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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第七話『滅掌の延慶』
98/310

滅掌の延慶 二十(完)

【これまでのあらすじ】

 延慶に敗北した衛は、師匠・ヤンロンを呼び出し、そのことを報告する。

 そしてその後、囁鬼の事件の際に、自身の中に生まれた悩みも打ち明けた。

 あの時自分は、どちらの選択肢を選べばよかったのか───衛の迷いの叫びに対し、ヤンロンは───

「あの時俺は───!どうすれば良かったんだ───!?」

 衛が両目を開く。

 そして顔を上げ、ヤンロンの顔を見た。


 衛の目に映ったヤンロンの顔は───

「・・・・・」

 ───ぽかんとした表情を浮かべていた。

 まるで、放心しているかのように。

 ヤンロンはただ、口をあんぐりと開けたまま、丸くなった目で衛を見つめていた。

「・・・爺さん?」

 その様子を不審に思い、衛が恐る恐る声を掛ける。


 すると───

「・・・うへっ───」

「?」

 ヤンロンの口から、妙な声が漏れ始めた。

「う───うへっ───うへっ───」

 声は何度も老人の口から漏れてくる。

 その間隔が、徐々に短くなっていく。


 そして遂に、その声は───

「うへ───うへへ───!うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!ギャーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 神社の境内を包み込むほどの、大きな笑い声と化した。

「ギャハ、ヒャハハハハハハハ!!ウッ、クッヒ!!ウッヒヒヒヒヒヒ、ノホ、ノホホホホホホホホホホホホ!!ヒィイイイイイイイ!!」

 ヤンロンは腹を抱えながら、笑い声という名の奇声を上げていく。

 その姿を目にし、今度は衛がぽかんとした表情を浮かべていた。

「何だよ爺さん、いきなり───」

「うひゃひゃひゃひゃ!!う、うひ・・・!うひ・・・!し・・・しょーもねー!!」

「・・・!『しょうもない』?」

 やっとのことで感想を口にするヤンロン。

 それを聞き、衛が僅かに驚いた様子を見せる。

「どういうことだよ、爺さん」

「ハハハ・・・!ア、アハッ・・・!いやいやいや、どうも何も、言葉通りの意味じゃよ!昔っから小さいことでもよく悩む奴じゃとは思っておったが、まさかこれほどとは───!」

 目尻の涙を拭いながら、ヤンロンがそう答える。

 そして、人差し指を立てながら語り始めた。


「お前さんの選んだ選択肢は、正解じゃよ!」

「え?」

「まあ、これは儂基準の答えじゃがの。他の誰かに聞いてみたら、『少数を切り捨てるほうが正しい』って答えが返ってくることのほうが多いじゃろうな。普通、そっちのほうが誰かを助けられる可能性は大きいからのう」

「・・・」

「まあ要するに、答えなどないんじゃ」

「・・・?答えが、ない?」

「おうよ。強いていうなら、選んだほうの選択肢が正解となる。どっちを選んでもよい。普通なら、そんな状況に追い込まれたら、迷ってそのどちらも選べんからのう」

「・・・」

「ただ・・・さっきも言ったように、儂個人としてはお前さんの選択は正解じゃと思っとる。もしも儂がお前さんと同じ状況に置かれたら、儂もお前さんと同じ選択をしたと思うからな」

「・・・」

 連杰の回答を、衛は頭の中でゆっくりと噛み解す。

 そして、問い掛けた。

「・・・爺さんは、どうして全員救うほうを選ぶんだ?」

「え?いや、どうしてって───」

 ヤンロンが目を丸くする。

 そして───答えた。

 何を当たり前のことを訊いているのだ───そう呆れるように。


「だって、儂なら全員助けることが出来るもん。被害者達に自害を命じる前に───そして、仲間に危害が及ぶ前に、その囁鬼とやらを一瞬でぶちのめしてのう」


「・・・!」

 その答えに、衛が両目を見開く。

 衛には分かった。

 師匠の言葉は、驕りや慢心から出た言葉ではない。

 事実から出た言葉であった。

 彼の実力であれば、それが出来る───衛は、それを良く知っていた。

 だからこそ衛は、現実に打ちのめされたような気分になった。


「・・・爺さん。その選択肢はあんたにとっては正解でも、やっぱり俺には選べねえよ」

「ん?何でじゃ?」

 ヤンロンが怪訝な表情を浮かべる。

「だって・・・俺には、まだあんたのような力はねえんだぜ。あんたみたいには出来ない。現にあの時、仲間も被害者も死にそうになったんだ・・・俺が・・・俺の力が未熟だったせいで───」

「それはどうかのう」

 衛の言葉を遮るように、ヤンロンがそう呟く。

 老人の表情から、笑みが消えていた。

 真剣な表情であった。

「今のお前さんの実力なら、儂のようにはいかずとも、あの状況を何とか出来たと思うぞ」

「え・・・?どうやって?」

「やれやれ・・・お前さんは本当にニブチンじゃのう・・・」

 ヤンロンが苦笑する。

 察しの悪い弟子に呆れている様子であった。


「よし、それじゃあここでクエスチョンじゃ!」

「は?」

 師匠の突然の言葉に、衛は思わず面食らう。

 そんな弟子の様子を気にもせず、ヤンロンは言葉を続けた。

「お前さんはさっき、『自分の力が未熟』と言ったが、具体的にはどんな力が未熟だと思う?」

「・・・。基礎の力と技術と運動能力、それと冷静に状況を判断する力」

「うむ!見事な模範解答じゃ!六十点!!」

「・・・」

 連杰が示した採点結果に、衛は思わず脱力する。

 それを見て、ヤンロンは可笑しそうな笑みを浮かべた。


「確かに、お前さんの中のそれらの力は完成に達してはおらん。・・・ただし、『少しだけ』じゃがな」

「『少しだけ』?」

「うむ。延慶に負けたと言えど、現状お前さんの総合的な力は、あと少しで儂と肩を並べるくらいのところまで来ておるんじゃよ。あれほど才能がなかったお前さんが、よくこれほどまでに成長したもんじゃ。・・・しかし、それ以上に。お前さんには決定的に欠けとるもんが一つあるんじゃ」

「欠けてる・・・?」

「そう。そしてそれは、儂がお前さんに、ことあるごとに伝えておったものじゃ」

「・・・・・まさか───」

 ヤンロンの意味深な言い方に、衛は眉をひそめる。

 衛は、気付き始めていた。

 初めて出会ってから今日まで、ヤンロンが衛に何度も教えていた言葉。

 衛には、たった一つだけ心当たりがあった。

「左様。それはな───」

 そして連杰は───正解を口にした。


「信念や執念───所謂『想いの力』ってやつじゃ」

「・・・!」


「衛よ、思い出せ。儂とお前さんが出会ってから、何度も言い続けた言葉を。『武心拳は』───?」

「・・・『想いの(けん)』───か」

「うむ、その通り」

 ようやく気付いたか───そう言わんばかりに、ヤンロンの表情が満足そうな笑みへと変わる。


「『武心拳は、想いの(けん)』じゃ。強い執念を抱いて鍛練を積み、強い信念を抱いて闘うことで、積み上げてきた実力以上の力を発揮することが出来る。『心の力を武力へと変換する』───それが、武心拳が人為らざるものと闘う為の武術たりえる、最大の特徴じゃ」

「・・・」

「お前さんはこれまでに、何度もその力の恩恵を受けておる。話を聞く限り、囁鬼の事件の時もそうだったようじゃな」

「・・・」

 ヤンロンの言葉を聞きながら、衛は『あの時』のことを思い出していた。

 あの時───囁鬼の策に嵌まり、自身が昏睡状態に陥った時のことを。

 あの直後、衛は自身の心と対話を行い、被害者達を全員救い出すという強い決意を抱いた。

 そして、凄まじい勢いで抗体を活性化させ、囁鬼の野望を打ち砕いた。

 あの時に発揮した治癒術による回復力と、身体強化による怒濤の猛攻───それこそが、武心拳の『想いを力へ変換する』特性であった。


「けど、あの時───最後の一瞬、俺は諦めちまった。囁鬼を倒すよりも先に、奴の命令を聞いた被害者が自害してしまう───そう思って、被害者が死ぬ覚悟を決めちまったんだ」

「うむ。もしその時、お前さんに諦めない心があったら、囁鬼が命令を終えるよりも先に、奴を倒すことが出来ていたかもしれん。・・・まぁ、確率はかなり低いがの」

 ヤンロンは、目を伏せながらそう言った。


 しばらくして───再び目を開く。

 そして、神妙な面持ちで衛を見た。

「そして、先日の延慶との立ち合い───今回も、同じようなことが言える」

「今回も?」

「うむ。お前さん、防ぐか避けるか選べんかったんじゃろ?・・・もし仮に、どちらかを選択して、『必ず成し遂げる』という強い想いを抱いて行動しておれば───」

「・・・『奴に勝てた』、と?」

 衛のその言葉を聞き、ヤンロンが僅かに苦笑する。

「ははは・・・。流石にそれは厳しいかもしれんのう。奴の奥義は、気持ちだけで攻略出来るものではないからな。・・・しかし、即死は免れたかもしれん。辛うじて、大怪我だけで済ませることが出来たかもしれんの」

「・・・」

 即死ではなく、大怪我で済む。

 死んでしまえば行動出来ないが、命を繋ぎ止めることさえ出来れば、まだ生き残ることが出来る可能性はある。

 連杰はそう言いたいのだ───衛は、そう理解した。


「まあつまり、何が言いたいのかというとじゃ───強い想いを抱いて闘いなさい。お前さんはこれまで、常人ならば何度でも死んでおるような、厳しい修練と死闘に身を投じてきた。その中で培った力を使いこなすには、確固たる信念を───そして、狂おしいほどの執念が必要じゃ」

「・・・信念と・・・執念・・・」

「うむ。その為には、『全ての人々を救う』くらいの気概を持つくらいが丁度良い」


 そこまで言い終えると、ヤンロンは気が高ぶったような調子で話し始めた。

「そもそもじゃ!儂から言わせりゃ、『少数を切り捨てて多数を助けよう』なんて考え方、後ろ向き過ぎて反吐が出るわい!『何人か死なせちゃったけど、頑張って何人かは助けたから許してチョンマゲ★』って言い訳しとるようなもんじゃ!!」

「何がチョンマゲだ。そもそも極論過ぎだろ」

「分かっとる!皆まで言うな!極論だってこたぁ分かっとる!!よーく分かっとる!!」

 そこでヤンロンは、両手を大袈裟に動かし、衛の言葉を制する。


「・・・じゃがの。お前さんの目的は、『あの娘を救い出す為の力を身に付ける』ことじゃろう!しかしその力は、助けを求める人々全てを救うつもりで闘いに望まなけりゃ手に入れるこたぁ出来ん!!」

「・・・!」

 その言葉に、衛が僅かにはっとした顔になる。

 衛のその様子を見ながら、ヤンロンは続けた。

「・・・儂が今お前さんに示しておる道は、確かに過酷じゃ。ただ普通に闘い、敵を打ち倒すことに比べれば、遥かに過酷じゃ!しかし、そんな険しい道を乗り越えることで、ようやく真の敵と対等に渡り合う力を得ることが出来る!それほどまでに、敵の力が遥かに強大であることもまた事実!!お前さんには分かるはずじゃ・・・!『奴ら』と実際に相対したのであれば、分かっておるはずじゃ!!」

「───!」


 その時───衛の表情が、憎悪で歪む。

 衛と───『彼女』の幸せを奪い去った『奴ら』。

 その人物達への狂おしいほどの激情が、衛の心の奥底から噴出していた。


 それを見て、ヤンロンはまた語り掛ける。

「・・・・・もう一度言おう。確固たる信念を持て。そして、全てを救うくらいの心構えで闘いに臨め。もし仮に、その姿勢を愚かだと───狂っていると嘲笑う者がおるならば、こちらこそ逆に笑い返してやれ!!頭も望みも狂っておることは、お前さんが一番分かっておる筈!やると決めたら、迷わずとことんやっちまえ!!」

「・・・・・」

 ヤンロンの語る言葉を聞きながら、衛は感じていた。

 己の内側から、怒りや憎悪といった感情とは、また別の熱いものが込み上げるのを。

 そしてその熱い何かが、衛の右手を力強く握り込ませていることを。


「しかし───もしかしたら、お前さんの力が至らず、誰かが生死の瀬戸際に立たされることがあるかもしれん。そんな時はな、仲間を頼れ」

「仲間を・・・?」

「うむ。1人では不可能なことでも、仲間がおれば容易く可能になる。しかしお前さんは、それを頼りにしておらん」

「俺が?」

「そうじゃ。・・・お前さん、心の底から仲間を信頼し切っておらんじゃろ」

「・・・?そんなことは───」

 ない、と言おうとする衛。

 しかし、続く言葉が出て来なかった。

 もしかしたら、この老人が言うように、自分は仲間を信頼仕切れていないのでは───そう思ったのである。

「お前さんは、『あの事件』で心に深い傷を負い、歪んでしまった。仲間を失うことを、過剰に恐れるようになってしまった。故に、仲間を心から信頼出来ずにいる。自分独りで全てを成し遂げようとしておる。・・・しかしその結果、お前さんはいらぬ悩みを抱えておる。囁鬼の事件の際、仲間が負傷したことで、お前さんに迷いが生じたのもそのせいじゃ」

「・・・!」

 衛の顔が、はっとしたものになる。

 師匠の言う通りであった

 衛の中には、かつて衛自身が体験した、あるトラウマの塊があった。

 そしてそれは、衛の中に『仲間を失いたくない』という恐怖へと形を変えていた。


 それを見抜いた師匠は、弟子を諭すような調子で語る。

「良いか衛。闘いに負傷は付き物じゃ。しかも、お前さんが身を投じる闘いは、生死を賭けた壮絶極まりないものじゃ。・・・じゃから、仲間が傷付くことは、これから先も何度もあるじゃろう」

「・・・」

「しかし、それを恐れるな。闘いにリスクは付き物じゃ。覚悟を決めよ。きっとお前さんの仲間は、とうに覚悟を決めておる。何せ、お前さんの仲間に───死闘に身を投じておる人間の仲間になったんじゃからな」

「・・・!」

 衛の脳裏に、マリーと舞依の姿が浮かび上がる。

 これまでにマリーと舞依は、敵に対して怯えることはあったが、闘いに関しては、積極的に衛をサポートしようとしていた。

 それは、彼女達が既に覚悟を決めていたからではないのか。

 もし自分達が闘いの中で傷付いても、必ず衛が敵を倒してくれる。

 そして、命を守ってくれる。

 彼女達は、そう信じてくれているのでは───衛はそう思った。


「衛よ。仲間を失いたくないのであれば、己に誓え。『絶対に死なせん』と」

「絶対に・・・死なせない・・・」

 ヤンロンの言葉に続き、衛が復唱する。

 弟子の瞳に、強い意思が灯り始めたことを確認し、ヤンロンは大きく頷いて続けた。

「傷付けるようなことはあろうとも、命だけは必ず守ってやれ。傷はいつか癒えるが、潰えた命は取り戻すことは出来ん。しかし───命さえあれば、必ず未来は訪れる」

「・・・・・」


「儂が言いたいのは以上じゃ。何か質問はあるかのう?」

 すっきりとした表情で言い終えるヤンロン。

 瞳には、一片の曇りも見当たらない。

 真っ直ぐな瞳で、衛を見つめていた。

「・・・・・」

 衛も、その瞳をしっかりと受け止めていた。

 両者の視線が、じっくりと交わり合う。

 やがて───

「・・・・・ふー」

 衛が俯き、吐息と共に溜め込んでいたものを吐き出す。

 そして、口を開いた。

「・・・つまり、『全員救う為に、気合いで限界以上に力を引き出せ。自分で何とか出来ないなら仲間に頼れ』ってことか」

「うむ!その通り!」

 力一杯のヤンロンの返事。

 それを聞いた衛は、腰に手を当て、天を仰いだ。

 町の灯りで照らされている夜空。

 その中でも、星々はしっかりと煌めいていた。

「・・・すげえな。短くまとめたら、自分勝手で他力本願で馬鹿みたいなやり方に聞こえちまった」

「うはははは!!何を今更!!」

 衛の感想を聞き、ヤンロンは弾けるような勢いで笑い声を上げる。

「衛よ、お前さんは馬鹿じゃ!頑固で我が儘で自分勝手で理屈の通じん大馬鹿者じゃ!!しかし、これまでに世界を変革してきたのは決まってそういう奴らじゃ!!」

 そこでヤンロンは、鋭い目付きになる。

 そして、口許に不敵な笑みを浮かべ、続けた。

「極めちまえよ衛・・・馬鹿の道ってやつをよ・・・!!他人から見れば愚行にしか見えん行動も、貫けば偉大な所業となる!!常識に囚われるな・・・!目の前の選択肢が気に入らないのであれば、その拳で第三の選択肢を作りだせば良い!!お前さんは、命令とルールと常識に従う利口な兵士ではない!おまえさんは退魔師界のはみ出し者で大馬鹿者、青木衛じゃ!!」

「ああ・・・その通りだ・・・!」

 衛の体に活力が甦る。

 ヤンロンの一言一言によって、頭の中にまとわりついていたもやが消え失せていく。

「己の道を往け!!不可能を可能にしろ!!常識を非常識で覆せ!!運命などねじ曲げろ!!立ち塞がる壁は木っ端微塵にぶち壊せ!!その道の先に───お前さんの求めるものはある!!」

「ああ・・・そうだな・・・!」


 衛が、再び正面を向く。

 その瞳に、もう迷いはない。

 力強い意思の炎が、悪人の如き目の中で燃えていた。

「目ェ覚めたぜ。言われてみたら、確かに俺は昔っから大馬鹿野郎だ。ならよ、馬鹿なりのやり方で立ち回ってみるさ」

「どうじゃ?迷いは失せたか?」

「大分な。ありがとよ爺さん、楽になったぜ」

「うむ!それじゃあ───」

 ヤンロンは満足そうに頷くと、衛に背を向けて歩き出す。

 そのまま、数歩分の距離を開けたところで立ち止まり───再び、衛の方を向いた。


「早速、稽古をつけてやろうかのう!!」

 嬉しそうな調子で声を張り上げるヤンロン。

 衛は、そんな師に手の平を見せ、『待った』を掛けた。

「その前に爺さん。・・・今度は、どのくらいここにいることが出来るんだ?」

「ん?大体一週間くらいかのう。それが過ぎたら、また儂は旅に出る」

「そうか───」

 ヤンロンの答えを聞き、衛は口許に手を当てる。

 しばらく考え込み、再び口を開いた。

「頼みがあるんだ、爺さん。その一週間、俺を殺すつもりで鍛えてくれ」

「ほう───こりゃまた物騒なことを言いやがる」

 ヤンロンが驚いたように目を丸くする。

 対する衛は、一層真剣な表情で続けた。

「俺はもっと強くならなきゃならない。想いを力に変えるのが武心拳なら、それを使う俺自身も更に強くなって、想いの力を使いこなせるようにならないといけない。その為には、命を落としかねないくらいの修練が必要だ」

「へっ、生意気なことを言いおるわ!」

 ヤンロンがニヤリと笑みを浮かべる。


「良かろう、殺す気で稽古をつけてやる!安心せい、もし息の根が止まっても、儂が地獄から無理矢理引き上げてやるからな!!」

「その心配はねえよ。こっちから駆け上がって来るからな」

「おっしゃ、その意気じゃ!!」


 ヤンロンは嬉しそうに笑うと、胸の前に両手を掲げた。

 衛も同じタイミングで、同じように掲げる。

 ヤンロンは右手で拳を作り、そこに左手を添えた。包拳礼である。

 一方の衛は合掌し、わずかに体を傾けて礼をした。


「そンじゃあ───」

「・・・・・」

 ヤンロンと衛が、礼を解く。

 そしてやはり、同時にその場で構えた。

「来いよ、若造・・・!」

 ヤンロンが衛に誘いを掛ける。

 老人にしてはあまりにも若々しすぎる笑みが、その顔に表れていた。


「ああ───」

 衛は、そう短く返事し、両拳を固く握り込む。

 そして───

「行くぜ、爺さん・・・!」

 勢い良く踏み込む。

 ヤンロンに向かって、思いきり間合いを詰める。

 そして、右拳にありったけの想いを込め───

「───ッ!!」

 ───迷いなく、真っ直ぐに突き出した。


                    第7話 完

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