第一章『霧、時々、落雷』
ふぅ、ようやく四話です。
今回はいきなり心の所有者との対決となります。
......まぁ、こんな第一章で闘う時点でだいたい予想がつきますよね?
というわけで、第四話『丹波編』のはじまりはじまり~。
霜月(11月) 某日。
丹波の近海。
そこに一隻の船が丹波の港を目指していた。
「ほぉ、あれが極東の島国『日本』か」
その船の船首から、五里(20km)程先に見える日本を眺める男が一人。
「いんやぁ~、まさか『イスパニア(スペイン)』の人がこの船に乗るとはな~、ここまで大変だったろぉ」
船首に立つ男の背後から船員の一人が話し掛けた。
「フッ、そうでもないさ。私は長旅に馴れてるからな、それほど苦でもないさ」
「にしてもなぁ~、あんた随分と変わった格好をしてるなぁ」
「それは、そうさ。私は『宣教師』だからな」
自らを宣教師と名乗ったこの男の服装は、宣教師と言うより西洋貴族のような気品溢れる格好をしていた。
そして、顔には奇妙な仮面をしていた。
目元だけを覆い隠したその仮面の覗き穴には、硝子が張られていて、男の瞳が見えなくなっていた。
分かりやすく言うと、西洋の舞踏会で貴族が付けているような、あんな感じの仮面である。
どう見ても宣教師には見えないが、当時の日本人にそんな知識は乏しいため、彼が自らを宣教師と名乗る以上「あぁ、そうなんだ」としか思わないだろう。
「ところでぇ、あんたは何で日本に? 今の日本は鎖国中だでぇ?」
「フッ、この国が戦乱の頃、確か『魔王』と恐れられた男相手に会見をしたという、イスパニアの宣教師がいたそうでな。単に彼に憧れて来日しただけさ」
「へぇ、そうかぁ、今の日本は海外の人間に対しては厳しいから辛い道になるでぇ」
「フッ、全て覚悟の上さ......Por lo tanto, de todos(そう、全てな)」
宣教師と名乗った男の言葉からは何かしらの重い覚悟なのか、信念なのか、そんなものを感じた。
「......おいらは、あんたの事応援するでぇ、これも何かの縁だぁ、あんたの名前教えてくれぇ」
宣教師仮面は、懐から聖書を取り出して、それを広げた後に自らの名を名乗った。
「日本人には覚えにくいだろうが、我が名は『Diar・El・Claudius』覚えにくいなら『ディアル』だけでいい」
宣教師仮面こと『ディアル』は今後、この物語に深く関わってくることになってしまうのだが、この時の彼はそんな事を知るよしもなかった。
「さて、もう少しだな。我らの教えを広める最初の地『えっち』よ」
「えっち? よく分からないが、なんだかいやらし響きだな、......一応言っておくがぁ、おいら達が向かってるのは『丹波』だでぇ」
「?Que´?(え?)」
雷ゴロゴロ鳴り響く第四話「こころたのしむ」
はじまり~はじまり~。
■
烏乃助とうずめは、郷見の言葉を信じて若狭から丹波まで船で移動し『楽雷』の所有者が居るとされる『神鳴平原』に訪れていた。
「おいおい、何も見えないぞ」
二人の眼前に広がる光景は、とにかく真っ白であった。
辺り一面濃霧に覆われていて、先が全く見えなかった。
「まさに驚きの白さだね」
と、うずめが言った。
「まぁ、お前も白いけどな。こんだけ真っ白だと、お前とはぐれたら見つけるのは困難だろうな、白いから」
やたらうずめの(髪の)白さを強調する烏乃助。
「でもでも、烏乃助。よく見てよ」
「あ?」
「この霧は少し汚れたような白だけど、私の髪は何の穢れもない純白の白さだよ」
何故かうずめは、霧の白さに対抗し始めた。しかし烏乃助は......。
「にしても、こんな所に本当に居るのか? 例の『楽雷』の所有者は」
「......むー」
うずめは無表情で頬を膨らませた。どうやら無視されて怒ったらしい。
そして、烏乃助の着物の袖に火の神通力『怒火』で、火を着けようとする。
「おわぁ!? てめぇ! 何しやがる!」
火が着く前に烏乃助は袖を引いた。
「あぶねぇだろうが!」
「大丈夫大丈夫、今の私は火が着いてもちゃんと消火出来るから」
「そういう問題じゃねぇ!」
この時烏乃助は思った。なんか少しずつ感情と神通力が戻る度にうずめの凶悪さが増してきているような気がすると。
更に重ねて言うと、果たしてこの旅を最後まで成し遂げることができるのだろうかと、少し不安になってきた。
取り合えずこの霧の中に居るであろう。『楽雷』の所有者の捜索に当たる。
半刻後(一時間後)。
「ねぇ、烏乃助。もしかしてだけど」
「んだよ」
「もしかして私達......迷子になってる?」
「......なんでそう思う」
「だってこれ」
うずめが足元を指差すと、足元に少し焦げた石ころがあった。
実はうずめが念の為に目印として『怒火』で印をつけたのである。
しかもこれは半刻前のものである。
「......つまり俺達は、さっきの場所に戻ったと?」
「そうみたい」
「......はぁ、そもそも何なんだよこの霧の濃さは、前回の若狭の時といい、最近なんだか自然の猛威に晒されてる気がしてきたな。まぁ、若狭の日照りに比べたらまだましか?」
溜め息をつきながら愚痴をこぼす烏乃助。
と、うずめが何かに気が付いたようである。
「......ねぇ、烏乃助。あれなんだろ?」
「ん?」
うずめが指差した方向に何かが居た。が、霧のせいでそれが何なのかよく分からない。分かるのは『それ』のぼんやりとした影だけであった。
「......なんだあれ? 影だけしか見えないからよく分からないな。もしかして小屋か何かか?」
烏乃助がそう思ったのも無理はない。その影はやたら大きかったからである。とても人影とは思えない。
「もし小屋ならあそこで休もうよ」
「......それもそうだな」
この時烏乃助は思った。半刻前にあんな大きなものがあっただろうか? 半刻前のことを思い返してもやはり、あんな大きなものは無かった気がする。
そう疑問に思ったのだが、やはり影の正体が気になるので『それ』に近付いてみた。
「......えーと、なんだ......これ?」
「うわぁ、大きいー」
影の正体は巨大な甲冑鎧であった。その大きさは軽く十尺(3m)を超えている。見た目は青黒い色を中心とした甲冑で、まるで戦乱の頃の武将が好んで着ていたような感じである。何より特徴的なのが、兜に付いている二本の角である。
角の形状は、七支刀のような形状をしていた。
そして、その鎧は仁王立ちでその場に立ち尽くしていた。
その鎧の大きさに呆然とする二人。
「......まさか、中に人が入ってる訳じゃないよな?......こんなデカイ人間、日本にも海外にもいないだろ?」
するとうずめが一人、その鎧に近付いた。
「あ! おい!」
「......もし中に人が入ってるなら、ちゃんと挨拶した方がいいんじゃない?」
相手が未だに何なのかよく分からないが、もしこれが本当に人なら、ちゃんと挨拶をして友好的に接しようという、うずめなりの配慮であった。
「......こんにちは」
しかし、鎧には何の変化もない。
「......本日はお日柄もよく」
「いやいや、この霧でお日柄もあるかよ......」
しかし、やはり鎧に変化はない。やっぱり中には誰も居ないのだろうか?
「......てい」
「あ」
いきなりうずめが水の神通力『哀水』を使って、鎧の足に水をかけた。
「お前なぁ、反応が無いからってそれは......!?」
その時であった。鎧の全身から電流がほとばしり。そして、巨大な鎧が動き出した。
「うおぉ!?」
「こんにちは」
「まだ言うか!?」
「本日はお日柄もよく」
「くどい!」
二人が漫才みたいなやり取りをしている間に鎧が呻き声を漏らしながら歩きだした。
「ぐ............がぁ.........ごぉ......」
呻き声がすると言うことは、やはり中に人がいる。
「......お、おーい。聞こえてるか?」
「もしもーし」
二人の存在にようやく気が付いたのか、鎧が自分の足下にいる二人に視線を下ろす。
兜と面頬の間から覗かせる両の目は、怪しく光っていた。
「う.........ばぁ.........あぁあ!」
するとよく分からないが、鎧が苦しみだした? ような素振りを見せた後に、鎧の胴の部分に『楽』の一文字が浮かび上がった。
「な!? ま、まさかこいつが!?」
と、その時であった。空からゴロゴロと、まるで雷が雲の中で鳴り響いてるような音が━━。
「!? あぶねぇ!!」
烏乃助が何かを感じ取ったらしく、うずめを抱えて鎧から離れる。
すると、巨大な雷が鎧に直撃した。
「う...お...ばああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
巨大なうなり声を上げた後に、鎧は雷をその身に纏った状態で烏乃助とうずめに向かって、歩みだした。
「......まさか、こいつ暴走してるのか!?」
暴走と言えば、信濃の『鈴鳴 源国』を思い浮かべる。まさかこの鎧は、あの時の鈴鳴と同じ状態になっているのだろうか?
「ばぁおおおおおおおおおおおお!!」
とても話が通用する相手とは思えない。
「ちぃ! 『郷見』の奴! こいつの事を知ってて黙ってたのか! だとしたら、なんつー嫌な奴なんだ!」
この場にいない郷見に文句を言いながら、烏乃助は鞘付きの刀を抜く。
そして、うずめは烏乃助の邪魔にならないように少し離れる。
「烏乃助! あの人とても苦しんでるよ!」
「あぁ、何でかは本当に分からないが闘るしかないか!!」
この時、烏乃助は思った。さっきうずめが水をかけたせいなのでは? と。
しかし、そんなことに突っ込みを入れる暇はなさそうであった。
「ぐ......う.....ぉぉあぉおおおおおおお!!」
鎧はうなり声を上げながら周囲に放電し始める。
烏乃助は、その電撃を喰らわないように回避しながら、鎧の足下に接近する。
「まぁ、こんだけデカイと上半身を攻撃するのは無理だろうな、だから下段から攻める! 『燕』!」
烏乃助は急激な手元の変化から逆袈裟斬りを放ち、鎧の胴と腰に付いている垂れの間から、鎧の中に居る相手を攻撃した。
綺麗に入った。しかし━━。
「ぐぉ、う、あ......おおおおおおおお!!」
「なに!?」
普通の人間なら、この一撃で戦闘不能になる筈だが、鎧は全く怯みもしなかった。
「がぁ......おおおおおおお!!」
鎧は両手を広げて、烏乃助を捕まえようとする。
「ぬぅあ!」
烏乃助は捕まらないようにその場で跳躍し、鎧の大きな腕を踏み台にして、鎧の顔面まで跳んだ。
「ならこれならどうだ!『隼』!」
烏乃助は、鎧の兜と面頬の間から覗かせる光輝く目を突いた。かなり容赦ないが、どんな巨人でも目を突かれたら必ず怯むものだが......。
「ばぁおおおおおお!!」
「な、なにぃ!?」
烏乃助の刀が目に食い込んでるにも関わらず、鎧はその巨大な手で烏乃助の胴を掴み、うずめが居る所まで烏乃助を勢いよく投げた。
「うおおおおお!?」
このままではうずめと激突してしまう。
しかし、うずめは飛んでくる烏乃助を避けようとせず、両手の手のひらを烏乃助に向ける。
すると、烏乃助の体はうずめと激突する直前に空中で静止した。
どうやら風の神通力『喜風』の力で烏乃助を止めたらしい。
「っぶねぇ......」
「うっ!......はぁ......はぁ......ゲホ! ゲホ!」
烏乃助を止めた途端、うずめは膝から崩れ落ちて咳き込みだした。
「おい!」
「だい......じょうぶ......体力を使い切ってしま......ただけ......うっ! ゲホ! ゲホ!」
ここまで読んでくれた人なら多分疑問に思っただろう。
なぜうずめがこれまでの心の所有者達のような、あの自然災害に匹敵しかねない神通力をこの旅で一度も使用していないのか。
正確には使用しないのではなく、『使用できないのである』 何故なら彼女は体力がほぼ無いに等しいからである。
今までの所有者は、常人以上に肉体的にも体力的にも鍛え上げた者達が殆どであった為、いくら神通力を使用しても、それほど問題ではなかったが。
うずめは、生まれた時から今に至るまで、自身の肉体を鍛えたことも、体力作りをしたことなんか一度もないのである。
本人も自分の体力の事を「赤子以下の以下」と比喩するほどである。
「......お前やっぱ体力つけた方がいいぞ?」
「はぁはぁ......こ、この旅で多少は体力がついたと.......思っていたけど......全然変わってない.....や」
「ぶぅおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そうこうしている間に鎧は雄叫びを上げた後に、まるで相撲の力士が「発気用意」の時にやるような四つん這いの体勢になった。
「お、おいおい、あいつまさか......!」
烏乃助の予想通り、鎧はまるで力士のように突進してきた。
避けようと思ったが、今避けたら体力切れで動けないうずめの華奢な体が吹き飛ばされてしまう。
「あぁ、くそ!」
烏乃助はうずめを片手で掴んで横に放り投げた。
「むぎゅ!」
投げられたうずめは、顔面から着地した。
下が芝生でなければ鼻が折れていたかもしれない。
「ばぁおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ぐぅ、ああああああああああああああああ!!」
鎧は力士の『ぶちかまし』みたいな感じで、烏乃助に向けて両手での突っ張りを放つ。
それに対して烏乃助は、両肩と平行になるように刀を両手で横一文字に持って、鎧の突進を真っ正面から受けた。
しかし、体格に差が有りすぎるせいか、烏乃助は物凄い勢いで後退してしまう。
烏乃助はそれでもしっかりとした腰構えでもって持ちこたえようとしたのだが、烏乃助の足下の地面が抉れる程の力で、烏乃助は後ろに押し込まれてしまう。
どうやら体格だけでなく、膂力にも差が有りすぎるようだ。
「ぎぃおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
なかなか止まろうとしない鎧。しかし、烏乃助はこのままと言う訳にはいかないと思い、僅かな腰の操作で鎧の力の向きを変えた。
「おらぁ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
すると、鎧は勢いよく烏乃助の横を通り過ぎた。
そのまま鎧の姿は霧の中へと消えた。
「ぐ、はぁはぁ......の野郎っ!」
「う、烏乃助ぇ! どこぉ!?」
霧の中からうずめの叫び声が聞こえてきた。
どうやら、今のではぐれてしまったらしい。
「おい! 今からそっち行くか.....らぁ!?」
うずめの元に向かおうとした烏乃助の目の前に雷が落ちた。
「ぐぅおああああああああああああああ!!」
姿は見えないが、霧の向こうから鎧の雄叫びが聞こえてきた。
その直後、烏乃助の周囲に雷の雨が降り注いだ。
「おわわ、わぁ!!」
「う、烏乃助ぇ!」
これは、あまりにも危機的状況であった。早く何とかしないと、二人とも雷の餌食となってしまう。
「そっちに行くから迂闊に動くな!」
うずめの元に向かおうとした烏乃助。
しかし、背後から威圧感を感じ、振り返ると、そこに例の鎧が━━!!
「『啄木鳥』!」
視界に鎧が入った直後、一切の迷いもなく、烏乃助は刀を逆手に持って、鎧の胴に突きをいれた後に、もう一方の手のひらを刀の柄頭に打ちつけた。
前回の『水守 弥都波』戦で説明した通り、この啄木鳥は『鎧通し』の技である。
この技なら如何なる防御力があっても、内部を破壊するため、どんな防御も装甲も殆ど意味をなさないのだが。
「ぐぅおああああああああああああああ!!」
雄叫びを上げてはいるが、やはり烏乃助の攻撃が効いている様子は無い。
「ちぃ! やはり効かないか! なんなんだこいつ!?」
すると、鎧は電流を帯びた手で再び烏乃助を捕まえようとしたのを烏乃助は避けた。
「どうして、攻撃が通用しない!?」
「烏乃助ぇ! 逃げてぇ!」
どうやら、うずめは先程烏乃助が鎧に押されて出来た、抉れた地面を頼りに烏乃助の元へと合流できたようである。
「なんだとぉ!?」
「明らかに勝ち目がないよ! 一旦体制を立て直そうよ!......うっ、ゲホ! ゲホ!」
うずめは咳き込みながら悲痛な声で烏乃助に一時撤退するように訴える。
「......ちぃ! なんか、負けたみたいで気に食わないがやむ終えないかよぉっっ!!」
悔しそうに叫んだ後にうずめを小脇に抱えて、その場から撤退する二人。
そんな二人を鎧は追い掛けようとはしなかった。
ただ一人、その場に残って再び雄叫びを上げる。
「われ.....は......お......お......おおおおぉぉぉおおおおおおああああああああああああああっっ!!」
■
こうして、何とか命辛々、二人は生き延びる事ができた。
その後、烏乃助は必死に霧の中を疾走しているうちに気が付いたら霧の外に出ていた。
そして、少し遠い所に京の町が見えた。
二人は取り合えず、あの町に避難する事にした。
二人が霧の中で出会ったあの鎧は何者なのか?
二人がその正体を知ることになったのは翌日の事であった。
■
同時刻。
日本の何処かに存在する影隠の里に建立する『妖怪屋敷』。
その一室で、信濃編の冒頭に登場したあの、顔に何かに引っ掻かれたような大きな傷があり、影隠八鬼衆を束ねる鬼女『影隠 紅葉』から『若様』と呼ばれていた例の男が書に勤しんでいた。
以前登場した時は、袖を切り落とした忍び装束であったが、今は浴衣姿である。
「......こんなものか」
傷の男が書いた字は『忍耐』であった。
中々に迫力があり、勢いのある出来である。
「若様~。今よろしいですか~?」
「.....紅葉か。何用だ?」
影隠 紅葉の声は聞こえど、その姿は見当たらない。
「報告したいことがありま~す」
その割りにはやる気が無さそうな声であった。
「......がごぜと濡女の任務の成果か?」
「んも~う、若様ったらぁ~。確かにそうですけど~私の出鼻を......」
「いいからさっさと報告しろ」
紅葉の台詞を最後まで言わせずに、とても淡白に報告を命じた。
「では~、手始めにがごぜちゃんからの成果で~す」
「うむ」
「あの変態から信濃で集めた人材の交渉に成功したとのことです~」
「そうか」
あの変態、多分例の黒ずくめの事であろう。
あの黒ずくめと影隠妖魔忍軍がどのような関係なのかは未だに謎である。
「続けて濡女ちゃんで~す」
濡女と言えば先月、若狭で川の開発の妨害をし、烏乃助と対決して敗北し、結果的に川の妨害は失敗に終わったのだが。
「濡女ちゃんも無事に『任務を成功させました~』」
「......そうか」
意外な報告であった、どう考えても任務失敗な気がするが......。
まさか、川の妨害が本来の目的では、なかったのだろうか?
「まぁ、本人はどこの誰かも分からない剣士に敗れたとかで、何だか元気が無いようですが~」
「......そいつは、何者だ?」
「分かりませ~ん。ですが、濡女ちゃんが言うには、その剣士の口から『鎌鼬』ちゃんの名が出たそうです~」
それを聞いて傷の男の目つきが鋭くなる。
「鎌鼬? ......もしや、その者が鎌鼬を?」
「そう考えるのが妥当でしょうね~」
「......濡女を倒した程の手練れならあり得るな」
「更にその剣士は恐らく、鴨居の関係者でしょうね~」
「......だろうな。しかし妙だな、仮に鴨居の手下なら何故、若狭に居たのだ? あそこに何がある?」
「分かりませんね~。......あ~そうそう、これは牛鬼ちゃんからの報告なんですが~、その剣士、越前の『紫上 兼晴』によく似た子供を連れていたとの事です~」
「......『紫上 兼晴』か、あのような童が一国一城の主になるとはな、世も末だな。そして、紫上に似た子供か......興味深い」
「ほ~んと......これにてぇ~報告は以上でございます~」
「そうか、では紅葉、下がってよいぞ」
下がってよいと言われても、その紅葉がこの部屋の何処に居るのか分からないので、下がったとしても分からないであろう。
ここでようやく、影隠妖魔忍軍に烏乃助とうずめの存在を知られてしまうのであった。
そして、傷の男は新たな用紙を取り出して、再び筆を持つ。
「御意.....と~言いたいですけど~。若様ぁ今お暇ですか~?」
どうやら紅葉は、まだ何か用があるようである。
書を再開しようとしたのに、それを邪魔されて少し溜め息をつく。
「......なんだ?」
「はい~、若様ぁ、もしお暇でしたら今から私目と『紅葉狩り』に出掛けませんか~?」
「......なんだ? お前を狩ればいいのか?」
そう言って、傷の男は懐から手裏剣を取り出そうとする。
やはり、書を邪魔されて少し気が立っているらしい。
「ち・が・い・ま・す・よ~。あ! でも~若様に狩られるなら私目は本望です~、さあさあ若様~私目をあ~.....」
「.....分かった。紅葉狩りだな? お前ではない方の紅葉狩りだな?」
今紅葉は、明らかにこの物語の年齢制限を引き上げかねない発言をしようとしたので、傷の男がそれを先に制した。
「んも~う、連れないですね~」
「......やれやれ、お前の事だ。この紅葉狩りに何か仕込んでいるな?」
「うふふ~、それは現地に着いてからのお楽しみで~」
「......」
傷の男はその場で立ち上がって、浴衣の帯を解いて、浴衣を脱ぎ捨てた。
と、思いきや、一瞬で袖を切り落とした忍び装束に早着替えをし、首にはあの膝裏まで伸びる首巻き布を巻いていた。
殆ど脱ぎ捨てるのと同時であった為、最早奇術のような感じであった。
すると、傷の男の全身を包み込むように、足下から黒い霧のようなものが現れた。
それと同時に、さっきまで部屋の何処かに潜んでいた紅葉が姿を現して、傷の男の横に並ぶ。
「本当に便利な力ですね~」
「......まぁ、これが何なのか未だに分からんが、我ら忍にとっては、夢のような力ではあるがな」
「あ、そうだ~そうだ~。『初花』ちゃ~ん、私達今から出掛けるから後の事よろしくね~」
そう言い残し、二人は黒い霧に覆われた後、部屋から姿を消した。
傷の男もうずめの神通力を扱えるようだが、未だにその能力は謎である。
「............う~。な、なんで紅葉様はいつも小生に雑用を押し付けるでありますか? し、小生だって八鬼衆の一人なのに~、あんまりでありますぅ」
文句を垂れながら、天井裏から忍び装束の少女『影隠 初花』が現れた。
もしかして、ずっと天井裏にいたのだろうか?
「そ、そそそれに、若様も若様であります。部屋をこんなに散らかして、か、勘弁してほしいであります」
よく見ると部屋の至るところに丸めた紙屑が散乱していた。
「ど、どうして若様は、書を行うといつもこうなってしまうでありますかぁ、う~誰か手伝ってほしいであります」
愚痴をこぼしながら初花は、紙屑は拾い集める。
「そ、それにしても......ふ、ふえ~ん」
初花は、突然泣き出した。
「濡女殿が無事に帰っで、ぎ、て良がったで、あり、まず、よ~。ぬ、濡女殿までも、が、居なぐ、なったら、小生ば、小生はぁぁぁ、悲しみの余り『忍法・幽体離脱』を習得しで、しまう、ど、ころで、ありまじ、たよぉぉぉ、え~ん」
......それは、忍法なのだろうか?
と、今度は泣きながら拾い集めた紙屑を山羊のようにむしゃむしゃと食べ始めた。
前々回の信濃編でもそうだったが、この少女の胃袋は本当にどうなっているのだろうか?
その後、紙屑を全て完食しても初花は暫く泣き止まなかった。
第四話「こころたのしむ」第二章『雄祭り騒ぎだ!』 に続く
やっと、物語がほんの少し動き出した気がします。
次回は、京の町で鎧の情報収集をしたり、冒頭の宣教仮面に烏乃助とうずめが遭遇したり、傷の男と紅葉がキャッキャウフフな紅葉狩りをします。
それでは次回をお楽しみに~......tenga




