ハイパーターボアクセルババア 一
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「はぁ――はぁ――はぁ――」
男の荒い息遣いが車内に響く。
カーステレオからは、轟くようなデスメタルミュージックが大音量で流れている。
しかし、それでも男の息遣いは――そして、外の『それ』が放つ声は、デスメタルよりも大きく、はっきりと聞こえていた。
男は今、某県の高速道路を疾走していた。
時刻は深夜三時。
昼間、この高速道路は非常に混雑するのだが、この時間帯は車の数はとにかく少ない。
その為男は、時速一五〇キロという凄まじい速度で走行していた。
当然、法で定められた速度をオーバーしている。
実を言うと、男はスピード狂であった。
一般道であろうが高速道であろうが、直進の道や障害物の少ない道は、アクセル全開で突っ走る。
亀のようにノロノロ走るのは、車の運転ではない。
スピードを出さなければ、それは車の運転ではない――そう豪語するほど、男は高速度の運転が大好きであった。
しかし、現在彼が猛スピードで走行する理由は、彼の性分からではない。
自身の運転する車と並走している『それ』――その存在から逃げる為であった。
その存在に気付いたのは一分前。
お気に入りのデスメタルを大音量で流しながら、男はアクセルを踏み続けていた。
気分が良かった。
爽快であった。
スピードが上がる度に、自身の頭の中から脳内麻薬が分泌されるのを感じ取っていた。
その時、ふとサイドミラーに目をやったのである。
何故サイドミラーを見ようと思ったのか。
それは、車の外から笑い声が聞こえた気がしたためであった。
何を馬鹿な――そうやって、その時の彼は自分の考えに失笑してしまった。
ここは高速道路――しかも、凄まじい速度で走行する車の中である。
外から声が聞こえるはずがない――そう思いながら、サイドミラーに目をやったのである。
そして―――男は戦慄した。
アクセルを更に踏み込み、迫り来る『それ』から必死に逃れようとした。
しかし、『それ』は男を追い続けた。
獲物を狩ろうと疾走する肉食動物の如く、しつこく、粘り強く。
そして現在―――『それ』の存在を知ってから一分ほど。
その短い時間の内に、『それ』はいつしか、男の運転する車と並走していたのである。
(だ、大丈夫だ、見間違いだ……!! きっとテンションが上がりすぎて、脳ミソが馬鹿になってんだ……!!)
男はアクセルを踏み続けながら、心の中で自分にそう言い聞かせていた。
有り得ない。
有り得るはずがない。
もう一度窓の外を見れば、何かの見間違いだと分かる筈だ――そう思いながら、男は外に目をやった。
しかし――
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひをゃ!!」
「……ッ!?」
現実であった。
窓の外には、『それ』が――『老婆』がいた。
「ひぃいいいいいいっ!!」
そう――老婆である。
顔中血まみれの老婆が、全力疾走しているのである。
老婆が車を運転しているのではない。
赤い血に塗れた老婆自身が、『己の足で走っている』のである。
男を見てけたけたと笑いながら、凄まじい速度で並走しているのである。
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」
「ひぃっ――ヒィイイイイイイイイイイイ!!」
壊れたスピーカーのような恐ろしい笑い声が、老婆の口から放たれる。
それが耳に入り、脳を刺激し、男の口から、恐怖の叫びが響き渡った。
手が汗ばんで滑る。
ハンドルが上手く操作出来ない。
しかし、そんな状態でもアクセルは踏み続ける。
そうしなければ、その老婆から逃げることは出来ない。
ああ、この老婆に捕まってしまったら、自分はどうなってしまうのであろうか――男の思考回路は、自分の頭が作り出す、ホラー映画の展開の如き想像に囚われてしまっていた。
その時、老婆の両目に異変が起こった。
奇妙な光が宿ったのである。
光は徐々に強く、大きく光り始め、そして――
「げぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」
――奇声と共に、両目から怪光線を発射。
運転席に座る男に向かって眩い光を注ぐ。
「!? ――あ――うわっ――!? あああああああああああっ!!」
強烈な光に照らされ、男の視界が白色に包まれる。
瞼を閉じ、更に両腕で目を庇うが、眩しさは全く治まらない。
そして次の瞬間――男の全身を、凄まじい衝撃が襲った。
次の投稿日は未定です。
そして次回は、投稿パート100部目──即ち、連載100回目となります。
ここまで続けることが出来たのも、皆様から励ましや叱咤の言葉を頂けたからだと思っております。
それでは、また次回もお付き合いください。
【追記】
次は、火曜日の午前10時頃に投稿する予定です。




