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Journey of Life~戦犯の孫~  作者: ふたぎ おっと
第1章 ブラッドローから来たアジェンダ人
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2.深夜のラジオ

 フラウジュペイの首都ロゼ。

 『花の国』とも名高いこの国の都は、郊外の町とは違い戦火をあまり浴びなかったせいか、戦前の美しい街並みが変わらず残っている。

 ネオンが光る中心街の一角に、こぢんまりとした、しかしそれなりに値の張る宿がある。ほとんどもう寝静まり真っ暗になった宿の奥で、その部屋だけはまだ、薄い灯りが付いていた。

 部屋中に充満する強いアルコールの匂いと、タバコの臭い。

 室内に備えられたラジオは、次々と新しい情報を発信していた。

『――続いてのニュースです。ヘルデンズ分割を巡り、オプシルナーヤがヘルデンズ首都ノイマールを封鎖した件において、ブラッドロー・マグナストウ・フラウジュペイの首脳会談が昨日、ロゼにて開かれました。三国は他の西フィンベリー大陸諸国と共に、経済・軍事協定を固く結び、オプシルナーヤ連合国家と対抗する方針でいます』

 淡々と告げられる内容に、ソファでタバコを吹かしていた中年とも青年とも取れる男が、嫌そうにため息を吐いた。

「はぁー嫌だね。せっかく大きな戦争が終わったっていうのに、これだよ。まったくオプシルナーヤも、やってることがヘルデンズと同じだよ」

「ヘルデンズと、と一纏めにしないで下さい。あれは全部、マクシミリアン・ダールベルクの仕業なんですから」

 同じ室内にいるもう一人の男が、上官の発言をぴしゃりと訂正する。途中の人名を言うときには、やけに棘が含まれていたのは気のせいではないだろう。

 少し苛立ちが垣間見える部下の様子に、彼はタバコを口に咥えてかったるそうに背もたれに首を預けると、足を組み替えてから煙を吐き出した。

「確かにお前は違うかもしれないが、俺からすればマクシミリアン・ダールベルクもヘルデンズ人も大差ない。何せ、あんな大がかりな犯罪を、国民は盲目的に後押ししていたのだからな」

 嫌味や皮肉というわけではなく淡々と自分の意見を述べる上官に、部下の男は思わず飛び出そうになった反論の言葉を飲み込んだ。何故なら彼の言うことは間違っていなかったからだ。

――マクシミリアン・ダールベルク。

 その名を聞いて何も感じない者は、おそらくフィンベリー大陸のどこを探してもいないだろう。むしろ、多くの者が怒りを顕わにするはずだ。

 何故ならそれは、フィンベリー大陸戦争を引き起こした首謀者だからだ。

 山岳を挟んでフラウジュペイの北東に面した隣国、旧ヘルデンズ帝国の総統だったその男は、大陸制覇を目論んで、世界を相手に喧嘩を売った。かつては科学大国として知られたヘルデンズは、圧倒的な兵力差を大陸中の国に見せつけ、破竹の勢いで各国を制圧し、開戦からあっという間にフィンベリー大陸の半分以上を手に入れた。

 そうして支配した植民国の人々の生活を恐怖政治で縛り上げ、数々の悪逆非道を尽くし、各国にヘルデンズ人の絶対優位性を示した。

 そんな時代が実に六年。

 最終的に、途中で転換した戦局に追い込まれたマクシミリアン・ダールベルクが自ら命を絶ったことで、長く続いた戦争は事実的に終結した。ようやく訪れた平和な日々に、フィンベリー大陸中が安堵の息を漏らした。

 しかし、一つの戦争の終わりは、新たな問題を引き起こすことにもなった。

「少なくとも恐怖政治と独裁国家は長続きしないだろうな。あんなもん、すぐに市民の生活が崩壊して経済が回らなくなる。オプシルナーヤも同じだ」

「ええ、まったく同感です。本当に、革命が起こってからのオプシルナーヤは、昔のヘルデンズを見ているようで、反吐が出る」

 上官の男は呆れた様子で、部下の男は心の底から吐き捨てるように言いながら、二人とも度数の強いリキュールを煽る。

 戦後に起こった新たな問題、それは東の大国オプシルナーヤの孤立化である。

 フィンベリー大陸北東に広い国土を持つオプシルナーヤ王国は、先の戦争において、ヘルデンズの対抗勢力の一つとして大きな活躍を見せた。終戦時はまさに英雄だった。

 しかし、戦争によって混乱したオプシルナーヤ国内で市民革命が起こると、それまでの緩慢な専制君主制の王国から、強権的な軍国主義の帝国へと成り代わった。

 そうして新しく生まれ変わったオプシルナーヤ帝国は、かつてヘルデンズから救い保護していたフィンベリー大陸の東側諸国をオプシルナーヤの衛星国とし、マクシミリアン・ダールベルクがしたように、恐怖政治で以て各国を従えている。

 同様に敗戦国となったヘルデンズの国土も掌握しようと企んでいたのだが、オプシルナーヤのこの不当な動きに、フラウジュペイを始めとするフィンベリー大陸西側諸国やブラッドロー連邦国はこれを許さず、軋轢が生じている。

「愚かな独裁者に振り回されたヘルデンズは、このままオプシルナーヤの傀儡国家へと成り下がるのでしょうか?」

 ラジオ放送に耳を傾けながら、部下の男がぽつりと呟く。先ほどまでの刺々しい雰囲気から一転、どこか寂しげな様子だ。

 上官はタバコを咥えたまま部下の男を横目で見ると、「さあね」と煙と一緒に吐き出す。

「最悪、国そのものが消滅するかもな」

 まるで他人事のようにも聞こえる上官の言葉に、部下の男は眼を細めて苦渋の表情を見せる。実際にフィンベリー大陸戦争によって国家としての機能を失った国も消滅してしまった国もいくつかある。ヘルデンズの消滅も、あながちあり得ない話ではない。

「しかし解せねえなあ。お前はあの国にさんざんひどい目に遭わされたんだろう? だったらあんな国がどうなろうがどうでもいい話じゃないか」

 かったるそうにソファの背もたれに頬杖を付きながら、上官は新しいタバコを箱から取り出す。やはりどこか投げやりな言い方だ。

 しかし、この質問は部下にとっては答えづらいものらしく、彼は苦しげな表情のまま黙って窓の外に視線を向け、目を瞑る。無情な過去への悲しみ故か、もしくは愚かな独裁者への深い憎しみと悔しさ故か、彼の肩が微弱に震えているのが見て取れた。

 彼の様子に上官の男はやれやれと肩を竦める。

「ま、そういう事情も含め、一刻も早く『例のモノ』を探し出さなきゃならんってわけだ。アレをオプシルナーヤに渡すわけにはいかないからな」

 そう言いながら、テーブルに広げられていた昨日の新聞の一面を指ではじいた。そこには『A級戦犯ブルーノ・ホフマン死刑執行』と、大きな見出しが走っている。マクシミリアン・ダールベルクの右腕で、兵器の設計士としてかなり優れた男だった。

 部下の男は再び上官に目を向け、首を傾げた。

「それはもちろんですが、本当にまだ残っているんですかね? 聞けば、マクシミリアン・ダールベルクが自殺したと同時に、ギュンター・アメルハウザーが孫ごと燃やしてしまったらしいではないですか」

「確かになあ。仮に残っていたとしても、あれから五年。とっくにどこかに風化しちまっているだろうな。あぁ、アメルハウザーが余計なことをしなければよかったのに」

 心底面倒くさそうに、上官は盛大にため息を吐いた。同時に出てきた人物をあまり良く思っていないのか、嫌そうに眼を細めタバコの先を囓っている。そんな上官の様子に、部下の男は眼を細めて再び窓の外に視線を戻した。

 するとそのとき、部屋の壁に掛かった振り子時計が、零時の鐘を鳴らす。

 上官は今し方吸っていたタバコを灰皿にこすりつけると、「さて」と言ってソファから立ち上がった。

「そろそろ自分の部屋へ戻るよ、長い時間付き合わせたな。明日は郊外の方へ行くんだろう?」

「ええ、旧友に会いに行ってきます。泊まりがけで行くつもりなので、ロゼに戻ってくるのは三日後になるかと」

「あぁ、いい、いい。どうせ来週からしっぽり働くんだから、それまでお互い自由にしてようぜ」

 それだけ言うと、上官は片手を上げて部屋から出て行った。

 話し声がなくなり、部屋の中にはラジオ放送の音が響く。先ほどまでフィンベリー大陸西側諸国とオプシルナーヤとの軋轢に関するニュースを告げていたそれは、昨日のA級戦犯死刑執行の話題に切り替わっていた。

 部下の男は、上官が残したバーボンに手を伸ばしながら、先ほどの会話を振り返る。

――脳裏に浮かぶのは、あの憎い男の傍らに立っていた、一人の少女。

 まるでこの世の汚れとは無縁のような、清らかなプラチナブロンドの長い髪。この世の苦労も知らないような、艶やかな白い肌。初めて外の世界を目の当たりにしたかのような、あの薄い萌葱色の大きな瞳。

 心の底から湧き起こる熱いものに、部下の男はバーボンの瓶を乱暴にゴミ箱へと放り投げた。勢いが強すぎたためか瓶が割れる音が聞こえたが、どうでもよかった。

 彼はそのままベッドに横になり、ささくれ立った気持ちを落ち着けるため、深く息を吐く。

「全て、終わったことだ……」

 そう、あの時から何もかもが変わったのだ。

 あの少女のために全てを奪われることもなくなった。それどころかあの時には認められなかった沢山の権利を再び手にした。

 もう、あの屈辱と絶望に苛まされる必要も、なくなったのだ。

「願わくば、祖国が堅実な国として蘇らんことを――」

 男は薄い鳶色の双眸をそっと伏せた。

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