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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第七話『滅掌の延慶』
97/310

滅掌の延慶 十九

13

 二日後の夜。

 衛は、己の師匠───ヤンロンを神社まで呼び出し、事の顛末を語った。

 延慶と立ち会ったこと。

 立ち会いの内容。

 延慶と交わした話。

 最後に延慶が放った技。

 そして───自身の命を見逃してもらったこと。

 悔しさを顔に滲ませながら、衛は全てを語った。


「ふむ・・・なるほどのう・・・・・」

 弟子の話を聞き終えると、武仙はそう呟いた。

「まさか、また延慶の奴が姿を現すとは・・・・・」

 そして、白く長い顎髭を撫でていた。

 話を聞き始めてから、一度も険しい表情を崩さなかった。

「・・・ヤン爺さん、延慶と闘ったことがあるんだってな」

「む?うむ。お前さんと出会う前に一度、立ち合ったことがある。・・・まあ、結局その時は引き分けに終わったんじゃがのう」

「そうだったのか・・・。・・・なあ爺さん。その時、延慶は心破滅閃掌を使ったか?」

「おう、使いおったぞ」

「教えてくれ、爺さん。心破滅閃掌ってのは、どんな技なんだ?」

「ん?分かった、教えてやろう」

 衛の問いに、ヤンロンは素直に頷く。

 そして、人差し指を立て、語り始めた。


「心破滅閃掌───あれは元々、一瞬で相手の懐に潜り込み、掌による打撃を用いて心の臓を止める技だったらしい。しかし、延慶が妖怪化した際に、技の性質が大きく変わったようなんじゃ」

「『変わった』?どう変わったんだ?」

「いや・・・この場合、『変わった』というより、『強化された』といった方が適切じゃな。妖術を用いて身体強化を施し、凄まじい威力と速度が出せるようになったんじゃ。更にその副産物として、踏み込みの際に妖気による衝撃波も発生するようになっとる」

「衝撃波?」

「ああ。お前さんの話によると、延慶の奴は、一瞬で大勢のつめながを粉々にした上に、周りの梅の木まで木屑に変えてしもうたんじゃろ?それは多分、滅閃掌の踏み込みの際に発生した衝撃波によるものじゃ」

「そう・・・だったのか・・・」

「うむ。しかも、お前さんの話を聞く限り、儂と立ち合った時よりも威力が上がっておるようじゃ。どうやら、あれからあやつも相当鍛練を積んだようじゃのう」

「・・・・・」


 師の話を聞き、衛はわずかに目を伏せる。

 そして、二日前のことを思い出しながら語り始めた。

「あの時・・・俺は何も出来なかった」

「ん・・・?」

 ヤンロンが不思議そうな表情で衛を見つめる。

「奴の一撃を避けるか、それとも防ぐか・・・。俺は迷って・・・どっちも選ぶことが出来なかった・・・」

「ふむ・・・・・」

「第一俺は・・・こうして爺さんが教えてくれるまで、奴がどんな技を使ったのかすら解らなかった・・・。もしもあの時、俺に向かって心破滅閃掌が放たれていたら・・・抗体で衝撃波を打ち消すことは出来ても、掌打が俺の心臓を打っていた。つめなが達が乱入して来なかったら、俺は間違いなく殺されていた・・・」

「・・・・・」

 そこで衛は、下ろしている右手を力一杯に握り締めた。

 沸き出る悔しさが震えとなり、その拳に表れていた。

「慢心してたよ・・・。今の俺なら、延慶もきっと倒せると思ってた・・・。けど・・・まだ力が足りなかった・・・!」

「・・・・・なるほど、のう」

 弟子の話を聞き終えると、師はただ一言、そう呟いた。

 そして、両目を静かに閉じ、再び己の髭を撫でた。


 ヤンロンは、しばらくの間そうしていた。

 何かを考え込むように、静かに瞑想していた。

 二、三度、そのまま髭を弄る。

 その後に、再び両目を開け───

「それで、衛よ───」

「・・・?」

 弟子の瞳を真っ直ぐに見据え、問い掛けた。

「悩み事は、本当にそれだけか?」

「・・・!」

 衛が両目を僅かに見開く。

 その様子を見て、ヤンロンは愉快そうに笑った。

「うひゃひゃひゃひゃ!!何年の付き合いだと思っとる!お前さんのことなど全部お見通しじゃ!」

「・・・敵わねえな」

 顔をしかめ、頭を掻く衛。

 そんな弟子に対し、ヤンロンは笑いながら、砕けた口調で促した。

「ほれほれ、折角だから全部吐き出しちまえよ。その方がきっと楽になるぜ?」

「・・・ああ。分かった」

 再び、衛の表情に陰りが。

 先ほど以上に深刻な表情であった。


「・・・実は───」

 衛が語り出す。

 その口から出てくる内容は、先日の囁鬼による洗脳事件についてであった。

 自身を狙う為に、囁鬼が無関係な人々を巻き込んだこと。

 囁鬼が洗脳された人々に自害を命じたことで、自身が冷静な判断力を失ったこと。

 そして───自身の選択によって、仲間が負傷してしまったこと。

 それらを話しているうちに、衛の顔は、徐々に下を向いていった。

 全てを語り終える頃には、自身の足元を見詰める形となっていた。

 師匠がどんな表情で話を聞いているのか、衛には分からなかった。

 師匠の顔を、見ることが出来なかった。


「もしあの時───シェリーが助けに来てくれなかったら、人質を全員助け出すことなんて出来なかったかもしれない」

「・・・」

「そもそも・・・・・被害者達を助けるどころか、俺の仲間が命を落としていたかもしれない・・・!俺の・・・力が足りないせいで・・・!」

「・・・」


 無言のヤンロンに、必死に語り続ける衛。

 そうしながら衛は、雄矢から聞いた延慶の言葉を思い出していた。

 非情さを身に付けろ───延慶はそう語っていたと、雄矢は話していた。

 そして雄矢は、その言葉を『守らなければならないものなど捨てろ』という意味なのではないかとも言っていた。

 その解釈を聞いた時───思わず衛は、拒否反応を示していた。

 衛にとって『闘い』とは───そして『力』と『強さ』とは、『敵を倒し、大切なものを助け、守る為のもの』である。

 誰かの命を犠牲にすることなど、衛はごめんであった。


 しかし───延慶との立ち合いを経て、衛のその考えは大きく揺らぎ始めていた。

 大切なものを切り捨てられないから、自分は延慶に勝てなかったのか。

 自分も、延慶のように誰かを犠牲にしなければ、強くなれないのか。

 囁鬼の事件の時も、被害者達をいくつか切り捨てておけば良かったのか。

 自分の考えは───『誰かを助けるために強くなりたい』という想いは、間違っているのか。

 様々な考えが、浮かんでは消え、衛の心に波風を立てていく。

 衛にはもう、自分で答えを見つけ出せる自信がなかった。


「なあ爺さん、教えてくれ」

 俯いたまま、衛は両目を固く瞑る。

「俺は、俺の選んだ選択肢は、正しかったのか?」

 右の拳を、更に握り込む。

 短く切った爪が、手の平に食い込みそうになるほど、きつく握り込む。

「それとも。あの時俺は、洗脳された人達を、切り捨てれば良かったのか?」

 腹の底から絞り出す。

 声と共に───苦悩と焦りをさらけ出す。

「あの時俺は・・・一体、どうすれば良かったんだ・・・!?」

 衛が両目を開く。

 そして顔を上げ、ヤンロンの顔を見た。


 衛の目に映ったヤンロンの顔は───

 次回で、このエピソードは完結です。

 投稿する日程はまだ決まっておりませんが、目途が立ち次第、この後書きの欄に追記させていただきます。


【追記】

次は、金曜日の午前10時に投稿する予定です。

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