける!」
「待てぃ! お前明らかに卑怯な手を使うつもりだろ!」
「ナ、ナンノコトデスカナ?」
急にカタコトになるうずめ、どうやら風の神通力『喜風』を使ってズルをしようとしたらしい。
「お前の腕じゃ無理だろ、諦めろ」
「残念、今の私の中に『諦める』なんて存在しません」
二人がそんなやり取りをしている内に、うずめの背後から突然見知らぬ人物の腕が伸び、うずめが持っていた鉄砲を掴んだ。
「フム、このようなオモチャが日本にあるとは、意外だな」
その男は西洋風の格好をし、顔には奇妙な仮面を付けていた。
「あ」
「さっきから見てはいたが、すまないなsenorita(お嬢さん)。どうも見るに耐えなかったものでね」
突如現れた西洋風の男は、うずめから鉄砲を取り上げ、残り一発の弾を棚に置いてある人形に向けて撃った。
すると、人形は見事命中し、棚から落ちた。
「おー!」
これにはうずめも驚いた。だが、西洋風の男の射撃はまだ終わっていなかった。
「Se Reposicio'n!(補充だ!)」
そう叫んだのと同時に、利用料金を支払って、少々乱暴に五発の弾を鷲掴みにした。
そして、一発の弾を鉄砲の銃口に詰め、再び鉄砲を構えて撃った。
しかし、撃ったのは景品ではなく、先程人形を撃ち落とし、そのまま跳ね返って空中を跳んでいる弾を撃った。
すると、撃った弾と空中にあった弾が衝突し、そのまま二つの弾は、真ん中の棚の端にある二つの民芸品とお菓子を撃ち落とした。
「おぉ!」
またもやうずめが驚いた。
「Au'n no ha terminado!(まだ終わってない!)」
と、いつの間にか西洋風の男の両手には二丁の鉄砲が握られていた。
そして、その二丁の鉄砲で宙に舞っている二発の弾を同時に撃ち、今度は上と下の棚の景品、合わせて四つ撃ち落とした。
「ええぇ!?」「あの人凄すぎ!」「信じられないぜよ!」「どうなってるでござるか!?」
と、いつの間にか周囲の人々が西洋風の男の射撃に目が釘付けになっていた。
......ん? 今聞き覚えのある声が聞こえたような。
「Se final......(フィナーレだ)」
今度は左手に持っていた鉄砲を台に置いて片手で鉄砲を構え、先程の四つの弾が空中で跳ね、それらが空中で一点に重なったと同時に、一発の弾でその四つを撃ち抜いた。
すると五発の弾が残り全ての景品を撃ち落として、三段の棚全てが空になった。
「「おおおおおおおお!!」」
周囲から歓声が上がった。
が、その歓声の中から悲鳴が上がった。
「きゃあ!? だ、誰かぁ! あの人私の財布を!」
「へひゃあ! この財布は俺の物だ......ぎしゃ!?」
どうやらこの人混みの中で引ったくりがあったようだが、その盗人は突然その場で倒れた。
「い、一体何、がぁ!?」
突然倒れた盗人は周囲の男達に取り抑えられた。
「Hacer era pecador decepcionante.(残念だったな罪人よ)」
どうやら西洋風の男はこの人混みの中から的確に鉄砲の弾で、盗人の後頭部に命中させたようである。
しかも振り向きもせず。
「......たいした腕前だな、あんた」
烏乃助は西洋風の男に話し掛けた。確かに、いくら玩具の鉄砲とは言え、あまりにも凄すぎる射撃の腕前であった。
「ち、ちょっとちょっと! ディアル君! 勝手に先走らないで! 君日本の事なんにも知らないでしょうが! ああ、すみません通してください!」
人混みを掻き分けて一人の男が現れた。
その男はちょんまげ頭で眼鏡を掛けた細身の男であった。
「フッ、すまなかったな『竹平』よ。何やら面白そうな雰囲気に誘われてしまってな」
「まったく君は......君の案内役に任命された僕の身にもなって欲しいんだけどなぁ!」
「だから謝っているだろうに、日本人は短気だったりするのか?」
すると、西洋風の男の袖をうずめが引いた。
「ねぇねぇ! 今の私にも教えて!」
「いや、お前じゃ無理だろ!」
烏乃助はうずめに突っ込んだ。
■
「はぁ...はぁ...くそ!」「まったく当たらん!」
再び『鳳凰渓谷』に戻る。
どうやら数百名の忍者達は攻撃の手を止めていたらしい。
しかも全員よく見たら傷だらけになっていた。
「......ぐっあああぁ!!」
「まっだ、だぁ!!」
四人の忍者が四方から傷の男に向けて刀を振り下ろした、が。
「なぁ!?」
「にぃ!?」
「一体何......を!?」
「ぐぁ!?」
何をしたのか不明だが、傷の男に振り下ろされた四本の刀が、傷の男に当たる直前に折れてしまい、傷の男は折れた刀をまるで手裏剣のように四人の忍者に向けて投げた。
「うふふ~、若様お見事~」
「あ、あぁ......!」
紅葉は一人の忍者の額に指を当てていた。
しかもその忍者は両膝を地に付けて痙攣していた。
「くそぉ! 化け物共め!」
「こうなったら奥の手『爆炎の陣』! 放てぇ!!」
さっきまでは手裏剣や苦無であったのに、今度は数百名の忍者が影隠の二人に向けて爆弾や火薬を一斉に投げた。
全弾命中した......が。
黒煙から現れた二人は無傷であった。
「はぁ!?」
「なんでぇ!?」
「もう何が何だか......」
二人の圧倒的な強さに、数百名の忍者達は戦意喪失しかけていた。
そして、傷の男が持っていた紅葉が今の爆発で黒焦げとなり、そのまま風に吹かれ灰となって散った。
「......ほぉ、これはこれで風情があるな」
「えぇ、まったく持ってその通りですわね~」
「あ......が......」
紅葉の足元に先程の忍者が丸焦げになって横たわっていた。完全に虫の息である。
そして、紅葉は宙に舞っていた黄葉をつまみ、自身の体に付着した返り血でもって、その黄葉を紅く染め上げた。
「どうです~若様~? たのしゅうございましょ~?」
「......悪くは無かった。が、この者達をもってしても我に傷を負わせる事は叶わなかったか......」
と、傷の男の胸に『怨』の一文字が浮かび上がった。
「......貴様らは悪くなかった。故に貴様らのその腕、我等の元で存分に奮って貰おうぞ!」
そう言った直後、傷の男から大量の黒い霧が立ち込め、そのまま数百名の忍者全員を包み込んだ。
■
「え? 霧の中で鎧に出会った?」
あの後、烏乃助は例の西洋仮面『ディアル・エル・クラウディウス』の付添人『竹平 重勝』に例の鎧の事を聞いてみた。
話を聞く限りこの二人は昨日知り合ったばかりらしい。
ディアルは、イスパニアから来た宣教師らしく、彼は『えっち』と言う地で知り合いと合流した後に、日本で布教活動をする予定だったらしい。
だが、彼は乗る船を間違えたらしく、ここ丹波に誤って訪れたそうである。
その後、丹波の港で立ち往生していた彼を竹平が見付けて、この『不士見町』に連れてきたそうである。
竹平は、京を守護する武士の一人であった。
昨日港に訪れたのは、妻に頼まれて魚介類の買い出しに出ていたそうである。
なんでも取れたて新鮮な魚が食べたいと言う我が儘を聞いて上げたらしい。
「......その鎧って......もしかして『雷剣』......かな......」
「雷剣?」
烏乃助は竹平から昨日の鎧の事を聞いていた。
「こ、こう?」
「ほぉ、中々に飲み込みが早いお嬢さんだな」
ちなみにうずめは、先程の射的屋でディアルから射撃の教授を受けていた。
「雷剣は......僕の......いや、僕達の憧れの存在さ」
「......あいつは何者なんだ?」
「雷剣はただの鎧だよ、何者でもない。雷剣はここから少し離れた所にある『不士見稲荷大社』に祀られていたんだ。不士見町で育った子供達は彼を見ながら、彼のように大きく、偉大で、力強い武士になるようにと大人達に言い聞かせられながら育つんだ」
「......なるほど、この町にとって大切なその鎧を何者かに盗まれたと?」
「いや、盗まれた訳じゃない......と、思う」
「どういう事だ?」
「一年前ぐらいかな? 僕が仲間と共に夜の町の見回りをしてる時、空から不思議な光が降ってきてね。僕達はその光が気になってその光を追ったんだ、すると......」
『お、おい。あの光......『稲荷大社』の中に入って行くぞ......』
『なんかやばい気がする! 僕が様子を見てくる!』
『待て竹平! 一人で行くな!』
『ん!? あの光......雷剣の方に向かって.....う、うわぁ!?』
『ぐぉおおおおおおおおおおおお!!』
『な、ら、らい、雷剣!? な、なんで動けるんだ!? 中には誰もいない筈なのに!?』
『ぐぅ......うぅ......苦しい......やっと動け......ると......思った......のに......ああああああああああああ!!』
「僕が見た時は、光が宿った直後に雷剣が動き出していてね。仲間と協力して雷剣を止めようとしたけど無理だった。その後、彼は苦しそうにして何処かへ走り去っていったんだ......」
「......やっと動けると思った? それじゃまるで......」
この話を聞いて烏乃助の違和感にやっと確信がいった。だが、それでも信じられなかった、ようするにあの鎧『雷剣』の中には誰も入っていない、と言う衝撃の事実であった。
つまり、鎧だけがあの霧の中を一年近くさまよっていたそうである。
「......俺は昨日、その雷剣の中を攻撃したんだが、打ち込んだ時に刀から伝わってくる筈の、そう、人体に打ち込んだ時の感触がまったくなかったんだ......だから信じられなかったが、これでやっと得心がいった」
「......そうか、雷剣はあの霧の中に居るのか......しかし、どうしたらいいんだ? 雷剣の中には誰もいない、しかも君の話を聞く限り雷剣は雷を操るんだろ? ......とても僕達でどうにか出来る相手じゃない......」
確かにそうである、中には誰もいないと言うことは、急所どころか、攻撃を加える箇所が存在しないと言うこと。これでは、どう戦えばいいのか分からなかった。倒しようがない。
「つーか、なんで人じゃなくて鎧、強いて言えば物にあいつの心が宿るんだ?」
「もしかして『付喪神』じゃない?」
どうやらうずめとディアルが戻ってきたらしい。
そして、二人の腕には大量の景品が抱えられていた。
「付喪神?......それにしてもお前ら取りすぎだろ、射的屋のおやじさんが泣いてるじゃねぇか」
「フッ、そもそもこの私に射撃で挑んだのが間違いだったな」
と、景品を抱えたまま格好付けるディアル。
「いやいや、挑んだのはお前らの方だからな?」
「むふー、烏乃助はすぐに細かい事に突っ込みを入れるねー」
表情はあんましないけど、うずめは御満悦のようである。
「付喪神と言えば、百年経った物には命が宿ると言う、あの付喪神の事を言ってるのかい? うずめちゃん」
竹平はうずめに付喪神の事を聞いてみた。
「ん、あの鎧さんがこの町にとって、とても大切な存在であったならそうなんじゃない?」
何だかあやふやな返答であった。
「フム、さっきから聞いていれば動く鎧とは、実に信じられないな」
「まぁ、俺達もそうなんだが。だが、あの鎧にこいつの心が宿ってるなら何となく、納得がいく」
うずめと出会う前の烏乃助ならこんな話信じようともしなかったであろうが、今なら何だかんだで信じてしまうようだ。
「マァ、私には関係の無い話ではあるが、その動く鎧とやらを一目見てから『えっち』に向かうするかな、少し興味深いし」
「......そもそも、あんたの言う『えっち』てなんだ? 初めて聞く言葉の筈なのになんか妙な気分になるんだが......」
「あ、それ僕も思いました」
「私も私も」
この言葉の意味を知るのは多分百年後ぐらいであろうか?
と、ここでうずめは何かに気付いたようである。
「......ねぇねぇ、もしかして『えっち』って『越中』の事じゃない?」
「えっち、越中......確かにそんな気がしてきた」
「越中?......ん? そうだった......ような気が......なんせ私は昨日来日したばかりなものでね、よく分かっていないんだ」
越中と言えば、烏乃助とうずめの次の目的地でもある。
そこにディアルの知り合いが居るそうである。
「あ、なぁんだ、ディアル君が行きたかったのは越中だったのか、だったら明々後日、越中行きの船が出るからそれに乗るといいよ」
「そうなのか? だとしたら暫くこの町に厄介になるであろうな、竹平よ。しばしの面倒を頼む」
「え、えぇ? まさか暫く僕の所に居候するのかい? ......あんまし妻に負担を掛けたくないんだけどなぁ」
ディアルの今後の方針は決まったらしい。
それにしても、初めて訪れた国の筈なのに、ディアルは異様なくらい落ち着いていた。不安とか無いのだろうか?
「それで烏乃助、私達はどうしよう?」
「......俺達も越中に行きたいが、その前にあの鎧を何とかしないといけないんだよなぁ......」
「......ねぇねぇ、竹ちん、私達にその『雷剣』の事を色々と教えてくれない?」
「竹......ちん......? それって僕の事?」
「ん」
先月の若狭でもそうだったが、うずめは会ったばかりの相手に変なあだ名を付ける習性があるらしい。
「......俺からも頼むわ。俺達はあの鎧の事何にも知らないしな」
すると、竹平は頭を抱えた。
「......あぁ、もう。なんでみんな僕に頼るかなぁ......分かったよ、力になれるか分からないけど雷剣の事を教えるよ」
「悪いな」
「......その変わり、あんまし僕に面倒事を押し付けないように、分かった?」
「ん、了承しました」
「la comprensio'n de la .(了解した)」
「......え? まさか、あんたも付いてくるのか?」
ディアルの返答に少し戸惑う烏乃助。
「フッ、なんせ明々後日まで特にやることもないしな。それに、その鎧にも興味が湧いてきた!」
「......い、いやいや、あんた宣教師だろ? だったら明々後日まで、この町で布教活動でもしたら......」
「Sin embargo, me niego.(だが、断る)」
「え? なんだって?」
「断ると言ったのだ。私は今布教活動よりも、その鎧の事を知りたいのだ!」
「まさかの職務放棄!?」
烏乃助はディアルに対して盛大に突っ込んだ。
「......え、えぇと、もういいかな? 雷剣の事を知りたいなら彼が祀られていた『不士見稲荷大社』に行ってみるといいよ。今あそこの境内では、この祭りの神事として、『相撲大会』が開かれてるからね。調べながら相撲を見ることが出来るよ」
「スモウ? 何だそれは?」
「え? あぁ、相撲はねぇ......」
相撲、この言葉を聞いて烏乃助は昨日の雷剣との戦闘を思い返す。そういや、雷剣の戦い方は何だか相撲の様だった気がする、と。
もしかしたら、大社前の相撲大会と何か関係が有るかもしれない。その思いを胸に、四人は『不士見稲荷大社』を目指す。
■
同時刻、『神鳴平原』。
この平原は昨日と同じで濃霧に覆われていた。
そんな中、やはり例の動く鎧『雷剣』がそこに居た。
「ぐ、......がぁ......われ......うごけ......る......よう......に......なった.......のに......くるしい......さみしい......あぁ、......みんなと......『すもう』して......みた......い......なぁ......もう......がまん......でき......ない......かえ......ろう......みんな......の......とこ......ろ......に......」
そして、雷剣はふらつきながら『不士見町』の方角に向かうのであった。
第四話「こころたのしむ」第三章『楽しみたい雷様』に続く。
上司「来いよ葉月、定時なんか捨ててかかってこい!」
葉月「く、くそぉ......残業なんか怖かねぇ! ......野郎ぶっ働いてやるぅぅぅ!!」
結果、残業にフルボッコにされて鬱になりました。
それでは、じ、.....かい......を......おたの......し......みに......われ......も......みん......なの......ところ......に......。




