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こころあつめる(仮)~烏と不思議な少女の伝奇時代冒険譚~  作者: 葉月 心之助
第三話「こころかなしむ」
14/54

第三章『哀なき水ノ主』

 久し振りに実家帰ったら町内の御輿担ぎをやらされました。

 めちゃ重かったです。┐(´д`)┌

 ...これ、ネタとしていつかやろうかな。

 それでは、戦闘がメインの第三章のはじまり~はじまり~。

(追伸:今更空白の空け方を知って(*ノ▽ノ)です。)

 

 六日目の夜。


「よーし、皆!ちゃっちゃと終わらせるぞ!」


「「おー!!」」


  男達は、張り切っていた。

  例の大岩も無事撤去する事ができ、半年以上掛かった川の開発もいよいよ大詰め。


「ここまで来るの長かったなぁ」


「この川の開発計画事態も水守様が他方の領主との長きに渡る交渉の末、実現できたものだからな」


「しかし、例の下手人はまだ捕まってないのは不安だけどな」


「つーか、もう居なくなったんじゃね?この六日間、全然出てこないじゃん」


「まぁ、あの兄ちゃんが見張っててくれたお陰かもな」


  雑談を交えながら男達は、意気揚々と作業を進めていた。


「そういや、今日はあの兄ちゃん居ないな」


「多分、水守様と今後の話し合いをしてるんじゃね?」


  と、その時であった。


  周囲に鎖のような音が聞こえてきた。


「え?」


「なんだ?」


  明かりとして周囲には、篝火(かがりび)がいくつも設置されているものの、鎖の音は聞こえど鎖らしき物は、見当たらない。


「な、なんか気味が悪いな」


「前は、ここまでハッキリ聞こえなかったのに.....」


  そして、暗闇に紛れて何かが男達に向かって勢い良く飛んできた。


「!? う、うわぁ!」


  一人の男に当たりそうだった『それ』をもう一人の男が『それ』を掴んだ。


「と、ようやく捕まえたぜこの日陰者がよ!」


 『それ』を掴んだ男は、作業者に扮した烏乃助であった。


  どうやら、普通に張り込んでも現れないと思い、作業者の格好へと変装し、例の下手人が現れるのを待っていたらしい。


  そして、烏乃助が掴んだ『それ』は、忍者が使うような『鉤縄』だった。


 しかし、それは通常の鉤縄とは形状が異なっていた。


  壁や崖などに引っ掻けるための四つの鉄鉤。ここまでは普通だ。


 しかし、その四つの鉄鉤が交差する真ん中から『苦無』のような鋭い突起が生えていた。


 つまりこれは、鉤縄にも暗殺にも使え、しかも縄ではなく鎖であるため、その形状を見ただけで『それ』がどれだけ凶悪な武器なのかが分かる。


「おぉ!」「でかした兄ちゃん!」


 男達の歓声が上がる。


「おっし! このままこっちに.......ぐぅおわ!?」


 烏乃助は、掴んでいた鉤縄。もとい鉤鎖を引っ張って下手人を暗闇から引きずり出してやろうとしたら、逆に烏乃助が暗闇の中に引きずり込まれてしまった。


 成人男性である烏乃助の足が浮いてしまう程、その引きは強力であった。


 烏乃助は一瞬、手を離そうかと思ったが、ここで手を離したら今度こそ逃げられてしまうと思った烏乃助は、引き寄せられる力に逆らわず、その力に身を任せた。


 直接下手人と対峙しようという腹積もりらしい。


「烏乃助!」


 仮設小屋に隠れていたうずめが烏乃助の刀を抱えながら飛び出し、風の神通力『喜風』を使って、刀を烏乃助目掛けて飛ばした。


「しっ! ちょっくら陰気野郎を退治してくるぜ!」


 刀を受け取った烏乃助はそのまま、完全に闇の奥深く吸い込まれ、烏乃助の姿は見えなくなった。


「お、おい。本当にあの兄ちゃんだけでいいのか?」


「もし、相手が一人なら、俺達全員で掛かれば捕まえられるんじゃ.....」


「おし! 俺達も.......て、嬢ちゃん?」


 男達が、烏乃助の加勢に行こうとしたら、うずめが、男達の行く手を遮った。


「.....こんなこと言うのあれだけど、あなた達じゃ烏乃助の足手まといになると思う」


「んな!?」


「な、なんでだよ!?」


「俺達があの兄ちゃんより弱いからか!?」


 うずめは、首を横に振った。


「これだけの人数全員で加勢したら、逆に烏乃助が動きづらくなると思う。そして、暗闇の中、乱戦になったら、その混乱に乗じて、今度こそ悪い人を取り逃がしてしまうよ」


 うずめに促され、男達は加勢するのを渋々諦めた。


「じ、じゃあ俺達は........一体どうしたら?」


「決まってんじゃねぇかよ! お前ら!」


 一人の男が叫ぶと、その男は開発途中の川の方に一人で戻っていく。


「あの兄ちゃんを信じて俺達は、作業を続ける! あの兄ちゃんは毎晩毎晩、俺達の側に居てくれたんだぞ!」


「........! そうだったな」


「俺達は、俺達に出来ることをしよう!」


 そう言って男達は、烏乃助を信じて、川の方に戻る。


「......悪いなお嬢ちゃん。大の男が君みたいな女の子に論されるなんて......」


「むふー。気にしないで、当然の事をしたまで」


 ーー烏乃助、信じてるからね。



 ある程度、暗闇に目が慣れてきた頃であった。


 烏乃助は、等々、月明かりに照らされた岩の上で、独楽(こま)のように激しく回転しながら鉤鎖を巻き戻す下手人の姿をその目で捕らえた。


 ある程度近づいた後に、烏乃助は、掴んでいた鎖を手放して、足を地に付けた。


「.....意外だな。てっきり大男を予想してたんだが、まさか女だとはな 」


 その女は、上は手が見えないくらい長い袖の忍び装束を身に纏い、腰に巻き付けた鎖を境に下はその素足を露出させ、前と後ろには、(くるぶし)まで伸びる垂布(たれぬの)を垂らして、顔には目元を覆い隠す『蛇』と書かれた面沙(めんしゃ)をしており、首には膝裏まで伸びる『首巻布』をしていた。


 女は、例の鉤鎖を全て、自身の腰に巻き付けてから今自分の目の前にいる烏乃助を岩の上から見下ろす。


「見つかった けれど特には、 無問題(むもんだい)


 女は、奇妙な喋り方をした。


「.......お前、忍者...か?」


 烏乃助の質問に対し女は答えた。


「『影隠(かげがくれ) 濡女(ぬれおんな)』です よろしくね」


 やたら丁寧に自己紹介をした。


「あの変態忍者と同じ奴か......なんで影隠が川の開発の妨害をするんだ?」


「それはそう 任務だからね 分かったか?」


 任務だからと言われても、その内容が分からない以上、結局目的は分からない。


「いや全然。つーか、普通にしゃべれないのか?」


「断るわ だってこれ(わが) 『個性』だし」


 濡女と名乗った女の台詞を良く聞くと全て、五 七 五と、なっていた。


「........なんか、会話に困るんだが」


「気にしない 会話困難 けれど意思」


「えーと、つまり会話は出来なくても意思は伝わると?」


 濡女の台詞をそのように解釈した烏乃助。すると、濡女は頷いた。


 面沙の上からでも分かるぐらい、濡女は嬉しそうにしていた。


「あなたとは 仲良くなれそ 共に舞う」


 すると濡女は、再び独楽のように激しくその場で回転しながら、腰に巻き付けていた鉤鎖を烏乃助目掛けて射出した。


「ちぃ! そっちがその気なら遠慮はしないぜ!」


 烏乃助は、飛んできた鉤鎖をかわして、岩の上で回っている濡女に接近する。


 実は、烏乃助は反射的に鉤鎖を刀で弾こうと思ったのだが相手が鎖である以上、弾いたら刀を支点にして、そのまま刀に巻き付き、刀を奪われると判断したため、刹那の判断力で弾く事を中断した。


「なんていい 判断力 ときめいた」


「なんで!?」


 こちらは、刹那の判断力もなく。ただ普通に突っ込んでしまった。


 烏乃助の足が後六歩で、濡女がいる岩に辿り着く、瞬間であった。


素敵人(すてきびと) 教えてあげる 後方よ」


 すると濡女は回転を止め、右手で鎖を掴み、勢い良く鎖を引いた。


 途端に、背後から何かが迫って来ていることに気付いた烏乃助は、素早く地面にうつ伏せになった。


 そして、背後から来たものは、烏乃助の頭上を通過した。


 それは、あの例の大岩であった。どうやら先程飛ばした鉤鎖が、暗闇に紛れていた大岩に巻き付き、引き寄せたようである。


「なんだと!?」


 そのまま濡女は、鉤鎖に巻き付いた大岩を軽々と鉄球のように振り回した。


 とても、女性の細腕で出来る芸当では、なかった。


 ーーそうか、ずっとあの大岩をどうやって持ち込んだか気になっていたが、こう言うことか!


()忍法(にんぽう)撃蛇鎖鱗(げきじゃさりん)』 ご堪能」


 濡女は、鎖に巻き付いた大岩にある程度の遠心力を加えた後、烏乃助目掛けて振り下ろした。


 すぐさま立ち上がり、大岩を避けながら濡女がいる岩まで一気に駆け抜ける。


「ぬぅ!」


 近くまで来ると、濡女がいる岩は高かった。

 高さは、およそ七尺(210cm)程であった。

 刀を濡女に当てるには、どうしても岩の上に上がらないと無理であった。


「残念ね 岩登る暇 与えない」


 すると、濡女は再び回転し、振り下ろした大岩を手元に引き戻し始めた。


「素敵人 岩に挟まれ 圧迫死」


 このままでは、烏乃助の体が濡女がいる岩と大岩との間に挟まって本当に圧迫死してしまう。


「..........」


 しかし、烏乃助は、避けようとしなかった。


「?」


 その事に疑問を感じた濡女であったが、烏乃助は、岩と大岩の間に挟まれてしまった。


「素敵人 最後の最後 愚か人」


「馬鹿女 面沙取って 良く見ろよ」


「!?」


 回転していたせいで良く見てなかったが、烏乃助は、大岩の上に立っていた。


 実は、当たる直前烏乃助は、迫り来る大岩を蹴って、そのまま濡女の岩に向かって跳んだのだが、濡女の岩の上まで届かなかったため、濡女の岩を蹴って、大岩の上に飛び、着地したのである。


「素敵人 あなたなんだか 忍者似」


「へ! 鎌鼬の奴にも似たような事言われたな!」


「鎌鼬 どうしてあなた 知ってるの?」


「お前が知る必要はねぇ!『椋鳥(むくどり)』!」


 烏乃助は、正面打ちのように刀を振り上げ、上段の構えから切っ先を濡女に向けてから、打ち下ろし気味に突きを繰り出した。


「素敵人 勝ったと思う 焦りすぎ」


 烏乃助が突こうとした矢先、烏乃助が乗っている大岩が動き始めた。


「な!?」


 なんと、濡女は再び回転し、烏乃助が乗っているのにも関わらず、大岩を振り回し始めた。


 烏乃助は攻撃を中断して、振り落とされないように大岩にしがみつく。


「ぬぅあ!? これの何処(どこ)が忍法だよ!」


 確かにこれでは、忍法とはとても呼べない気がする。


 凄まじい遠心力のせいで、烏乃助は身動きが取れない。


 しかし、このままでは、大岩と共に烏乃助を地面に叩きつけるやもしれない。


 まさに絶体絶命。その時であった。


「烏乃助さん!」


 突然、水守の声が聞こえてきて。そしてーー


「!? なんなのよ 何が起こった 分からない」


 濡女が乗っていた岩の下から、巨大な水柱が上がり、岩と濡女は、空中に放り投げられた。


「悪いな!水守!」


 ここで、回想に入る。 初日の夜、水守の私室にてーー


「烏乃助さん、私の予想だと烏乃助さんが見張ると下手人は、現れないと思います」


「......そうか」


 この時二人は、下手人を捕まえる算段を立てていた。


「それでも烏乃助さんは、見張りに付いて下さい」


「...なぜだ?」


「下手人の目的は分かりませんが。烏乃助さん程の手練れが見張りに付けば迂闊(うかつ)に手は出せないと思います。 かと言って、後六日程で川が完成する。 完成間近になれば、下手人が何の動きもしない訳がありません」


「.......つまり、俺が完成直前まで番犬がわりになってーー」


「はい、烏乃助さんは、その日姿を消して下さい」


「なーるほど、急に俺が居なくなったら普通は、疑うはず。だが、俺が居るせいで手が出せず、完成が近づくに連れ、陰気野郎も焦りが募る。そうやって相手の冷静さを削いだ状態で、完成ギリギリになって俺が姿を消せばーー」


「はい、何も考えず手を出す筈です」


 どうやらこの六日間での烏乃助の行動は全て、水守の策によるものであったようだ。


「そう、焦りという、水を貯めに貯め、時期が来れば放流する。 なので、この作戦をーー」


 ーー堰堤(えんてい)(ダム)作戦と名付けましょう。


「おおおお!」


 回想終了。


 この作戦に補足を加えると、六日目に下手人が現れたら、水守も後から加勢する手筈となっていた。


 そして、烏乃助は空中に打ち上げられた濡女に向けて、大岩を蹴って刀を構えて突貫する。


「とても危機 でも私勝つ 揺るぎなし」


 濡女は、大岩に繋がったままの鉤鎖を右手で掴み、空中で膝を曲げ始めた。


 ーーあれは、まさか!


 烏乃助の脳裏を(よぎ)ったのは、葉月に出羽で『影隠 鎌鼬』が使用した奥義『鬼神蹴来』であった。


 濡女は、あの強力な巻き戻しを使って、逆に自身を大岩に引き寄せる。


 どうやらその力で、奥義『鬼神蹴来』を使用するようであった。


「名付けてね 『邪神蹴(じゃしんしゅう)』 さようなら」


「受けて立つぜ!『(ふくろう)』!」


 烏乃助は、空中で二回、三回と前方に縦回転し、その力で正面打ちを放つ。


 そして、烏乃助の刀と濡女の蹴りが交錯するーー


 しかし、どうやら、お互いの攻撃は、当たらず、互いの攻撃は、かすめた程度であった。


 濡女の蹴りは、そのまま大岩に触れ、大岩を蹴り砕いた。


 もし直撃していたら、確実に烏乃助の胸骨は、粉砕され、即死していたであろう。


「逃したわ でも逃がさない 貫くわ」


 空中で回転して、鉤鎖を腰に巻き戻し、烏乃助に向けて射出しようとする。


 だが、濡女が振り返ったすぐそこに烏乃助は居た。


「え!?」


 先程空中ですれ違ったばかりの烏乃助が目の前に居て驚く濡女。


「私をお忘れでなくて?」


 どうやら水守は、両手から大量の水を放出して、さっきまで濡女が立っていた岩を烏乃助目掛けて飛ばし、烏乃助はその岩を足場にして、濡女に奥義を放つ。


「第一羽の奥義『雨燕(あまつばめ)』!!」


 葉月に鎌鼬相手に使用した剣技『燕』のように、中段の構えから急激な手元の変化を起こした。


 『燕』は、逆袈裟斬りであったのに対し『雨燕』は、相手の正中線に沿った、完全に真下からの斬り上げであった。


「がはぁ!」


 水守の水に濡れた烏乃助の刀は、濡女の顎を打ち上げ、濡女の脳が揺れた。


 薄れゆく意識の中、濡女は何かを閃いた。


 ーー! 閃いた ここで一句を 伝えます。


「ぬ、濡女.......水に濡らされ............いい女」


 と、変な一句を述べた後、濡女は粉々になった大岩と共に地面に落下した。


 一週間近く続いた川の開発妨害事件は今宵、決着が着いた。



 七日目の朝。


 烏乃助の一撃が強すぎたのか、あの後濡女は、目を覚まさなかった。現在、濡女は気を失った状態で、若狭の南に位置する関所の牢獄に一時投獄することとなった。


 なぜ影隠が、川の開発を妨害していたのか謎だが、濡女が目を覚ましてから事情聴取することとなった。


 そして、川の開発をしていた男達は昨夜、徹夜して張り切ってくれたお陰で、予定よりも早く、無事、川は完成した。


 その日、若狭全体が歓喜に溢れていた。


 後は、川の水源となる若狭の南東にある山から、水を流すだけであった。


 更に三日前にうずめが行った雨乞いにおける祈りが届いたのか、どうかは分からないが、その日の若狭の空は、十年ぶりに曇り空となった。


「み、見ろよ! そ、空が!」


「す、凄い奇跡だ!」


「あ、あぁ! 神様仏様! ありがとうございます!」


 その曇り空と川の完成も合わさって、涙を流す者が後を絶たなかった。


「ふー、ようやく終わったな」


 烏乃助は、いつもの黒い着物と袴に着替えて、水守の屋敷の縁側に腰を下ろしていた。


 ちなみにうずめは、あの後夜遅かった事もあり、仮設小屋の中で眠っていた。


 烏乃助は、うずめをおぶって、水守と共に屋敷に戻ったのである。


「俺が奮闘してる間に寝るとは.......心配する気無かったのか? こいつ」


 うずめは、烏乃助の背後の部屋で布団の中で眠っていた。


「ふふ、それだけ烏乃助さんを信じていらしたのでは?」


 背後から水守が現れて烏乃助に話し掛けた。


「本当に上手く行って良かったです。烏乃助さん、お疲れ様です」


「まぁ、あんたの策のお陰でもあるけどな...」


 烏乃助は、何やら神妙な顔になった。


「? どうなされましたか、烏乃助さん?」


「いんや、なんかドっと疲れたなと思って」


 そのまま烏乃助は、仰向けになって寝転がる。


「そうですか.......ところで、烏乃助さん。お疲れの所、申し訳ないのですが、私に付いて来てくれませんか?」


「あ? なんかあったのか?」


「はい、烏乃助さんにお見せしたい物が有りまして」


「見せたい物?」


「はい、宜しいですか?」


 少し悩んだ後、烏乃助は、了承した。


「.......良いぜ」


「そうですか。では、こちらに、闇御津。うずめさんを宜しくお願いします」


 奥の襖が開き、闇御津が姿を現した。


「かしこまりました。では、お二人とも、道中お気を付けて」


 ーーん?道中?


「なんだ、外に行くのか?」


「はい、では行きましょう」


 そして、二人は、外に出掛けていった。

 二人を見送った後、闇御津は、顔を伏せて呟いた。


「......黒爪殿。本当に申し訳無い」



 二人が訪れた場所は、水守の屋敷から五里(20km)程離れた廃村であった。


 ここは、『旧・白蛇村』であった。


 三年前までは、確かに人々が住んでいたが、とある理由で、ここを捨て、家屋や小屋などの建物は取り壊さずに村人達は、今の白蛇村に移転したのである。


「......」


「懐かしいです。私は、領主になる前は、ここに住んでいたのです」


「......」


「ふふ、三年ぶりに来ましたが、建物自体は、本当にそのまま」


「......」


「まるで、ここだけ時が止まったままのようです」


「...確かに、初めて来たが、なかなかいい場所だな.........俺達が()り合うには」


 突然、烏乃助は、腰に差していた鞘付き刀を抜いた。


「......嗚呼、やはり気付いていましたか」


 烏乃助が刀を抜いた事に全く疑問を抱かない水守、まるで、こうなることを予想していたかのようにーー


「いつもあんたが纏っている『穏やかな雰囲気』は、今は感じない。今あんたが纏っているその気は、..............『殺意』だ!」


「....ふ、ふふふふ、あははははは!」


 今度は、水守が突然笑いだした。


 すると、水守の足元の地面が膨れ上がり、そして、水柱が上がった。


 水柱と共に、地中から何かが飛び出した。


 それはーー通常よりも大振りな刃を持つ、全長六尺(180cm)くらいの『薙刀』であった。


 そのまま空中に放り投げられた薙刀を水守は、片手で受け止め、凄まじい勢いで今度は、両手で振り回した後、中段に構え、その切っ先を烏乃助に向けた。


「......烏乃助さん、貴方には、感謝してます。ですからこんな事したくないのですが......」


「......なーんか、事情が有るんだな?」


 烏乃助は、右手に持った刀を肩に担いで、臨戦体勢になる。


「......聞かないのですか? 私が刃を向ける理由を?」


「別にいいだろ? 終わってから聞けばいいし」


「くすくす、おかしな人。まさか自分が数分後生きていると?」


「ああ、そうだ」


 即答であった。


「.........やはり貴方は、とても真っ直ぐなお人ですね。だけどそれは、考える事を放棄しているとも捉えられますよ?」


「だから? いいから早く来いよ」


 烏乃助は、とても淡白に挑発した。


「....構いませんが、私が貴方とまともに戦っても勝てないでしょうね。なんせ貴方は、幕府が誇る最高にして最強の刃『鴉』なのだから」


「!?」


 あまりにも予想外であった。まさか水守の口からその言葉が出るとはーー


 さすがの烏乃助も驚きを隠せなかった。


「......誰から聞いた?」


「あら? 私に勝ってから全てを聞くのではなくて?」


「あーそういや、そんな事言ったな」


 そこで、烏乃助は、考えるのを止めた。

 全神経を一本の刀に集約する烏乃助。


 それに対し、水守も、薙刀の切っ先に気を溜める。


 まだ、戦いが始まってもいないのに二人の気が拮抗していた。


「烏乃助さん、先程仰った通り、まともに戦えば貴方には、勝てません。なので私は、『まとも』に戦いません」


 すると突然、水守は、左手を薙刀から離して、手のひらから烏乃助目掛けて少量の水を放出した。


「『水礫(みずつぶて)』!」


 烏乃助は、その水を顔に浴びても全く瞬きをしなかった。


 この水は、『目潰し』つまりこのまま水守は、追撃する筈。


 だが、水守は、来なかった。それどころか水守の姿は、その場から居なくなっていた。


「......まともに戦わないってこう言う事か」


 つまり、水守は、誰もいない家屋や小屋と言った建物の影に身を潜めたのである。


 おそらく水守は、建物と言う障害物を使って、身を眩まし、隙を見つけては、烏乃助に襲い掛かる算段であろう。


 烏乃助は、中段に構え、目を閉じた。視覚に頼らず、聴覚を研ぎ澄ました。


 パシャ、パシャ、と、烏乃助から見て右側の家屋から水を弾く音が聞こえてきた。


 その音が近づいてくるのを感じた烏乃助は、目を開き、右を振り向く、がーー


「なん......だと!?」


 右には水守は、居なかった。


 よく見ると、右の家屋の屋根が濡れていて、そこから滴り落ちる水滴の音を烏乃助は、水守の足音だと勘違いしたのである。


 すると背後から凄まじい早さで水を滑る音が聞こえてきた。


 振り返ると水の力で地面を滑走する水守であった。しかも、薙刀を上段に構え、石突きを烏乃助に向けていた。


「『走法・水捌き』! 繋げて『手法・水打ち』!」


 水守は、石突きで烏乃助の刀を押さえ付けながら、薙刀の刃を振り下ろした。


 その速度は、薙刀で出せる速度ではなかった。その速さはまるで剣術か或いは、それ以上か。


 この『手法・水打ち』 手と薙刀との間を水で濡らして、摩擦係数を減らしていたのである。


 薙刀で最も重要なのは、鍔元付近から手元近くまで手を滑らかせる『引き手』 これがなければ、薙刀を自在に振るうことは出来ない基本中の基本。


 それを水守は、水の神通力『哀水(かなしみず)』で通常の引き手の数倍の速度を引き出したのである。


「ちぃ!」


 烏乃助は、石突きで押さえられていた刀を手放して、水守の斬撃を正面から半身になって、衣服に刃が触れるか触れないかぐらいの距離で避けた。


「『啄木鳥(きつつき)』!」


 刀が無い状態で烏乃助は水守の懐に飛び込み、水守の左脇腹に肘打ち、から反対の手のひらを肘打ちをした手に打ちつけて、腕二本分と腰の開きを一点に集中した。


 この技は、相手が分厚い装甲を持っていても内部まで衝撃を浸透させる、俗に言う『鎧通し』の一種である。


 しかしーー


「なぁ!?」


 烏乃助の肘が水守の脇腹を滑った。


「ふふ、『防法・雨弾き(あまはじ』」


 よく見ると水守のほぼ全身が濡れていた。


 先月の『鈴鳴 源国』は、全身に炎を纏って火の鎧を形成したのに対し、水守は、全身に水を纏っている。差し詰め『水の鎧』だろうか。


「まだだ!『雲雀(ひばり)』!」


「させません!『柱法・水跳ね』!」


 烏乃助が繋げて連撃をしようとしたのを中止させるが如く、烏乃助の足下から水柱が上がり、烏乃助の体は、宙に打ち上げられた。


「がぁ!?」


 痛みは無いが、その勢いはかなり凄かった。


 烏乃助は、落下しながらでも追撃しようと地上を見たがーー


「ま、またかよ......!」


 また水守は、姿を消した。


 そのまま無事着地する烏乃助。


 少し離れた場所に落ちている自身の刀に目をやる。


「......」


 しかし、烏乃助は、刀を拾いに行かなかった。


 もしかしたら、これは水守の罠なのではないかと、疑心暗鬼になっていたからである。


「ーーと思い込んでくれる事を信じていました」


「うっ!?」


 水守の声が聞こえたかと思うと、烏乃助の左隣にあった小屋が倒壊し始めた。


「ぐぅおお!?」


 小屋の倒壊に捲き込まれないように烏乃助は、右に跳躍する。と、同時にーー


「『水礫・激流ノ陣』!」


  水守は、倒壊した小屋を丸ごと呑み込むほどの大量の水を激流の如く勢いで烏乃助に向けて放出した。


「ちぃ!」


 この激流に呑まれてしまうと、倒壊した小屋の破片が全身に突き刺さってしまう恐れがある。


 この激流に呑まれないよう烏乃助は、激流の範囲外まで跳んで、地面の上で前方回転受身を取る。


 そのままの勢いで烏乃助は、自分の刀まで一気に駆ける。


 その背後を水守が、薙刀を八相に構えながら追ってきた。


 と、ここで烏乃助は、ある異変に気付く。


 ーー? なんだ? 動きづらい.....!?


「な、なにぃぃぃぃ!?」


 烏乃助は、自身の足を見ると足が地面に沈んでいた。


「ふふふ、烏乃助さん。いい具合に地面が濡れてきましたね」


「ま、まさかここが廃村になった理由は......!」


「はい。ここ、日照りが起こる前までは、『沼地』でした。それが後の調査で発覚して、移転したのです」


 あまりにも乾燥しきっていて分からなかったが、どうやら乾燥した沼地の上に村を造ってしまい、後でそれが分かり、この村を捨てたのである。


 水守がこの場所を選んだ理由はそう言う事である。


 この乾燥した土に水分を与えてやれば、再び日照りが起こる前の沼地に戻ると言う訳である。


「ぐぬぬぬぬぬぅ!」


 泥濘(ぬかるみ)に足を取られて思うように走れない烏乃助の背後を『走法・水捌き』で苦もなく地面を滑走する水守が(せま)っていた。


「烏乃助さん。その首、貰い受けます!!」


 水守は、何の迷いもなくその白刃を烏乃助の首筋に振り下ろした。


「ぐああああああっっ!!」



 第三話「こころかなしむ」第四章『なきじゃくり、そして......』に続く


~完~


 嘘です! はい、烏乃助は、ちゃんと生きてます。

 どうしてこうなった。と思いますが、次回で若狭編最終章です。

 それでは、次回をお楽しみに~............するならば  濡ちゃんは、ね  嬉しいな。


~おまけ~

『濡女』

 頭は、人。胴は、蛇。川や海に出没し、人を川(海)の底に引きずり込む妖怪。牛鬼の配下、あるいは牛鬼の化身。

 一度遭遇すると何処までも追ってくる。しかも濡女の胴体は、全長三町(約324m)も、あるため逃げることは不可能。

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