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こころあつめる(仮)~烏と不思議な少女の伝奇時代冒険譚~  作者: 葉月 心之助
第三話「こころかなしむ」
15/54

第四章『なきじゃくり、そして......』

 ふぉ!?

 遅くなって申し訳ありません!

 今回で若狭編最終章です!

 今回は、色々と詰め込みすぎて、いつも以上に長文になってしまいました。orz


 それでは、はじまり~はじまり~

 

「後生です! どうか、どうかお慈悲を......!」


「ええい! 離さんか! この『呪われた女』め!」


「あ、ぐぅ!」


「貴様の父親のせいでこっちがどれだけ迷惑してると思ってんだ! とっとと消えろ!」


 ━━なぜ。


「どうか、どうか......!」


「また来たのか、お前にやらせる仕事なんか無いわ!」


「ぐはぁ!」


 ━━なぜなのです?


「うわぁ!? 『呪われた女』や!」


「おい! 塩撒け、塩!」


「わ、ぷ! や、止め......ぎゃあ!」


 ━━父上、なぜあなたは......。


「おいおい、まだいるぜ?」「気味が悪い」「店の前に立つな! 汚れる!」


 ━━あなたは、なぜ道を(たが)えたのです?


「ほらよ、魚の骨だ。お前みたいな『呪われた女』に仕事与えてんだ、有り難く思え」


「は、はい......ありがとう.....ございます.......いっ!?」


「おいおい、食べる前は、まず『いただきます』だろ?」


「い、いただき.......」


「声が小せぇ!」


「ぎゃあ!!」


 ━━死にたい。


「あ! あいつ逃げやがった!」「殺せ!」「『呪われた女』が逃げたぞぉ!」


「はぁ...はぁ...」


 ━━お願い、誰か、私を........。


「もし、行く宛が無いのでしたら私の元に来ませんか?」


「......また」


「え?」


「.......また、私を笑い者にするのですか?」


「しません」


「......私は、『呪われた女』ですよ? 私の父は......」


「構いませんので来て下さい。そんな事気にする必要は有りません」


 ━━! そんな....こと......だとぉ!!


「あなたが呪われているなら私も呪われています」


「え?」


 ━━この人は何を......。


「と、言うよりこの世に生を受けた時点で、ほぼ全ての生き物は、呪われています。『生きる』という呪いに、それにどう抗うかが『人生』だと思います」


「.......」


「なので、私の元に来て共に『呪い』に抗ってみませんか? まぁ、何も無い所ですが」


「.......ひっく! う、うわぁあ、ぁあ、ああ、あ!!」


 ━━この時、私は誓った。この人にだけは、何があっても、私と同じ苦しみを味あわせないと。



「なのに私は、.......あの人に、大切なあの人に同じ苦しみを味あわせようとしてる.........」


 闇御津は、水守の屋敷の一室で、布団の中で眠っているうずめの頭の隣に座っていた。


「う、うーん。みっちゃ~ん、みっちゃんの御飯、美味しいよ~」


「......あなたは、『こっち』に来てはいけませんよ............」


 ■

 

「ぐぬぬぬぬぅ!」


「烏乃助さん。その首、貰い受けます!!」


 泥に足を取られて思うように動けず、その背後から水守は、その刃を烏乃助の首目掛けて振り下ろす。


  「ぐあああああ!! ......なんてな!」


 烏乃助は立ち止まり、そのまま後方に倒れ込んだ。


「え!?」


 烏乃助が倒れたお陰で、水守の斬撃は烏乃助に当たらず、烏乃助は水守の足下に潜り込めた。


 ━━な、なんて人なの!? この状況でなんて冷静な!


 大抵の者は、怖じ気ついて相手の刃物から遠ざかろうとする防衛本能が働くが、多分ほとんどの武道では引くことはしない、何故ならそっちの方が危険だからである。


 逆に前に出て相手の懐に飛び込んだ方が安全なのである。


 作者の恩師と呼べるお方が仰っておりました。


『熊の口に手を突っ込めるのは、例えではなく本当に虎穴から虎児を獲られるのは、真の勇傑のみ』と。


「くっ......!」


 烏乃助は、倒れた力で水守の腹に蹴りを入れた。

 しかし、烏乃助の蹴りは水守の『防法・雨弾き』によって、水守の衣服の上を滑った。


「無駄ですよ烏乃助さん! 私に打撃は......」


「んなの分かってらぁ!」


 烏乃助は滑った蹴り足をそのまま水守の足に絡め、もう一方の足で水守の足を挟み込んだ。


「なっ!?」


「しゃあ!」


 そのまま烏乃助は体を捻って水守を引き倒した。


「くっ!」


 しかし、水守は空中で頭を自身の股の間に入れるような感じで、空中で一回転して、足に絡まっていた烏乃助をその勢いで飛ばした。

 そして、地面に接触した瞬間に横受身をとった。まぁ下が泥だからどんな体勢から落ちても怪我を負うことはないのだが。


「しっ!」


 水守に飛ばされた烏乃助は、丁度自身の刀の所まで飛ばされ、泥だらけになりながら地面を転がり、再び刀を自身の手の中に納める事ができた。


「はぁ...はぁ...」


 咄嗟に行ったとは言え、普段から馴れていない動きをしたせいか、水守の息は乱れていた。


「ふぃ~。危なかったぜ~」


「......どうして」


「ん?」


「どうして、そこまで真っ直ぐでいられるのですか?」


「......」


「あの状況で、どうして最後まで諦めなかったのですか?」


 水守は息を切らしながら烏乃助にそのようなことを問いただした。


「......うーん、さぁ?」


「そう......え?」


 予想外の返答に水守は驚いた。


「俺さぁ、闘う時は何も考えてないからさ、あんたみたいに策を弄することが出来ないんだな、さっきのは何となくやっただけだ」


「な、何となくであんなことを?」


 一歩間違えたら首が飛んでいたかもしれないあの状況で『何となく』な行動を取ったらしい。


 実際そんなものである、本当に戦っている最中は漫画みたいに考えてる暇なんかないのである。


 烏乃助のあの行動も頭で判断したというより、体が判断したとも言える。


「......ふ、ふふふ」


「んぁ?」


「......烏乃助さん、たぶん次の一手で決着が着くと思いますので、最後に聞いても良いですか?」


「なんだ?」


「......あなたは、生きる事をどう思っておりますか?」


「生きる?」


「はい」


 少し悩んだ後、烏乃助は答えた。


「......特に考えた事ないな、まぁ強いて言えば生きる事に何かを感じたこともないな」


「......そう......ですか」


「ただ」


「?」


「ただ、今は生きる事に何も感じてないけど、未来の俺が生きる事に対して何かを実感しているってことは、信じてるかな」


「......根拠のない自信ですね」


「逆に根拠が無いからこそ、信じられるんだよ。先の未来が見えてしまったら頭でごちゃごちゃ考えてしまって、身動き一つ取れなくなっちまう」


「......なんだか、羨ましいですね」


「そうか?」


「ええ、だって私は......」


 と、そこで何かを言いかけたようであったが、水守は答えるのを止めた。


「いいえ、やはりいいです」


 すると、水守の胸に『哀』の一文字が浮かび上がった。


「烏乃助さん......願わくば.......この一撃......で死なないで......」


 水守は水の膜のようなもので全身を包み込み、そのまま足元から地面、正確には沼の中へと沈んでゆく。


「安心しろ、お前がどんなことしようと俺は死なないから......だから本気で来い!!」


「了解......致し......ました......」


 そして、水守は完全に沼の中へと姿を消した。


 ここで回想に入る。


 時間軸としては、昨日の『影隠 濡女』と烏乃助が対決する二刻前(約四時間前)まで遡る。


 この時点で水守の屋敷から烏乃助とうずめは居らず。二人は川の開発現場に赴いていたのである。


 現在屋敷には水守と闇御津の二人だけ......と、思いきやもう一人居た。


「それで、何のご用で御座いましょうか? 『高見魂(たかみたま)』殿」


「はっはっはぁ、そぉ堅くならんで下さいよぉ、私が幕府の役人だからと言って」


 屋敷の応接室、そこに水守と『高見魂』と呼ばれた男が向かい合って座っていた。


 その男は、幕府の役人と言うより、まるで歌舞伎役者の敵役のような出で立ちであった。

 そして、顔には左目の下に鳥類の羽のような隅取(くまどり)が施され、無精髭を生やし、肩まで伸びる髪を一纏めに縛ってあり、特徴的なのが目つきであった。 その目はまるで、一切の光も指さない漆黒の闇のようであった。


「くっくっくぅ、何のご用かだって? あなた様の事だからもう察しがついてるのでは?」


「......さぁ、何のことでしょう」


「おっおっおぃ、分かってるくせになぁ、あれかね? 分かってるからこそ認めたくないと?」


「......」

 

「そっそっそぉかい、ならば言ってやる前に一つ教えて上げよう」


「?」


「せっせっ先週ぅだったかなぁ、江戸でさぁ処刑されたんだよ、あの『真玄 語呂八』が」


「!?」


 水守は驚いた表情をした。


「......外れてほしかった、私の予想が......」


「はっはっはぁ、そう言うこったなぁ、御上からの御命令だぁ、真玄の一族郎党根絶やしにしろってなぁ」


「......くっ!」


 水守は、懐から護身用の短刀を取りだし、高見魂の喉に突き刺そうとした。


「おっとっとぉ、残念」


 高見魂は、水守の短刀を持った手首を掴んで止めた。


「な!.......う、あああ!」


「はっはっはぁ、動けないだろ? これ捕手術の一種さぁ」


 水守は手に持っていた短刀を落とし、高見魂の膝の前の畳に突き刺さった。


「さっさっさぁて、では頂こうか、あんたが匿っている真玄の娘、『闇御津 玄子』ちゃんをよぉ!」


「が、あぁ! や、めて、あの子は父親のようには......」


「なっらっなっい、てかぁ? まぁ実は俺もそう思ってるんだがぁ、でも御上の御下命じゃあ仕方ないだろぉ? だって恐いもんなぁ、また最悪の人斬りが現れたら嫌だもんなぁ」


「ど、どうか。あ、あの子だけは......」


「おっおっおぃ、分からないなぁ、なぁんであの娘にそこまでする? ま、いいや、そこまで言うならあんたの首も『オマケ』程度に貰っておこうかぁ?」


 高見魂の大小の刀は、彼の右脇に置かれているのにも関わらず、彼からは底知れない殺意を感じた。

 まるで、刀が無くても人を斬ってしまいそうな、そんなあり得ない事を連想させてしまう程のものであった。


「まっまっまぁ、俺も鬼じゃねぇしなぁ、一つ機会を与えてやろう」


 高見魂は掴んでいた水守の手首を離した。


「くっ! はぁ......はぁ......」


「こっこっにぃ『黒爪 烏乃助』って奴がいるよな?」


「う、烏乃助さんが何か?」


「かっんったっんなぁ話、あんたが奴を斬ることが出来たら見逃してやるぅ」


「な!? そ、そんな事」


「でっきっなっいぃとか言うなよ? そうだなぁ、奴が何者か教えたら殺りやすくなるかねぇ」


「......例え烏乃助さんが何者か知ったところで、あの人に刃を向けることは出来ません!」


「あっいっや~、頑固だねぇ、じゃあ更にこうだ」


 部屋の襖が開き、そこから闇御津と高見魂の部下が現れた。


「水守様......」


「人質ですか......」


「はっはっはぁ、どうだぁ? なかなか悪役っぽいだろぉ? てな分けで頼むわぁ」


「くっ!」


 回想終了。


 沼の中に身を隠してしまい、水守の姿は見えなくなっていた。


「......」


 沼に沈んでいる足から僅かな振動を感じる。

 どうやら、水守は水の力で沼の中を移動しているようだ。


「.....まるで沼の中を泳いでいるみたいだな」


 少し離れた所で沼から水の塊と化した水守が飛び出した。

 まるで、水面から跳ね上がる魚のようであった。

 そして、再び沼の中へと姿を消した。


 ━━烏乃助さん。恐らくこの闘いで私が勝っても負けても、もう私に後はないでしょう......あぁそうか、確かに未来を見てしまったら頭でごちゃごちゃ考えてしまいますね......ふふふ。


 水守はもう、勝った後の事も、負けた後の事も、数秒後の未来を考える事を止めて、現在(いま)だけを見ることにした!


「ああああああああああっっ!!」


 沼の外からでも聞こえる程の咆哮を沼の中から上げる水守。


「来な、お前が抱え込んでいるもの全部叩き壊してやる!」


 沼の中を縦横無尽に泳ぎ回る水守。そのせいで乾燥していた沼に水分を与えてしまい、烏乃助の体は徐々に沼の中へと沈んでゆく。


 それでも、烏乃助は動じることも臆することもなく、自分の下から攻めてくるであろう水守の攻撃に備えていた。


 そして、水守は沼の中から飛び出した。

 烏乃助の前方から七尺(約210cm)の間合いから薙刀の切っ先を突き出しながら突貫してきた。


 殆どの人は、槍は突く武器、薙刀は斬る武器、と思っている人が多数であろう。

 しかし実際は、槍は振り回す武器、薙刀は突く武器なのである。

 槍で実際に突くのは、止めを差す時ぐらいである。

 その武器の形状で、その武器はそれしか出来ないという思い込みを抱いていたら、それ以外のが来たら何も出来なくなってしまう。


 故に先入観に囚われてはいけない。こう言う武道の話しに限らず人生においても。


 水守がさっきから斬撃しか使わなかった理由は、烏乃助にそう思い込ませようと思っていたからである。


 故に水守は薙刀で、薙刀本来の突きを使う。全体重を乗せた重たい一撃を━━。


「あああああっ! 奥義『劉水哀華(りゅうすいあいか)』!!」


「第三羽の奥義『葭雀(よしすずめ)』!!」



「う、うーん。うにゅ?」


 水守の屋敷で眠っていたうずめが目を覚ました。何やら外が騒がしかった。


「お、おい! 闇御津さん! 水守様は今何処だ!?」


「折角川が完成したのになんで水守様は居ないんだ!?」


「そ、それは......」


 屋敷の前で大勢の村人達がひしめきあっていて、闇御津に言い寄っていた。


「水守様は......その......」


 と、その時であった。


「お静まりになって下さい皆様」


 一瞬、時が止まったのではないかと錯覚してしまうような澄んだ声が聞こえてきた。


 皆が、声が聞こえた方を振り返ると、一人の小柄で華奢な人物と、その背後に数十名程の男達が立っていた。小柄な人物以外は全員侍のようである。


「あ、あなた様は......!」


「な、なぜこのような所に!?」


 騒いでいた村人達は途端に静まり返り、その人物の邪魔にならないように道を開けながら、全員頭を垂れていた。


「遂にこの若狭を救う川が完成すると聞き及んだものでしてね、半月かけて越前(新潟県)から来ちゃいました」


 その人物は天使のような無垢な笑顔を浮かべて、水守の屋敷の玄関に隠れている男に向けて叫んだ。


「高見魂さん! 事情は全て私の部下から聞き及んでいます!」


 すると、玄関から例の幕府の役人、『高見魂』が現れた。


「こっれっはぁ、越前の若き大名。紫上家十代目当主『紫上(しがみ) 兼晴(けんせい)』様ではあ~りませんかぁ」


 『紫上 兼晴』と呼ばれた華奢な人物の外見は、紫色の着物と普通の袴を履き、その上からは、(つむぎ)の羽織を羽織っており、その髪は透き通るような白髪で、その髪を後頭部の上で縛っていた。


「あなたは、この地に潜む『真玄 語呂八』の娘を追ってきたのですよね?」


「そっうっでぇすぅがぁ、まさか我々の邪魔をなさるなんて仰いませんよねぇ? そんなことしたら貴方様は、御上に楯突いたことに......」


「ええ、だからあなた方よりも先に『真玄 語呂八』の娘の首を取って参りました」


 紫上のその言葉にその場にいた全員が動揺した。


「あっれっれぇ? それは、どういう事ですかなぁ?」


 すると紫上の部下が一つの小包を取り出し、その中身を見せた。


「うっ!」「おぇ......」「ど、どういうことだ!?」


 その中から闇御津そっくりの若い娘の首が現れた。


「あ、あぁ......!」


 闇御津自身も驚愕していた。


「つまりこう言う事ですよ高見魂さん、どうやらあなたは、闇御津さんとこの娘を間違えてしまったと言う事ですよ、この首はあなたに差し上げますので、この件はこれにて一件落着と言うことで」


 そして、紫上の部下は高見魂にその娘の首を受け渡した。

 高見魂は、その首を見て紫上を睨み付けた。


「!?......やってっくれましたなぁ......! この首は━━」


「えぇ、よい出来でしょ?」


 再び紫上は無垢な笑顔を浮かべた。

 そして、高見魂は舌打ちした後に、娘の首を持って、その場を立ち去ろうとする。


「くっくっくぅ、紫上様よぉ、もし何かありましたら切腹ものですぞぉ?」


「大丈夫ですよ、そのような未来は訪れませんので」


「......まぁ、いっかぁ。『八』の元気そうな姿を見れただけでも良しとしようかぁ。良かったな闇御津ちゃん、首が繋がって。今君の為に頑張ってる水守様によろしくねぇ」


 高見魂はとても悪そうな笑みを浮かべて去っていった。


「し、紫上様! あ、あの━━!」


 しー、と口に人差し指を当てて、紫上は闇御津が何かを言おうとしたのを遮った。


「この場は、私が納めますので、あなたは水守さんの元に」


「! は、はい! ありがとうございます!」


 そう言って闇御津は烏乃助と水守が闘っている地に向かって走り出した。


「え、え~と、何がどうなってんだ?」「さ、さぁ?」


 状況が呑み込めない村人達は、戸惑っていた。

 そんな村人達に対して紫上は微笑んだ。


「ははは、皆さん落ち着いて下さい」


 屋敷の奥から外の状況を確認しようとして、うずめは顔を覗かせた。


「━━え?」


 もし、うずめに感情があったなら紫上の顔を見た瞬間、驚愕を隠せなかっただろう。


 なぜなら━━



 烏乃助と水守の闘いは決着がついていた。


 立っていたのは烏乃助で、倒れていたのは水守であった。


「......めんなさい」


「あ?」


「こんな.......私を......お許しください......」


 水守は突然謝罪した。


「別にあんたは、悪くねぇよ。こんな下らないこと仕組んだのは『高見魂』だろ?」


「.......気付いて......いましたか......」


「あんたの口から『鴉』の名が出た時点で予想はしてたさ。あの男ならやりそうな事だ」


 悠長に話してはいるが、二人とも沼の中へと体が沈み続けていた。


「大方、闇御津辺りを人質に取られたんだろ?」


「......えぇ」


「さってと、ようやく色々と終わったところで、この状況をどうしようかねぇ」


「......どうしましょう」


「さっきみたいに水の力でどうにかならないか?」


「......残念ながら......出し切ってしまったようです」


「そっか」


 そうこうしているうちに二人の体は、徐々に沈んでいた。


「ふー、絶体絶命かな?」


 その割りには、烏乃助は随分と余裕であった。


 その時であった。


「黒爪殿! 水守様!」


「闇御津!? な、なぜ貴女が!」


「事情は後で話しますので早くこれに捕まって!」


 闇御津は二人に向けて縄を投げた。


 その後、闇御津に救出された二人は、泥だらけになりながら、闇御津と共に屋敷に戻った。

 水守は屋敷に着くまでの間、涙を流しながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と、一人言のように呟いていた。



 急ではあるが、うずめは再び誰かの記憶、思い出を夢の中です見ていた。


「お母さん......お父さん......どこぉ?」


 ここは、河内(かわち)(大坂府東部)のとある集落の外れ、そこに一人の少女が泣いていた。


 実は彼女は両親に捨てられたのである。

 とても貧しい家庭で生まれた為に、少しでも食料の消費を抑えようと捨てられたのだが、幼い彼女にはそれが理解できなかった。


「う、うぅ、うえ~ん」


「あ、あれ? 君どうしたの?」


 少女の目の前に一人の少年が現れた。とても身なりがよい少年であった。恐らくここの者ではないのであろう。


「え、えーと、なんで泣いてるの? お母さんか、お父さんは?」


「う、うぅ.......」


「うん?」


「うえぇぇぇぇぇん!!」


 少女は大声で泣き出してしまった。


「う、うわぁ!? お、落ち着いて! そ、そうだ! これを見て!」


 すると少年は、近くにあった石ころを三つ拾って、少女の前でお手玉をした。


「ふぇぇ?」


「ど、どうかな? 僕こう言うのが得意......て、あだ!?」


 お手玉をしていた石ころが少年の頭に落ちて、そのまま少年はうずくまった。


「いっ......あだ! あだ!」


 残りの石ころも少年の頭に落ちた。


「.....くすくす、変なのー」


「あ! や、やっと笑ってくれた!」


「おーい、何やってんだ? 信太郎(のぶたろう)


「あ! 父上!」


「ん? その子は?」


 後になって分かった事だが、少年の父親は若狭の水潟群の領主であり、公務の関係で河内を訪れていたらしい。


 事情を知った彼の父親は、行き場のない少女を息子と共に若狭へと連れていってあげ、少女に住む場所を与えた。


 それから六年後。


「やぁ、弥都波(みずは)。元気にしてたかい?」


「あ、信太郎様! お久しぶりです」


「おいおい、そう堅くなるなよ」


「だ、だって、今は亡きお父上の跡を継いで......ひゃあ!?」


 信太郎は、少女の柔らかい頬を引っ張った。


「まーたくよー、ガキの頃よく遊んだじゃねぇかよ、昔みたいに呼び捨てでいいんだぜ?」


「で、でひゅが~」


「.......ぷ、あははは! なかなか面白い顔してるぜ!」


「も、もう! 止めてよ信太郎! ......あ!」


「あー、やっぱそっちの方がしっくりくるな」


 更に三年後。


「それじゃあ、この書類を頼むよ弥都波」


「はい、信太郎様」


「だーから二人っきりの時は、呼び捨てで良いってば」


「う、ご、ごめんね、信太郎」


「......ははは! まぁ、お前のそう言うとこ可愛いんだけどな」


「え!?」


 少女は顔が真っ赤になった。


「しっかし、ここ最近の日照りが急に酷くなったなぁ、何が原因なんだ?」


 何事もなかったかのように信太郎は、別の話題をふった。


「え、あ、ううぅ.......な、何ででしょうね」


 少女は気を取り直す為に書類をまとめる。


「......なぁ、弥都波」


「な、なに?」


「......いや、何でもない」


「?」


 更に二年後。


「信太郎、信太郎!」


「おー、やっぱお前の泣き顔も結構可愛いな」


「こんな時に何を言ってるの!」


 信太郎は病に伏してしまったのである。

 原因は不明。

 医師の診断によると、もって三日が限界だろうと。


「あーくそ、もっとやりたいことあったのになー。弥都波、後の事を押し付けるようで悪いが頼んだ」


「......信太郎、何かしてほしいことは......ある?」


「そーだなー......じゃあ最後に、好きだ、弥都波」


「......私も好きでした」


「おいおい、過去形かよ」


「だって、もうすぐ死んでしまうじゃない」


「はははぁ.....なぁ、弥都波。最後に━━」


 三日後、信太郎は逝った。享年20歳。


「では、ご遺体はこちらの方で丁重に葬ります」


「......はい......お願いします......」


 弥都波は信太郎の遺体を葬儀屋に一任した。


「......最低だ、私は......信太郎のような素敵な人と一緒に居られたのに......」


 弥都波はその場で膝が崩れ、両手を床に付けて涙を流した。


「結局私は......生きる喜びを理解することが出来なかったぁ......! 信太郎みたいに笑うことが出来なかった! 彼のように生きることに! 先の未来に喜び、楽しみ、期待を持つことが出来なかったぁぁぁ!」


 弥都波は、泣いた。ただひたすら泣いた。

 生きることそのものに何かを感じることが出来なかった彼女は、ひたすら嘆いた。


「彼と一緒に居れば......それを理解出来ると思い上がっていた自分が憎い......ごめんなさい! ごめんなさい! こんな私を......許して......信太郎......」



「......みずは」


 うずめは水守の屋敷の一室で目を覚ました。

 烏乃助と水守が戦ってから既に日は変わっていた。

 あの後、紫上の配慮のお陰で村人達の騒ぎは収まり、水守が戻ったこともあり、村人達は安堵していた。


 そして、今後水不足は起こらないだろうと言うこともあり、水守は水の神通力『哀水(かなしみず)』をうずめに返した。


 ちなみに紫上は、政務上の関係で水守と烏乃助と闇御津の三人が戻った頃には居なくなっていた。

 彼は現在、若狭の大名『武田(たけだ) 小兵(しょうへい)』の元に赴き、挨拶をし、彼の元で三泊した後に越前に帰還することとなっていた。


「水守様! 水守様ぁ!」


 廊下の方から闇御津の叫び声が聞こえてきた。


「そ......んな......なんで......」


「ちっ! どこ行きやがったあいつ!」


 烏乃助の声も聞こえてきた。


「......何があったの?」


「......うずめ......殿......」


 闇御津は泣きながら手に持っていた紙切れを手放し、それをうずめは拾った。


 そこにはこう書かれていた。


『私は、今日をもって水潟群の領主を辞任します。すみません闇御津、後の事はお願いします。貴女なら私が居なくても大丈夫です。私は、恩人である烏乃助さんに刃を向けてしまいました。なのでその罪を償う旅に出ます。闇御津......いいえ、玄子。どうか達者で』


「う、ああああああああああああああ!!」


「ちっ!」


「みずは......」


 ここでうずめは、この旅で初めて涙を流した。

 この時うずめは、思ってしまった。流すなら嬉し涙が良かったと━━


 その時丁度、若狭の空から十年ぶりに雨が降った。若狭の住民が待ち望んだ雨。しかし、水守の辞任があったせいで、心のそこから喜ぶ者は少なかった。



 同時刻。


 幕府の役人『高見魂』は、部下数名を連れて例の『真玄 語呂八』の娘の首を持って江戸に帰還する最中であった。


「くっくっくぅ、にしても良くできてるよなぁ『これ』」


 高見魂は、娘の首を片手に持って呟いた。


「本当に良くできた『人形』だよなぁ」


 その首は、肉の質感、骨、血液、死臭、全てに至るまで本物の生首そっくりに良くできた人形であった。


「はっはっはぁ、これどうやってできてるんだぁ? 確かに御上に献上しても問題無さそうだがぁ」


「高見魂様、なぜ『八』を回収しなかったのです?」


 と、部下の一人が高見魂に尋ねた。


「はっはっはぁ、だって俺達の役目は『真玄 語呂八』の一族を根絶やしにすることだろ? それにさぁ」


 高見魂は、立ち止まって悪そうな笑みを浮かべた。


「たっのっしっみぃだからなぁ、あいつの今を見たか? 随分とまぁ、人間らしくなっただろぉ? 待ち遠しいなぁ、人間に近づく『八』と、より一層『刀』に近づく『九』、この二人が剣を交えるところを特等席で見たくなってきたぜぇ......くっくっくぅ、あの『八』が人間に......」


 あっひゃひゃひゃひゃひゃぁ!!



 結局、水守はその後行方不明となった。


 なんとも後味が悪い形で二人は若狭を後にすることとした。


 うずめは、『紫上 兼晴』の顔を見ることは出来たのだが、話しかける前に紫上は去ってしまった。


 なので、うずめは若狭を去る前にもう一度紫上に会えないかと思ったのだが、結局会えなかった。


「それで? その『紫上 兼晴』て、奴はそんなに似てたのか? お前に」


「......うん、私も信じられなかったけど」


「......だったら次の越中(富山県)での件が終ったら出羽に帰る途中で越前に寄るか?」


「うん、そうする」


 二人は、若狭の北にある港に越中行きの船が来るのを待っていた。


 と、そこに意外な人物が現れた。


「お久しぶりですね、烏乃助さんにうずめ様」


「お前は......『郷見』......なんであんたがここに?」


 そこには、出羽の大名『鴨居 義明』の元に仕える、隠密部隊総指揮官『郷見』がいた。


 ※郷見のことを忘れた人は、第一話第三章を参照。


「えぇ、実は私は隠密部隊を使って、他の『心の所有者』の捜索を行っておりましたが、実は先週、部下の一人が丹波にて、『楽雷(らくらい)』の所有者を発見致しました」


「なに!?」


 現在判明している所有者は、越中の『深鮫(ふかざめ) 挾樂(きょうらく)』と、現在所在不明の『暁 黎命』。

 この二人以外に所有者が見つかったらしい。


「そいつは、どんな奴だ?」


「......それが、なんと言いますか......」


「?」


 郷見は、何やら言葉を選んでるような素振りであった。


「......取り合えず彼は現在、丹波の『神鳴平原(かみなりへいげん)』をさまよっております」


「............ん? あ、いや、所在は分かったからさ、そいつは何者だ?」


「......それは、会ってからのお楽しみで」


「はぁ? なんだそりゃ?」


「あ、私はこのまま他の所有者の捜索に当たりますので、お二人は越中を後回しにして、お先に丹波に向かって下さい。それでは━━」


 そう言って郷見は、何故か煙幕を使ってその場から逃げるように立ち去った。


「こほ...こほ...」


「げほ!...げほ!...あいつ何がしたいんだよ! つーかなんで、『楽雷』の所有者の事を言わないんだよ!」


 二人は、郷見の言葉を信じて、越中を後回しにして丹波(京都府)に向かう。謎に包まれた『楽雷』の所有者に会うために、果たして次に二人を待ち受けるものは何なのか━━


 二人は、丹波行きの船に乗って丹波を目指すのであった。



 『哀水(かなしみず)』蒐集完了━━。


 次回、第四話「こころたのしむ」に続く。



 



























「助かった ありがとうです 『牛鬼(ぎゅうき)』ん」


「■■■■■■■■■■■■■■」


「分かってる けじめはつける 帰ったら」



 後日、『影隠 濡女』が投獄されていた関所が、何者かに襲撃され、関所の人間は全員死亡。

 影隠 濡女は、脱獄した。


 結局、影隠妖魔忍軍が若狭の川の開発を妨害していたのは謎のままであった。


 しかし、これこそが影隠妖魔忍軍を操る者のある計画の一部分であったのだが、それが明かされるのは、当分先の話となるのであった。

『生きる』それは、この世に生命を得た者達に課せられた使命。


 ぶっちゃけて言うと私は、生きることそのものに喜びを感じたことがないんですよねー。

 かと言って死にたいわけではない。

 昔は、そんな自分が嫌で嫌でしょうがなかったですが、今では将来自分は、生きることに対して何かしらの喜びを得られるんだろうなぁ、と言う根拠がない自信を持って今日を生きております。


 さぁて、ようやく若狭編が終わりました。


 本当に最近は、執筆だけで休みの日が潰れてしまいますなぁーあは、あははははぁぁぁぁorz


 それでは、次回をお楽しみに~......ああああああああああああああああ!(号泣)


※何に対してかって? さっあっねぇ何だろうねぇ、くっくっくぅ。

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