滅掌の延慶 十九
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二日後の夜。
衛は、己の師匠───ヤンロンを神社まで呼び出し、事の顛末を語った。
延慶と立ち会ったこと。
立ち会いの内容。
延慶と交わした話。
最後に延慶が放った技。
そして───自身の命を見逃してもらったこと。
悔しさを顔に滲ませながら、衛は全てを語った。
「ふむ・・・なるほどのう・・・・・」
弟子の話を聞き終えると、武仙はそう呟いた。
「まさか、また延慶の奴が姿を現すとは・・・・・」
そして、白く長い顎髭を撫でていた。
話を聞き始めてから、一度も険しい表情を崩さなかった。
「・・・ヤン爺さん、延慶と闘ったことがあるんだってな」
「む?うむ。お前さんと出会う前に一度、立ち合ったことがある。・・・まあ、結局その時は引き分けに終わったんじゃがのう」
「そうだったのか・・・。・・・なあ爺さん。その時、延慶は心破滅閃掌を使ったか?」
「おう、使いおったぞ」
「教えてくれ、爺さん。心破滅閃掌ってのは、どんな技なんだ?」
「ん?分かった、教えてやろう」
衛の問いに、ヤンロンは素直に頷く。
そして、人差し指を立て、語り始めた。
「心破滅閃掌───あれは元々、一瞬で相手の懐に潜り込み、掌による打撃を用いて心の臓を止める技だったらしい。しかし、延慶が妖怪化した際に、技の性質が大きく変わったようなんじゃ」
「『変わった』?どう変わったんだ?」
「いや・・・この場合、『変わった』というより、『強化された』といった方が適切じゃな。妖術を用いて身体強化を施し、凄まじい威力と速度が出せるようになったんじゃ。更にその副産物として、踏み込みの際に妖気による衝撃波も発生するようになっとる」
「衝撃波?」
「ああ。お前さんの話によると、延慶の奴は、一瞬で大勢のつめながを粉々にした上に、周りの梅の木まで木屑に変えてしもうたんじゃろ?それは多分、滅閃掌の踏み込みの際に発生した衝撃波によるものじゃ」
「そう・・・だったのか・・・」
「うむ。しかも、お前さんの話を聞く限り、儂と立ち合った時よりも威力が上がっておるようじゃ。どうやら、あれからあやつも相当鍛練を積んだようじゃのう」
「・・・・・」
師の話を聞き、衛はわずかに目を伏せる。
そして、二日前のことを思い出しながら語り始めた。
「あの時・・・俺は何も出来なかった」
「ん・・・?」
ヤンロンが不思議そうな表情で衛を見つめる。
「奴の一撃を避けるか、それとも防ぐか・・・。俺は迷って・・・どっちも選ぶことが出来なかった・・・」
「ふむ・・・・・」
「第一俺は・・・こうして爺さんが教えてくれるまで、奴がどんな技を使ったのかすら解らなかった・・・。もしもあの時、俺に向かって心破滅閃掌が放たれていたら・・・抗体で衝撃波を打ち消すことは出来ても、掌打が俺の心臓を打っていた。つめなが達が乱入して来なかったら、俺は間違いなく殺されていた・・・」
「・・・・・」
そこで衛は、下ろしている右手を力一杯に握り締めた。
沸き出る悔しさが震えとなり、その拳に表れていた。
「慢心してたよ・・・。今の俺なら、延慶もきっと倒せると思ってた・・・。けど・・・まだ力が足りなかった・・・!」
「・・・・・なるほど、のう」
弟子の話を聞き終えると、師はただ一言、そう呟いた。
そして、両目を静かに閉じ、再び己の髭を撫でた。
ヤンロンは、しばらくの間そうしていた。
何かを考え込むように、静かに瞑想していた。
二、三度、そのまま髭を弄る。
その後に、再び両目を開け───
「それで、衛よ───」
「・・・?」
弟子の瞳を真っ直ぐに見据え、問い掛けた。
「悩み事は、本当にそれだけか?」
「・・・!」
衛が両目を僅かに見開く。
その様子を見て、ヤンロンは愉快そうに笑った。
「うひゃひゃひゃひゃ!!何年の付き合いだと思っとる!お前さんのことなど全部お見通しじゃ!」
「・・・敵わねえな」
顔をしかめ、頭を掻く衛。
そんな弟子に対し、ヤンロンは笑いながら、砕けた口調で促した。
「ほれほれ、折角だから全部吐き出しちまえよ。その方がきっと楽になるぜ?」
「・・・ああ。分かった」
再び、衛の表情に陰りが。
先ほど以上に深刻な表情であった。
「・・・実は───」
衛が語り出す。
その口から出てくる内容は、先日の囁鬼による洗脳事件についてであった。
自身を狙う為に、囁鬼が無関係な人々を巻き込んだこと。
囁鬼が洗脳された人々に自害を命じたことで、自身が冷静な判断力を失ったこと。
そして───自身の選択によって、仲間が負傷してしまったこと。
それらを話しているうちに、衛の顔は、徐々に下を向いていった。
全てを語り終える頃には、自身の足元を見詰める形となっていた。
師匠がどんな表情で話を聞いているのか、衛には分からなかった。
師匠の顔を、見ることが出来なかった。
「もしあの時───シェリーが助けに来てくれなかったら、人質を全員助け出すことなんて出来なかったかもしれない」
「・・・」
「そもそも・・・・・被害者達を助けるどころか、俺の仲間が命を落としていたかもしれない・・・!俺の・・・力が足りないせいで・・・!」
「・・・」
無言のヤンロンに、必死に語り続ける衛。
そうしながら衛は、雄矢から聞いた延慶の言葉を思い出していた。
非情さを身に付けろ───延慶はそう語っていたと、雄矢は話していた。
そして雄矢は、その言葉を『守らなければならないものなど捨てろ』という意味なのではないかとも言っていた。
その解釈を聞いた時───思わず衛は、拒否反応を示していた。
衛にとって『闘い』とは───そして『力』と『強さ』とは、『敵を倒し、大切なものを助け、守る為のもの』である。
誰かの命を犠牲にすることなど、衛はごめんであった。
しかし───延慶との立ち合いを経て、衛のその考えは大きく揺らぎ始めていた。
大切なものを切り捨てられないから、自分は延慶に勝てなかったのか。
自分も、延慶のように誰かを犠牲にしなければ、強くなれないのか。
囁鬼の事件の時も、被害者達をいくつか切り捨てておけば良かったのか。
自分の考えは───『誰かを助けるために強くなりたい』という想いは、間違っているのか。
様々な考えが、浮かんでは消え、衛の心に波風を立てていく。
衛にはもう、自分で答えを見つけ出せる自信がなかった。
「なあ爺さん、教えてくれ」
俯いたまま、衛は両目を固く瞑る。
「俺は、俺の選んだ選択肢は、正しかったのか?」
右の拳を、更に握り込む。
短く切った爪が、手の平に食い込みそうになるほど、きつく握り込む。
「それとも。あの時俺は、洗脳された人達を、切り捨てれば良かったのか?」
腹の底から絞り出す。
声と共に───苦悩と焦りをさらけ出す。
「あの時俺は・・・一体、どうすれば良かったんだ・・・!?」
衛が両目を開く。
そして顔を上げ、ヤンロンの顔を見た。
衛の目に映ったヤンロンの顔は───
次回で、このエピソードは完結です。
投稿する日程はまだ決まっておりませんが、目途が立ち次第、この後書きの欄に追記させていただきます。
【追記】
次は、金曜日の午前10時に投稿する予定です。




